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第十四章 欲望がもたらしたもの

 特別会議はまだ続いていた。 

 委員会員の皆は目の前に繰り返されている記録された森の中の映像を信じられないと言った様子で見ていた。 

 会員の見ているモニターにはジュードのドームで保護されている森の住人が森の中を飛び回ったり、走り回ったりするたびに、例の実がなっていく様子が映し出されていた。 

「あれは何かね?」 

 三番目の男性が聞いた。

「あれが森の住人です。 もっともその名前はその当時の委員会がつけたものですが。」

「でもどうして森の住人の映像を撮ろうとしたのかしら?」 

 十二番目の女性がつぶやいた。

「事の始まりは森の成長記録を映像にとどめることが目的だったようです。 特に例の実のリサーチをする予定だったそうです。 その映像を撮影中に映っていたのがいま皆さんにご覧になってもらった映像です。」

「それで森の住人というのはいったい何者なんだ?」 

 三番目の男性がこらえられないように言った。 

「当時の記録を見る限りでは、彼女、とりあえず女性のような姿をしていますので、そう言いますが、彼女がなんらかの手入れをすると木の実がなるということが映像からうかがえたので、その秘密を探るためにさらなる映像を撮り続け、最終的には捕獲することになったようです。」

「それで捕まえてどうなったのかね?」

「それが森から離れた途端、森の住人は意識を失ってしまったそうです。 それを我々のドームで今現在も保護している訳です。」

「ちょっと待って、彼女を捕獲する理由がわからないわ。 彼女が森の世話をして、木の実がそこら中になっていたのでしょう? それが人間のためになる可能性もあったのに、なぜ?」

 九番目の女性がひどく興奮してそう言い放った。 普段は物静かな人なのにと誰もが思っていた。 

「それは・・・」

 そうジュードが言いかけた時、十二番目の女性がそれをさえぎるように話し始めた。

「いいかしら。 私の祖父が話してくれたことを今思い出したの。 皆さんは、と言っても私の孫みたいな年齢の方もいらっしゃるから覚えがないかも知れないけど、私がまだ五つか六つの頃、私の区域のドームの周りの森はまだまだ深くなくてね、みんなでお散歩やピクニックが出来るくらいの場所があってね、春の日差しの暖かい日なんかはドームの外に出ることが出来たの。 もちろん、きちんと仕切りする柵があって、森の中に迷い込まないようになっていて。 その柵のすぐそばに大きな木が立ち並んでいて、その中で一本だけ特段に大きかった。 しっかりと四方に根を伸ばして、枝葉を四方に広げ、実こそならなかったのだけれど、暖かい時期にはきれいなきらきら輝く花を咲かせたわ。 私の祖父はその花が咲くたびに私をその木のところへ連れて行ってくれた。 私はその花が大好きだった。 何度も自分で手に取ろうと飛び跳ねたけど取れなかった。 そのうち、ひらひらと花びらが落ちてくるのだけど私はそれを追いかけて、飛んだり跳ねたり転んだりしていた。 私の祖父は私が花びらを追いかけるのを見て微笑んでたわ。  ある年の春の日、日差しは優しく、緑の空が青々と広がっている中、祖父は私を外に連れて行ってくれた。 その頃の祖父はあまり体の様子が芳しくなくって、ベッドに半日寝たきりのような日もあったから、私の家族はみな心配したのだけれど、祖父がにっこり笑って花を見に行きたいと皆に言うものだから。 私はしばらくぶりのお散歩にウキウキしていた。 おかしいわね、もう何十年も前の事なのにウキウキだなんて。」 

 そう言って十二番目の女性は恥ずかしそうに笑った。 他の委員はなんだかもどかし気に彼女が笑い終えるのを待っていた。 ジュードも他の皆に習って彼女が笑い終えるのを待っていたが、何故か彼は彼女の話が懐かしく感じられた。 

 そういえばとジュードは何かを思い出したように瞬きをした。 他の何人かも何かを思い出しているようだった。 皆、何か記憶のかけらが心の片隅を横切ったかのようなそんな気がしていた。     

「祖父はいつものように私の手を引いて例の大きな木の下に連れて行ってくれた。 そして、自分はその大きな根に座り、私をその隣に座らせ、祖父は私に『触ってごらん。』 そう言って私の手を取りその木の幹の表面に置いたの。 祖父は自分の手を私の手に重ねて目を閉じ、私も同じように目を閉じたわ。」

「私も似たような記憶があるわ。」 

 九番目の女性が言った。 次いで、私も、私もと言うように他の数名の委員もうなずいた。 三番目の男性は怪訝そうな顔で他の委員の顔をうかがっていた。

「最初はなんとなくくすぐったいような温かい感じがその手の平に伝わってきた。 私は祖父の手の暖かさと勘違いしたんだけど、それは明らかに木の表面から出てきていた。 その暖かさが手のひらに広がって指先が熱くなるほどになると今度はゆっくりと腕を伝って肩へ、頬へ、頭へと終いには体全体に伝わっていった。 それは今まで生きてきた中で最も安らかで確かな感覚だった。 そして、祖父はこういったわ。 『この木は私の祖父に当たる人なんだ。』 私にはその意味はその時はわからなかった。 でも、その暖かさはまるで家族に抱かれているようなそんな暖かさだった。 それからひと月あまりで私の祖父は亡くなった。 彼の遺言で遺体はその木のすぐそばに埋められて、私は毎日のようにそこに行って、その大きな根に座り、手を幹に乗せ、時には耳をつけて、その暖かさを感じたわ。 そうすることでいつまでも祖父と一緒にいられるような気がして。」

 そこまで言い切って、彼女は心の震えに耐え切れず、涙を流し始めた。 そして、画面上から姿を消した。 

「一体全体何がどうなっているんだね? 昔の思い出話を聞くだけの特別会議なら私はもう席をはずさせて貰うよ。 ったく、いったい、どうしちまったんだよ、彼女は。」 

 三番目の男性はその状況にかなり憤っていたが、何かを言いたくていらいらしているようにも見えた。 

 十二番目の女性はまるで何事もなかったかのように画面に戻ってきた。 ジュードは笑みを浮かべ、そして続けた。 

「話をもとに戻しますが、森の住人を捕獲するにはいくつかの理由がありました。 その一つは今聞いた話にやや関係しているのですが、この広大に広がる森は我々の祖先である可能性があるのです。」

「それはどういうことかね?」

「ライブラリの資料には映像の記録はないのですが、二百年以上前のワンダーの記録書がデータ化されており、それを私はかいつまんで読んでみたのですが。」

「ワンダーって?」

「その木の名前です。」

「不思議な実のなる木と言うことか。 まあ、若返りの効果のせいでそう名前がついたんだろうが。」

「その実の栄養価、効能についてはもうお話ししましたが、もう一つ信じがたいことがその実にはあるのです。」

「もったいぶらずにいいたまえ。 私にだってもっとも他の皆もそうだが特別会議を終了させる権限があるのはご存じだろう。」

「それはわかっていますが、私自身、まだその記録が本当なのかどうか確認しようがないので、言うべきかどうか迷っているのです。」

「じゃあ、多数決だ。 この無意味な会議を終わらせることに賛成の方、挙手してくれ。」

 誰も手をあげなかった。

「どうしてだ。 皆、この暇つぶしに付き合おうっていうのか? 意味なんか全くないぞ。 本当のことを知ったって何の得もありゃしない。 皆が駄目でも私の権限を施行させてもらうとしようか。 この会議はこれで・・・」 

「あなたの奥様はお元気?」

 十二番目の女性が三番目の男性をさえぎるように口を開いた。

 三番目の男性はまるでロボットにでもなったかのように表情をなくしてしまった。 と思うと、彼の口ひげが小刻みに揺れ始め、顔がくしゃりとくずれ、肩をあげ、息を切らし始めた。

 ジュードはその様子を察し、

「五分間の休憩をしましょう。 もし休憩後に参加出来ない方がいるのであれば、私に連絡ください。 議事録をセンターのサーバーにアップロードしておきます。」 

 そう言って、ジュードはモニターをスタンバイ状態に切り替えた。


 いったいどうしたって言うんだろうか? 高慢な態度は普段と変わらないのにあそこまで苛ら立つのは何か余程の理由があるに違いない。

 ジュードはすっかり冷めてしまったアルコール入りのコーヒーを流しに捨て、代わりに今度は金色の光を放っている茶色のアルコールをグラスに入れ、一口飲んだ。 コーヒーに混ぜたときよりははるかに美味に感じられた。 あまり度数は高くなくその代わりと言っては何だがかなり強い香りがした。 千年前と同じ方法で作られているというが、材料自体は同じような植物を広大なラボで作り出し、生成していると聞いた。 食料班が年に一度か二度の割合で持ってくるのだが、ジュード自身あまり飲める方ではなかったので、何本かまだ棚に残っていた。 時には知り合いに分けてしまった。 

「一般住宅地の酒に比べたらこれは天使の涙位の価値があるね。」

 と彼の知り合いが言ったことがある。 

 ジュード自身、一般居住区にも足を運べるのだが、ほとんどの用がタワーで事足りてしまうので余程のことがない限り、表には行かなかった。 一般住宅地にはタワーにはない繁華街や商店街もあったが、ジュードは行ったことがなかった。 彼の両親も行かなかった。 

 一般住宅地に行くことは禁止されているわけではなく、特に危険があるというわけでもなく、それでいてタワーに住んでいる人間の半数以上は足を運ぶことはなかった。 恐らくそれはタワーの居住区には一般居住区の人間が立ち寄れないからだったのだろう。 タワーの下半分は行政とその関連企業のオフィスが入っていて、そこにはドームのいずれの人間も立ち寄れたし、そこで働いているほとんどの人間は一般居住区に住んでいた。 タワーの上半分の居住施設はそこに住むもののみがアクセス可能で、一般居住区に住む人間が上の居住区を訪れる場合は委員会の許可を必要とした。 

 そんな訳で、一般居住区の住人も仕事か新しく生まれた子供の登録とかの行政関連以外の理由でタワーに立ち寄ることはなかったから、結局お互い様と言ったところなのかもしれない。

 ただし、時折不穏な噂も聞かないことはなかった。 アルコールを分けたりする友人はタワーの人間なのだが、眠る以外(もちろん時には眠ることもあったが)、ほとんど一般居住区で過ごしていた。      

「その方が気楽なのさ。」 

 そう友人は言って笑った。 

「それにいろいろ面白い噂話も聞くしね。」

「噂話って?」 

 ジュードは一般居住区の暮らし向きのことはほとんど知らなかったので、子供が聞くように無邪気にそう聞いた。 

 友人は真顔になり、

「聞きたいかい? 噂話を?」

 と意味深げに言った。 

 ジュードは友人の意外な態度にやや驚いたが、こくんと頷いた。 

 友人はジュードに貰ったアルコールの入ったグラスをぐいっと開け、そしてまたなみなみと注いだ。 こぼれ落ちそうな程アルコールの入ったグラスを片手でくゆらせながら、友人は突然重くなってしまったかのような唇を小さく開き話し始めた。 

「いいかい、これから僕がいうことはみんな噂話だ。 多分いくらかの真実は入っているにしてもほとんどは大きな尾ひれがついて、単なる笑い話か信じられないおとぎ話のようになってしまっているから、話し半分、いやそれ以下で聞いてもらわないとね、わかるかい?」

 そこまで一気に話して、友人はグラスの中身をまた飲み干した。 

 ジュードは友人に向かって頷いたが、友人はもうジュードのことを気にしていないように見えた。 どこか遠くを見つめているような、そんな目つきをしていた。 

 しばらく、といっても数秒の事だったが静寂が訪れた。 完全なる静寂で何も聞こえなかった。 耳をすませば心臓の音位聞こえそうなほど空気が静まり返った。

 友人はそう言ったことにはお構いないかのようにボトルを手にした。 少し考えるようなふりをして、それはジュードに対する遠慮のジェスチャーのように見えたが、結局はまたグラスいっぱいに茶色の液体を注いだ。 

 ただ、今度は飲まずにじっとそれを眺めて楽しんでいるようだった。

「それで?」 

 ジュードは友人を促すようにそう言った。

 友人は、ジュードの言葉が何を意味しているのかわからないような顔をしたが、ああと頷き、

「君は森に行ったことがあるかい?」

 とジュードに聞いた。

「ないと思う。」 

 ジュードはそう言ったが何かを思い出しかけていた。

「僕もないんだけどね、一般居住区の飲み屋に行くと森で仕事をしている連中がワイワイやっていて、一緒に飲んだり、ビリヤードをやったり、何人かと知り合いになったのさ。」

 ジュードは木の実のことを思いだして、何か舌先に甘いものを感じた。 

「とても気のいい連中でね、飲んでて楽しいんだ。 そいつら大概は奥さんと子供がいてね、もちろん、時には女性もいたけど、ほとんどは男連中ばかりだ。 今度の給料で子供に新しいおもちゃを買ってやるとか奥さんが最近怒りっぽくて困っているとか、いろんなことを楽し気に大笑いして話すのだけれど。 僕なんか、君と同じで一人身だろう? 聞いてるだけで自分にも家族がいるような気がして。」

「そうだね。」 

 ジュードはそう気のない返事をした。 ジュードは木の実の甘さを求めて口の中が唾液でいっぱいになりそうだったが、その唾液を飲み干すと今度はのどが渇きはじめ、友人の手に持つグラスの中の液体がいちだんと輝いて見えた。 

「その中の一人がね、あいつはなんて言ったかな、サミュエルとか言ったかな。 そいつは伐採班専門でね、あのドームの外に見えるだろう、大きなクレーンに載って、伸びすぎた枝を切り落としたり、増えすぎたはっぱを振り落としたり。 僕も窓から見ているとなんだか面白そうだなって思っていつかはあれに乗って、チェーンソーを振りかざして見たいなあなんておもっていたんだが。 それで、僕は聞いたのさ、古代の鉢植え、えっと、ボンサイだったかな、この間歴史のドキュメンタリー番組でやっていたのを見たけど、あんな風に枝やはっぱを切っているのかいってね。 するとそいつはちょっと辺りを見渡して、身をひそめて、やや声を低くして『いや、ちょっとクレイジーと思うだろうけど、感じるんだよ。 何か木がごそごそ言っているのを。』」

「どういう意味だい?」

「そいつが言うには、どこを切ったりするか木が教えてくれるって言うんだな。」

「そんな馬鹿な・・・」

「まあ、そんな噂話があるっていうことさ。 もちろん、酔っ払いのたわごとだって思ってくれていいんだからね。 どうやったら木と話しなんかできるもんか。」 

 そう言って友人はもう一杯アルコールを注ぎ、うまそうにグラスを開けた。

 友人のその言葉を思い出しながらジュードは自分もグラスを開けた。 時計を見るともうそろそろ五分が立つ頃だった。 

 私も木の声を聞いたことがあるような、そんな気持ちを拭って、ジュードはやや憂鬱な気分で特別会議に戻った。 


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