フェイランドの冬が明けました。
なんとなく、書いたもの。いつも通りノープラン。
どうなるんでしょうね。多分ほんの数話か、長くて数十話ぐらいの短めなお話になります。
もう一つの連載を終わらせたいので、続きはしばらくお待ちください。
更新待ちが長いのはちょっと、という場合は、まだ読まずにバックプリーズです。m(_ _)m
「いつ見ても醜く悍ましい姿だ!!!可憐で可愛いミルミルとは大違いだな!お前などとは婚約破棄だ!お前の意見など聞かない!拒否しようが、泣いて頼もうが、婚約破棄だ!さあ、即刻ここから立ち去り、俺の前から永遠に消えろ!」
「ふっ……」
「何がおかしいんだ!笑うな!この醜い大女め!あっちへ行け!俺の近くに立つな!俺の前に姿を見せるな!お前など、生きている価値がない!そうだ、もう消えろ!この世界から消えてしまえ!」
「ふふふふ。はいはい、婚約破棄ね。喜んで!」
「な、なんだとー!強がりを言うな!この、この、この!!!醜い大女め!」
「ブフッ!じゃあね」
さようなら〜と、ヒラヒラと手を振り、後ろを向いて歩き出す。
全く。どうしてあの男は、普通に、怒鳴らずに喋ることができないのか。いつもの様に、喚き出した男を置いて、友人達と共にその場を後にした。いつもは聞けない言葉をやっと聞けたことに満足して。
幼い頃はまだ良かった。互いに「親から話を聞く」だけの相手の時は。
顔も性格も能力も知らず、ただ「自分には同い年の婚約者という存在がいる」ということだけを知っていれば良かったから。
2人が6歳の時に結ばれた婚約。その数日後から当然始まった歴代最長の9年もの間続いた“冬”のせいで、婚約者同士の顔合わせが出来ないまま、時が流れた。その間は、子供の婚約と言う大事な契約をした当事者であり、責任者の父親同士でさえ、手紙のやり取りすら出来ず、ただひたすらに冬が明けるをただ待つだけだった。
“冬”の間でも、各領地に必ずある、精霊の森のおかげで、領民から餓死者は出なかった。精霊の森から流れ出す水が行き着く先には、必ず何らかの実りが齎される。何が実るのかは精霊の気分次第であり、畑を耕すことができる春夏秋の豊かな実りの季節に比べれば、ないも等しい収穫量ではあったが、最低限の、餓えない程度の恵みを糧に、細々と命を繋いだ。
前回の“冬”は15年前にあった。その時は1年で終わりを迎えたそうだ。何度も“冬”を過ごした経験のある年代の者達は、「今回も1年ぐらいだろう」「長くても3年程度ではないか?」と予想し、特に焦ることなく、不安がる若者を宥め暮らしていたが、冬が5年を過ぎると、若者も年寄り「冬の終わり」を話題に出すことがなくなった。
精霊に愛され、守られている、フェイランドの住民達。それなのに、早く終われと「精霊が望んだ冬」を否定することは、許されない。陸の孤島になってしまったかのように、各領地が雪に閉ざされていても、餓死者も出ずに暮らしていけるこの環境は、餓えと戦う必要のある国の住民と比べれば、幸せなのだから。
長い長い、永遠に続くのではないかと、不安になる程長かった冬は、ある日唐突に終わりを迎えた。
心の中で待ち望んだ“春”は、驚くほど早く、フェイランドを緑の国へと変えてゆく。冷たく恐ろしかった銀色世界は消え去り、暖かな空気と萌える緑が、大地を美しく覆い尽くす。
そして、森を、畑を、庭を、人の間を、自由気ままに吹いていた春の風は、たった半年の滞在で駆け抜け、爽やかな“夏”に居場所を譲った。
農業が盛んなこの国では“夏”もそれなりに忙しい。だけれど、“冬”の後に齎された“春”の領地の大豊作に夢中になっていたフェイランドの民達のの浮かれた心は、“夏”を迎えた後、徐々に落ち着きを取り戻し、そして、日の長い“夏”に合わせてのんびりと、それでいて、太陽の季節の“夏”らしく勢いよく、思考を広い世界へと広げていく。
閉ざされる“冬”とは正反対の自由な“夏”の始まりだ。
領内の親族、知り合いと、顔を合わせておしゃべりを楽しみ、どこへでも自由に出歩けるポカポカと暖かな“春”が去り、“夏”が来た。“夏”はいつまでいてくれるのか、“秋”はどうなのか。
9年以上交流が途絶えていた、他領に住む、大切な友達、嫁いだ家族、大事な商売相手、そして婚約者はどうしているだろうか。気にならない訳がない。
各領主達は、季節次第の不定期開催が当たり前の、「フェイランド全領主会議」を開催し、9年間氷漬けとなっていた道路や物の売り買いなどについて話し合った。
ちなみにフェイランドに人間の王はいない。フェイランドで暮らしているものたちは、フェイランドを含めたこの全世界を見守る精霊王や、精霊王よりは身近に感じる精霊を敬い、彼らの民として、生きているのだ。ただ、精霊王は、フィンランドだけを見守っているわけではないし、精霊王の姿を実際に見たものはいない。歴史書にすらどんな存在であるかは書かれていないのだ。しかし、この世界には精霊王への感謝が綴られた過去の記録が多数残っているし、フィンランド国では凍てつく“冬”に精霊の恩恵という名の奇跡の恵で命を繋いできた現実がある。そんな国民が、精霊王と精霊の存在を疑うことはあり得ないことだった。この民にとって、王とは、精霊王である。他国には王族がいる国もあるが、それでも、人の上には精霊王の存在があると、この世界では、それが事実であるとされてきたのだ。
少々暑いが汗が吹き出す程ではないフェイランドの過ごしやすい“夏”。領民達は、気軽に他領に出かけ出した。その中にはフィアラ・グリーンの家族も含まれる。
乗合馬車やロバに乗り移動する人々。荷馬車に商品を山積みしている商人の姿もある。グリーン家は、領主一家の弟家族ということで、乗り心地の良い屋根付きの大型馬車で移動している。
9年以上前に結んだフィアラの婚約相手の家である、ジーンス家からの招きを受けて、婚約者一家との顔合わせの場に向かっているところなのだ。
ご機嫌な父親と、不安げな母親。不機嫌な兄と、眠そうな双子の弟達。立派な馬車と同様に「領主家一族がバカにされない」様に、品の良い衣服に身を包み、一家揃ってお出掛けだ。
勿論、この日の主役と言える、フィアラも、それなりに着飾っている。涼しげ青色生地に華やかな刺繍模様が美しいロングジャケットの下に動きやすいパンツを合わせ、髪型も邪魔にならないポニーテールという、高身長なフィアラに良く似合う取り合わせである。馬車移動だからなのか、太めのヒールのついた動きやすく頑丈そうな靴を履いている。長時間歩くにはキツそうだが、馬車なので問題ないのだろう。華奢なヒールでないのが不思議ではあるが。
可愛いというより、綺麗で格好いい。そう言われることが多い、フィアラの表情は、まだ見ぬ婚約者に胸をときめかす乙女……には見えない、どう見ても渋面だ。
(どうせ破棄になる相手なのだから、今日はもう、婚約白紙の挨拶ということにしてもらえないかな〜。あ〜、クソ親父のせいで、面倒くさ!あ〜、面倒!誰だよ、帯同の方が安心とかふざけたこと決めたの!)
まだ見ぬ婚約者に恋焦がれる乙女が乗っていない馬車は、数刻かけて、隣の領地の領都に入ったのだった。