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リリカとパディ② ツインテの呪い(2)

 その後もパディはフォードからガミガミと怒られる。慣れているのかリリカはカウンターで自分の仕事をこなす。しばらくしてリリカがフォードに病院の外へと連れ出された。

「はい。リリカちゃん、これ」

 フォードがリリカに金貨を一枚手渡した。

「またこんなにたくさん!」


「いいんだよ。あのチュルチュル頭が困ってる時に助けてあげてよ。でないとご飯も食べられないでしょ? 悪いのはカスケード寺院なんだ。あそこさえなかったら、ここも繫盛してると思うんだけどねえ…」

「フォードさん。わかってるなら、あんなにパディ先生を責めなくてもいいじゃないですか」


「いーや! それとこれとは別だ! あいつなら逆境でも立ち向かえると思う! それにパディちゃんをいたぶるのは楽しいしね! ぐふふふふ!」

(あたしにわざわざお金をくれるぐらいなら最初から家賃をタダにしてあげればいい、なんて意見なんかしても無駄よね。フォードさんはただパディ先生を怒りたいだけなんだから…。ま、いっか)


「リリカちゃん、またあいつが珍しい物を作ったりしたらすぐに教えてね!」

「はい!」

 フォードの言う通り、カスケード寺院の仕業で患者は少なかった。パディは初め、医療崩壊の方を懸念していたこともあって閑散とした病院を逆に楽観視していた。リリカの方が焦るくらいだった。


 能天気な医者と安穏とした日々を過ごしていたが、事件は風呂場で起こった。裸のパディをリリカは見てしまったのだ。

「その、胸の傷は何ですか⁉」

 パディが自分の心臓のことをとつとつと話すとリリカは泣きじゃくった。


「最近、たまに咳をしてるからおかしいと思ったんですが、そういうことだったんですね…」

「こほ…。え…? 本当だ、気がつかなかった…。もう心不全が進んだ傾向にある…」

 パディはペストから人類を救って後継者にリリカが内科医として活躍すれば良いと考えていた。

「先生が助かる方法はないんですか⁉」


 パディは心臓を止めて血液を流す機械を作ること、とりわけ器用さの高い、心臓に詳しい人間が手術すればどうにかなることをリリカに話す。すると彼女は何の迷いもなく晴れた笑顔でそれを目標として志す。

「先生をきっと助けます!」

(無知は力だ。しかし心強い…)


 それからパディを手術できる人間を探して四年半。頼みの綱の僧侶は次々と病院から去って行く。

 リリカは人工心肺装置の製作に金を惜しまなかった。そしてある日のことサーキスが現れた。

 初めて会ったその日から異質な僧侶の登場に二人の目をくぎ付けにした。

 ファナにサーキスを紹介すると彼女は理想に一致すると宙にハートを飛ばしていた。

 リリカとファナはナタリー食堂を二人の遊び場所、語らいの場にしていた。


「サーキスは想像通りの人だったよ! ばあちゃんもサーキスのことをすっごく気に入ってる! 私、初対面でビビッときたもん!」

 リリカはテーブルで酒を飲みながら無表情で思う。

(私も先生にビビッと来たわ…。でも何も起こらない…)


 食堂のナタリーに心を許すリリカとファナはナタリーにも恋バナを語っていた。

「おやおや。ファナちゃんはサーキスのことが好きになったんだね! いいことだ!」

「うん! でもナタリーおばさん、誰にも言ったら駄目だよ」


「言わないよ。お客さんのプライバシーはちゃんと守るよ。でもね、外野から見て人間関係がもうわかりきってる人たちがいるじゃない? だから『ああしろ、こうしろ! ちゃんと気持ちを言え! もうじれったい!』とか思ったりすることがたまにあるよ。ここの仕事は面白いねえ!」


「すごいよ、おばさん! 私だったらもうベラベラしゃべって横やり入れてる! お客さんの人間関係も崩壊させてる! 私が食堂をやってたらとっくに潰れてるね! えへへ!」

 ファナの言葉にリリカは酒を傾けて思った。

(えへへ、じゃないわよ…)



 そしてファナの祖母フィリアが畑でサーキスとパディに助けられた翌日。フィリア自身がリリカを訪ねてナタリー食堂に現れる。

「いたいた。こんばんはリリカちゃん」

「おばあちゃんこんばんは」


 白髪のフィリアがリリカの前で感にこらえない表情で語りだす。

「あたしはねー、すごく感動してしまってねー、あたしがファナの年齢だったら即、求婚してるところだよ! もうサーキスに夢中だよ!」

(おばあちゃんまでサーキスの虜になっちゃった…)


「でね、リリカちゃん! あたしじゃ無理なのはわかってるよ。それでうちの子はどうなんだい⁉ サーキスはファナ目当てでうちに遊びに来てるんだろ⁉」

(そうです)

「ど、どうでしょうか…」


「むむむ⁉ ファナに『サーキスのことどう思うー?』って訊くけど、あの子は笑ってばっかりで何も答えないんだよ! 人のことはすぐしゃべるくせに自分のことは話さない! なんともずるい子だよ!」

(それは同感です。そしてファナはサーキスにほとんど一目惚れです。ファナってそういうのが態度に出ないのよね。ファナってすごいわ…)


「あんたも口が堅いね! で、これが一番聞きたいことなんだけどさ…、リリカちゃんってサーキスとお似合いだけど、あんたはサーキスのこと好きじゃないよね⁉」

「はははは! それはないですよ! あたしはもっと大人の人が好きですもの! 年下なんかありえないですよ! 精神年齢が全く合いません!」



 それからパディがカスケード寺院に殺されてサーキスが病院から逃げ出した。サーキスは思いとどまって病院に戻り、リリカが一安心しているとパディがノートに台本を書いていた。

「先生、新しい絵本ですか⁉」


「リリカ君、今度は名作のオズの魔法使いだよ! サーキスを主役のライオンにして勇気とは何か教えてあげるんだよ! これを読んだサーキスはきっと感涙にむせぶはず! もうここから絶対に逃がさないぞ、サーキスー!」

(絵本でサーキスを間接的に諭そうなんて先生ちっちゃい…。それとサーキス大好きなところも気持ち悪いわ…)



 それからサーキスの思い付きがヒントで心臓を止める方法が見つかる。リリカは一旦は反対するが、結局泣きながらパディを殺して心臓を止めることを了承する。そしてその冬、とうとうパディが倒れる。二人はサーキスから生い立ちを聞き、サーキスがパディへの手術の決意をして執刀。手術は成功した。

 そうしてリリカの長い闘いは終わった。

 リリカには気がかりなことが一つ残っていた。というよりも彼女の最大の悩み事であり、関心事であった。

「先生はあたしのこと好きなのかな…」


 リリカは自分から他人を好きだと言える性格ではなかった。友達が少ないこともリリカが率先して人と仲良くなりたいなどと口にしないからだ。

 心を開くことが上手なファナやミアのことが羨ましい、そんなことを感じていた。


   *


 ナタリー食堂にはいつの間にか向かいに妊婦のファナが座っていた。彼女はおいしそうにオレンジジュースを飲んでいる。

 リリカは昔話でもしようとファナに話題を振ってみた。


「ねえファナ。あんた、あたしのことをお姉ちゃんって呼ばなくなったわよね。昔はお姉ちゃんって呼んでたのに」

「うん。まあね。このオレンジジュースおいしいなあ。ナタリーおばさんおかわり!」

「あいよ。でもファナちゃんは大きくなったわよねー! ずいぶん前に身長もリリカちゃんを追い越したし。胸も。二人は見比べたらどう見てもファナちゃんの方がお姉さんだよね!」


 ナタリーと二人は付き合いも長く、友達のように会話する。

「ほらほら! だってよリリカ! クスクスクス!」

「く、くそー…。あたしが成長しないのは何かの呪いかしら…」

「リリカは年をとっても永遠にそのままの姿かもしれないね! 逆に羨ましい!」


「何よそれ…」

「六十年後! 『あー、ワシはもうよぼよぼぢゃ…。リリカは今日もツインテールがキラキラ、お肌もツヤツヤしてて羨ましいのう…。出会った時とまったく変わらんわ…。ワシは先に逝くけれど、ワシの子供や孫のことを頼んだわ…。永遠に生きて若者たちを正しい道へ導いておくれ…』なーんてね!」


「何よ、あんたの妄想⁉ 何十年経ってもあたしはツインテールをしてるわけ⁉」

 リリカの問いにナタリーが彼女の髪の毛を指差して答えた。

「わかった、リリカちゃん! そのツインテールだよ! ツインテールをしている間はあんたの時間の流れが止まってるんだよ! ツインテールの呪いだ!」


「んなわけないでしょ、ナタリーおばさん! それにあたしは二十四時間この髪型にしてるわけじゃないし!」

「きゃはははー!」

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