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17 責任(イザーク視点)

「父上、お話があります」


 俺は覚悟を決めた。正直自分がリディアに好かれているとは思えないが……彼女が欲しい。生まれて初めて好きになったんだ。誰かに奪われる前に先に婚約者にしておきたかった。


 俺のことは婚約者になってからゆっくり好きになってもらえればいい。婚約者になったら、素直に気持ちを伝えて彼女を甘やかしたい。


「ほお?お前が私に話をしたいなんて珍しいな。悪いが忙しいんだ。手短に頼むよ」


 父上は一見優しそうに見えるが、食えない男だ。公爵家としてメリットのないことは動かない。


「……好きな女がいます。本気です」


「はは、それはいい。最近真面目に学校に行っているのはそのおかげかな?私からもその御令嬢に感謝しないといけないね」


 調べられているとは思っていたが、俺の言動など全てお見通しのようだ。その上で父上は注意せずスルーしていたのだろう。


「で、どこのお嬢さんかな?」


 ……とっくに知ってるだろうに、わざと聞いてくる辺りが性格が悪い。


「サヴィーニ伯爵家のリディア嬢です」


 父上の目を真っ直ぐ見ながら、俺はハッキリとそう告げた。


「お前は見る目があるな。私はサヴィーニ伯爵とは交流がある。伯爵の娘さんはとても良い御令嬢だ」


 政略結婚が普通なのできっと反対されると思っていたが、父上にリディアを肯定してもらえたことが嬉しかった。


「そ、そうなんです!彼女は本当に頑張り屋で素直な優しい子で……」


「だが、駄目だ」


 俺が話しているのを遮るように、父上は冷たく言い放った。サーっと体温が下がり、目の前が歪むのがわかる。


「彼女のなにが……駄目ですか」


「勘違いするな。駄目なのはお前だ」


 恐ろしい顔でギロリと睨まれ、俺は言葉を失った。


「家柄も性格も良い品行方正なお嬢さんが、素行の悪いお前の妻になってくれると思うか?思い上がりもいい加減にしろ。もし私に娘がいたら、絶対にイザークを婚約者になんて選ばない」


「そ……れは……」


「全て自分の責任だろ?」


 そう言われて、俺は唇を噛み締めグッと拳を握りしめた。


「授業をサボろうが、喧嘩をしようがどれだけ女と遊ぼうが……学生時代は若気の至りだと思って見逃していた。だが、社交界で今のお前の評判は最悪だよ?いくら顔が良くて、成績が良くてもお前はただの我儘な世間知らずのお坊ちゃんだ」


 穏やかに淡々とそう話す父の目は、全く笑っていなかった。


「今のお前には公爵家の息子という肩書き、あとはその整った顔……それ以外評価すべきところはない。身に付けている教養さえも、親から与えられたものだ。イザーク、最近の君が何か一つでも自ら努力して得たと誇れるものはあるのか?」


「……」


「お前じゃなく、彼女が悪く言われるんだ。いくら本気の恋でも周囲はそうは思わない」


「俺が全てをかけて守ります!もちろん自分の生活と態度も……全部改めます」


 そう言った俺をチラリと見て、父上はハハハ……と声を出して笑いだした。そして急に真剣な顔になり低い声ではっきりとこう言った。


「甘いな。お前が本気で彼女のことが大切なら、一切手を出すな。話は終わりだ」


 父上の言うことは正論すぎて何も言い返せなかった。今まで散々好き勝手しておいて、今更真面目になるなど都合がよすぎる。信用を得るのはとても難しいが、信用を無くすのは一瞬なのだから。


 だが、その時はまだ父上の言っていることが本当だなんて認めたくなかった。自分が変われば、愛するリディアを守れる自信もあった。


 俺はこれから生活態度を改め、卒業したら金の稼げる仕事について彼女に相応しい恥ずかしくない男になると心に誓った。


 誓った……のだが、実際リディアを前にすると相変わらず素直になれず憎まれ口を叩いていた。揶揄う振りをした方が、彼女に触れたり話したりできるからだ。


 ――意気地がねぇな。


 勇気のない自分が嫌になる。告白して、断られたら……彼女とこんな風に話せなくなるのが怖かった。生まれて初めての恋は、俺を臆病にさせた。


 彼女はいつか隣国のカリンバルへ行くのが夢だと教えてくれた。叶えてあげたい、と思ったし自分の知ってることは全て教えてあげたかった。昔なんとなく覚えたカリンバル語を、家で必死に学び直したことはリディアには秘密だ。


 毎日のように彼女と図書館で勉強をするのが好きだった。キラキラとした目で新しい知識を得る彼女を見て『学ぶ』ことの楽しさを再認識した。


 ああ、そうだ。勉強は他人から評価を得るためにするものではない。自分のためにするものだ。


 ある日……彼女は俺に大事な夢をくれた。外交官が向いている、と言ってくれたことが嬉しかった。思いつきの発言かもしれないが、俺にとっては目指すべきものになった。


 ――留学しよう。


 そこでいろんなことを学び、一からやり直そう。彼女と離れるのは辛いが、今後の幸せのためだ。


 卒業式の日に、彼女に『二年後に必ず迎えに行くから待っていて欲しい』と伝えよう。ずっと好きだったと話したら君はどんな顔をするだろうか?嫌だと言われても諦められそうにない。


 だが、父上の不安は的中した。他の女を全て切り、急に毎日授業を受けるようになった俺にみんなどうしたのか?と首を傾げていた。


 そして、俺とリディアがよく一緒にいるという噂になっていた。その噂だけならばいい。だけど、彼女を悪く言う奴らが出てきた。


「おい、聞いたか?リディア嬢、清楚に見えてあのイザークと毎日遊んでるらしいぜ」


「ええ!?あの子が?じゃあ大人しそうに見えてもう色々経験済みなのか?」


「じゃあ、俺達とも楽しもうって声掛けようぜ。見るからに遊んでる女より、可愛らしい女の子の方がいいよな!どうせイザークだって本気じゃないだろうし、その子はそのうち捨てられるさ」


 学園内の男達が、リディアを変な目で見ていることを知って俺ははらわたが煮えくり返った。


「おい、楽しそうな話をしてるじゃねぇか」


 背後からそいつらの肩に手を回し、ドスの効いた声を出しギロリと男達を睨みつけた。


「イ、イ、イザーク……様!」


 俺が声をかけた途端にそいつらは青ざめて、ガタガタと震え出した。


「リディアは俺だけの玩具なんだよ。テメェら、指一本でも手を出して見ろ?社交界に二度と出て来れなくなるぞ?」


 ひいぃっ、という悲鳴と共に「はいぃっ!」と言いながら逃げて行った。


 これでは……父上が言っていた通りではないか。俺は自分の考えの甘さが許せなかった。この下衆な男達よりも、自分自身に腹が立ち悔しくてしょうがなかった。


 キスどころか、頬に手を触れただけで赤面する清廉なリディアがなぜこのような酷い噂を流されなければいけないのか。


 ――全部俺のせいだ。


 今はいい。近くにいれば彼女に何かあれば守ることはできる。だが、留学する二年間は?誰が守れるというのだろうか。


 このまま俺が告白し……万が一彼女に受け入れてもらえたとしても『素行の悪い男の婚約者』という好奇心に満ちた目で見られてしまう。


 さっきみたいな男が彼女が一人の時に近付いて来たら?考えたくもないが、もし彼女に……リディアに取り返しのつかない何かがあったら?


 ――耐えられない。


 今の俺がリディアを好きでいることが迷惑なんだ。なぜそのことがわからなかったのだろう。


 俺はすぐに夜遊びを再開した。一般的に綺麗と言われている適当な女に手を出し、あえて学校にも呼び出して見せつけるように侍らせた。


「リディア嬢と恋人だったのでは?」


 そう聞かれたら、あえて馬鹿にしたように笑うことに決めた。


「リディアが俺の女?笑わせんな。あんなガキに興味はねぇんだよ」


 心に無いことを言うのは辛かったが、これで……彼女を守れるのだ。まとわりつく女のきつい香水の匂いや、ベタベタと触れられる無遠慮な手が気持ち悪くて吐き気がしたが我慢した。


 リディアはふんわりと優しい花のような香りなのに。彼女にならいくらでも触れて欲しいのに。


 好きな女ができたら、他の女など目に入らない。過去の俺はこんなどうでもいい女達とよくキスやそれ以上の行為ができたものだ。


「イザーク様、今夜はどこに泊まりますかぁ?」


 学校を出ればこの女の役目は終わりだ。俺は女の手を撥ね除け、金を多めに握らせた。この行為も最低だとの自覚はあるが、早くここから去って欲しかった。


「あら、残念。また呼んでくださーい」


 女はうふふ、と笑い札束をピラピラしながら去って行った。俺は触れられ箇所を手で払い、人目を避けて学校に戻った。


 リディアは一人で図書館にいるのが見えた。窓際に座ってくれていて良かった。今は遠くから眺めていることしかできない。だけど、彼女の姿を見られただけでさっきまで荒れていた心が鎮まるのがわかる。


「リディア……好きだ」


 直接言えない俺は、その場で一人で呟くしか無かった。卒業まで俺は直接彼女に近付くことはできなかった。




本日の夜も投稿をする予定です。

次話でイザーク視点の過去の話は終わりになります。

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