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18 決意(イザーク視点)

 卒業式当日。告白はできなくても、どうしても今日だけは話したかった。明日から俺はこの国を離れてしまい、しばらく逢えないのだから。


 ――避けられている。


 そのことには気がついていた。彼女は、俺がまた遊び始めたと悪い噂を聞いているだろう。


 だけど……一言でいいから話したい。卒業式会場からからそそくさと出ていくリディアの首根っこを捕まえて、裏庭に連れていった。


「俺は必ず二年で戻ってくる。絶対に……覚えとけよ」


 彼女にこんな言葉しか掛けられないのが辛いが、仕方がない。俺のこと忘れないで欲しいんだ。二年後は胸を張って戻ってくるから、それまでどうか……婚約者を作らずにいて欲しい。


「おい、返事は?」


 無言のままの彼女に、いつものようにぶっきらぼうにそう言ってしまった。彼女は何故かうるうるした瞳で俺を熱っぽく見つめた。


 ――その顔は、反則だ。


「……泣くんじゃねぇ。決心が鈍る」


 リディアに気持ちを伝えたい。好きだ、愛してるって抱きしめたい。そう思った時に、身体が自然と動いていた。

 


 ちゅっ



 彼女の唇は信じられないくらい柔らかく、そして温かかった。あまりの心地よさに、もう一度触れたいと思ったその時……大きな目を見開いたまま、ガッチリと身体が固まっているリディアが見えた。


 ――俺……今、何をした?


 ドキドキドキと胸が破れそうなくらい早く動いている。彼女が驚きフリーズしている間に、俺は逃げるようにその場を去った。


 そして足早に馬車に乗り込み……ずるずると膝から崩れ落ちた。今の俺はきっと全身が真っ赤に染まっている。


「キス……しちまった」


 リディアはファーストキスを将来の旦那のために大事に取っていると話していた。なのに、俺はなんてことをしてしまったんだ。


 でも、リディアに触れずにはいられなかった。愛する彼女と離れるのがこんなに辛いと思わなかった。


 いきなりこんなことをしてきっと嫌われただろうと青ざめたり、彼女の『初めて』は俺が貰ったんだという自己中心的な喜びでニヤついたり百面相をしていた。


 ――絶対に俺は彼女と結婚をする。


 彼女の大切なファーストキスを奪ったのだ。責任を取る。いや、どうか取らせて欲しい。必ず……リディアと結婚してみせる。そのためならどんな努力だってできる。


 家に着くと、俺はすぐに髪色を黒に戻し長かった髪をナイフでバッサリと切った。その姿は……相変わらず兄上にそっくりだ。


「卒業おめでとう。イザークのその姿を見るのは久しぶりだな」


「ご迷惑をおかけしました。明日からは心を入れ替えて、カリンバルで学んできます」


 俺は父上に頭を下げた。あまりにも大きな存在の父や兄に反抗するなど、意味のないことだったと今ならばわかる。


 ――俺は俺だ。


 周囲から兄上の『優秀なスペア』や『兄のクローン』と言われ続け、何をしても比べられた。どんなに頑張っても『兄と同じ』と言われ、失敗をすれば『兄と比べて出来が悪い』と言われる。いくら努力したって兄には敵わないし、俺自身を認めてなどもらえない。


 兄さえいれば俺はこの家には必要ない……と絶望し、一人でいじけるなんて馬鹿だった。


 そもそも家族はそんなこと一言も言わなかった。みんな俺を俺として愛してくれていた。だけど不安で自信がなくて、自ら楽な方に逃げたのだ。


「いい顔になった。頑張っておいで。イザーク、昔からお前は私の自慢の息子だよ」


「……ありがとうございます。好きな女を自分の力で迎えに行ける男になって戻ってきます」


「楽しみにしているよ」


 フッと笑った父上と握手をした。リディアのおかげでやっと素直になれた。そしてずっと心配してくれていた母と兄にも謝罪し別れを告げ、俺は家を出た。










 カリンバルでの生活は驚きの連続だった。勉強して知識としては知っていたが、いざ全く違う文化に触れるのは良い刺激になる。


 ここの人々は皆、明るく陽気だ。恋愛も情熱的で、カップル達は外や人前でもかまわずに愛を囁き合いキスをしている。しかしいやらしさはなく、とても微笑ましい光景だ。


 だがこんな場面、リディアが見たら恥ずかしいと目を背けるかもしれないと思ってつい笑ってしまった。


 ――ここはリディアが好きな国だ。


 それだけでこの留学はやっていける気がした。学校では勉強に集中し、今後のために人脈を作った。おかげで学年一位の成績を落としたことは一度もない。


 彼女が刺繍したハンカチと、密かに描かせた一枚の肖像画。それだけが俺の宝物。寝る前にそれに口付けをする。


 どうか夢に出てきて欲しいと毎晩のように祈るが、彼女はたまにしか現れてくれない。


『イザーク、おかえりなさい』


『ただいま。リディ、愛してるよ』


『私も愛してる』


 俺の胸の中に微笑みながら飛び込んで来る可愛い彼女を抱き止め、口付けをする……直前に目が覚めた。


 どうせ夢ならばキスやそれ以上してもいいではないか、と文句を言いたいが誰に文句を言えばいいかもわからない。まあ実際は彼女からは敬称をつけて呼ばれているし、リディなんて愛称で呼んだことはないのでこれでも現実よりは甘い展開なのだが。


 同室のペドロには『一途だねぇ』なんて揶揄われたが、気にしなかった。


 何度もいろんな女性に告白をされたが、俺にはリディア以外は考えられなかった。


「心に決めた人がいるんだ」


 どの人もそう断った。それが本音だから。中には『留学中だけの彼女でいい』や『一晩だけ』なんてお誘いもあったが、全て拒否をした。俺が触れたくて堪らないのはリディアだけだったから。少しも心は動かなかったし、むしろ迷惑だった。


 健全な男だから……そういう欲がないわけがない。そのもやもやした邪念を振り切るように、激しい筋トレを続けるといつの間にか細かった身体も逞しくなった。


 人生の中で間違いなく一番頑張った二年間だった。俺は外交官になったらシャルゼとカリンバルの友好条約を結びたいからだ。


 面倒だと自国ではなるべく避けてきた舞踏会やパーティも顔つなぎのために定期的に顔を出した。公爵家の息子という肩書きは、ここではあまり意味がない。いくら立派な家柄でも、ここでは異国人なのだから。


 だが、時間をかけて国の重要人物や王族との繋がりもできた。あとは俺が外交官になるだけだ。


 二年後、難関だと言われる外交官試験を突破し帰国が決まった。試験は大変だったが……これからリディアに告白することに比べたらなんて事はなかった。


 リディアの話はあえて一切聞いていない。もし婚約者ができたとか……結婚したとかそんな話を聞いてしまったら俺はここで何も手に付かなくなることがわかっていたからだ。


 今のリディアは十八歳。貴族令嬢ならば結婚適齢期だ。卒業と共に結婚なんて話も珍しくない。


 それでも……もしそうでもこの気持ちを伝えないわけにはいかない。卒業式の日に俺は彼女に求婚することを決めていた。





「きゃあっ!息子を助けてっ!!」


 街をぼんやりと歩いていると悲鳴が聞こえてきて、声のする方に顔を向けた。幼い男の子が窓にしがみついて今にも落ちそうだった。


 俺はすぐにその場所まで駆け上がりその子に手を伸ばしたが、子どもは恐ろしさからぐしゃぐしゃに泣いており片手を離す勇気がないようだった。


「大丈夫だ。必ず引き上げる」


「うわーん、いやだ。怖いよ」


「大丈夫だ!」


 そう言った瞬間、男の子は手の力に限界がきたのかずるりと両手を離してしまった。


「危ないっ!」


 俺は男の子に手を伸ばし、一緒に飛び降りた。下からはきゃあ!と悲鳴があがっている。なんとか男の子を抱きしめることができた。


「ゔっ……!」


 上手く自分を下敷きに落ちることができたが、あまりに強い衝撃に一瞬意識が飛んだ。


「大丈夫ですか?」


「お兄ちゃん、死なないで……うっ……うっ」


 心配そうな母親と泣いている男の子の顔が見えた。頭と背中を打ったみたいだが……大丈夫だ。俺はゆっくりと起き上がった。


「無事で良かった。大丈夫です」


「本当に、本当にありがとうございました。もうすぐお医者様がいらっしゃいます!頭を打っていらっしゃるので念のため診察を」


 母親が何度も何度も頭を下げてお礼を言ってくれた。医者に診られたら、しばらく安静にと言われかねない。それはとても困る。


 意識はハッキリしている。むしろさっきよりクリアで清々しいくらいだ。


「いえ、平気です」


「あの!お礼を!!」


「本当に大したことしていないので。これからは気をつけるんだぞ」


 男の子の頭をひと撫でして、そのままその場を去った。俺は明日どうしてもシャルゼ王国行きの船に乗らなければならない。そうしないと数日先にあるリディの卒業式に間に合わないのだから。




 ――愛する恋人を迎えに行かなくては。



 

 思い返すとこの時から、俺の記憶喪失は始まっていた。






 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回でイザーク視点は終了で、次話からはリディア視点に戻り話は進みます。


少しでも面白いと思ってくださったら、評価していただけると書く励みになって嬉しいです。

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