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カレンジュラのギル① セルガーとギルの仲間(2)

 四人が広い草原を渡って街へ戻ってアリエーブの酒場へとおもむく。

「ぐぉーぐぉー」

 カウンターの奥で店主のセルガーがいびきをかいて眠っていた。

「起きろ、セルガー。酒だ。酒をよこせ」


 ギルの言葉にリーゼントの店主が起き上がった。その男の腹は肥満で膨れ上がっていた。

「よお、ギル。らっしゃい…」

 セルガー・アリエーブ。この街で酒場を営む一族の末裔。先代は酒の飲み過ぎがたたり、しばらく前に他界している。セルガー自身、酒場を継ぐことを嫌がってバレンタイン寺院へ出家したのだが、寺院が崩壊して仕方なく、現在は家業を継いでいる。酒場は昔からの名残で二十四時間営業になっている。


「セルガーのおっちゃん、早く酒をくれ!」

 リスハーたちが叫んでいる。

「おっちゃんって言うな! 俺はまだ若いっての!」

 セルガーはビールをジョッキに注いでリザードマンたち三人のテーブルにどんと乗せた。


「いっただっきまーす!」

 リザードマン、女エルフ、老ドワーフの三人ががぶがぶと酒を口に含む姿を尻目にセルガーとギルは話をする。

「エリーは役に立ってるか?」

「全く役に立たない」


 ちなみにギルとセルガーが古い友人であることはリザードマンのリスハ―たちには知らぬところだった。

「セルガー! お前が仲間になりさえすれば! 俺がこんなに苦労することはないんだ!」

 ギルのひときわ大きい声にリスハ―たちが笑い出す。


「ぎゃはは! また勧誘してるよ! そんなデブのおっちゃん、仲間にしてどうすんだよ!」

「ただの酒場の親父がダンジョンで役に立つはずがないじゃない!」

「ギルちゃん、頭がワシより衰えてるんじゃない? わはは!」


 この街でセルガーが僧侶であることはギル以外、誰一人知らなかった。セルガーが三人に話を合わせておどける。

「ばっかだろう、こいつ! 頭がわいてんじゃねえのかな! あっはっはっは!」

 はた目からギルは頭がおかしい人間にしか見えなかった。ギルが小声で言う。

「お前が僧侶だって言いふらしてやりたいぞ…」


「そんなの誰も信じないぜ! …俺は僧侶だー! 回復呪文が使えるぜー!」

 大声をあげたリーゼントのセルガーに、テーブルの三人はこちらには無反応でビールを楽しんでいる。

「そらみろ」

 ご機嫌のセルガーにギルは歯ぎしりをした。

「汚いぞ、貴様…」


「そもそもギルが悪いんだぜ! 初対面でお前が俺をボコらなきゃ、ここまで腰抜けになってないぜ! 昔の自分を恨め!」

「お前が俺に殴りかからなければ、俺は手を出してない!」


「そうだっけ? お前に鼻の骨をやられたショックでその辺りの記憶がないんだけどな! あはは! まあ、寺院の中の僧侶でお前について行きそうな奴はサーキスだけじゃねえの? あいつはいつかお前を倒すって体を鍛えてたからな! 俺もお前がサーキスにやられるのを期待してたけどよ! お前とあいつが再会するのはいつになることかねえ…」


 セルガーは友人がここカレンジュラ市に現れて嬉しくてしょうがなかった。ギルは自分を頼りにここにやって来たのだろう。しかし、あまのじゃくのギルは全く本心を言わない。その辺りが憎らしくもかわいらしかった。今は筋肉隆々で大人のようなギルも、セルガーの中では小さな弟のようなギーリウスのままだった。


(こいつが現れてから毎日、楽しい! ずっとここに居てくれねえかなあ…。それと死なないようにして欲しいなあ…。ダンジョンの中で死なれたら俺には回収は無理だぜ…。親っさんに合わせる顔もない…)


「トカゲ野郎っ!」

 ここで酒場の玄関に大声を上げる親父が現れた。両手には手斧を持っている。冒険者御用達の武器屋、ラーナデッド商店の店主だ。

「やべえっ! 逃げろ! セルガーのおっちゃん、勝手口を借りるぞ!」


 リザードマンのリスハーが慌てふためいて走り出す。彼はラーナデッド商店から頻繁に物を盗んでは逃げていた。

「待てこらー! 盗んだ物返せー!」

 リスハ―と武器屋の親父が店の外へと消えて行く。


 一旦、静かになってエルフのエリーとドワーフのディレクトリが乾杯をやり直すが、また違う来客が現れる。その男は年を取った司祭で無言でエリーを睨み付けていた。

「シオンさん⁉」

 近所で寺院を経営するシオン司祭だ。


「あー! この前、あたしは火撃(ファイア)の練習していたら、間違えて近所のワンちゃんに当たっちゃって死んじゃったからシオンさんに頼んで蘇生してもらったのよー! そのまま代金を踏み倒してた! 逃げなきゃ!」

 エリーも逃げ出し、シオン司祭があとを追う。


 テーブル席には年寄りのディレクトリだけが残った。

「二人とも騒がしいね」

 老ドワーフはしみじみと酒をたしなんだ。カウンター席のギルも眉も動かさずに酒をあおっている。

 カウンターの向かい側のセルガーはグラスを拭きながら神妙な面持ちでギルを眺めていた。


 ギルの目標はダンジョンの最下層に巣くう魔術師ガドラフを倒すこと。そしてガドラフから、この国を治めるイステラ王のアンク(上部に楕円(だえん)がついた十字架形のお守り)を取り返すことだ。

 しかし、これまでの全ての冒険者がガドラフの打倒を諦めている。地下三十階までたどり着いたパーティーは何組もいたようだ。そしてガドラフを目の前にした冒険者のほとんどが死に絶えている。


 生き証人は決まって僧侶で自分だけが帰還の呪文で逃げ帰ったと、自責の念で悲痛な表情を浮かべ、重く言葉を漏らしていた。

 逃げ帰った僧侶が語るには、ガドラフという年老いた魔法使いはこちらに何をしかけたかもわからない、おそらく呪文の攻撃ではなかったと振り返る。


 ガドラフの地下迷宮へはだいたい六人一組で挑むパーティーが多かった。生還者の証言ではそれをたった数秒でまとめて殺してしまう勢いだったという。しかも敵はたった一人の老人。

 ガドラフの迷宮に挑む冒険者は一人もいなくなった。ブームが過ぎた頃にふらっと挑戦しようと現れたのが目の前のギルだ。


 過去の冒険者は皆強かった。低下層で行き詰るギルには到底冒険の達成ができるとは思えない。セルガーはギルに冒険をやめさせたかった。


 ガドラフという魔術師は何百年もこの世に生きる妖怪のような存在だった。それも過去に何度も冒険者に殺されている。死体は灰にされて海に流されたこともあった。それでも数十年後には生き返っており、蘇生でどうにかできるレベルではない、ガドラフは時空を操る…、そんな噂が流れていた。


 セルガーは思う。

(ギルはガドラフを見つけて過去に戻るとかしてお袋さんに会いたいのかな…。そんなんだったらやめろとか言えねえよな…)


 数か月後、案の定、ギルは地下五階でモンスターに殺されることになる。ギルの死体はリスハーたちに回収されてそのまま寺院に約十ヶ月ほど放置された。


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