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14 本当の気持ち

「お父様、私……想いを伝えてきます。私の結婚相手は彼しかいません」


 イザークの手紙を大事に胸に抱きしめた。こんな手紙をくれるなんて思ってもいなかった。


「そうか。しばらくは我が娘が社交界の話題を掻っ攫いそうだな」


「女の……家格も低い私から告白なんて、はしたないことをしてごめんなさい。でも自分の気持ちをちゃんと伝えたいの。お父様にはご迷惑をおかけします」


 サヴィーニ伯爵家の歴史を穢すことがないように、真面目に品良く生きて行くように幼い頃から教育されてきた。お父様は社交界でこんな騒ぎになることを望んではいないだろう。


「……迷惑なものか。娘が幸せになるのを嫌がる父親がどこにいる?」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げて、すぐに彼の元に向かおうとした。しかし、それをお母様に引き留められた。どうやらお父様との会話を聞いていたようだ。


「リディア、その格好で逢いに行くの?ドレスは女の戦闘服よ!あなたにぴったりなのがあるわ」


 お母様はニコリと微笑み、美しいグリーンのドレスを私に着せてくれた。これはまるでイザークの瞳の色だ。いつの間にこんなドレスを……


「奥様のおっしゃる通りですわ。美しい装いはお嬢様に自信と勇気をくれます」


 テレーズは私に綺麗にメイクをしてくれた。彼女は仕上げに薄いピンクの可愛いルージュをひき「素敵です」と微笑んだ。


「お母様、テレーズありがとう」


 二人にお礼を言うと、ひょっこりとお兄様が顔を出した。


「リディア、これを持っていけ。求婚には必要なものだろう?」


 お兄様の手の中には大きな薔薇の花束が握られていた。これは庭に咲いていたものだろう。


「お兄様……!」


「後悔のないよう気持ちをぶつけておいで」


「はい」


 みんなの優しさに後押しされた私は、馬車に飛び乗った。家族や使用人達は私がずっとイザークのことが好きだと知っていた。だけど、あえて何か言うことはなく今日まで見守ってくれていた。


 ――みんな、ありがとう。


 私はもう諦めないことに決めた。何度拒否されたって構うもんか。あんな手紙を貰って、彼を忘れられるはずなんてない。


 私は王宮に着き、外交官の執務室に向った。そろそろ業務が終わる時間なので丁度いい。


 煌びやかなドレスを身に纏い一人で颯爽と歩く私は目を惹くようで、沢山の視線を感じる。


 その時、イザークが執務室から出てきた。目の前に急に現れた私に驚き、彼は戸惑った表情を見せた。


「イザーク様!」


 私は彼の名を呼び目の前で跪いて、大きな薔薇の花束を彼の前に差し出した。


「これは……?」


 彼はポカンと口を開けたまま、この状況が理解できていないようだった。


 私の大きな声のせいで、王宮内がザワザワと煩くなり私達に視線が集まってきた。床に跪いている御令嬢なんて、いい見せ物だ。でも今の私はそんなこと覚悟の上だ。


「全く状況が読めないが……とりあえず、立ってくれ。伯爵家の御令嬢が床に跪くなんてあり得ない」


 周囲の騒ぎで、イザークは正気に戻ったようで混乱しながらも私に手を差し出してくれたが私は拒否をした。


「お父様がカリンバルへ行ってもいいと許可をくださいました」


 そう伝えると、彼は本当に嬉しそうに目を細めた。


「そう……か。良かったな。君の夢が叶うことを嬉しく思うよ」


「まだ叶うかはわかりません。なぜなら厳しい条件があるからです」


「条件?」


 首を傾げているイザークに、私は花束を押し付けた。悔しいけれど、彼は私よりよっぽど真っ赤な薔薇の花束が似合う。


「新婚旅行なら認めると」


「新婚……旅行だって?」


 掠れた小さな声で聞き返された。彼は呆然としたまま私を見つめている。


「あ……相手は……?」


「誰だと思いますか?」


 私は真っ直ぐ見つめ返したが、彼は目を伏せて深く俯いてしまった。


「いや、俺に知らせる必要などないな。すまない……君の……幸せを遠くから祈ってる」


 辛そうに絞り出したような声を聞いて、私はイザークの胸を花束越しにドンと叩いた。衝撃で花びらがヒラヒラと舞い散る。


「約束!ちゃんと守ってくださいませ。新婚旅行でカリンバルに連れて行ってくださると、私に誓ってくれたのは偽りですか?」


「……」


「それとも、約束を違えて私を別の男に任せますか?」


「リディア……」


 イザークは唇を噛み締めて、拳を強く握っている。彼は私に何か言おうとしては、すぐに口を閉じて……すごく迷っている様子だった。


「私はあなたのことが好きです。学生時代のあなたは自分勝手で意地悪で、口も女癖も悪くて正直最初は大嫌いでした。だけど、あなたと図書館で勉強したり喧嘩したりするのとても楽しかったです。お互い素直になれず気持ちを言葉で伝えてはいませんでしたが、あの時からずっと……ずっと私達は好き合っていたはずです」


 私は思いの丈を全て彼にぶつけた。本当は二年前から彼のことが好きだったのだから。




「あんなに愛し合っていたことをお忘れですか?」




 泣き叫んだ私の身体は、すっぽりと大きな身体に包まれた。ぎゅうぎゅうと強く抱き締められて、息が苦しい。それなのに、ものすごく幸せだ。


「愛してる」


「イザーク様」


「愛してる……俺はリディアがいれば何もいらない。昔も今もずっと愛してる」


 イザークは愛してると何度も何度も繰り返した。私は落ち着かせるように、彼の背中をそっと撫でた。


「私も愛しています。結婚して下さい」


「君から求婚されるなんて、今日は人生で一番幸せな日だ。夢みたいだ」


「ふふっ……大袈裟ですね」


「大袈裟なものか」


 彼の大きな手が私の頬を包み込み、ゆっくりと整った顔が近付いてきた。私は自然と目を閉じた。


 柔らかい唇が一瞬だけ触れ、私達はそのまま見つめ合った。あまりに近いその距離に頬が染まる。


「は、恥ずかしいですね」


「何度もしたらきっと恥ずかしくなくなる」


 色っぽく微笑んだイザークに胸はドキドキして、頭はクラクラした。そして沢山の人がこちらを見ていることに気が付いて私は顔を隠した。


 女性達からはキャーという悲鳴が上がったり、うっとりとこちらを羨ましそうに見られていた。男性達からはヒューと囃し立てるような声と、驚きの眼差し。


 ――ああ、なんてことをしてしまったのか。


 これからどんな顔で外を歩けばいいのか。恥ずかしくてしばらく王宮には来れそうにない。


「こっちへ」


 私は余裕な表情のイザークに手を引かれ、執務室の中にポイっと放り込まれた。


「皆さん、邪魔しないでくださいね」


 落ちていた薔薇の花束を颯爽と拾い上げ、パチンとウィンクをして悪戯っぽく微笑んだこの時のイザークは『伝説級の格好良さだった』と後々若い御令嬢方に語られ続けている。


 彼も執務室に入り、ガチャンと後ろ手で鍵をかけた。


「これで邪魔者はいない」


 彼の熱っぽい視線に耐え切れず、私はパッと目を逸らした。


「わ、私……そろそろ帰らないと。これ以上遅くなると……その……お父様も心配なさるから」


 私はソワソワしながら、子どもっぽい言い訳をしてしまった。


「今外に出たら野次馬達の格好の餌食だよ?落ち着くまではここにいようね」


「うゔっ」


 それはその通りだ。きっと今出ていけば、大変なことになるだろう。


「お義父上には俺からも謝るよ。だから安心して」


 イザークは私の顔を覗き込んで、ニコリと微笑んだ。安心なんてできるはずがない。だってこの状況で一番危ないのは彼なのだから。


「沢山練習しよう」


「れ、練習?」


「そう。キスの練習だよ」


 彼が一歩ずつ私に近付いて来るので、私は一歩ずつ後ろに下がって行く。まるで私は肉食獣に捕食される前の小動物の気分だ。


 そしてついにトンっと壁に背中がついてしまった。これ以上は後ろに下がれない。


「愛してるよ」


 ちゅっちゅと軽い口付けをされた後、急に深いものに変わった。


「んっ……!」


 角度を変えて何度も深く唇を吸われて、私は驚いた。息苦しくてドンドンと彼の胸を叩いた。


「ぷはっ……はっ……はぁ、苦しい……」


 私が想像していたキスとはレベルが違いすぎる。初心者な私に比べて、イザークは上級者過ぎる。


「リディア、可愛い。キスしている時は鼻で息をするんだよ」


 彼は私の頭を撫でながら「好き」とか「可愛い」と囁きながら、おでこや髪にもちゅっちゅとキスを落としていく。


「もう一回しよう。ね?」


 食べられてしまうのではないかという程の激しい口付けに、意識が遠のきそうだ。身体を離そうとしたが、彼に後頭部をガッチリと支えられて熱烈な愛を注がれ続けた。


「んっ……ふっ……」


「ゆっくり息吸って?」


 彼に促されて、私は必死に鼻で息をした。そうしないと死んじゃうと思ったからだ。


「そう……リディア、上手だ」


 最後にちゅっ、とあえてリップ音を鳴らしやっと唇を離してくれた。濡れた唇をペロリと舐めたイザークは、色気が漂いすぎていて直視できなかった。きっと私は今、全身真っ赤に染まっている。


「コマリマス……」


 私はキョロキョロと視線を彷徨わせながら、片言でそう伝えた。


「すまない。でも、ずっとこうしたかった」


 彼は私を優しく抱き締めて、すりすりと甘えるように頬を寄せた。


「可愛い」


「言葉だけじゃこの気持ちを伝えきれないんだ」


「リディアが愛おしくて堪らない」


 そんな蕩けるような甘い言葉を言われてしまったら、私はもう何も言えなかった。



「愛してる」


「私も……愛しています」











 結局、私達が執務室から出てきたのは何時間も経過してからだった。腰の砕けるような甘すぎる口付けに酔い、ぐったりした私を大事そうに抱えるイザークの姿を誰かにバッチリ見られていたらしい。後々社交界でこのことを大いに揶揄われ恥ずかしい思いをすることになるのだが……そんなこと今の私は知る由もなかった。










ここまでお読みいただきありがとうございます。

やっと二人の想いが通じました!

今回で折り返しになります。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。


※いいねやブックマーク、評価ありがとうございます。

誤字脱字報告もいつも助かっています。

実際に読んでいただいている方がいるんだと思うと書く励みになります。

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