24 新しい朝
「うーん……テレーズ……まだ寝かせて欲しいわ……」
明るい日差しが眩しくて、私は目を閉じたままテレーズにそう呟いた。昨日は寝るのが遅かったから、まだまだ眠たい。
「ふっ、もちろんまだ寝ててもいいけど腹が減っていないか?」
私の頭を優しく撫でる手がとても気持ちいい。あれ?テレーズの手はこんな大きかったかしら?しかもこんな低い声……おかしい……
「減ったわ」
「何が食べたい?」
おかしいな、とは思いながらも眠たいので頭は回らない。そして優しく甘い声で尋ねられるので、つい答えてしまう。
「ふわふわの……フレンチトースト……」
「可愛い。了解、クリームとフルーツも沢山つけよう」
ちゅっ、と頬にキスをされパチリと目が覚めた。すると私の顔を覗き込みながら、微笑んでいるイザークの姿があった。
「おや、起きたのか?」
まだ寝ぼけている私の目の前に、素肌にシャツだけ羽織っているもの凄く男前なイザークが現れた。
「……」
「愛しの奥さん、おはよう」
ニッコリと笑う爽やかな彼とは対照的に私は今どんな状況なのか。
「ぎゃあっ!!」
私は悲鳴をあげて、シーツの中に潜り込んだ。そうだ、そうだった!私は昨日結婚したのだったわ。それなのに彼をテレーズだと思い込み、フレンチトーストが食べたいなんて口走ってしまった。
今きっと髪もボサボサで……寝ている時、よだれとか大丈夫だったかしら。うゔっ、恥ずかしい。
「リディア、ちゃんと可愛い顔を見せて?」
「い、嫌です。髪もボサボサだし……」
「ボサボサでも可愛いから大丈夫だ」
そう言って私が被っていたシーツをそっとめくった。もうこの状況では逃げられそうにない。
「ほら、やっぱり可愛い。無防備な姿を見られるのも夫の特権だ」
「……おはようございます」
「おはよう。身体は平気か?今日はゆっくり過ごそう」
イザークのその言葉で、私は色んなことがあった昨夜を思い出して赤面した。
「だい……じょうぶです」
「ふふ、真っ赤だ。リディアは一体何を思い出したのかな。俺に教えて?」
「……っ!?」
彼は横目で私を見つめながらニッと笑った。その悪戯っぽい顔は昔の彼を思い出させる。
「やっぱりあなたは意地悪だわ」
私はムッと唇を尖らせて、ジロリとイザークを睨みつけた。
「照れてるリディアが可愛すぎるから、つい揶揄いたくなった」
「酷いわ」
「リディアは怒った顔も可愛いから困る。許してくれ」
彼はそんなことを言いながら、私の頬にちゅっちゅとキスをして目を細めている。
「リディアはこのまま待っていてくれ」
そう言って彼は寝室を出ていき、しばらくしてモーニングを運んできた。
「リディア、あーん」
「じ、自分で食べられます」
「駄目だ。ほら」
彼はベッドの上でフォークに刺したクリームたっぷりのふわふわフレンチトーストを、私の口元に持ってきている。
圧のある笑顔で押し切られ、私は勇気を出してパクりと頬張った。とろとろのふわふわでめちゃくちゃ美味しい。疲れた身体に染み渡る美味しさだ。
「美味しい……」
ふにゃりと目尻を下げると、彼は喜んで「もっと」と何度もあーんを繰り返した。恥ずかしさよりも美味しさが勝って、そのままもぐもぐと食事を楽しんだ。
「お食べにならないのですか?すっごく美味しいですよ」
「俺はあまり甘いものは好きじゃないからな」
ああ、そうだった。前は勘違いしていたけれど、甘い物好きじゃないのよね。学生時代は私の作ったお菓子をあんなに食べていたのに。
「でも……リディアがそんなに美味しいと言うのであれば、一口貰おうかな」
「はい!是非」
私はお皿に残ったフレンチトーストを彼に渡そうとしたその時、イザークは片手で器用にお皿をベッドサイドのテーブルに置き直した。
「?」
食べないの?と首を傾げていると、彼は「食べるよ」と微笑んだ。
「リディアをね」
その瞬間、彼に引き寄せられ唇をペロリとなぞるように舐められた。
「ひゃっ……!」
「リディアの言う通り美味いな」
「ちょっ、私ではなく……フレンチトースト!フレンチトーストがまだ残っていますから」
私は混乱しながらバタバタと暴れて抵抗したが、彼はまたニッと企んだ微笑みでこちらを見つめた。
「甘いのはリディアだけでいい」
そのまま濃厚なキスを繰り返えされ、くったりと再びベッドに沈み込んだ私を彼は満足そうに眺めていた。
「ご馳走様」
私の髪を撫でるイザークはとても格好良くて、怒るに怒れなくなってしまった。あと、困るのが……その……キスが蕩けるように気持ち良すぎることだ。
私の旦那様は格好良いのにちょっと意地悪。やっぱり悪魔かもしれない……だってそんなところも私の心を掴んで離さないのだから。
♢♢♢
「リディア、忘れ物はないか?向こうに着いたらどうにでもなるが船の中で使う物は忘れないように」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ行こうか」
彼にエスコートされながら、ドキドキする胸を抑えて馬車に乗り込んだ。
「港に着くまで少し時間がかかる。眠かったら俺にもたれて寝てていいよ」
「ア、アリガトウゴザイマス」
「ハハッ、なんでカタコトなんだ」
今夜から私達は新婚旅行だ。もちろん行き先は憧れのカリンバル。なぜこんなことを彼に言われるかというと……私は昨夜興奮してなかなか眠れなかった。
『イザーク様、カリンバルに着いたら行ってみたいお店があるんです!』
『ああ、もちろん行こう。案内する』
イザークは夜中までベッドの中で話しまくる私に、嫌な顔一つせずいつまでも付き合ってくれた。
『服はさっき見せたので変じゃありませんか?暑いと聞いてるんですがどのくらい暑いのでしょうか?』
『変じゃないよ。でもせっかくだから、向こうに着いたらカリンバルで流行っている服を一緒に選びに行こう』
『はい!』
『リディアが嬉しそうだと、俺も嬉しい。だが、もう遅い。明日は早いから、そろそろ寝よう。おやすみ』
『おやすみなさいませ』
イザークに抱き締められ、私は目を閉じた。閉じたが……やっぱり眠たくない。だって……だってずっとずっと憧れていて、行けるはずないと思っていたカリンバルにやっと行けるのだ。
『イザーク様、あのね……』
私がまた話し出すとハハッ、と彼の笑い声が聞こえてきた。
『リディアは悪い子だな。さっきおやすみと言っただろう?』
そう言われて私は子どもみたいだったと反省し、恥ずかしくなった。
『す、すみません』
『とっても可愛いが、これでは朝まで眠れなさそうだ』
『……黙りますね』
しゅんとした私を、彼は片肘をつきながら眺めている。
『いや、いいよ。眠れないなら、俺が寝かせてあげよう』
にーっこりと笑ったイザークに、あっという間に押し倒された。まずい……これは。
『あ、あ、あの!明日から長旅だから今夜はしないって……』
結婚してから毎日のように愛されている私だが、今夜は一緒に寝るだけにしようと話していた。
『そのつもりだったけど、リディア元気があり余ってるだろ?大丈夫、すぐ眠れるよ』
『それ眠れるんじゃなくて、気を失ってるだけじゃ……』
『ほら、もう黙って?』
何か企むような意地悪な顔をしているイザークに唇を深く塞がれて、私は声が出なくなった。
『んんっ……!』
『愛してる』
彼からの甘く深い愛に耐え切れる体力も経験値もない私は、いつも最後はそのまま意識を無くしてしまう。翌朝には、何事もなかったかのように綺麗に身体が拭かれきちんとナイトウェアを着ているのがとても恥ずかしいけれど。
そんなこんなで、昨晩も思う存分愛された。身体に少し重たさは残っているけれど、思いの外元気だ。だって彼のおかげで旅行のことを考える余裕などなく……眠る(気を失う?)ことができたのだから。
「膝を貸そうか?」
「大丈夫です」
「遠慮しないでいい。今夜も寝かせてあげられるかわからないから、今沢山休んでおいてくれ」
サラリと問題発言をしたイザークに驚いて目を見開いたが、彼は素知らぬ顔をして私を膝の上に乗せた。
「し、しませんから。だって船ですよ!」
「愛に場所は関係ない。それに海の上はロマンチックだ。一番いい部屋を取ってあるから安心してくれ」
鼻歌を歌いながら、ご機嫌なイザークを止められる気がしない私は大人しく横になって目を閉じた。
――体力温存、体力温存。
心の中で何度も必死に唱えた。彼と愛を確かめ合うのはとても幸せなことで、心も身体も満たされる。まだ正直恥ずかしさはあるが、嬉しいし……その……最近は凄く気持ち良くて困ってしまうくらいだ。
だけど、せっかくのカリンバルでの旅行を全力で楽しみたい。彼のペースに流されるわけにはいかないぞ、と決意しながらいつの間にか眠りについていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
水曜日が最終話になる予定です。
※食べ物の名前が途中で変わっているという大きな間違いがありました。下書きの案で書いたものが残ってしまっていたようです。修正前に読んでくださった方申し訳ありませんでした。ご報告いただきありがとうございました。