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セルガーの酒場にドレイクとバロウズがやって来た

 スレーゼンから南南西に約四百キロ、カレンジュラ市の上空から舞い降りる一匹のドラゴン。町はずれに二人の人間を下ろすと再びドラゴンのオルバンは夕暮れ時の空に帰って行く。

「オルバーン! 用があったら呼ぶからな!」

 巨体の男、ドレイクがドラゴンに向かってそう叫ぶと「ピーッ!」と空から声がした。


 もう一人、長髪の男バロウズが言った。

「じゃあ、ドレイク。情報集めだ。面倒くせえけど」

 一人はドラゴンの乗り過ぎで痔になったドラゴンの戦士ドレイク。そしてもう一人は声帯ポリープにかかって声が出なくなっていた賢者バロウズ。バロウズの方は長い期間ホームレスを経験している。二人ともライス総合外科病院でやっかいになった経歴を持つ。


 二人はオルバンに武装品を預けてできる限りの軽装になっている。厚手のチュニックという格好だ。二人が北東の草原から歩いていると老婆がうずくまっている姿が見えた。

「どうしたんだ?」


 二人が早歩きで老婆に近寄っていると、その老婆がキラッと光ったように見える。

「どうしたばあさん…」

 とバロウズが声をかけようとすると、

「足が痛いのが治った! あんたが治療してくれたのかい⁉」

 と驚かれた。どうもこの老人の怪我に誰かが回復呪文をかけたようだ。ドレイクとバロウズは何のことかわからずに周りを見渡していると少し離れた場所で太った男が足早に去って行く姿が見えた。髪型はリーゼントだった。


 賢者のバロウズが言った。

「俺たちじゃない。まあ、とにかくばあさんよかったな」

 気を取り直してドレイクとバロウズは情報収集のために街を散策する。このカレンジュラ市には過去に数回訪問していた。


 人通りの多い場所をある程度廻り、夕食時に空腹を感じた二人は城の南方にある酒場へおもむいた。看板には『アリエーブの酒場』。初めて利用する店だ。

 二人が入り口に目を見張る。表の扉は胸から膝までのスイングドアで、その向こうには普通の扉が。風が入らないよう二重扉になっていた。

 酒かこの扉に興味がある人間は思わず店内に入ってしまう造りだ。


 二人は店員が来る前に勝手に席に座り、バロウズが大声でカウンターに向かって叫ぶ。

「親父、ビール頂戴! 二つね!」

 まだ日が落ちる前だったので客もまばら、二人が座るテーブルの向こうに一グループが騒いでいるだけだった。


 二人はビールが来る前に店の造りを見渡した。

 丸いテーブルの中央にはそれぞれランプが置かれ、木目を照らして温もりのある店内を演出。それに合わせたアンティーク調の六脚の椅子が取り囲む。奥のカウンター席には一列に椅子が並び、ウィスキーやブランデー、ワインにリキュールなどが陳列してある。酒場の隅には酒樽も無造作に置いてあり、入り口のスイングドアとマッチしていた。


「この店を造った奴ってセンスがいいな」

「俺も思った」

 二人が感想を言い合っていると店主のセルガーがビールを持って来る。

「はい、お待ち」


 リーゼント頭のセルガーを見たバロウズが疑問を口にした。

「あんた…。さっき街はずれにいなかったか?」

「え? 俺はずっとこの店にいたぜ? 人違いじゃないのか?」

 バロウズが眉をひそめて続ける。

「ふーん。ところでね、聞きたいことがあるんだけど」


「何だ?」

「俺たちはマムルーク王の命令で『黒い格闘家』って奴を探してるの。あんた聞いたことない?」

「な、何だそれは…」


 セルガーの反応が悪かったが、喉から手が出るほど情報が欲しいバロウズが追加で説明する。

「各地で暴れまわっている謎の老人だ。見た目は背が高くて黒いローブをまとっているらしい。特徴的なのが白髪とヒゲ。白髪は長いのがふくらはぎまで伸びてるらしい。ヒゲも白く太くたくましいのが膝まであるって。

 そいつは戦争が起こる地域でだいたい出没するらしい。戦争に介入して弱い国の方に加勢するんだってよ。


 ふらっと大将クラスの前に現れてさっさと殺してどこかに去って行く。動きが速くて何をしているかわからないけど、何も持ってないからたぶん武器は素手、だから格闘家って呼ばれてる。

 ちなみにそいつが現れる前には神焼く炎(ハイフレア)の呪文で軍隊が大群で吹っ飛ぶらしいから、黒い格闘家の手下には魔法使いがいるのではないかとささやかれている。…俺の読みは違うけど…」


 セルガーは抑揚(よくよう)のない声で返事をする。

「やっぱ知らないな…。それにそいつが弱い国を応援するんならいいじゃね? 正義の味方じゃねえの?」


 ドレイクが否定した。

「違う! その格闘家は何のイデオロギーもないんだ! 負けている方を応援した方がより不利で面白い、そんな考えしかない! 先々月、ここから北西のモンステラの国で内戦が起こった。それは大臣から国を追い出されたモンステラ王子のクーデターだった。


 モンステラ王子は長い年月をかけて自分を鍛え、国外からも協力者を増やして、満を持しての反乱だった。あと一歩のところまで悪大臣を王子は追い詰めたが、そこに突如、黒い格闘家が現れて王子の軍隊は蹴散らされてしまった!

 王子の軍は解散、そして今もモンステラの国民は悪政を強いられている!」


「ぶわはは! だせえ!」

 笑うセルガーにドレイクが怒った。

「他人事だと思っているな! モンステラ王子の泣き顔を見たらそんなことも言えなくなるぞ!」

「知り合いだったのか…」


「ついでに言えば、黒い格闘家は戦争がなくても名だたる武将と呼ばれる人間を何人も襲っている。そういう戦いが好きらしい…」

「まあ、俺の反応を見ればわかると思うけど。何度も言うけど知らないなあ。ごめんな、お客さん」

 ドレイクとバロウズは天井を仰ぐ。


 それに対してセルガーは思った。

(たぶんギルなら知ってるかもしれないな…。でもあいつは戦いが嫌だから…。最近のミアの手紙じゃ看護師を始めたって…。看護師になったあいつなんか想像できないけど、こんな変な奴らに巻き込まれたらかわいそうだもんな…。黙っとこっと)


「黒い格闘家は見過ごせない存在だ。奴のおかげで国の勢力が一夜でひっくり返ったりして世界のよどみにしかならない。何か知ったら教えてくれ」


 気を取り直してビールを飲み続けるバロウズとドレイクは壁側のグループ客を見やった。

 金髪でショートカットの女性店員が客の似顔絵を描いている。壁にも『似顔絵描きます』というチラシがあり、サンプルの絵は人の顔をデフォルメさせた特徴的な人物画になっていた。


 二人の視線に気がついたセルガーが説明する。

「ああ。あの従業員は絵が描けるってんで雇ったんだ。店のメニューの絵を描いてもらうのにな。あいつは声が出なくてよ、普段は厨房で作業してるんだけど、暇な時間があったらああやって金をもらって客の顔を描いてる」


 ドレイクとバロウズは顔を見合わせた。ドレイクがセルガーに訊いた。

「どうして声が?」

「子供の時に高熱が出て声が出なくなったんだと。耳は聞こえる。普段は筆談だな」

 ここで二人の頭にあの医者の顔が頭によぎる。


「へったくそだなあ! ぎゃはは!」

「こんなんじゃ金は払えないぜー!」

 人相の悪い客三人は女性店員が描いた絵を笑い飛ばしていた。ドレイクがその絵を見るにはほくろが大きくなっていたり、目が異常にクッキリ男前に描かれていたりとアンバランスではあったが、しっかりと特徴をとらえているように見えた。


「よお、金が欲しいなら欲しいと言ってみろ!」

 女性店員は口を大きくパクパクとさせて震えている。瞳は涙目になっていた。

「お客さん…」

 セルガーが間に入る前に長髪のバロウズが飛び出した。そして店内に怒号が飛ぶ。


「お前らー! そういうこと言って恥ずかしくねえのか! ぶっ殺してやる! お前ら全員外に出ろ!」

 優男(やさおとこ)が何を言うかとゴロツキのような三人はゲラゲラと笑いながらバロウズの後を追う。ずらずらと店内の全員が外に出ると、道端でバロウズとゴロツキが対峙する形になる。そこにドレイクが口笛を吹いて空に向かって言った。

「オルバーン!」


 声のトーンを察してドラゴンのオルバンが急降下で降りて来る。中型のドラゴンがゴロツキどもの前に立って羽を広げる。

「吠えろ」

「グァァーーー!」


 オルバンの咆哮に空気がビリビリと震えてゴロツキの一人が地面を転がる。もう一人は尻もちをついて失禁、一人は全力疾走で逃げ出していた。

 残り二人も地を這うように逃亡し、酒場の前に静寂が訪れる。


「ドレイク、余計なことをするなよ」

 二人を見る女性店員が安堵の表情を浮かべている。バロウズは胸をなでおろす。リーゼントのセルガーはどちらとも言えない顔で彼なりの感謝の言葉を言う。

「近所迷惑だぜ、お客さん…」


 バロウズは唇を歪めるとドレイクに提案した。巨体のドレイクと並ぶこの二人はでこぼこコンビという言葉がピッタリだ。

「なあドレイク、ここを拠点にしようぜ」

「ちょうど私もそうしようと思っていたところだ」


「じゃあ、ここは俺んち」

 バロウズが酒場を勝手に指差すとセルガーが慌てて言った。

「いや、ここは俺の家だぜ!」


 ドレイクが説明する。

「すまない。彼は賢者で移動呪文の天才なんだ。僧侶の呪文で唱えれば深層心理の家に帰る、帰還(リターン)の呪文があるが、このバロウズはなんと自分のホームを任意に決めることができるんだ。悪いがマスター、私たちはこの店が気に入った。ここにちょこちょこ寄らせてもらう。

 私はドラゴンの戦士ドレイク。そのドラゴンはワイバーンの亜種でプティバーン、名前はオルバン。他に仲間が二人いるが別件で違う所を旅している。ちなみにパーティー名はチーム・オルバン。私が嫌々ながらのリーダーだ…」


「俺は賢者のアンドリュー・バロウズだぜ! よろしくなカワイ子ちゃん!」

 バロウズが指二本を自分の(ひたい)に当ててウインクを飛ばす。女性店員が笑顔でコクコクと頭を縦に振っている。名前を覚えたという意味だ。


 セルガーがショートカットの女性店員を指差して言う。

「この子はベルベット。そして俺はセルガー・アリエーブだ」

(面倒だが、悪い連中ではなさそうだ…)


 バロウズとドレイクの興味はこの酒場の主人に注がれていた。

(この酒場の親父は絶対に僧侶だ。暴いてみせるぜ)

(私は謎解きが大好きだ! ついででこのセルガーっていう男の正体を突きとめてみせよう!)

 以心伝心。二人は目を合わせて大きくうなずいた。

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