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4 デート

「おはよう、いい朝だね。リディ、今日もすごく可愛いよ」


「……なんでいるんですか」


 今は朝だ。それもまだモーニングも食べていないくらい早い時間。ものすごく爽やかな佇まいで、まるで自分の家かのように優雅にテラスで紅茶を飲んでいる。


 なぜ我が家の人間は当たり前のようにこの男を中に入れているんだ。


「もちろん可愛いリディに逢うためだよ」


「逢うって……まだ朝ですよ」


「君の顔は四六時中見ていたいんだ。本当は眠っている時も夢に出てきてくれないかなと思うほどに」


 ニコニコと笑ってそんなことを言うので、ゲホゲホと咽せてしまった。


「リディ、大丈夫かい?水飲む?」


「だ、だ……じょうぶ……です」


 何この人。たった二年留学に行ったくらいでなぜこんなにキャラが変わってしまったのだろうか?


「良かった」


 彼は目を細めて、私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。その顔がとても嬉しそうで……なんだか手を払い除けられなかった。


「そうだ。リディに伝えたいことがあったんだ」


 そう言われて私は「なんだろう?」と彼を見上げた。するとイザークは急に頬を染めて口元を手で押さえた。


「その上目遣いはだめだよ。色々我慢できなくなるから」


「なっ!?」


 私の顔も真っ赤になった。我慢って一体何の我慢なのか。


「リディが可愛すぎて、抱き締めて私の胸の中にずっと閉じ込めておきたくなる」


 耳元で小声で囁かれて、身体がビクッと震える。悔しいが良い声だ。


「今日はリディの卒業祝いを買いに行こう?」


「……欲しい物なんてないので行きません」


 私はプイッと顔を背けながら、わざと冷たくそう言った。


「そうか」


 イザークは深く俯いてしまったので、表情がわからなかった。ちょっと冷たく言い過ぎたかな、と後悔していると急に手をギュッと握られた。


「じゃあ、行こう!」


「……は?」


「まずはモーニングだね。それから欲しい物を買いに行こう」


 いやいや、意味がわからない。私は欲しい物はないと伝えたはずだ。


「あの……私の話聞いておられましたか?欲しい物なんてないんです」


「だからこそだよ。色々見て回って、欲しい物を探しに行こう」


「探しに行く?」


「ああ。リディの好きな物、嫌いな物……全部知りたいんだ。だから教えて欲しい」


 そんなことを言われて、私が戸惑っていると彼はニッコリと笑って「さあ、行こう」と手を引っ張った。


「ディナーの時間には間に合うように、きちんと送り届けますので」


 イザークは両親にそう頭を下げて、私を馬車に押し込んだ。


「ちょっと!私は行くなんて言っていませんわ」


「いいじゃないか。いい気分転換になるよ」


「……私はまだ未婚よ。あなたと二人きりなんて世間体が悪いわ」


 ギロっと睨んで抗議したが、彼は何故か嬉しそうに笑った。


「ふふ……私のことちゃんと男扱いしてくれてるんだね。嬉しい。大丈夫、心配はいらないよ。私達はすぐに結婚するんだから」


「しません!」


 そう言い切ると、イザークはとても哀しそうな顔をした。


「君を必ず幸せにする。この世に私ほどリディを愛している男はいないって覚えていて欲しい」


「……」


 彼のあまりに真剣な表情に、私は困って何も言えなくなってしまった。


「焦ってごめん。リディは記憶がないんだから、まだ私のことを好きになれないの当たり前なのに。今日は普通のデートとして楽しもう」


「……デート」


「付き合っていることを隠していたから、学生時代は外でデートできなかったんだ。だから君と出掛けられて嬉しい」


 イザークはまだ()()()()()()()設定を崩すつもりはないらしい。


 あっという間に街中に着いて、エスコートされながら馬車を降りた。その後も手をするりと自然に繋がれて、離すタイミングを無くしてしまった。


 ――かなり手慣れてる。


 私は家族以外の異性と手を繋ぐなんて初めてで、緊張してだんだん汗をかいてしまう。


 隣の悪魔(イザーク)は余裕の表情だ。そういえば、この男は素行が悪かったのに顔と家柄が良いせいで学生時代もかなりモテていた。


 彼に連れられたお洒落なカフェでモーニングを食べたが、私は心ここに在らずだった。




♢♢♢




 あれは確か私が学校に入って数ヶ月くらい経った頃。教室に忘れ物をしたので、放課後に一人で取りに戻ったのが悪かった。暗い教室が並ぶ中で、電気の付いているところがあったのでつい窓から覗いてしまったのだ。



『イザーク様、私のこともっと可愛がってくださいませ』


『……俺に指図すんな。お前が俺を好きなだけで、俺はお前のこと好きじゃねぇから』


『んもうっ、相変わらず意地悪ですわねぇ。でもそんなとこも好きですわ。ああ、本当に綺麗なお顔』



 美人で派手めな御令嬢が、男性の首に手をかけちゅっちゅと激しい口付けをしていた。


 ――なにこれ。


 学校の中でこんな破廉恥なことをしている人がいるなんて。しかも……しかも!明らかに女性から積極的に口を吸っているではないか。


「信じられない……!」


 口付けというのは旦那様になる人のためのものではないのか?この人達は恋人なのだろうか?私は驚いて持っていた鞄を落としてしまった。


「きゃあ!誰っ!?」


 御令嬢の悲鳴が聞こえ、私は咄嗟にしゃがんで窓から姿が見えないように隠れた。しかしすぐにガラリと窓が開いた。やばい……どうしよう!


 そこから顔を出したのは気怠そうな顔のイザーク・アンジェルだった。長いブロンドの長髪は乱れており、先程彼女に吸われていた唇は濡れて光っていて変な色気がある。


「……」


「……」


 お互い見つめ合いながら、無言の時が過ぎる。私は先程見た光景を思い出して、恥ずかしくなってきた。私はきっと全身真っ赤に染まっていると思う。


「イザーク様ぁ?誰かいるのですか?」


 御令嬢の甘えるような声が聞こえて、私はビクッと震えた。


「ふっ……ただの()()だ」


 子猫って私のこと!?男は馬鹿にしたように鼻で笑った後、手でシッシと追い払う仕草をした。


「なんだぁ、よかったですぅ」


 男に媚びるような女の声に吐き気がする。なんなの?この知性も品もない話し方は。


「じゃあ続きを……」


「冷めた。お前じゃ興奮しねぇから、さっさと失せな。二度と俺に近付くな」


 そんな酷い言葉を投げかけた男は、私に向かってニヤリと笑った。私は怖くなって急いで逃げ出した。後ろから啜り泣く女の声が聞こえるが振り返ってはいけない。


「最低……最低……何なのよ、あの男!」


 女も女だが、あの男は酷すぎる。絶対にもう関わらないと決めて、私は荷物も取らず走って家まで帰った。


 二度と関わりたくなかったのに、次の日からこの男に虐められる日々が続くことになるのだけれど。


 私は過去に戻れるのであればこの日に返って『忘れ物は放って帰りなさい』と自分に伝える。




♢♢♢





 そう……イザークとはそういう男だ。色んな女を取っ替え引っ替えして、捨てるような最低男。


「……ィ!リディ!」


 私は自分の名前が呼ばれていることにハッと気が付いた。


「リディ、大丈夫?人が多くてしんどくなった?」


「え……いえ、大丈夫ですわ」


「そう?ならよかった」


 ニコリと微笑んだ目の前の男は、とても爽やかで……とても以前の彼と同一人物とは思えない。


「リディはどれが好き?このイヤリングとても似合うと思うけど」


 彼は私の耳にイヤリングを当てて、顔を見つめた。あれ?私はいつの間にアクセサリー店に来たのだろうか。さっきまでモーニングを食べていたのに。


「うん……やっぱり似合っている」


 蕩けるような顔でそう言われて、一瞬だけ胸がときめいてしまったが……チラリと横目でイヤリングを見ると、かなり大きな宝石がキラキラと揺れているのがわかる。私はサーっと青ざめた。


 私は貴族令嬢らしく宝石やアクセサリーは好きだ。可愛い物、綺麗な物に自然と惹かれるのはしょうがない。だけど!この男にこんな高い物を買ってもらったら不味いということはわかる。結婚させられてしまう。


「い、いえ。その素敵なイヤリングは私にはまだ分不相応かと」


 なんとか無理矢理笑顔を作って、お断りを入れる。すると、イザークは驚いた顔をした。


「……リディはなんて慎ましいんだ」


「つ、慎ましい?」


「ああ。普通の御令嬢なら、より高価な物を欲しいと強請るのが当たり前だ。なのに君はそれを断るなんて」


 私はそんな女ではない。これがお父様との買い物だったならば『買って』と甘えている。


「やはり君は私の理想の女性だ」


 宝石店で私の頬をするりと撫でられて、今にもキスをされそうな状態になった。


 周囲からは「キャーーッ」「素敵」と黄色い声があがっている。この男は顔が良いので目立つのだ。


「そ、そうだ!私……紅茶を見に行きたいです」


「じゃあ行こうか。アクセサリーは本当にいらない?卒業記念に……」


「いりません!大丈夫です」


 宝石店の店長は私の声を聞いて、ガックリしているのがわかる。そうよね……こんな上客逃すのは店としては痛手よね。


「ごめんなさい、また来ますので」


 そう、またこの男が別の女を連れて何か買いに来ると思うので許してください。私は店長さんに頭を下げて、イザークの手を取って急いでお店を出た。


「リディ」


 ずんずんと紅茶店に向かっていると、自分の名前を呼ばれたので振り向いた。


「リディから手を繋いでくれるなんて、すごく……すごく嬉しい。夢みたいだ」


 イザークは頬を赤く染めて幸せそうに笑っていた。少し照れているようにも見える。


 ――この人は一体誰なの?


 私の知っている悪魔(イザーク)が、女に手を繋がれるくらいで照れるはずがない。こんな幸せそうな顔ができるような男でもない。




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