21 嫉妬
「リディアのこと絶対に幸せにしないと許しませんから」
「ああ、わかっている。君に言われなくてもするに決まっているだろう」
「もし今度リディアを傷付けてみなさい!私が家に連れて帰りますから!!」
「傷付けるわけないだろう!それに俺の嫁を勝手に他国に入れるなんて許さないからな!!」
「なにが嫁よ。まだただの婚約者でしょう?調子に乗らないでくださいませ」
バチバチと見えない火花を散らして喧嘩しているのは、イザークとレティシアだ。
――こんなに仲が悪いと知らなかった。
私がイザークと正式に婚約したという報告を手紙に書いたら、すぐにシャルゼ王国に戻って来てくれた。そして、イザークに話したいことがあるので会わせて欲しいと言われたのだ。
「ちょっと、二人とも喧嘩はやめて。ね?仲良く話しましょう」
私はなんとか仲を取り持とうとしてみるが、二人にギロリと睨みつけられた。
「リディアは黙っていて!」
「リディアは黙っていてくれ!」
うわー……息ぴったりじゃないか。実は気が合うのではないか?と思ってしまう。
「意地悪ばかりして気を引こうとしていたヘタレに、私のリディアを任せられるか心配だわ」
「なにが私のリディアだ!?リディアは俺のだ!!それに昔のことをいつまでも言うな」
なんだか子どものような喧嘩をずっと続けている。二人とも外ではクールビューティだ、大人だなんて言われているのに……。困ったものだ。
「君はいつも俺の前でわざとリディアにベタベタとくっ付いて、勝ち誇った顔をしていただろう?性格が悪すぎるぞ!」
「あら?親友の私に嫉妬ですか?心が狭くていらっしゃるのねぇ。これではリディアが束縛されないか心配だわ」
レティシアの挑発にイザークは青筋を立てながら、ピクピクと眉を吊り上げて怒っている。
「あなたより……私の方が付き合いが長いんですからね。リディアは……リディアは……私の……大事な親友なのですから……」
「……」
「私は昔から思った事を全部言うから、見た目だけは綺麗なのに気が強いとかじゃじゃ馬だと批判されて……みんなから好奇な目で見られていた。両親にすら『もう少し大人しくしなさい』なんて言われていたわ。なのにリディアは『あなた美人ね』って微笑んで『自分の意見をちゃんと言えるのは格好良い』ってキラキラした目で褒めてくれた」
レティシアはグスグスと泣きながら、そんな話を始めた。だって本当に彼女は他の貴族令嬢より群を抜いて輝いていた。凛としていて賢くて、とても美しかったのだ。
「初めてだったの……私を認めてくれた友達は」
「……」
「そして私自身を認めてくれた二人目が今の私の主人。だから、私はリディアと主人を傷付ける人は絶対に許さない。覚悟しておいてくださいませ」
レティシアはイザークをギロリと睨みつけた。彼はふう、とため息をついた。
「認めたくはないが、俺と君は似ている部分がある。お互い腹が立つのは同族嫌悪だろう」
「……わかっているわ」
「君は世間一般的には美しい見た目だから目立つだろう。そして頭がいい。周囲からの羨望の眼差しと妬みを一身に受け暮らしていただろう。誰も信じられないし、誰も自分を理解してくれない。しかし、それを温かく包んで癒してくれたのがリディアなんだろ?」
レティシアはこくん、と頷いた。
「リディアだけは私は私でいいと肯定してくれたのです」
「俺も同じだ。彼女に救われた。安心してくれ、離れて暮らす君の分までリディアを大事にする」
イザークは真面目なトーンで、しっかりとレティシアの目を見てそう誓ってくれた。
「……リディアを頼みます」
「任せてくれ」
二人は握手をして仲直りをした。それを見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
「リディア、婚約おめでとう。幸せになるのよ」
「レティシア、ありがとう」
私はレティシアとハグをして喜びを分かち合った。やはり親友に祝ってもらえるのはとても嬉しい。
♢♢♢
「イザーク様、レティシアに会ってくださってありがとうございました」
「いや、彼女とは一度ちゃんと話したいと思っていたんだ。祝ってもらえて良かった」
「はい」
私がニコリと笑うと、彼も嬉しそうに微笑んでくれた。
「ああ、早く結婚したい」
最近の彼の口癖はこれだ。私達の結婚は三ヶ月後を予定している。かなりのスピード婚だが公爵家の金と力で素敵なウェディングドレスと新居、そして素晴らしい教会を確保することができた。
「あの、無理されなくても……私は半年後でもいいですよ?」
そう私が伝えた時のイザークの絶望した顔は忘れられない。もちろん早く結婚できるのは嬉しい。でも私のためにお金と力を使ってもらうのは申し訳ないではないか。
「俺が耐えられないんだっ!お願いだから三ヶ月後の結婚にイエスと言ってくれ」
悲痛な顔で私にそう迫るので、私は「イ、イエス……」としか言えなかった。
「新居もだいぶ完成したよ」
「まあ、楽しみです」
「リディア、可愛い。大好きだ」
脈絡もなくイザークが愛の言葉を囁くので、私は嬉しいけれど困ってしまう。どう反応していいかわからないのだ。
「リディアは?俺のことどう思ってる?」
「そ、そりゃあ……もちろん……」
「もちろん?」
彼は私の髪を撫でながら、ニッと口角を上げて楽しそうに私の顔を覗き込んだ。
「す……き……です」
「誰のことを?」
「……!?」
「ちゃんと言葉に出して言って?」
彼はそのまま私の頬を大きな手で包み込んで、美しいグリーンの瞳でジッとこちらを見つめ続けている。
――ゔうっ、わかっているくせに意地悪だ。
だけど、イザークは私がちゃんと言うまで許してくれそうにない。やっぱり彼は意地悪だ。
「私はイザーク様のことが……好きです」
「ふふ、嬉しい。ちゃんと言えて偉いね」
とろんと目尻を下げて、彼は長い指で唇をそっとなぞった。その仕草がとても色気があるな、とドキドキしていると……そのまま私の唇に何度も深く吸い付いた。
「んっ」
「リディアの唇は甘いな」
「ふっ……んんっ……」
二人きりになるとイザークは遠慮がない。耳をすりすりと触りながらキスをされると、私はすぐに限界を迎えてしまう。
――悔しいけど経験値が違いすぎる。
くたりと彼の肩に身体を預けると「真っ赤になって可愛い」と笑って余裕の表情だ。
「キス……上手ですよね」
私は過去の女性達を思い出しムカムカしながら、彼を睨みつけた。過ぎた事を責めるつもりはないが、面白くはない。
「え?それは……褒めてくれてるのか?下手って言われるよりは男として嬉しいけど」
彼は私の真意を測りかねているようで、何だかソワソワしている。
「……」
「リディア?」
「いつも余裕ですよね」
私が拗ねてそう言うと、彼は困ったような顔をした。
「リディアを前に余裕なんかないよ」
イザークはそっと抱き寄せ、私の耳を左胸に当てた。鼓動がとても早いのがわかる。
「……ドキドキされてます」
「いつもしてるよ。格好つけて余裕ぶってるだけだ」
「じゃあ……私と一緒ですね」
「そうだよ」
私はキュッと彼のシャツを握りしめた。なんだ……私と同じだったんだ。
「昔のあれは恋じゃなかった。好きになったのはリディアが初めてだし、これからは君にしかキスしない」
「……はい」
彼の初めての人になりたかったけれど、きっとそうなら上手くいっていないだろう。あの時の彼がいるから、お互い好きになったのだ。
「でも、リディアがやきもちを焼いてくれるとは思わなかったな。学生時代は俺ばっかり妬いていたから」
彼はそんな事を言いながらニヤニヤと緩んだ顔で、私を見つめている。
「妬く場面なんてなかったじゃないですか。哀しいからこんな事自分で言いたくないですけど、私は全くモテませんでしたから!あなたと違って」
私はプイッとそっぽを向いた。彼が妬くような場面は一度もなかったはずだ。
「あー……ああ、それはな。俺が……芽を摘んでたからというか……阻止してたというか。リディアのことを狙ってる男は割といたよ」
「ええっ!?」
「……だからモテなかったわけじゃない。君が誰にでも優しくするからいつも妬いてたよ」
そうだったんだ。あまりに注目を浴びないから地味な服が悪いのかな、とかお化粧変えた方がいいかなとか学生時代はそれなりに悩んでいたのに。
「俺が留学した後は、君が一人でいてくれるかは賭けだった。きっとリディアの義父上なら結婚させるなら学校卒業した後だと踏んでいたから、リミットはそこまでと決めて頑張ったんだ」
さすが……イザークの読み通りだ。お父様は卒業後にお見合いをして半年程かけて慎重に相手を選び、もう半年後に結婚をと考えていたらしい。
「例えもし誰かと婚約していても、結婚していなければ奪い取るつもりだったからな」
「ええっ!?」
「だって俺以上に君を愛している男はいない自信があるから。君に『嫌いだ』と言われて一度は離れたが……もう吹っ切れた。もし今後嫌いだって言われても絶対に別れるつもりはないし、何度でも俺を好きにさせる」
「お、俺様……」
彼は自信たっぷりにニッと微笑んだ。まるで学生時代の彼のような横暴ぶりだ。
「俺はそもそも欲しいものは何がなんでも欲しい性格だ。だから君だけは何があっても離さない。リディアはこんな我儘な俺は嫌か?」
「悔しいけど……好きよ」
そう伝えて、私は彼の首をぐっと引き寄せてちゅっと触れるだけのキスをした。するといきなりだったので、驚いたのかイザークは真っ赤に頬を染めた。
――どうやら攻めるのは慣れていても、攻められるのは慣れていないらしい。
「私はイザーク様のことを二度と嫌いなんて言わないわ。だって良いところも悪いところも全部まとめて好きだもの」
「……きっと君には一生敵わないな」
イザークはまだ赤い頬を腕で隠しながら、しばらく照れていた。そんな彼がなんだか可愛らしかった。
きっとこんな顔をするイザークを知っているのは私だけだ。過去のどんな女性だって、誰も知らないだろう。そのことが私の嫉妬心を鎮めていった。