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19 意地悪

リディア視点に戻ります。

 私達はこれからはすれ違いがないように、どんな些細なことでも言葉にしようと決めた。疑問が無くなるように今日中にきちんと聞いた方がいいと思ったので、馬車で移動しながら話す事にした。


「記憶を失っていらっしゃった時、どうして私と恋人同士だったと勘違いされたんでしょうか?」


 私はずっとそれが疑問だった。付き合っていたのに、その記憶が無くなるのならまだわかる。だけど付き合っていないのに付き合っていたという記憶に塗り替えられることなんてあるのだろうか?


「それは……心当たりがある」


 イザークは手で目元を隠し、俯いたまま動かなくなってしまった。


「あの、イザーク様大丈夫ですか?」


 急に黙ったので私は心配になった。聞いてはいけないことだったのだろうか。


「……くれるか?」


「え?」


「ひ、引かないでいてくれるか?これから言うこと……聞いても……」


 彼は真っ赤に顔を染めて、指の隙間から私をチラリと見つめた。


「引きません」


「……」


「……」


 謎の沈黙がしばらく続いた。そんな言いにくい理由なのだろうか。なんだか怖くなってきた。


「留学中……ずっと……想像してたから」


「そう……ぞう……?」


 私は意味が理解できず、彼の言葉を繰り返して首を傾げた。


「君と恋人になったら『リディ』って愛称で呼んで、手を繋いでデートして……抱きしめてキスをしたいとずっと思っていた。本当は学生の時にしたかったことだけど、できなかったから。何度……それを想像して夢に見たかわからない」


「なっ……!」


 私はそれを聞いて真っ赤に頬を染めた。じゃあ、あのイザークは彼のしたかったことだと言うのか。


「元々リディアの卒業式の日にシャルゼに戻って、求婚しようと決めていたんだ。その時に、素直に気持ちを伝えようと思っていた」


「そ、そうなんですか」


「だから、夢と現実がごっちゃになったんだと思う。本当に……恥ずかしいが……たぶんそうだ」


 彼は両手で顔を隠して完全に俯いてしまった。しかし、私には疑問があった。


「留学前に気持ちは自覚していらっしゃったんですよね?どうしてその時に告白してくださらなかったのですか」


「あの時の俺では君を幸せにできないとわかったから。素行の悪い俺が近付くことで、リディアまで悪く言われることが耐えられなかった。だから、自分の全てを変えようと思った」


 そうだったのか。でも、そんなこと言ってくれなくてはわからない。


「本当は『待っててくれ』と言いたかったが、言えなかった」


「そうだったん……ですか」


「弱くて愚かだった俺を、どうか許して欲しい」


 彼は真剣な顔で私をジッと見つめた。私も謝らないといけないことは沢山ある。


「私も謝らなければいけません。大嫌いと言ったのは嘘です。カリンバルに行く夢を応援してくれたあなたのことが好きだったのに、別の女性と一緒にいるあなたを見て……嫉妬して気持ちに蓋をしたんです。嫌いだって思う方が辛くなかったから」


「リディア……」


「好きです。イザーク様のことが好き」


「俺もだ。いや、絶対に俺の方が好きだ。大好きだ」


 彼にぎゅーっと抱き締められ、すりすりと頬擦りをされた。それからゆっくりと身体が離れ、だんだんイザークの綺麗な顔が近付いて来た。


 ――キスされる……!


 そう思って目を閉じた瞬間、ガタンと馬車が停まった。


「チッ、着くのが早すぎる」


 イザークは昔の彼のように乱暴に舌打ちをした。私はキスを自ら『待っていた』のを思い出して頬が真っ赤に染まった。


 ――は、恥ずかしい。


 だってキスして欲しかった、と残念に思っている自分がいる。さっきあんなにしてもらったのに、またして欲しいなんて……私ってはしたなくて欲張りなのかもしれない。


「お、お、降りましょう」


 私は戸惑っていたこともあり、エスコートを待たずに馬車から出ようとした。


「リディア、待ってくれ」


 腕を掴まれ、彼の方にぐいっと身体を引き寄せられた。


「忘れ物」


 耳元に唇を寄せ甘い声で囁いたイザークは、驚いて目を見開いたままの私にちゅっと軽いキスをして色っぽく微笑んだ。


「さあ、行こうか」


「……っ!」


「可愛いが……困ったな。そんな真っ赤な顔だと、馬車で口付けをしていたとお義父上にバレてしまいそうだよ?」


 くすり、と揶揄うように笑ったイザークの胸を私は何度もポカポカと叩いた。真っ赤になるのはあなたのせいじゃないの。


「……意地悪」


 記憶を取り戻したイザークは、やはり意地悪な昔の面影を残している。


「はは、ごめん。全部俺のせいだな。機嫌を直してくれ」


 私の髪に優しいキスをして、そっと手を差し出した。その手をわざとギュッと強目に握ると「痛い痛い」と言いながら嬉しそうに笑っていた。


 悔しいけれど、ちょっと意地悪なイザークも好きかもしれないと思った私は恋に浮かれているらしい。










「リディアと結婚させてください。お願いします」


 イザークは今、客間で私の両親に深く頭を下げている。ニコニコ微笑んでいるお母様とは対照的にお父様は難しい顔をしている。


 イザークと一緒に帰って来た私を見て、お母様やお兄様……そして使用人達は喜んでくれた。なのに何故かお父様だけは不機嫌だ。


 ――ゔうっ、気不味い。


 なんでこんな雰囲気になるの?お父様は私のことを応援してくれていたのに。


「色々ご迷惑をおかけして申し訳ないと思っています。自分から婚約解消しておきながら、また結婚したいなどと……勝手なことを申し上げていることも百も承知です!でも、私の結婚相手はリディア以外考えられないのです」


「……」


 お父様はギロリとイザークを睨みつけたまま黙っている。


「お父様、私はイザーク様が好きです。確かに色々すれ違いはありましたが……私は彼と結婚したいです」


 そう伝えると、お父様は「はぁ」と大きなため息をついた。部屋がシンと静まり返り、チクタクと時計の音だけが聞こえる。うゔっ、緊張する。


「……結婚を認めよう」


 そう言われて、私達は顔を見合わせて喜びを分かち合った。だけど……


「だが、すぐに娘に手を出す男は信用できん」


 首をトントンと指で触った後、冷たい声でそう言われた。どういう意味かわからず首を傾げていると、イザークはギギギ……とぎこちなく振り向き何かを確認した後少し青ざめながら話しだした。


「これは……その……想いが通じ合った喜びからくるもので……いや、もちろん!最後まではしていませんが……」


「当たり前だろう!」


 お父様が鬼の形相でイザークの話を遮った。


「あ、はい。そうですよね。申し訳ありません」


「今のイザーク君の能力は認めているよ。だが、君のそういう手の早いところは信用していない!!」


 お父様はバンっと強くテーブルを叩いたので、紅茶の入ったカップやお菓子の入ったお皿がガチャンと音を立てた。


「まあ、まあ。ただの恋人なら許せませんけれど……もう結婚するのだし、いいじゃありませんか」


 お母様はうふふ、と笑いながらお父様を慰めるが怒りはおさまっていない様に見える。


「しばらくリディアに近付かないでくれ」


「いや、それは無理です!それにしばらくっていつまで……」


「正式な婚約書類が出来上がるまで指一本触れさせないからな!」


 そう言って、お父様はイザークをポイッと部屋から出し、ガチャンと鍵をかけた。


「ちょっ……!お義父さん、話を聞いてください」


 ドンドンと扉を叩き続けるイザークに、お父様は苛ついた声を出した。


「まだ君に父と呼ばれる関係では無い」


「待ってください!リディアに逢えないなんて一日だって耐えられません!!」


「さあ、イザーク君がお帰りだ。アンジェル公爵家まで送って差し上げろ」


 お父様は部屋の中から、淡々と外にいる使用人にそう指示を出した。


「お、お父様!やめてください」


「リディアは黙っていなさい」


 外でガタガタと抵抗する音が聞こえていたが、やがて静かになった。馬が走る音が聞こえたので、イザークは乗せられてしまったようだ。


「お父様は私のことを応援してくださっていたじゃないですか。それなのにどうして?」


「……リディアも頭を冷やしなさい」


 お父様は冷たくそう言って、そのまま客間を去って行った。


「お父様ったら酷いわ!背中を押してくれたのに、いざ上手く行ったら反対するなんて」


「まぁまぁ、リディア落ち着いて。あれはね、反対しているわけではないわ。ただショックだったのよ。彼も普通の父親だったってことね」


 うふふ、と笑ってお母様は私に手鏡を見せた。そこには……私の首元にくっきりとキスマークが付いていた。もしかしてあの時の!?


「きゃあっ!?な、な、何これ」


「ふふふ、イザーク様ったらやるわねぇ」


 私は悲鳴をあげた後、頬を染めながら慌てて首を手で隠した。


「お嬢様、殿方の暴走を上手く躱すのも貴族令嬢の嗜みですよ?」


 テレーズにも淡々とお説教され、お兄様には「馬鹿。父上にはバレないようにしろよ」と小声で怒られた。


 私は恥ずかしすぎて丸一日自分の部屋に閉じこもる羽目になった。







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