23 結婚式
「イザーク・アンジェルはリディア・サヴィーニを妻とし、いついかなる時も愛することを誓いますか」
「はい」
「リディア・サヴィーニはイザーク・アンジェルを夫とし、いついかなる時も愛することを誓いますか」
「はい」
「では、誓いのキスを」
イザークは私のヴェールを優しくそっとあげてくれた。彼の宝石のようなグリーンの瞳が輝いている。
「愛してる」
「私も、愛しています」
二人で微笑み合いキスをすると、大きな拍手と祝福の声に包まれた。少し恥ずかしいけれど嬉しくてとても幸せだ。
「リディアはファーストキスの相手は旦那様と決めていただろう?今日やっと約束を守れた」
彼が小声で私に呟いた。私はふふ、と笑い彼の耳に口を寄せた。
「誰かさんのせいで、ファーストキスはだいぶ無理矢理な上にフライングでしたけどね」
だってあの時は付き合ってすらなかったのに、キスをされてしまったのだから。それにむしろ嫌われていると勘違いしていたので、哀しいキスだった。
「悪かったよ。勝手な話だが、俺の中であれは誓いのキスだった。リディアを必ず迎えに行くって」
「……叶ったので許します」
「ありがとう、愛してる」
彼は嬉しそうに笑って、そのまま私を横抱きにした。それを見た皆が歓声をあげ、式はより一層盛り上がった。
イザークは『早く二人になりたい』と嫌がったが、外交官であり公爵家の令息が結婚式だけで終わるわけにはいかない。その後、盛大なパーティーは夜まで続いた。
そして私達は結婚式を無事に終えて、やっと新居に帰って来ることができた。私は結婚後も我が家から付いてきてくれたテレーズに、寝る前の準備をしてもらいドキドキしながら寝室に向かった。
「やっと二人きりになれた」
イザークはソファーに座っている私の肩を抱き寄せ、大きなため息をついた。結婚式はとても幸せで楽しく、沢山の人々からお祝いされて有り難かったが……緊張もあって正直疲れた。品行方正な仮面を被って挨拶を沢山しなければいけなかった彼も、流石にお疲れのようだ。
「ウェディングドレスとても似合っていた。すごく綺麗だったよ。まるで天使のようだった」
「あ、ありがとうございます」
褒められてポッと頬が染まる。ウェディングドレスはイザークが何度も打ち合わせをして、こだわった私にぴったりの特注品だった。
服装にはいつも手厳しいレティシアも『悔しいけどあの男はあなたの魅力の引き出し方がわかってるわね』なんて言って『とても綺麗よ』と褒めてくれた。
その後二人で抱き合って、なんだか泣けてきて化粧直しをする羽目になり大変だったけれど。やはり親友に祝ってもらうのは嬉しかった。
「イザーク様も素敵でした」
「リディアがそう思ってくれたなら嬉しい」
もちろんいつも格好良いが、正装をしたイザークは普段の何百倍も輝いていた。参列客の御令嬢方からはキャーと黄色い悲鳴が聞こえていたのを知っている。
仕方のないことだがきっと結婚してもモテるんだろうなぁ、とちょっと心配になってしまった。
「でも俺は今のリディアが一番好きだ」
そう言われて私は首を傾げた。今は化粧も落としてしまっているので、ほとんど素顔だ。きっと普段よりかなり幼くなっていると思う。
彼が昔相手をしていたような大人っぽくって、色気のある女性達とは程遠い見た目だ。
『テレーズ!どうしよう。寝る時化粧するのはおかしいよね』
『おかしいです。そのままのお嬢様が一番可愛らしいので大丈夫ですわ。お肌もつるつるですし』
『ええっ……幻滅されたらどうしよう』
前に忍び込んできた時に一度素顔を見られてしまっているけれど、あれは短時間だった。
『お嬢様を溺愛されているイザーク様に限って、そんなこと絶対にあり得ません』
テレーズにそう言われて、スキンケアだけ入念にしてもらいそのままの顔で寝室に向かった。ナイトウェアもいつもの趣味で新調したベビーピンクの可愛らしいテイストのものを着てしまったがこれでいいものか……
『もう少し大人びた物の方が良くないかしら?その……イザーク様の好み的に……』
『いいえ。沢山ある中で一番これがお似合いですし、お嬢様も気に入っていらっしゃったではないですか』
『そうだけど』
『背伸びをされる必要はありません。ご夫婦になられるのですから、無理をしては続きませんよ。さあ、もう寝室に行きましょう。素敵な夜をお過ごしくださいませ』
そして、今に至る。
「お化粧も何もしていないのであんまりじっくり見ないでください」
寝室は今、間接照明だけ点いているがそれでも近寄れば顔はしっかりと見えてしまう。
「どうして?よく見せて」
彼はグイッと近付いて、私の頬を大きな手で優しく包みこんだ。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいです」
「……可愛い」
ちゅっ、とそのまま口付けをされぶわっと体温が上がった。
「パッチリした目もすべすべの頬も柔らかい唇も全部が可愛い。化粧をして綺麗なドレスを着たリディアももちろん好きだし美しいけれど、素顔の君には敵わない」
「そ、そんなこと……」
「それに甘いいい香りがする」
イザークはそのまま私の首筋に顔を埋めて、スゥーっと息を吸い込んだ。
「ひゃあっ!」
「いつもよりリディアの匂いがする」
ちゅうっと首にもキスをされ、私はピクリと身体が震えた。うゔっ、恥ずかしい。
「や、や、やめてください。いい匂いなんてしませんから!イザーク様の方がよっぽどいい匂いですよ」
彼は昔からシトラス系の爽やかな香りがする。抱き締められるとふわり、とその香りがしてドキドキする。
「リディアは俺の匂い好き?」
「好きです」
「それは良かった。リディア、匂いが合うのは本能的に惹かれ合っている証拠らしい」
イザークはにやりと悪戯っぽい笑みを見せた。この顔の時は気をつけないといけない……と思っていると彼は私をいきなり抱き上げた。
「きゃあ!」
「本能的に合うこともわかったし、俺もそろそろ限界だ。結婚したらもう我慢はしないと伝えていただろう?」
ふかふかのベッドにそっと優しく下ろされた。イザークの熱っぽい瞳が私をまっすぐ捉えるので、動けなくなってしまった。
「リディア、愛してる」
彼は甘く蕩けるようなキスを繰り返し、私は頭がぼーっとしてくる。もうキスは数え切れないほどしているので以前よりは慣れたはずなのに、毎回胸がキュンと締め付けられる。
「んっ」
やわらかくて熱くて……キスが気持ちがいいものだと彼と恋をするまで知らなかった。レティシア曰く、キスも上手や下手があるらしいのできっとイザークが上手いのだとは思うけれど。他を知らない私は比べようがない。
「この夜着もとてもよく似合ってる」
するりと器用にカーディガンを脱がしてナイトウェアの中に彼の大きな手が入ってきた。驚いてピクリと身体が震えるが「大丈夫だ」と沢山優しいキスをされ、そのまま手が止まることはなかった。
「駄目です……見ないでくださいませ。わ、私は……貧相ですから」
「どこが?こんなに魅力的な身体はないよ」
イザークはちゅっちゅ、とキスをしながら私の身体にゆっくりと手を滑らせて行った。
「嘘よ。あ、あなたが……昔……そう言ったのよ。新しいドレスを着た時……貧相だって」
そう伝えると、彼は一瞬だけ無言になり手を止め考える素振りをした。
「それは、君の魅力的な身体を他の男に見せたくなかったからついた嘘だ。でも……ごめん。あの時の俺はとても酷い事を言った」
それから彼はひたすら甘い言葉を並べ続け、恥ずかしくなった。
「リディアはどこもすべすべだね」
「可愛いし……とても綺麗だ」
「ずっとこうやって触れたかった」
それからはイザークに頭からつま先まで全身を愛された。結婚前に閨のことは一通り習ったし、恋愛小説にもそんな場面は沢山出てきたけれど……知識だけ知ってるのと実体験はまるで違う。正直驚きしかなかった。
あれをこーして、あんなことをするなんて。世の中は私の知らないことばかりだわ。それに服を脱いだ彼の身体は見事に鍛え上げられていて、直視できないくらいの肉体美だった。その格好良さに頭がくらくらする。
「リディア、愛してる」
「私も……イザーク様を愛しています」
「君と夫婦になれて幸せだ」
初めて感じる強い痛みに涙が溢れたが、彼は丁寧に時間をかけて私を溶かしてくれた。
「……今夜はここまでにしよう。俺達はこれからずっと一緒だ。焦ることはないのだから」
彼は苦しげな顔で無理矢理笑い、私のおでこに優しいキスをした。逞しいイザークの身体が急に離れていくのがとても寂しくて、私は彼の腕を掴んだ。
「リディア……?」
「離れないで……ください」
「え?」
「い、嫌です。ちゃんとあなたと一つになりたいの。今夜はずっと離れたくない。だから最後まで……」
話の途中で私は彼に唇を奪われた。急に何度も何度も激しくキスをされ、驚いた私はそれに応えるのに必死だった。
彼の美しい瞳はギラギラと熱を持っていて、濡れた唇をペロリと舐める仕草がとても色っぽかった。
「リディアが悪い」
「え?」
「必死に紳士ぶったが、もう無理だ。そんな可愛いことを言われてやめられない」
そう言ってイザークは汗で濡れた前髪を片手でかきあげた。その仕草が色っぽいくて胸の鼓動が早くなる。
「君の全部が欲しい」
「はい」
返事をすると、彼は嬉しそうに微笑んだ。私はそんな彼がなんだか可愛くて首を引き寄せてちゅっ、とキスをした。
「あなたの全部私にください」
「ああ、俺の全部君のものだ。愛している」
それから私達は本物の夫婦になった。イザークが遠慮しなくなったので、それはもうしつこいくらいにひたすら愛された情熱的な一夜になった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
あと5話で終わりになります。最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。