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26 夢への第一歩

「うわぁ、辛い!でも美味しいです」


「口に合って良かったよ。カリンバルの郷土料理は唐辛子が入った辛いものが多いんだ。ここは俺が気に入っていた店だよ」


 真っ赤なスープは刺激的な味だが、海鮮の旨味がたっぷり出ていて癖になる。


「はい!気に入りました。シェフにお願いしたら作ってもらえますかね?」


「そうだな。香辛料を買って帰ろう」


「シャルゼでも気軽に買えるようになればいいですね」


「ああ、きっと近いうちにそうなるよ。そのうちカリンバル料理の店ができるかもしれない」


 そんな話をしながら、楽しく食事を済ませた。彼の連れて行ってくれた店は隠れ家的な場所のようで、客層も落ち着いていて静かだった。


「明日は友人のペドロに会いに行こうと思ってる。ほら……一度シャルゼで会ったことがあるだろう?仕事で結婚式に来れなかったことを悔やんでいたから、リディアをきちんと紹介したいんだ」


「ええ、覚えていますわ。楽しみにしています」


 ペドロ様に会ったのは、イザークがまだ記憶を取り戻していなかった時だ。


「あいつは伯爵家の次男なんだが、かなり多くの商売をしているんだ。リディアの好きな紅茶も取り扱っている」


「そうなんですか!?」


「ああ。リディアは前にカリンバルの紅茶を領民達が気軽に飲めるように安く輸入したいと言っていただろう?きっと相談に乗ってくれるはずだ」


 私は彼にそう言われて驚いた。だってそれは学生時代に彼になんとなく話した夢だったから。


「そんな昔に話したこと、覚えていらっしゃったんですか?」


「もちろん。君の夢は俺の夢でもあるからね」


 イザークが覚えていてくれたことはものすごく嬉しい。だけど事業とかお店とか何もしたことのない私が……本当にそんなことできるのだろうか?


「私にはその夢を叶えるのは難しいです」


 彼から目を逸らして、小声でぼそぼそと伝えた。イザークは眉を顰めながら首を捻っている。


「どうして?」


「だって平凡な私なんかに何の力もありませんから」


「挑戦すらせずに最初から諦めるのか?リディアの話してくれた夢はその程度?」


 冷たい声が聞こえてきて、私は哀しくて目が潤んできた。


 ――失望されちゃった。


 でも私には彼のように特別秀でた能力がないことはわかっている。したいことはある……だけど……もし失敗したらイザークにも迷惑をかける。それならば、何もしない方がいい。


 自分の悪い癖だとはわかっているが、どうしても一歩踏み出すことができない。私にとっては翻訳の仕事を始めたり、カリンバルへ旅行に来たことですらとても勇気がいったのだ。


「リディア、顔を上げてくれ」


 ゆっくりと顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。


「君はできるよ。カリンバル語だってほとんど独学できちんと身につけたし、紅茶のこともとても詳しい。そして良い紅茶を貴族が独占するのではなく、領民達に飲ませてあげたいという優しい心も持っている」


「イザーク……さ……ま」


「一歩踏み出してごらん。君は昔から自分のことを過小評価しすぎだ。私『なんか』と言わないでくれ。リディア……君はすごいんだ。自分の夢を自分の手で叶えて欲しい」


 私は目からじわりと涙が滲んできた。さっきと違う……哀しいのではなくて嬉しい涙だ。イザークが私をちゃんと見ていてくれているのありがたかった。彼の存在が私に勇気と自信をくれる。


「だって、考えてみてくれ。リディアはこのイザーク•アンジェルが唯一愛した女性だよ?何でもできるに決まっている」


 イザークに自信満々にそう言われて、私は笑ってしまった。わざと冗談っぽく言ってくれている優しさが伝わってくる。


「……相変わらず俺様ですね」


「ああ。俺が認めた女なんだから、いつでも胸を張って欲しい」


「はい、やってみます。困ったら助けてください」


 そうだ。何も一人で全てをやらなくてはいけないわけではない。こんなに頼りになる彼が近くにいてくれるのだから、怖がる必要なんてない。


「もちろんだ」


 彼に涙を拭いてもらい、笑い合った後残りの食事を全て平らげた。





♢♢♢





【リディちゃん!カリンバルへようこそ。そして結婚おめでとう!!仕事で結婚式に行けなくてとっても残念だったよ。前会った時も可愛かったけど、今日はそのさらに上をいく可愛いさだよ!!】


【あ、ありがとうございます】


【さあ!再会の熱いハグをしよ……】


 両手を広げながら近付いて来たペドロ様を、イザークが恐ろしい顔で睨みつけながら彼を私から引き剥がした。


【リディと呼ぶな!触るな!近づくな!!】


【……ケチ】


 二人はギャーギャーと喧嘩をしている。その様子はまるで子どもだ。私は苦笑いでその様子を見守った。


【じゃあ、そろそろ仕事の話をしようか】


 ペドロ様は先程とは打って変わって真面目な表情をした。今いるこの場所はペドロ様の会社だ。全体的にエキゾチックな雰囲気でとてもお洒落な内装になっている。見たことがないものも沢山飾られていてとても興味深い。


【イザークから聞いてるよ。カリンバルの紅茶に興味があるんだって?】


【はい、カリンバルの紅茶が昔から大好きなんです】


【仕入れたいなら、いくつか良い茶葉を紹介するよ。すまないが持って来てくれ】


 ペドロ様が声かけをすると、従業員らしき人達が茶葉と淹れた紅茶を五つ持って来てくれた。


【左から順に高い茶葉だよ。だけど、値段に関係なく俺が選んだ一級品だ。温かいうちにどうぞ】


 勧められて安い物から順番に飲んでいく。確かにどれも香りが良くてとても味わい深い。


 ――あれ?でも。


 最後の紅茶を口にしたまま、私は首を捻った。その様子を見てペドロ様は微笑んだ。


【どうかした?】


【あの……失礼ですが、五番目の茶葉は本当に一級品ですか?あまり香りが良くないし、渋い気がします】


【お口に合わなかった?でもこれが一番高いんだよ?】


【そうですか……でも私は五番目以外全て仕入れさせていただきたいです】


 正直にそう伝えると、ペドロ様はアハハと大声で笑い出した。


【イザーク、君の奥さんの舌は本物だ】


【ペドロ!お前……リディアを試したな】


 ギロリと睨んだイザークにそう指摘されたペドロ様は、ニッと私の方を向いて笑った。


【試すような真似してすまないね。その茶葉はB級品だよ。でも俺はいくら親友の奥様でも、見る目のない人と一緒に仕事する気にならないんだ】


 まさか自分が試されていたなんて思わなかったので驚いた。


【君はちゃんと自分で選んだ。素晴らしいことだよ。これからよろしくね!お詫びに安くしておくから許してね】


 私がポカンとしていると、隣でイザークがニッコリと悪魔のような笑みを見せた。


【そうか、ありがとう。普段卸している値段の半値にしてくれるなんてさすがだな】


【ちょっ……!さすがにそれじゃあこっちの利益が出ねぇつーの!!】


 ペドロ様は青くなって焦り出した。しかし、あのイザークが引くはずもない。


【じゃあ六掛けだ】


【七掛け!それ以上は無理だ】


【六だ。その代わりお前がずっと欲しがっていたシャルゼの陶器作家を紹介してやる。仕入れてカリンバルで売れば大儲けだぞ?】


 それを聞いてペドロさまははぁ、とため息をついた。


【負けたよ。わかった!六掛けだ。こんな凶暴な番犬飼ってるリディアちゃんを試そうとした俺が悪かった】


【誰が番犬だ】


 イザーク様がピクピクと眉を吊り上げて怒っているのがわかる。彼を犬扱いできるのはペドロ様くらいなものだろう。


【リディアちゃん、カリンバルの美味しい紅茶をシャルゼのみんなに広めてくれたら嬉しい。安価で美味しいものも多いんだ。今までは高い税のせいで金持ち貴族しか飲めていなかったしね】


【はい、私の夢なので頑張ります。手頃なものは街のカフェで平民達も気軽に飲めるようにし、高級な茶葉は容器を豪華にしたりティーカップとセットにして貴族相手に売ろうと思っています】


【いいね。でも売るためには口コミが大事だから広め方を考えないといけないよ】


 そうなのだ。いくら美味しいものでも知ってもらわなければ買ってはもらえない。私は残念ながら社交界で影響力のあるカリスマ性のある女性ではない。


【それは俺に任せておいてくれ。母上はそういうのが得意だし、お茶会も頻繁にやっているからそこで影響力のあるご婦人方に気に入ってもらえれば話は早いだろう。一級品の茶葉は陛下に献上してもいいしな】


【バックにイザークがいれば百人力だ】


 うわぁ……流石だわ。やはり公爵家は顔が広いのね。


【これからよろしく、リディアちゃん】


【よろしくお願い致します】


 こうして、私はカリンバルの紅茶を輸入しシャルゼに広めるという夢に一歩踏み出した。


 自分でやってみようと勇気を出せたのは、イザークのおかげだ。彼がいれば私は強くなれる。本来なら貴族の奥様が仕事をするのはあまり好まれることではない。だけど、彼は当たり前のように私がしたいことを認めてくれた。そのことがとても有難いし、とても嬉しかった。





※【】はカリンバル語で話している設定です。




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