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師匠の旅の終わり 新しい生活の始まり

 翌朝、ユリウス・バレンタインこと、スプリウスが客室で目を覚ますと子供たちが彼のもとへ集まって来た。六人全員。遅れてミアとギルも現れた。

 昨日ちらっと見かけた二人の少年が自己紹介を始める。


「じいちゃん、おはよう! 僕はジョセフ!」

「俺はマシューだよ!」

「聞いていると思うが、ワシはスプリウスだ。おはよう。これからよろしくな」

 他の子供たちも元気よく朝の挨拶をする。しつけが行き届いて気持ちが良いとスプリウスは思った。


 朝食前から子供たちは目をらんらんと輝かせている。

「じいちゃん、ご飯食べたら僕と剣術の稽古しよう!」

「そうだな、聖騎士なら強いだろ! やろうやろう!」

「だめだめ! おじいちゃんはあたしが街を案内するの!」

「違うよ、おじいちゃんは私とプリンを食べに行くの!」


(なんとかわいらしい!)

 スプリウスは子供たちに心を奪われていた。

(金、酒、女! そんな欲望まる出しだった悪しき弟子どもと比べてこの子たちは天使のようだ!)

 子供たちの言い争いが続く中、スプリウスが言った。

「ワシを取り合わないでくれ!」


 苦悩と笑顔にまみれたスプリウスの表情。それを読み取ったギルが言う。

「みんな、あんまりじいさんを喜ばせるな」

「ワシの息子は辛辣だな…」


 ミアがパンパンと手を叩いて子供たちを諫める。

「はいはい、皆さんは学校に行かなくちゃ駄目ですよ。お父さんは今日は私とフォードさんの所へご挨拶へ行きましょう!」


   *


 スプリウスは手始めに近所の散髪屋で身なりを整える。そしてミアと共にフォード不動産屋へ向かい、そこでも歓待を受けた。それからスプリウスはミアと一旦別れ、再度、ライス総合外科病院へ挨拶に行った。


「スプリウスさん、こんにちは! お腹の方はどうですか?」

 リリカとパディが笑顔で訊く。昨日と同じ歓迎ムードだ。心がむずがゆくなる。

「え? ああー! 色々ありすぎて手術をしたのも忘れていました! それぐらい快調です! ありがとうございます! それからお二人とも私の正体を知っていたとは…人が悪い! それからフォードさんとも会いました。孤児院の支援をしたりとなんとも立派な方で嬉しかったですよ、パディ先生!」


 パディは眉をしかめた。不愉快極まりないという表情になる。

「スプリウスさんはあの人のことを知らないから。あのハゲはどうせ、『また高レベルの聖騎士が手下になった。濡れ手にあわだ!』って喜んでるんですよ、絶対! あのおじさんの真の目的、フォードさんはこの国を支配して国民全員をハゲにしようと企んでる邪悪な不動産屋なんですよ! スプリウスさんは気づかなかったんですか⁉」


「おい、サーキス」

 看護師姿のギルがサーキスに警告する。父をこれ以上パディ・ライスに接触させてはいけないと。

「親父をブラウン家にもう一度連れて行け。挨拶もそこそこだったんだろ」

「お⁉ …おお! 親っさん行こうぜ!」


 サーキスがスプリウスの腕をつかんで病院の外へと連れ出す。その間にもこんなやり取りが聞こえる。

「先生は出会ったばかりの人になんてことを言うんですか⁉」

「そうだぞ! あんたは黙っていればすごい医者なのにどうして自分を落とすことを言う⁉」

「ふふん。先に株は落としておくものさ。あとは上がる一方だからね!」


 スプリウスは顔面蒼白になりながら、隣を歩くサーキスに言った。

「大丈夫か、あの先生…。ワシもたいした師匠ではなかったが、あんなおかしな人に弟子入りして…技術と人格はともなわないものなのか…。大丈夫か、お前…」


「だ、だ、だ、大丈夫だよ! 先生はフォードさんのことにだけ、ああなっちゃうんだ! 本当はフォードさんのことをとっても信頼してるんだよ! 見た目であの先生を判断したらダメだよ! …俺、何であの人を弁護してるんだろ…」


 今日は天気に恵まれて風が心地よく暖かい。二人があれこれ言い合っているとブラウン邸まで着いた。そこではファナが一人草むしりをしている姿が見えた。身重のファナは簡易的な木製の椅子に座って除草作業に勤しんでいる。サーキスとフィリアは無理をしなくていいと声をかけているが、本人は働きたいとすすんで体を動かした。


「おーい、ファナー。親っさん連れて来たぜ。昨日はちょっとしか会わせられなかったから」

「こんにちは、ファナさん」

「おおー! 師匠! スプリウスさんだね! こんにちは! ギルとミアには会った?」


「会いましたよ。感動的な再会でした。孫にも会えました。息子は相変わらずだが、身寄りのない子供を育てていた。親の欲目ですが、立派になっていて嬉しかった…。再会できたのもあなたの旦那のおかげです。ありがとう」

「ところでさ…」


 ここでファナが決定的なことを言った。

「師匠ってどこから来たの?」

「えーっ⁉」

 スプリウスとサーキスは言葉に詰まった。全く予期していない質問。それはサーキスへの問いかけでもある。緊張が走る。


「それとスプリウスって名前、本名?」

 これも予想していなかった。普段、ニコニコと笑ってばかりのファナにサーキスは完全に油断していた。ぼんやりしているようだが、その実、鋭いところがある。たまに推理小説を読んでいることも頭のどこかに置いてけぼりだった。


「ギルが婿養子で名字を変えてるじゃない? だからずっとおかしいなあ、何かあるなあって思ってたんだ」

 簡単に追い詰められたスプリウスは白状した。

「すみません、スプリウスという名は偽名です…」


「やっぱり! 当たった! でね…」

 ファナはここで話題をずらして例え話を始めた。

「サーキスはそこのパディ先生の心臓を手術してお医者さんになったんだよ。師匠は知ってる?」

(この人もワシを師匠と呼ぶな…)

「昨日、聞きました」


「パディ先生とリリカはずっと前からサーキスを医者にしようって計画してたんだ。そうしないとパディ先生が助からないから。あの二人は頭がいいし、どんな計画だったか知らないけど、私がそれを聞いてたら途中で絶対にサーキスにしゃべってる。二人の目論みは失敗してたかもね…。サーキスとギルと師匠が何かに追われて、流れ流れてここに来たってのはなんとなく想像できるんだ。それにサーキスもギルもいい人だし、悪いことをして国を追われたっていうふうには思えない。何か運が悪いことが起こったんじゃないかな。

 サーキスがどこから来たのか、私にみんなが内緒にしてるのは私のためじゃないかなってたまに思うんだよね…」


「そうだよ! ファナのためでもあるんだよ!」

「そうです!」

「だから、私は師匠がどこから来たのなんて訊かない。聞いたらしゃべっちゃうもん! ふふふ! これからよろしくね、師匠! 結局ここに住むんでしょ?」


「ええ! そうなりました!」

「師匠、一緒に草取りしよう。横においでよ」

(初対面のこんな若いお嬢さんと二人きりになるのか⁉)

 スプリウスはチラッとサーキスの顔を見た。

「俺は仕事に戻るよ。大丈夫。ファナはおしゃべりだから話しやすいよ」


 スプリウスは緊張しながらファナの隣にしゃがみ込み草むしりを始めた。

「失礼します…」

 妊婦と熊のような中年が並び、草がむしられて行く。

「じゃあ、俺は病院に戻るぜ!」


「ねえねえ、師匠! サーキスが子供の時の話、聞かせてよ」

「ああ、いいですとも。十年ぐらい前、ギルが子供を抱えて連れて来た。うちの寺院のパンを盗んだらしく、息子がそいつを殴って捕まえて来た」


 サーキスが振り返って声を荒げた。

「親っさん! そこから始めるのかよ!」

「当たり前だ! そこから始めずにどこから始める⁉」

「面白そうな話じゃない! サーキス、どうして今まで教えてくれなかったの⁉」


「家族にパンを盗んだ話なんか普通するかよ! 親っさん、その昔話、やめてくれ…」

「嫌だ。パンを盗む奴が悪い」

「だよねえ!」


「ちぇっ。もう意気投合してやがる。面白くない。俺は仕事に戻る」

 サーキスは聞くも耐え難いと走ってその場を去る。

「それでそれで⁉」


「ワシはそいつに回復呪文をかけてやって、ワシの妻に飯を用意させた。その子供は『おいしいおいしい。こんなにおいしいものを食べたのは生まれて初めて』と泣きながらスープを食べた。ワシは、この子はいい子だ。きっとお腹がいっぱいになれば真っ当な人間に育つと確信した」


「おー! ギルはサーキスを助けようと思って捕まえて来たんだね! 師匠の息子は優しいね!」

「ははは。それでサーキスに僧侶にならないかと訊くと、友達も一緒にいいかとたずねられ、奴は犬を連れて戻って来た。名前はレオ。それから一緒に生活することになった」


「前の犬もレオだったんだ! 知らなかったー!」

「それもあなたに言ってなかったか! ははーっ! 面白い!」

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