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11 それぞれの守り方

「ふーん……あのイザーク様がね」


 自分に起きたことを洗いざらい話した後、レティシアは考えるような素振りをした。


「そうなの。あり得ないでしょう?私達が付き合ってて、相思相愛だったなんて嘘をつくのよ」


「付き合っていたってことは、絶対にあり得ないわね。だから、あなたが記憶喪失なんてこともないわ」


 レティシアはバッサリとそう言い切った。


「そうよね!!」


 レティシアが嫁いだのは一年前。イザークが卒業したのは二年前。私達が付き合っていたのなら、レティシアが知っているはずだ。


「まあ……当時のイザーク様はあなたのこと好きだっただろうけどね。わかりやすかったし」


 そう言われて、私はポカンと口を開けた。彼が私を好きだった?


「なに言ってるの?私が虐められていたこと知ってるでしょう?あの人は常に綺麗な御令嬢を侍らせていたし……」


「まさか気が付いていなかったの?あんなのは()()で、あなたには()()だった。だからこそ手を出さなかったんでしょう?」


「でも私のことは女と思えないって言っていたわ」


 レティシアはそれを聞いて、はあと大きなため息をついた。


「……馬鹿な男。リディアの守り方をそれしか思いつかなかったんでしょう」


 ――私の守り方?


「あなたと関わるようになってから、イザーク様は遊んでた御令嬢方を清算してた。だけど、素行が悪かった事実はなくならない。だから彼とよく一緒にいるリディアのことを、変な目で見るクズ男が出てきたのよ」


 レティシアは思い出して怒っているらしく、持っていた扇子をミシミシと強く握りしめた。


「イザーク様の女の一人なら清楚な御令嬢に見えて案外遊んでるんじゃないか、声をかけたら相手をしてくれるかも……ってね」


「さ……最低!酷いわ」


 自分がまさかそんな風に見られていたなんて知らなかった。私はまだ正真正銘の乙女だ。


「ね?でも安心して。そんなこと言ってたクズ野郎達の名前は全部覚えていたから、お父様から手を回してちゃんと罰を受けさせたからね」


 レティシアはニヤリと笑った。私はそんなこと全く知らなかった。


「私、そんなこと全然知らなかった。レティシアにまで迷惑をかけていたなんて」


「あなたは知らなくていいことだったもの。私は自分の大事なものを傷付けられて黙ってる程優しくないわ。イザーク様はあえて『自分とは関係ない』と突き放すことで、あなたを守ったつもりだったんでしょうけれど」


 当時の私にそんな下心のある声をかけてくる男性はいなかった。つまり二人が私を守ってくれていたのだ。


「その嘘の意味はわからないけど、もう一度彼と話した方がいいと思うわ」


「……」


「リディアもイザーク様を好きでしょう?あなたが彼にカリンバル語を教わっている時、とても楽しそうだったもの。好きならちゃんと自分の気持ちをぶつけて。控えめなのはリディアの良いところでもあるけど、悪いところでもあるんだから!」


 そう言われて、自然と涙が溢れてきた。そう……私は彼のことを好きなんだ。彼が私を好きじゃなくても、彼が嘘をついていたとしてもやっぱり好き。レティシアと話すことでそれを再認識できた。


「うん……好き。彼のことが好き」


「なら、どうしたらいいかわかるわよね」


「ちゃんと伝えてみる」


「私もしばらくシャルゼにいるから。もし振られたら、一晩中慰めてあげる。あとイザーク様にも天罰が下るように一緒に呪ってあげるから」


 レティシアにそう言われて、私は涙が引っ込んだ。私はつい吹き出してしまった。


「ふふっ、呪うって何よ」


「そりゃそうよ。私のリディアを傷付けた罪は重いわ。よく効く黒魔術を調べとくわね」


「はは、それ……振られる前提じゃないの」


「備えあれば憂なしってね」


 パチンとウィンクをしたレティシアは、とびっきり綺麗だった。


「ありがとう。頑張ってみるね」


「ええ」


 その時、会場の中からレティシアを呼ぶ声が聞こえてきた。


「あれは旦那様のご友人だわ。挨拶に行かなきゃ」


「行ってらっしゃい。話聞いてくれてありがとう」


「リディア一人で平気?今夜のあなたはとびきり綺麗だから気をつけて!」


「子どもじゃないんだから大丈夫よ。私も友人を探すわ。またあとで合流しましょう」


 心配そうなレティシアを送り出し、私は喉が渇いたなと会場でドリンクに手を伸ばそうとした。


「リディア嬢」


 名前を呼ばれて顔を上げると、眼鏡をかけた真面目そうな男性が立っていた。彼は確か二つ上の学年の先輩で、生徒会にいたはずだ。名前は……そうだ、ジョシュア•アークライト様。伯爵家の御令息だったはず。


「僕のことお父上から話があっただろうか?」


 お父様から話?一体何のことだろうか。


「ジョシュア様、あの……申し訳ございません。父からは何も聞いていないのですが」


「そうか。知らないんだね。僕はね、君と婚約するはずだったんだよ」


 少し照れたように指で頬をかき、彼は眉を下げた。まさか……私の相手がジョシュア様だったなんて。


「申し訳ありません。あの……我が家の事情で……その……お断りをしてしまって」


 私はぺこぺこと頭を何度も下げた。


「いいんだ。でも……正直僕はリディア嬢のこといいな、って思っていたからすごく残念だったんだ。だから一度ちゃんと君と話してみたくて声をかけたんだよ」


 とても優しそうだ。きっとこの人と結婚したら穏やかに暮らせるだろうな、と思った。ここでは人目が気になるだろうとジョシュア様に促されて、庭に出て話すことにした。


 庭は人気がなく、暗いことが少し気になったがこちらから婚約を断っている手前……誠意を持って謝罪をしたほうがいいと思ったのでついて行った。


「……僕が断られた理由はイザークで間違いない?」


「はい」


「そうか。あの不良のどこがいいの?あいつといて本当に幸せになれる?」


 ジョシュア様は急に怖い顔になり、ギリッ唇を噛み締め……低い声を出した。


「あの男は君を利用してるだけだよ」


「利用ですか?」


 むしろイザーク様が私を利用できることなんてあるのだろうか。


「あいつの外交官の試験結果は素晴らしいものだったらしいが、学生時代の素行の悪さから王宮内では『外交官として相応しくない』と反対意見も出ている。それを払拭するために『真面目で清楚な歴史ある家の御令嬢』と結婚する必要があるんだよ。女性関係が()()()()()ことを示すためにね」


 それを聞いて私は妙に納得した。だから彼はあんな嘘をついたのだろうか?


「騙されてるんだ。あんな男はあなたに似合わないよ。目を覚ますんだ!!」


 ジョシュア様は私の肩を強く掴んだ。かなり痛くて、顔が歪む。人が変わったような彼の態度に驚き、身体が震えた。


「……っ!」


「君は僕と結婚したほうが幸せになれる」


「きゃあ……!は、離してくださいませ」


 彼は無理矢理顔を近付けてきた。私は驚きと恐怖で「嫌っ!」と声をあげ身体を反らした。


「大丈夫、僕達は夫婦になるんだから」


「やめてっ!」


 この男は何を勝手なことを言い出しているのだろうか。信じられない。


「旦那様には従順であれ、とサヴィーニ伯爵家で習わなかった?これは僕がしっかり教育し直さないとね」


 ニッと気味悪く笑ったジョシュア様は、恐ろしい目をしていた。


「助けてっ!イザーク様……!!」


 ここにいるはずのない彼の名前を叫んだ。呼んで来るわけもないのに。


「あんな男を好きだなんて……結局お前も顔や地位に群がる低俗な女なんだな。失望したよ」


 酷い暴言を吐きながら、彼は手をあげた。私は叩かれると思い、目を強くつぶって衝撃に備えた。






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