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訓練場での戦い(1)

 ギルが病院の仕事に就いて数日が過ぎた。そして来院する患者は一日に一人、二人。あまりの患者の少なさにギルは面食らう。

 パディの言われた通りに患者を透視して診察、手術の後は回復呪文を唱えるのみ。ギルにとって圧倒的にぬるい仕事であったが、パディとリリカはご満悦のようすだった。


「ギル君のおかげで大助かりだよ!」

 ここには僧侶がいない時期が長くあり、パディの感覚は少しおかしくなっていた。同じくリリカも。

「先生、それにここ最近、毎日患者さんが来ますよね! きっと病院の評判も上がって来てるんですよ!」


 連日、患者が来ないことなど当たり前だった毎日。

 パディとリリカが手を合わせてダンスでも踊るように喜んでいる。ギルは冷や汗を流しながら二人を眺めていた。

(大丈夫か、こいつら…)



 それから一週間ほどが過ぎてブラウン家の畑仕事もひと段落し、今日は午後からサーキスも病院に戻って来る予定だった。そして、この日は皆にとって運命の日でもあった。


「こんにちはー!」

 十時頃、病院に現れたのは明るい笑顔で現れたリーゼント頭の少年。

「おう、患者か。よく来たな」


 窓拭きをしながらこちらにいかつい挨拶をするギルを見てトマーシュ少年はたじろいた。

(誰だろ、この人!?)

 そこへフォローに入るようにパディが現れる。

「あ、君はクロッカスさん()のトマーシュ君! 今日はどうしたの?」


「こんにちは、パディ先生! 前の歯を抜いた手術から半年以上経ったから健康診断に来たんです!」

 親知らずがあった少年だ。病名は含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)

「ああ! もうそんなに経つのか! ちゃんと病院に来てえらいね! それからその人は最近入った看護師のギル君。サーキスの後輩だよ。サーキスは今、自宅で畑仕事をしている。それにギル君ももうちょっと愛嬌良く!」


 ギルが鼻を鳴らす。

「ふふん」

「よかった、サーキスさん辞めたんじゃなかったんだ…」

「ギル君は見た目が怖いけどとてもいい人なんだ! …って、僕は毎回患者さんにこんなこと言わないといけないんだ…。面倒だなあ…」


「俺様はこの町へ引っ越して来たばかりだ。家では孤児院もやっている。よろしく頼むぞ、トマーシュ。リーゼントか。いい髪型だな。嫌いではないぞ」

(顔は怖いけど悪い人じゃないかな)

「俺様以上の善人はそうはいないぞ」


「ひ、人の考えを読まないでよ…。自分のことをいい人間って言う人ってたいてい悪人…。いや。で、パディ先生。今日は診察できる?」

「んー…。とりあえず診察室へ行こうか」

 診察室の椅子にトマーシュが座るとパディがトマーシュの口の中を覗いた。


「ふむふむ。変わりはないみたいだね。ギル君も彼の口の中を見て。下の奥歯」

「おおー。綺麗に奥歯が両側ともない! ドクターが抜いたのか? あんたはこんなこともできるのか。すごいな」

 それからパディがギルに宝箱(トレジャー)を頼んだ。透視したギルが驚く。


「何だこれは⁉ 歯の下…いや歯の上に、歯ぐきの中にまた歯があるぞ⁉ 何でこんなことが⁉ それに赤い腫瘍のようなもの…。一体これは⁉」

 驚愕するギルにパディがフォローする。


「ごめんね、トマーシュ君。ギル君は看護師になったばかりなんだ。初めて見て興味津々だからこんななんだ。それでギル君、その赤いのが含歯性嚢胞。取らないといけないんだけど、まだその時期か君では判断できないよね。


 そしてトマーシュ君、ごめんなさい。今の透視はギル君に親知らずと含歯性嚢胞を覚えさせたかっただけなんだ。前回との比較はサーキスでないと無理だと思うんだ。サーキスは今、自宅の畑で仕事してる。申し訳ないけど、これからブラウンさん()の畑まで行って歯ぐきを視てもらいに行ってくれない?」


「あー、いいけど…。今日の代金は…」

「タダでいいよ」

「やったー! それじゃあ俺、サーキスさんに会いに行って来る! 久しぶりだから嬉しいよ! 僧侶のおじさん、仕事頑張ってね!」


 リーゼントの少年は笑顔で病院を出て行った。見送ったギルが独り言のように言う。

「俺は僧侶ではないし、おじさんでもない…。サーキスよりも若いんだぞ…」

 そしてパディに質問する。

「思ったが、ドクター。なぜ親知らずとあの腫瘍のようなものを放置する? 育つ前に取ってしまえばよかろう?」


「いい質問だね! その通り! 今すぐ抜いてしまえば問題ない! トマーシュ君の含歯性嚢胞が解決するね。だけど僕は医者としてのサーキスの成長を見ないといけないんだ。どれくらいになったら手術しないといけないとかサーキスが自分で判断できるようになって欲しい。もっと言ってしまうと半年前に上の歯も抜いてしまってよかった…けれどサーキスを育てるためにあえて親知らずを残していたんだよ。トマーシュ君には申し訳ないけど!」


「あんたは最初からサーキスを、僧侶を辞めさせて医者にする気満々だったんだな。なんという極悪人なんだ」

「ははは! ズバリそう! 僕は悪人だよ! 補足しておくとここで働いた僧侶さん全員だよ! そうしないと僕は助からないもん! でもやっぱり一番医者にしておきたかったのはサーキスだ! 夢が叶ってよかったよ! ルンルン!」


「こ、この俺も…」

「いや! ギル君は医者にならない方がいい! 君には違う役割があると思うから! 聖騎士だから刃物は持てるみたいだけど、実際に手術なんかやったらどうなるかわからない…。この世界には目指す職業への条件と、辞める条件があるみたいだけど、それがはっきりしない…。だからギル君はメスなんか持たないで欲しいな!」


「ふむふむ。了解した。…だが今日はいい経験をした。やはり人間の体を覗くのは面白いぞ。ドクターの腹黒さもわかったしな。帰ったらミアやガキどもの歯ぐきも視てやろう。そしてノートにメモを取ってやるぞ」


「うんうん! そうするといいよ! …でも料金をタダにしたのは痛いな…。うちは宝箱(トレジャー)の透視に三百ゴールド貰ってるんだよ…。三百ゴールドもあったらどれだけ助かるか…。いやトマーシュ君にはサーキスの教育に協力してもらってるんだし、この場合は仕方ないか…。ところで今日はフォードさんが来てなかった?」


「ああ、忘れてた! ミスターフォードから知り合いの兵士の訓練を手伝って欲しいと頼まれたんだ! 夕方からだが、今日は早くあがっていいか?」

「なるほど。君はあのハゲに忠実だねえ。わかった、了解したよ」


     *


 午後五時頃、日は少し傾きだしてこの春先の季節はもう辺りが赤く染まっている。

 ギルは仕事を早上がりして子供たちを連れて国の兵士の訓練場に来ていた。

 フォード、ギル、ジョセフ、マシューの四人が長方形に囲まれたレンガ造りの高い壁を抜けると、一面に芝生、間に馬の通り道に石畳の道、中央には細い川が流れ、アーチ型の橋がいくつか造られている。


 実戦を想定し、人工的に造られた訓練場だ。

 そこには鎧兜を身にまとった国の兵士達が訓練に勤しんでいた。

(イステラの城周りに似てるな…)


 左奥の歩兵が剣や槍で訓練を行っている。人数は二十人ほど。右の川を挟んだ向こう側ではさらに十人ほどの弓兵が的を撃っていた。歩兵は強固な鎧兜に守られており、反対に弓兵は軽装だった。

 実剣を抜いて寸止めの訓練が行われている。盾に剣が弾かれる音が響く。本物の兵士の訓練を目の当たりにしたジョセフとマシューは大興奮だった。


「すげえ!」

 フォードが声をかける。

「子供たちは危ないから、ちょっとここで待っててね」

 ギルとフォードが兵士の群れに近づいて行くと訓練場の奥に法衣をまとった人間が五人ほど見えた。それはカスケード寺院の僧侶であり、話を聞いていないフォードは「チッ」と舌打ちをする。僧侶が並ぶ中央に立つのは、白髪の中年のハル・フォビリア。カスケード寺院のナンバーツーだった。


(何であいつがここに来てるんだ⁉)

「おーい、ハイデラちゃーん」

 フォードは動揺を悟られないようにいつもの陽気な声で兵士たちへ寄って行く。ギルはその斜め後ろに後を追う。


 フォードは腕組みする兵士に気さくに声をかけるが、相手は言葉も少なく無愛想だった。兜には隊長の証の角が立っていた。

「こんにちは、隊長のハイデラちゃん。約束通り、ギーリウスを連れて来たよー。すっごく強いらしいよ。ワシは話を聞いただけだけど」


「ギーリウスだ。俺はまあまあ強いぞ。よろしくな」

 兜をかぶったままのハイデラ隊長は挨拶も無しに剣を抜いた。それを片手で握ってギルに向ける。

「ミスター、下がっていろ…」


 急ぎ足でフォードがその場を離れる。そして叫んだ。

「おいおい! ギーリウスは武器は木刀だけで鎧はしょぼいし、兜もない! そっちは全身フル装備だろ! 切り殺されるぞギーリウス!」

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