2話 リデオ・ソレーユ
「………であるからして……」
……………面倒くさい。
「……となりまして、Xが」
やっと外に出られると思ったら、何故護衛など…
「………ま。姫様!聞いておられますか!?」
「は、はいっ!」
やってしまった。今は数学の講習中でした。
別のことを考えるだなんて、大変失礼なことをしてしまいました…。
「集中力が途切れているようですね。何か悩み事でも?」
「いえ、特には。失礼致しました。授業を再開して下さい。」
悩み事と言うほどではない。ただおっくうなだけだ。いつもただ後ろに付いてくるだけの、話し相手にもなってくれない、人形のような使用人がもう一人増える。
とはいえ、護衛をつけることは王女としての務めでもあります。割り切らねばなりません。
「___……それでは、これにて講義を終わらせて頂きます。」
「有難う御座いました。」
まあ、ほとんど集中出来ませんでしたが…。
えっと次は何でしたでしょうか?
振り返り、控えていたメリーに聞こうとして、止めた。何でもかんでも人に頼っていては、国民の模範となる女王にはなれない。
もう14歳だ。嫌でも将来のことを意識せねばならない。アルチェアリ王国は大国であり、その王の存在は、他国にも大きく影響する。ぷれっしゃーというやつである。
「って…数学も集中できていませんでしたのに、何考えているのでしょう。」
もはや当たり前と化した独り言。メリーの視線が痛い。
たしか、次は作法のレッスンだ。
重苦しい気持ちと足を引きずって、会場に移動する。
◇
「…………くあぁ~~~~。」
「はしたないですわ。殿下」
「仕方ないですよぉ…!」
そう言って思い切りのびをした。メリーがまた私をたしなめる。
王宮の作法は複雑で、臨機応変な対応が求められる。おまけに講師の方がとても神経質。
約束の時間の5分前についていなかったので、まず30分の説教から始まった。
「あの時間こそ無駄ではないですか!?だいたい5分前につく意味、判りかねます。」
「……………。」
あぁ、メリーが殿下はいつ大人になられるのだろうって顔をしています。
私が一番知りたいです。どうすれば絵本の中のお姫様のような、完全無欠なお淑やかな女性になれるのでしょうか?
「次は護衛選びで御座います。兵舎へ参りますよ。……そんな虫を噛み砕いたような顔でご覧にならないで下さいませ。王女たるもの」
「常に微笑みを浮かべ、民を安心させるべし。判っています。」
「失礼致しました。それでは参りましょう。」
「えぇ。」
本宮は、三棟の建物から成っており、兵舎はその最奥にあります。つまり、
「遠い………。あ、メリー、だから言ったのにって思いましたね。」
「そのようなことは、決して」
王宮は一棟4階。そうですね、学院の校舎など想像していただいて、それがコの字に並んでいます。天井も高いので、階段も急です。
勉強と、時々乗馬しかしていない私は、もう、疲れます。
これは体を鍛え直さねばなりませんね。
そして、そんなこんなで兵舎につきました。人々の熱気と、武器のぶつかり合う音。鉄と革のにおいがします。
「お待ちしておりました。姫様」
団長らしき男性が、こちらにと案内する。
一応私は、まだお披露目前の王女だ。人目につかぬよう、近衛の練習場の2階のベランダ席を用意してくれた。
「姫様は、近衛騎士とは何なのかご存じでしょうか?」
男性が私に聞く。
「いいえ。詳しくは…。」
「説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「宜しくお願いします。」
数字や歴史と睨めっこで、こういった、剣の類いは全く判らない。騎士の構成は知って置いた方が良いとメリーにも言われたことがある。
「では、………______
このアルチェアリ王国は、見習い、兵士、騎士、近衛騎士といったように、階級がつけられております。
戦いで武勲をあげた者や特殊な試験に合格した者が、兵士から騎士になることができます。
更にその中でも、厳しい試験を通過した者だけが、近衛騎士を名乗ることを許されます。
近衛騎士の仕事は、王族の皆様を御守りすること。戦争で一群を率いることもあります。
騎士は兵士10人分、近衛騎士は兵士100人分の力量が無ければなれませんね。」
「ひゃく…?」
思わず耳を疑った。1対100なんて、正気じゃない。
「ではでは!下で訓練されてる方々はみな、100人相手に勝てるのですか?」
「はい。勿論であります。」
即答しましたよ。この男性。
言われてみてから下を覗くと、確かにここにいる方々はみな、なんというか、面構えが違います。響く武器の音も、より研ぎ澄まされています。
屈強な人。ベテランのような人。あ、あの赤茶髪の女性はメリーの妹でしょうか!髪色が同じですし、よく似ています。
「殿下、あまり身を乗り出しませんよう。危のう御座います。」
「メリエル!あれが貴女の妹君ですか?」
「え?あ、そうですね。妹です。」
「彼女が良いです」
「嫌です」
「え?」
またまた即答されてしまった。まさか断られるとは思わず、目を丸くする。
一方のメリーも、反射で答えてしまったらしく、慌てている。
「いえっ、失礼致しました。殿下のご決定に嫌などと…。」
「びっくりしました。何か不備でもあるのですか?」
「不備ではないのですが……その…姉妹で同じ職場というのは…少し……。」
なるほど。私は姉妹がいないのでよく分からないが、そういったこともあるのか。
「愚妹がお気に召したのでしたら、どうぞお取り立て下さいませ。不満を漏らしてしまったこと、どうかお許しを」
「いえいえ、貴女には日ごろから世話になっていますし、聞き入れますよ。」
しかし、だとするとどうしましょう。
屈強な方は遠慮したいですし、堅苦しそうな方は、息が詰まります。
適度に放任的で、冷静な人。
その時、1人の人物が目に止まった。
大人の多い中、おそらく子供で、言ってはなんだがあの中で浮くほどひょろい。
1人だけフードを目目深に被ったその人物は、身長体格からして、同じ位の年齢に見えた。
「彼は?」
私を案内してくれた男性に聞く。
その青年を見て、顎に手を当て頷いた。
「ほほう…。姫様もお目が高い。今、連れて参りますよ。」
程なくして、男性は青年を連れてやってきた。やはり子供だ。この人が兵士100人に勝ててしまうなんて、少し想像できない。なんて、本当に失礼なことを考えてしまった。
「歴代最年少で近衛入りを果たした者です。姫様と年齢も近いかと。ほら、顔をお見せしろ。」
身長は、私より少し高い位。その手がゆっくりと頭にのび、フードを取った。
「え?貴方…。」
フードの下には、長い茶髪後ろでまとめた、端整な顔立ちの少年がいた。
そしてその頭には、大きな狼の耳がついている。
勿論人の耳も、横髪で隠してはいるがついていた。
男性が彼を紹介する。
「リデオ・ソレーユ。人間と獣人種の間に生まれた、唯一の混血児です。」