カレンジュラのギル① セルガーとギルの仲間(1)
午前中、この日は結局、患者が一人も来なかった。そして昼食が終わる頃、パディとリリカはギルと初めて会った日のことを話題にしていた。
「あれは卑怯でしたよね!」
「ああ! どう見てもギル君の方が強そうなのにサーキスを煽って怒らせて一撃で殺してしまうなんて!」
ギルが初めてここに訪れた日のこと、ギルとサーキスが病院の前で決闘し、数秒で勝負がついてしまった時の話だ。
「もうちょっとギルはサーキスに手加減して遊んであげるべきだったのよ!」
「そうだよ! 『なかなかやるな! ではさらなる力を見せてやるぞ!』 みたいな! で、『しまった! 油断した、まずい!』 なんて展開に!」
「そもそも死んだお母さんを冒涜しているわ! 『おっぱいちゅっちゅっちゅっ』って何なのよあんた!」
黙って話を聞いたギルは二人の話をまとめた。
「あんたたちはよほどサーキスを勝たせたかったみたいだな…。二人ともサーキス大好きだな…。俺はアウェー感を感じるぞ…」
二人は真っ赤な顔になって恥ずかしがった。パディが赤い顔のまま口を開く。
「ところで君、病院に剣を持って来るの、やめてよ」
「そうよ、物騒よ」
「通勤中に敵に襲われたらどうするんだ…」
パディとリリカは大笑いした。
「君より強い人間なんかこの世にいないよ!」
「あんたばっかじゃないの! こんな平和な街であんたを襲うメリットって何よ! 返り討ちにあって殺されるだけだわ! ロングソードなんか持ってなくてもあんたの手と足があるでしょ! それもすごい凶器よ!」
「い、いや、俺より強い奴はまだまだ大勢いると思うぞ…。ぶ、武器がなくては俺は戦えないぞ…」
「それにギル君は格闘技は蹴りしか知らないって言ってたけど、サーキスの話だと過去に君はパンチで人を殴ってるよね? おかしいって思ってたんだ…」
「それ! あたしも思いました! ちなみにあんた、寺院の僧侶はまんべんなく全員殴ってるわよね! なんて暴力的なの!」
「僕は思ったんだけど、ギル君が仮に想定する敵…その強大な敵にはパンチが通用しない、得意な蹴り技しか効かない…そう言ってるんじゃないかと思ったけど…?」
「そうだな、当たってるぞ」
「ところでギル君はどうしてそんなに強くなったんだい? サーキスが言うにはバレ…寺院の中じゃ一番呪文ができなかったらしいじゃないか。聖騎士だったから…」
「そうよ! 強さ的にも昔はあそこまで圧倒的じゃなかったって言ってたわ! あいつはあんたを倒すために体を鍛えていたみたいだけど…。全くおよばなかったようね…。あんたはどうしたらそんな超人みたいになれたのよ…」
「俺は恐ろしい目に遭ったからだ…。あとは才能と努力だな。とにかくカレンジュラの戦いが俺を変えた。二人とも聞きたいか?」
「聞きたい! 面白そう!」
「わー! あたし、ココアでも飲みながら聞きたい! ちょっと今から作って来るわ!」
*
「負傷! …くそ、また外した!」
三年前、ギルは地下迷宮のモンスターとの戦いで苦戦を強いられていた。
地下二階の敵はオーガという隆々の筋肉に角が生えたモンスターがひしめく。弱小の僧侶たちと一緒に育ったギルは迷宮のモンスターの強さに恐れおののいていた。
(井の中の蛙、大海を知らずとはまさに俺のこと! 雑魚の僧侶どもにちやほやされて、今まで俺自身の強さを客観的に計れていなかった!)
オーガたちは複数で襲いかかって来る。一対一を繰り返す戦いなら対処しようがあるがもちろん敵はこちらの都合には合わせない。左のオーガに気を取られていると、右のオーガの剣の切っ先がギルの頬をかすって彼の視界に赤い血が飛んだ。
彼は負傷という呪文を敵の腕や目に当てられないかとしきりに試しているが、思うように当たらない。
(負傷の呪文は詠唱が短い。これが応用できれば一対多数の戦いもどうにかなるのだが!)
ギルはオーガの剣と打ち合いながら叫んだ。
「リスハ―! エリー! ディレクトリ! どこだ、戦えー!」
ギルには一応、仲間がいた。しかし、その三人は戦闘区域から少し離れた位置で宝箱をあさっていた。種族はそれぞれリザードマン、エルフ、ドワーフ。
「ちょっとリスハ―! まだ開けられないの⁉」
「うるさいぞ、エリー! 集中できな……、やべ…失敗した…」
「ハーちゃん! 敵に向かって宝箱を投げるんじゃ!」
緑色のリザードマンは解除に失敗した宝箱をオーガがいる方向に力強く投げた。もちろん、そこはギルが剣を振るう真っ最中の場所だった。
ドーーン!
宝箱の中の爆弾が大爆発。それに巻き込まれたオーガは絶命、箱の中の硬貨がチャランチャランと弾け飛んだ。
リザードマンたちは大喜びだった。
「勝ったぜ!」
「世界平和のための第一歩よ!」
「ワシの頭脳プレイが炸裂じゃ!」
床に倒れた死体とおぼしき一体がのそりと立ち上がる。それは黒こげになったギルだった。
「お前ら、よくもー…。なんで戦わないで宝箱の回収なんかしてるんだ…。そ、それより回復だ…。死ぬ…。ドッフトリータン・ドルーフィズ・トゥーリ……」
ギルが自分に回復呪文をかけていると、リザードマン、女エルフ、老ドワーフの三人は散らばった硬貨を拾い集めていた。
「金、金、金…」
「お金拾いは楽しいわね。労働の喜びを感じるわ」
「なんじゃ、この銅貨、爆風で曲がってしまっとる…」
呪文が尽きたギルは三人に今日の仕事の終わりを言い渡す。
「今日は終わりだ。帰るぞ」
「やったぜー!」
四人は元来た道を引き返す。幸運にも新たな敵は現れなかった。地下二階から一階へ、一階から地上へ出るとまばゆい太陽が四人を照らした。
こちらはイステラ王国カレンジュラ市。ガルシャ王国から南南西に四百キロ離れた場所にあった。
ギルが今出て来た場所はカレンジュラの街外れから遠く離れた地下迷宮。街に戻るまで徒歩で四十分ほどかかる。
ギル以外の三人は浮かれた気分で草原を歩いている。
「帰ったら酒だぜ、酒!」
そう言ったのはリザードマンのリスハ―。職業は盗賊。
彼は一人、ダンジョンの床の上で眠っており、ギルに拾われた彼はそのままギルの仲間になった。肌は緑色のウロコ。尖った牙、毛髪のない頭。物を盗むことが趣味。見た目に反して戦闘能力は極端に低い。
この世界でリザードマンは非常に稀な存在だった。モンスターとも区別がつかない彼は普通に人間のような生活を送っている。極めて謎の存在だ。
「セルガーの酒場へまっしぐらね!」
エルフのエリー。魔法使い。セミロングの金髪で長い耳、服装は灰色のローブ。
街にはギルの友人、セルガーが営む酒場がある。彼女はそこで無銭飲食をし、店主であるセルガーに捕まり、罰として店での労働を強いられていた。
そしてセルガーの好意で、エリーをギルへ冒険のメンバーとして引き渡す。
知能が高いと言われるエルフ。しかしエリーは呪文の覚えがかなり悪い。詠唱も頻繁に忘れる。可愛らしいモンスターを見つけては敵の強さもわからずにひと撫でしようと近寄っては殺される。
毎度毎度、蘇生に金がかかり、パーティーの金食い虫になっていた。
「ギルちゃん! ワシ、早く帰りたい! おんぶして!」
アックスマスターという職業のドワーフ。名前はディレクトリ。街にラーナデッドという商店で伝説のドワーフをうたった魂の器が販売されていた。ギルがそれを購入して街の寺院で蘇生してもらえば、この老人が現れた。
アックスマスターという職業は本来、巨大な斧を軽々と振り回し、魔法使いの呪文も使いこなすはずだ。が、ディレクトリのじいさんは呪文は全く唱えることなく、手に持つ武器は小さな薪割り用の斧。それもディレクトリが戦う姿は全く見たことがない。ギルはあこぎな商店に騙されていた。
ギルはこの街で出会った仲間に恵まれていなかった。




