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15 最悪な男(イザーク視点)

イザーク視点です。

 リディアと初めて逢った時、俺は本当に最低最悪などうしようもない男だった。彼女に出逢わなければ、俺は今もあのままだったかもしれない。


 名も知らない女に誘われるまま口付けやそれ以上のことをすることなんて日常茶飯事で、リディアに逢ったあの日もそうだった。


 俺のキスシーンをたまたま目撃して、首まで真っ赤に染めて慌てて走り去る様子が初心すぎて面白かった。今時こんな無垢な少女がまだいるのか。


 ――いい玩具を見つけた。


 その時はそんな気分だった。いくら美しくとも着飾っている派手な女と遊ぶのも飽きたし疲れた。元々誰のことも好きではないし、孤独を埋めるための身体接触も離れてしまえば虚しさが増す。


 しばらくはあの子を揶揄って暇を潰そう。初めてのタイプなのでなんだかワクワクする。


 俺が手を出すのは、向こうも派手に遊んでいる後腐れのない相手ばかりだ。金や顔や地位を求めるだけの女と結婚なんて死んでもしたくない。だからこそちゃんと『遊び』だと理解してくれる相手を選んでいた。なので、そういう関係になるのは俺と同属のどうしようもない女だけ。


 あの少女をどうこうしようなんて思わない。だってあの子はまだまだガキだ。化粧っ気もなく、素朴で可愛らしい純粋な少女。手を出すわけではないのだから、と自分に言い訳をして彼女を探した。


 リディア•サヴィーニ伯爵令嬢。調べればすぐに誰かはわかった。


「サヴィーニ伯爵家か。これはまたお堅い家の出身だな」


 彼女は歴史ある伯爵家の娘で、品行方正に育てられていた。俺なんかが関わるべきではないとわかっていたが、好奇心に負けた。


 ちょっと話すだけだ、そう自分に言い聞かせて彼女の教室に向かった。窓から盗み見た彼女は授業を真剣に話を聞き、わからないところでは首を傾げ……理解できた時はパッと嬉しそうに表情が明るくなった。


 ――なんて素直な……。


 俺はその様子を見て自然と笑っていた。そしてそんな自分に驚いた。なぜ笑ったのか自分でもわからない。


 コロコロ変わる表情をぼーっと眺めていると、いつの間にか授業が終わったらしく彼女は後ろの男に話しかけられていた。そして何か会話をして、最後にニコリと微笑んだ。


 イラッ


 なんだか苛つく。簡単に笑いかけやがって。そのムカムカした気持ちのままリディアの教室に乗り込んだ。


 そして無理矢理彼女を人気のない場所に連れ出した。


「地味だが……まあ、ギリ合格だな。素材は悪くない。たまには慣れてない()()()()()の相手もいいだろう」


 俺はリディアの顎をグイッと上げて、顔を近づけた。本当にキスをしようとした訳ではない。そうすれば真っ赤になって照れるだろうと思ったのだ。焦って恥ずかしがる彼女の顔が見たかった。


 しかし、予想は外れて俺はリディアに平手打ちをくらった。女に頬を叩かれたのは初めてだ。


「……痛ってぇ!何するんだ!!」


 俺が抗議の声をあげると、彼女はポロポロと大粒の涙を溢していた。


 自惚れだと思われるだろうが、今まで御令嬢に好かれることはあっても嫌われたことはない。今まではキスをして喜ばれることはあれど、泣かれることは一回もなかったのに。だからこの全力の拒否に動揺した。泣く程嫌って……。


「口付けは……ひっく……将来の旦那様としか……しちゃいけないものですもの」


 まさか。まさか、この少女は好きな男がいるというのか。その男のために俺を拒否した?


「……本気かよ」


 婚約者や恋人がいても俺に擦り寄るような女しか、俺の周りにはいなかったのに。


 ――リディアは違うんだな。


 彼女に一途に想ってもらえる男が羨ましく思えた。そしてまた胸がムカムカ、もやもやする。その原因が何かわからないため、その苛つきを彼女の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜることで落ち着かせた。


「ちなみに操を立てる程惚れてる男は誰だよ?どうせ、お前に似合いのガリ勉の童貞野郎だろ?」


 そしてついそんな暴言を吐いてしまった。この少女はきっとどんな金持ちもどんな男前にも靡かないのだろう。そんな彼女の相手が誰なのか知りたかった。


「……まだいません」


「はぁ?婚約者とか恋人いないのかよ?」


「いません」


 ――いないのに必死で唇を守ってんのか?


 俺は信じられない物を見るような顔で、彼女を見つめた。


「初めての口付けは特別だと聞いて育ちましたから。将来の旦那様に捧げます」


 彼女はまだ見ぬ相手を想い頬を染めて照れていた。その反応が新鮮すぎて、驚いた。


「今時キスなんてガキでもしてるぞ。それ以上のことだってみんな隠れて上手くやってる」


 貴族令嬢は乙女であれ、なんて時代は今や昔だ。もちろん今も建前はそうだがみんな隠れて楽しんでいる。この学校でもキスを済ませている女の方が多いだろう。なのに、リディアは律儀に守っているらしい。


 しばらくすると、彼女は耳まで真っ赤になった。なんで急に……?と疑問だったが、すぐにピンときた。


「くっくっく……顔がりんごみたいに真っ赤だねぇ?何思い出してんの?子猫ちゃんのえっち」


 どうやらリディアは俺のキスシーンを思い出したらしい。初心な彼女にはさぞ刺激が強かっただろう。反応が面白いので、俺はニヤニヤと笑いながら彼女の耳をそっと撫でた。


「ぎゃあ!触らないでください」


 色気もなんもない声で叫び、全力で拒否された。くっくっく……こんな女初めてだ。


「お前、面白いな」


 媚びるような目で見てこないのがいい。素直で分かりやすい反応もいい。


 俺はこの日から毎日のようにリディアを追いかけ回すことにした。




♢♢♢




 あんなに退屈だった毎日が、リディアと関わることでキラキラと輝いていった。学校が終わってつまらない家に帰ると、早く明日にならないかなと思うほどに彼女を気に入っていた。


「リディア、みーつけた」


 毎度毎度嫌そうな顔をする彼女に会いに行き、揶揄うのが楽しかった。彼女は怒ったり照れたり毎回新鮮な反応を見せてくれていた。


 舞踏会で着飾ったリディアを熱っぽく見つめる男達が面白くなく、ダンスを何度も邪魔をした。リディアは普段地味な分、磨き上げると輝く。普段は上までボタンをしっかりととめた制服の中に隠しているが、露出の多い流行りのドレスを着たらスタイルも良いことがわかる。


 ――見るんじゃねぇ。


 この苛つきがなんなのか、恋を知らない当時の俺はよくわからなかった。自分の玩具を他の奴等に奪われるのが嫌なだけだと思っていた。


 そんなことをしていると、派手な女達の相手をすることが嫌になった。キツイ香水も化粧も……吐き気がする。身体に触れられることすら気持ち悪くなったので「つまらない」と完全に縁を切った。


 そしてある日、事件は起こった。ある女に呼び出されたのだ。普段なら無視するが、この女は来ないとリディアに危害を与えると脅してきた。


 ――俺の玩具(リディア)に手を出そうなんて百万年早いんだよ。


 沸々と怒りが湧いてきた。罠だろうと思ったが、俺はその場に向かった。


「……なんで来るのよ。あなたにとって女なんてどうでもいいはずでしょう?誰もあなたの特別じゃなかったから、私は安心していたのに!今までのあなたなら『誰がどうなろうと俺には関係ない』って無視してた。なのに、あの地味な子どものどこがいいのよ!」


 目の前の女はキーキーとヒステリックに怒っている。


「用件をさっさと言え。あいつに手を出したら許さねぇぞ」


「……後悔しなさいよ。私よりあんな女を選んだことをね。さあ、やっておしまいなさい!」


 後ろから柄の悪そうな屈強な男が出てきた。当時身体を鍛えていなかった俺が太刀打ちできる相手じゃなかった。


「恨みはないが、彼女の希望なんでな。お前をやれば俺のものになってくれるという約束だ」


 俺は男に一方的にボコボコにされた。女は後ろで「私を馬鹿にした罰よ」とケラケラと笑っていた。


「お前、あんな碌でもない女のためにこんなことよくやるな。もっといい女探しな」


 男に胸ぐらを掴まれた時、せめてもの抵抗で口の中の血をペッと吐き出した。


 そこからの記憶はない。恐らくその後もう一発強烈なパンチをくらい、気を失ったのだろう。


 ――馬鹿だな俺は。


 あの女のことを碌でもないと吐き捨てたが、碌でもないのは俺も一緒だという自覚はある。


 身体が全身ズキズキと痛い……だけどこれは自業自得だ。好きでもない女と散々遊んできた罰だろう。


 あまりの痛さにまた意識が薄れていく。ああ……痛い、苦しい。そして……とても寂しい。




 ――誰か。俺を助けてくれ。




 もう何年も上手く息を吸えていない気がする。苦しくて辛くて……でもどうしていいかわからない。


 だけどこんな自分の『弱さ』を誰にも知られたくない。だから必死に隠して生きてきた。





 ――誰か。





















「だ、大丈夫ですか?」










 目を覚ました時、心配そうに俺を覗き込んでいるリディアがいた。








本日の夜にもう一話投稿予定です。

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