カレンジュラのギル④ 激闘(1)
ガドラフはギルの存在も忘れたようにリーフに向かって草原を駆け走る。リーフも同じくガドラフに向かって駆ける。二人の猛進で一帯はまるで闘牛が走るような地響きがした。
黒いローブのガドラフと黒いタキシードのリーフが中央でぶつかり合い、お互いが徒手空拳で殴り合う。けたたましい音の打ち合いが響いた。
(二人の動きが全く見えん⁉)
ギルは大回復の呪文で治療しながらガドラフたちの動きに驚愕した。視力が追いつかない。さっきまでこれほどまでの相手と戦っていたのか。比べて自分の弱さを思い知った。
ひとしきりガドラフとリーフの打ち合いが続くと、お互いがバックステップで距離をとった。リーフは左目の周りにパンダのようなアザを作り、服は肩、腹部、脚などが擦り切れ破れている。さきほどまで新品だったタキシードがぼろぼろに。かわってガドラフは全くの無傷だった。
それからガドラフは一足飛び、二足飛びでリーフから大きく間合いを離そうとした。リーフは同じ速度でガドラフを追う。剣客劇のように互いが睨み合いながら平行に走る。
草むらが特に茂った所まで来ると先に手を出したのはリーフレット。必要以上に振りかぶって頭上からガドラフに拳を振り下ろす。力任せのその攻撃をガドラフは飛び退いてかわした。たまたま足元にあった自然に出来た石畳を、リーフの拳は力余って殴りつけた。石は粉々に砕かれ破片が飛ぶ。リーフはおかまいなしに噴水のように飛び散る破片を体中に浴びた。反して、ガドラフはひゅんひゅんと動いて石のこっぱを丁寧に避けた。避けきれない分は手のひらで受け止める。
リーフはそんなガドラフへ一歩踏み込んで続けて中段蹴りを打つ。ガドラフは獣のように伏せてその素早い蹴りをやり過ごす。蹴りの残撃波が何メートルも向こうまでの草むらを揺らした。
次にガドラフの下段回し蹴りでの反撃が。洗練されたその蹴りに縄跳びの紐にでも引っかかるように簡単にリーフは宙に浮く。横たわりながら空中になびくバンパイアに向かってガドラフは手刀を放つ。
「喰らえっ!」
手刀は横腹に突き刺さり、リーフは一撃で地面に叩きつけられた。体がバウンドしたところへ今度は顔面を足で狙われた。ガドラフはリーフの顔をサッカーボールにでも見立てて右脚を大きく振りかぶった。
ズバッ!
間一髪でリーフは立ち上がってその足を避けた。空振りした蹴りは地面に当たり、大きく土をえぐった。
体勢を立て直したリーフからの攻撃。彼は、一メートルはあった間合いを一瞬で詰めた。放った技は腹部を狙った中段の肘打ち。その威力が足元に土煙を巻き起こす。その攻撃もガドラフは闘牛士さながらの動きで体を側面にかわしていた。
「くっ!」
リーフの一撃必殺のその技は隙も長かった。腰を落として背を低くした状態のリーフ、頭上から敵の肘を貰う。続けて蹴りを二発受けると体が吹き飛び、そばにあったリンゴの木にぶち当たった。リンゴの実がどさりとリーフの上に降ってくる。
リーフは飛び起きて走り、ガドラフに殴りかかった。弓兵が矢を放つような速さで敵にパンチを繰り出す。
対してガドラフは超人的な視力でその拳の先だけを集中。敵の腕に巻いてある包帯が少しだけ気にかかったが、伸びて襲いかかってくる拳の流れを丁寧に読んで、首だけをそらしてそれを避ける。拳圧が作った風がガドラフの肩を通りすぎる。
リーフは矢継ぎ早にその弾丸のような拳を両の腕で連続に打ち込む。しかしガドラフは綿毛のように体を揺らしてそれを避け続ける。最低限の動きで、まるでそれはダンスで決められた振り付けでも踊っているよう。全ての拳は空を切るのみだった。
強烈な音を立てて飛び交うパンチを、老人の格闘家は焦りのない顔で避け続ける。そんな中、ガドラフは掌から小石を出して親指で弾いた。先ほどの岩の破片だ。
その小石はリーフの目の下に当たり、軽い目潰しになった。一瞬、パンチの速度が緩む。その隙を突いてガドラフが前進、間合いを詰めてリーフの顎に向けて掌底を打つ。それは完全に顎を捕らえてリーフの両足が地面から軽く離れた。
そこからガドラフは逆立ちするような格好になり、片手を地に付け、バンパイアに向かって蹴りを放った。飛び出しナイフのように鋭い蹴りがリーフの顎に深々と突き刺さった。リーフはロケット花火のように空へ向かって飛ばされる。
「ロウカススタフィ・アーツリタリミー・バーチメイル・ヴォウトティングフロウ…」
華麗な蹴りを決めたガドラフはその場で直立、一歩も動かずに呪文を唱え始める。唇の動きはかなりの早口だ。
一方、リーフはあっという間にリンゴの木を飛び越え、その何倍もの高さまでに体が舞う。
そしてガドラフが呪文を唱え終わる。
「……アーティ・プディストヘイト・神焼く炎!」
空中のリーフを軸に一筋の閃光が走った。それと同時に丸い巨大なビー玉のようなバリアが彼の周りを包みこむ。次の瞬間、巨大な爆発がリーフを襲う。彼の体の数倍はある赤黒い爆炎であったが、その熱と炎はリーフまで届かなかった。魔障壁の呪文によって遮断された。
バリアを張ったまま、爆炎によって大砲のようにさらに空高く飛ばされるリーフ。彼は空中をしばらく漂い、軽く二転、三転と丸まって回転、何事もなかったように地面に着地した。
草原に立つリーフはさっき蹴られた顎をさすった。ありえないほど腫れている。首がなくなっているではないかと思うぐらいの腫れだ。顔や胴体もあちらこちらが痛い。肋骨も何本か折れているような気がする。しかし我慢できないというほどではない。
(これならいける。ガドラフの攻撃、まだ何十発かは耐えられる。丈夫に産んでくれた父と母に感謝しよう)
さんざん空中を飛んで敵との距離が大きくひらいていた。黒い魔道師が小さく見えるほどだ。リーフは草原を馳せる。その足取りは軽い。
(僕の攻撃が一発でも当たれば勝てる! 今の僕ならガドラフを降参させられる!)
馬車のように駆ける彼の足元にはやはり土煙が飛んでいる。
(…それから、どうする!? …いやその時、考えるんだ。僕がどんな気持ちだったか、彼に思い知らせてやる!)
ガドラフは仁王立ちのまま、全く動かない。呪文を唱える様子もない。向かって来るリーフをただただ見つめるだけだった。
リーフが全力の力で草原を駆け、徐々に二人の距離が近くなる。
その距離が十メートルほどになるとガドラフが叫んだ。まさに咆哮というべき声だった。
「待てえぇっ!!」