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28 二人の幸せ

「リディに十日間も会えないなんて……俺は耐えられないかもしれない」


「ふふ、大丈夫よ。だって毎回そう仰ってるわ」


「大丈夫ではない!毎回辛いんだ。無理なことはわかっているが、君を連れて行けたらいいのに」


 イザークはガックリと肩を落として、私にすりすりと甘えている。


「まあ、お仕事に行きたくないなんて。あなたのお父様は困った人ですね」


 私は大きなお腹をそっと撫でて、赤ちゃんに話しかけた。


「……リディは寂しくないのか?」


「もちろん寂しいです。だけど、私は外交官の仕事をしている格好良いイザークが大好きですから」


「参ったな。リディにそう言われると……行かざるを得ない」


 ふうと諦めたように大きなため息をついた後に、私の前に跪き愛おしそうにお腹を撫でた。


「愛する妻子のために頑張ってくるか」


 イザークは外交官として各国を飛び回っていてとても忙しい。シャルゼにいる時も、よく来賓の方をもてなしている。彼のおかげで隣国とはとても良い関係を築けている。


 ちなみにカリンバル王国とは行き来がさらに楽になり、観光に行くのも来てもらうのもとても簡単になった。これは間違いなくイザークの功績だ。


 シャルゼにはカリンバルの物が、カリンバルではシャルゼの物が今は普通に手に入る。


「ええ。今回もこれを私の代わりに持っていってください」


 イザークのために刺繍をしたハンカチを彼に手渡した。彼が長期で仕事に行く時は、必ず渡すようにしている。


「ありがとう。肌身離さず持つよ」


 彼は嬉しそうに微笑んだ後、目を閉じてハンカチにちゅっとキスをした。その仕草はとても神聖な儀式のようだ。


 今までハンカチを渡した数はもう何十枚にもなっているが、彼はどれも大事に使ってくれている。初めて渡した時はイザークは涙目になりながら『夢みたいだ』と感動してくれた。


 留学の時に彼が密かに持って行ったハンカチは、もうだいぶ古くなっていた。それにあれはイザークのために作ったものではなかったから。


「リディ、店は大丈夫なのか?今は身体が大事な時期なんだから無理だけはしないでくれ」


「ええ、うちには優秀な従業員達がいますから!全て任せていますわ」


 ドンと胸を叩いて得意気な顔を見せると、彼は嬉しそうに微笑んでくれた。


「そうか。優秀な人材を育てるのは、いい経営者の証だ。さすが俺のリディだ」


 カリンバルの美味しい紅茶と私が考えたレシピで作った美味しい焼き菓子が食べられるカフェを、生家のあるサヴィーニ領内に出し大人気になっていた。


 気軽に飲める価格帯のものを平民達にも楽しめる様に提供し、紅茶の上手な淹れ方教室も定期的に開催してカリンバルの紅茶はシャルゼにも浸透して行った。


 ――これは私が望んでいた夢だわ。


 自分の大好きな紅茶を、皆に広め楽しんでもらいたい。それが叶ったことが嬉しかった。


 より高級な茶葉は、義母様にアンジェル公爵家のお茶会で出してもらったところ瞬く間に人気になった。


『私、最近とてもカリンバル産の紅茶がお気に入りですの』


 沢山の高位貴族達に紅茶の味見をさせカリンバルの紅茶は美味しいとわからせ……さらには私の焼き菓子も他のお菓子に密かに混ぜ込んだ。


『この焼き菓子美味しいですね。初めていただきますが、どちらのお店のものですか?』


 そう聞かれたら、お義母様はうふふと微笑みながら答える。


『これは私の可愛い義娘リディアの手作りなんですの。親バカで申し訳ないけれど、美味しいので皆にも食べていただきたくて出してしまいましたわ』


『手作りですか!?すごいですわ』


『こんな素敵な箱に詰めてプレゼントしてくれるの。センスがいいでしょう?本当に良い義娘を持ったわ』


 それからは人気に火がつくまでは早かった。貴族の御夫人方は皆、新しいものとお洒落なものが大好きなのだから。


 貴族限定でギフトセットを作り、数量限定で売り出した。箱や缶はとても豪華にして、あえて強気の高価格に設定した。商売は買えないとますます欲しい……という人間心理を利用することが大事だとイザークが教えてくれた。彼はこういうことを考えるのがとても得意だ。


 それに数量限定の方が贈られた側が『レア』だと感じるからだ。もちろん、カフェの物とは差別化を図り最高級の茶葉と最高級の素材で作った焼き菓子にしている。味は間違いない。


 そんな風に皆の手を借りながら、お店は大繁盛していた。来月には王都にも新しいカフェがオープンする予定になっている。


「お店が上手く行っているのは、全部イザークのおかげです」


「何を言ってるんだ?リディアの才能だ」


 優しいイザークはそう言ってくれるが、私一人ならお店を出すなんてできなかった。ずっと貴族の奥様が働くなんていけないことだと思っていたし、自分から積極的に新しいことをするのは怖かった。


 お店を出すと決めてからも、沢山失敗したので私は駄目だと凹んだことも多かった。社交界でも、公爵家に嫁いだくせに平民のような仕事をしている……なんて批判も聞こえてきた。


 出店準備で忙しい私にチャンスと思ったのか、イザークに擦り寄り側室の座を狙う御令嬢方も一人や二人ではなかった。


 不安で押しつぶされそうな気持ちの時、イザークはいつも寄り添って励ましてくれた。


『俺は好きなことに真っ直ぐで、一生懸命働いているリディを心から愛しています』


 彼は誰に何を言われても、迷いなくそう答えていた。そしていつも私を抱き締めキスをしてくれた。


『他人の言うことなど気にするな。リディならできる』


 その言葉は魔法の言葉だ。彼に言われたら本当にできる気がするから不思議だ。いつも私を信じ、私の背中を押してくれる。


 私の仕事とイザークの仕事……お互い忙しくて、なかなか一緒にいられる時間は限られていた。その分逢える時には、ひたすら彼に愛されていたけれど。


 だが多忙なこともあり結婚してから三年、私達はなかなか子どもができなかった。私はそれを気にして仕事を中断しようと悩んだ時もあったが、イザークは強くノーと言ってくれた。


『やりたい事を我慢しないでくれ。俺は君を愛してるから結婚したんだ。子どもが欲しいから結婚したわけじゃない』


 不安になって泣きじゃくる私を抱き締めて『周りは気にするな。俺だけを信じてくれ。大丈夫』と抱き締めてくれた。


 だからそのまま仕事を続け、子どもは天に任せることに決めた。公爵家に嫁いだ以上は、子どもは多い方がいいのだろうがイザークは『俺は次男だからそんな義務はない』し『リディが一番大事だ』と言ってくれたのが嬉しかった。


 しばらくして自然に妊娠したと気がついた時はとても嬉しくて、二人で喜び合った。






「リディ、帰ってきたらデートをしよう。身体に負担がかからないように、二人きりでゆったり楽しめるプランを考えてある」


「ふふ、楽しみです」


「俺もそのご褒美を楽しみに仕事してくる」


 結婚の時に決めた月に一度もデートは欠かしたことがない。お互いどんなに忙しくても、必ず二人で外に出かけることにしている。


 きっとこれからは三人で出掛けることになるだろうけれど。それはとても幸せなことだ。


「気をつけてくださいね。今度行かれる国は美人が多いそうですから」


 私が冗談っぽくそう言うと、彼は意外そうな顔をした。もちろんイザークが浮気をするだなんて思ってはいないので、軽口を言っただけだ。


「おや、リディ……?そんな事を言うなんて、俺達がどんなに愛し合っているのか忘れたのか?」


 彼は眉を顰めて質問してきた。私は彼に向かってにっこりと微笑んだ。


「忘れていませんわ。私達は世界一愛し合っていますから」


「……違いないな」


 イザークは頬を染めながら、私に優しいキスをして『やっぱり仕事に行きたくない』と呟いた。






END



今回でリディアとイザークのお話は最後になります。最後までお読みいただきありがとうございました。


少しでも楽しんでいただけた場合は、評価をいただけると今後の励みになります。忙しい仕事や学校、家事の合間に気楽な気分で読んでいただけていれば嬉しいです。

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