第42話 勤勉なる種族
魔on。王国の広場。
新たな種族『魔神族』となった魔法人形たち。
そしてその王『労働王アヴァロワーズ』。
彼らの出現は、民衆を大いに混乱させた。
「魔神族……⁉︎ 労働王……⁉︎」
未だ、民衆の中に隠れているノヴェトとリンリン。
話の内容を咀嚼できない。
それは周りの民衆たちも同じだった。
だが、暴動のようなものは起きなかった。
なぜなら広場には、大勢の武装した魔神族がいたからだ。
しかも、この魔神族に関しては、何一つ情報がない未知の相手。
テラテラと光沢を放つ肌は、従来のこの世界には存在していない種族だ。
NPCたちが戸惑うのも無理はない。
プレイヤーにしても、前情報なしで対処できる者などいないだろう。
ノヴェトは思考を整理する。
ここへは魔王を助けにきているのだ。
状況に飲まれていては、それも危うくなる。
「随分、メカニカルな見た目になっちゃったな……。魔神って、もしかしてマシンとかけてんのか……?」
リンリンも、なるべく冷静さを取り戻そうと努める。
「たしかに見た目は変わったッスが……。神を名乗るくらいッスから、たぶんステータスとかも段違い……、なんッスよね……?」
「奴らはシステム側なんだ。好きにいじれるからな。今までに実装されてなかった、上位種族みたいなのが作られてもおかしくはないな」
「……マズイッスね。魔王さんを救出するつもりが、こんな隠し玉出されたら……」
「というか、アイツ。王だの神だのって。……ずっと一人で喋ってんじゃないか。あんまり偉そうに見えんが」
「まぁ、元々コンシェルジュですしね……。サービス精神旺盛なんじゃないかと……。ああ、でも、これで目的はハッキリしたッスね。支配し、労働させる、という目的が」
「くそっ‼︎ 労働王ってなんだよ! 冗談じゃねぇ、俺は働きたくねぇぞ。しかも、ゲームの中でそんな強要されたくねぇ‼︎」
混乱の民衆をよそに、アヴァロワーズはさらに前に進み出る。
そして、側の者から何やら書類を受け取った。
彼女はその内容に目を通しながら、口を開く。
「……えーっと、だがしかし。ただ働け、と言われて、闇雲に働かされるというのは実に酷なことです。まず、ニートには自立支援クエストで少しずつ、社会復帰のリハビリを行ってもらいます」
アヴァロワーズは書類をめくり、一呼吸置いて言葉を続けた。
「そして、復帰以降は週休4日。労働は週に3日で、1日5時間のみとします。これは、ニートだけでなく、今まで働いていた者も同様です。もちろん、働きたい者はそれ以上に働いても構いません。ただ、上限は8時間です。休日出勤や残業は、原則禁止します」
ざわざわとする民衆。ノヴェトとリンリンも驚きを隠せない。
「オ、オイ……。滅茶苦茶ホワイトじゃねぇか……」
「マジッスか。あっちで働いてた時なんて、週休2日とか言いつつ、家でも仕事してたッスよ。実質、ほぼ休みなしだったッス。いつも終電で、家に帰ってから夜中までまた仕事……。自分はもう病んで病んでヤバかったッス」
「くぅ……⁉︎ それはひどいな。でも、俺も似たようなもんだな。残業代なんて出たことないし。残業超過で産業医面談、……すらやる暇なかったくらいには忙しかったわ。……そんで、体ぶっ壊してリタイヤ。お約束だよな」
「ノヴェトさんも、それキッカケでニートッスか?」
「ああ、まぁ俺は一回転職して……、そこもまたブラックでな……。で、結局精神病んで……、リタイヤよ。あとパワハラがホント酷かったなぁ」
「今更ッスが、あっちの世界はブラック過ぎッスね……」
「ああ、絶対、二度と戻りたくねぇ……。正直、あっちの世界に破壊神送り込んで、全部ぶっ壊してぇくらいだわ……」
アヴァロワーズは、なおも民衆に語りかける。
その語り口は、訴えかけるように強いものだった。
「そして、パワハラが横行しないよう、第三者の監視組織を準備しています。常に外部から不正がないように、目を光らせていくのです。みなさんは心置きなく、清く正しく、労働に励んでください。……さぁ、この世界からニートを根絶しましょう‼︎ 脱ニート‼︎ STOPニート‼︎ ニート絶対ダメ‼︎」
ノヴェトは、急に心の芯が冷めてきた。
「なんか最もらしいこと言ってんな。つか段々、どっかの政治家みたいな胡散臭さが……。あっちの世界なら、一個も公約実現しないパターンだよな、これ。ただのお気持ち表明」
「まぁ本当にあの条件なら、労働者は楽でしょうッスね。……どのみちこの世界は、魔法人形のおかげで苦労せずとも経済活動して行けますし。あれなら少しは働いても……」
「待て、リンリン。オマエ、正気か⁉︎ ニートの誇りはどこへ行ったんだ⁉︎」
「ええ⁉︎ ニートに、誇りもクソも無いと思うんッスが……。ダラダラしたいのは山々ッスけど……」
「働きたいやつは働けばいいさ。だがな、俺はニートだ。生粋のニートなんだ。俺はもう働きたくねぇんだ! やだ! 絶対やだ‼︎ 働いたら死んでしまう‼︎」
「完全に労働アレルギーになってるッスね……。ノヴェトさん、肩書きだけは社長だった気がするんッスけど……」
「やつらが無理やり働かせようっていうなら、いいぜ。俺は徹底的に抵抗してやる。真のニートとしてな。……俺は決して働かねぇ‼︎ この命に賭けて‼︎」
「決めゼリフっぽいけど、人として言っちゃいけないやつッスね……」
*
王国のはずれ。
レジスタンスのメンバーらは、各地に散らばっていた。
四方八方から王国への陽動を仕掛け、警備を混乱させるのが彼らの目的だった。
すでに一斉蜂起の合図はあった。
だが、彼らの目論見はいきなり頓挫した。
「くっ⁉︎ クソ……、なんで、コイツら、急に……」
倒れたレジスタンスメンバーは、力を振り絞る。
だが、目の前の敵には全く歯が立たなかった。
ここにはレジスタンス3名に対し、10倍の数の魔神族がいた。
先日の偵察で得ていた情報より、単純に何倍もの兵士が動員されていたのだ。
しかも、更に後から延々と、湧いて出てくるようにやってくる。
その上、魔法人形らは、未知の種族『魔神族』へと自発的に変容した。
結局、レジスタンスのメンバーらは混乱し、その機を失う。
そして、いとも容易く見つかってしまったのだ。
ニヤリと冷たい表情で笑う魔神族の女。
「……下等種族のニートどもよ……。安心しなさい。貴方たちには、お似合いのお仕事を紹介してあげますよ?」
「くっ⁉︎ だ、誰が働くかってんだ‼︎」
「そんなことを言っていられるのも今のうちですよ。自立支援という名の調教を、楽しみにしていてくださいね。……さぁ、神殿送りにしてあげますよ」
魔人族の女は、ゆっくりと手に持った武器を振り上げる。
だが、その魔神族の女が見る視界は、不自然に揺れた。
「…………え?」
彼女の視界は、地面に吸い付くように落下。
彼女の目に映る景色は、すぐに消えてしまった。
側にいた他の魔神族も、一瞬のことに意識が追いつかない。
「……んあ?」
「……お?」
「くぁ⁉︎」
地面にドサっと、重たいものが落ちる音が響く。
それは、魔神族らの最後の声と共に、そこかしこから聞こえた。
肩から上を失った魔神族の身体は、次々とその場に崩れ落ちていく。
それはドミノ倒しでもするかのように、連鎖的に倒れていった。
その時、魔神族らの間を縫うように、何かが這い回っていた。
だが、その黒く長い不明の生き物は、誰も正確に姿を認識できなかった。
「なっ⁉︎ なんだ⁉︎ 何が起きている⁉︎ こ、これは一体⁉︎ …………お?」
そう言った魔神族の首もまた、ドサっと地に落ちた。
こうして、数十人いた魔神族は全員神殿送りとなった。
その死屍累々の場に立つ、黒い姿。
風になびく大きなローブは、長く大きな生き物を想像させる。
その者はフードを外し、手に持った大鎌を地面に突き立てた。
彼女の目には、蛇のような冷たい光が宿っていた。
それは、とある魔族女性だった。
その姿を目にしたレジスタンスの男は、驚きながら声を震わせた。
「ア、アンタ、……どっかで。……ああ! 死神……、死神の……」
「ん? ボクのこと知ってるの?」
「『死神のロレッタ』……」
「やだなぁ。ボクのクラスは『死の番人』だよ。まぁ死神みたいなもんか」
上位クラス『死の番人』──────
『暗殺者』と『死霊使い』を極めた者のためのクラスだ。
死霊を使役すると共に、暗殺術を駆使する。
死霊の能力を自身に吸収できるため、自己強化はトップクラスである。
「さて……。キミたち、なにかやるんでしょ? ボクが手伝ってあげようか?」
*
その頃、広場では未だ労働王アヴァロワーズの演説が続いていた。
「なんと……、三食昼寝付きです‼︎ さらに……、おやつも2回‼︎」
「「お、おお〜‼︎」」
「そしてそして、賞与はなんと‼︎ 月に2回‼︎」
「「な、なんだってーっ⁉︎」」
労働王に洗脳されつつある民衆たちを尻目に、ノヴェトらは冷静だった。
「結局のところ、システム側で自由にできるんだ。どうとてもできるんだろうさ。そもそも必要のない労働なんだろ? 馬鹿にしやがって‼︎」
ブツブツと揚げ足を取りながら、文句を言い続ける猫娘ノヴェト。
彼女はとにかく働きたくなかった。
そしてリンリンは、そんなノヴェトを宥める。
「まぁまぁ……。とりあえず今は、魔王さんを助けることだけ考えるッスよ。それにしても、一向に騒ぎが起きないッスね。もしや陽動失敗ッスか……?」
「分からんが……。とにかく、近くまで行って、いつでも行けるように準備しとくしかないな。……あとは、信じて待つしかない」
ノヴェトらは民衆の間をすり抜け、磔台に一番近い位置まで移動した。
ただそれでも、10m程度の距離はあった。
近くには、魔神族の兵士も大勢いる。
このまま突入しても、すぐに捕まってしまうだろう。
その時、アヴァロワーズは騒がしい民衆に右手をあげて見せた。
そして、その右手をスッと大仰に動かし、注意を引く。
「静まれ‼︎ ……とまぁ、座興はこれくらいにして……。今日のメインイベント‼︎ 公開処刑の時間です‼︎」
激しくドラが鳴り響く。
魔王と聖王の前に、1本の豪奢な槍を持った魔神族兵士が立った。
どよめく民衆。
アヴァロワーズは、自信満々に語気を強める。
「あの者が手に持つ槍は、その名も『神槍・労働ギヌスの槍』。その槍で串刺しにされた者は、心を入れ替え、聖なる労働者へと変貌するのです‼︎ さぁ、愚鈍なる為政者はここで死ぬのです‼︎ そして、怠惰なる日々を悔い改め、勤勉なる労働者へと生まれ変わるのです‼︎」
「な、ななな、なんて……、恐ろしい武器なんだ……っ⁉︎」
ノヴェトは背中が寒くなった。
それは、磔にされている聖王も同じだったようだ。
急に暴れ出した。
「ま、待て‼︎ 待つのじゃ‼︎ ワシは聖王なんじゃ‼︎ 今まで、民のためにどれだけ身を粉にして……っ‼︎」
「ほう、貴方は労働していた……、というのですか? 王として……?」
アヴァロワーズは暴れる聖王へ、ゆっくりと諭すように語りかけた。
「そりゃまぁ……。ワシ、国王じゃし、仕事しとるが……」
「……それは、どんな?」
「ええ⁉︎ ど、どんなと言われても……。冒険者と話したり……、あと冒険者と、話し……、たり……」
聖王の声のトーンが、だんだん怪しくなってくる。
「冒険者と世間話するのが、貴方の仕事なのですか? 国王なのに?」
「ああ! 違う! ……たぶん他にもー……、えっとー……、あのー……」
その様子を、民衆の中から見ているノヴェトとリンリン。
だんだん聖王が可哀想になってきた。
「無茶振り過ぎんだろ……。国王って言ったってNPCなんだ。ゲームの国王の役割なんて、村人とそう変わらんのよ……」
「どっちかというと接客業ッスよね」
アヴァロワーズは、冷たい表情のまま、一切の感情を込めずに問う。
「……で? 冒険者とお話しするのが、国王のお仕事でよろしいか?」
「うううううう、そうだけど……、そうじゃないんじゃよーーーー‼︎」
「…だまらっしゃい。まずは聖王から、黙らせなさい」
アヴァロワーズの合図。聖王は、兵士によって槍で串刺しにされた。
「うぎゃあああああああああああ‼︎ 痛い痛い痛あああい‼︎‼︎ ……って、あれ? 痛、くない……? ああ、なんじゃこれは⁉︎ なんじゃこの奥から、心の奥底から湧き上がってくる……、マグマのような何かは⁉︎」
「……ふふふ、それは意欲です。労働意欲。……さぁ、貴方はもう無能な為政者ではありません。その意欲が向くまま、労働を貪るのです‼︎」
「あああああ‼︎ 労働万歳‼︎ 早く‼︎ 早く私の縄を解いてくれぇ‼︎ 早くぅ‼︎ 早く働きたいのぅ‼︎‼︎ ああああああ‼︎ 労働がワシを呼んでおるんじゃあ‼︎ 早く働かせてくれえええええええええ‼︎‼︎」
「……オイ、なんだあのヤベェ槍は。明らかにヤベェお注射じゃねぇか」
「さぁ、次は魔王の番です。貴方も湧き立つ労働意欲に、狂い乱れるがよいのです‼︎」
その時、囲みの外から、魔神族の兵士が走ってくる。
それも1人ではない、あちこちから。
「た、大変です。敵が、敵が現れました。数は不明……、あちこちで反乱が起きています」
*
ざわざわと混乱をし始める魔神族ら。
アヴァロワーズも、その騒動の対応にあたらざる追えなくなる。
ノヴェトはリンリンに合図する。
「よし、やっとか。チャンス到来だな。いくぜ、リンリン。今しかねぇ‼︎」
「しょうがないッスね」
ノヴェトとリンリンは不可視外套をかぶる。
混乱の魔人族らの間を抜け、魔王の側まで近寄った。
「デ、デケェ……。こっちのまっちゃん、デカすぎだろ……。せめて、いつもの女性体だったら……」
磔にされている魔王は、5mもある巨躯だ。
到底、運ぶことなどできない。
「ノヴェトさん、上、お願いするッス」
「うし! じゃあ下は任せた!」
ノヴェトは上半身を拘束する縄を、リンリンは下半身を拘束する縄を。
それぞれ外しに取り掛かった。
「オイ、まっちゃん! 起きろ!」
ノヴェトは、魔王に小声で語りかける。
だが、魔王はピクリともしなかった。
その時、アヴァロワーズは、陽動の対応に苦慮していた。
凍りつくような冷たい表情で、眉間に皺を寄せる。
「まったく、どういう……。彼らが、レジスタンスの何某とかいう集団ですか。数でどうにかならないのですか? あれだけ、配備したのですよ? それが、なぜこんなに容易にやられてしまうのです⁉︎」
その時、何かがぶつかる様な大きな音が響く。
そしてそのすぐ後、何かが墜落するような爆音と地響きが起こった。
「なっ⁉︎ なにごとです⁉︎ やつら、ここまで⁉︎」
だが、アヴァロワーズの目に映ったのは、全く別のものだった。
……それは磔台が破壊され、地面に投げ出された魔王の姿だった。
磔にされていた全長5mの魔王。
ノヴェトらは、足の拘束が外れる前に、上半身の拘束を解いてしまったのだ。
そのせいで、魔王は顔面から地面にダイブする形になった。
だが、両足が固定されていたので、腰あたりを軸にして一回転した。
そして、自身の足を頭突きで巻き込んだ。
その拍子で磔台は破損。
魔王は、前転するかのようにそのまま一回転し、地面に叩きつけられた。
だが、それでも魔王は一向に起きなかった。
アヴァロワーズは、倒れた魔王の側にいる者を凝視した。
「……あ、貴方はもしや、勇者ノヴェト様……。魔王を助けに来た……、ということでしょうか」
「あ、いやぁ、そのぅ……?」
壊れた磔台から、猫のようにヒラリと着地していたノヴェト。
なおリンリンは、見事に魔王の下敷きになっている。
ニヤリと笑うアヴァロワーズ。
「飛んで火にいる夏の虫、……でしょうか。お待ちしておりましたよ、勇者様。貴方には特等席を用意してあります」
「あ、いえ。お構いなくー。お気持ちだけ頂いておきますのでー」
「ご自分から労働者になりますか? それとも、あの槍で祝福を受けますか? どうぞお好きな方をお選び下さい。自立支援クエストも、貴方だけは特別メニューを用意しておりますので……」
だが、その時、広場に予想外のものが出現する。
それは、とてつもなく巨大なもの。
一歩進むたびに地響きが起こる。
そんなものが一体どこに潜んでいたのであろうか。
それはあっという間に広場へと侵入。
魔神族の兵士らを意図も容易く退けた。
混乱の兵士たちは逃げ惑う。
その巨大な何かは手を伸ばし、グッタリと倒れている魔王を掴み上げた。
「なっ⁉︎ あれは……⁉︎」
たじろぐアヴァロワーズ。
ノヴェトも驚きが隠せない。
「シヴァデュナート……っ⁉︎ コ、コイツ、ロボの方かっ⁉︎」
その巨体から、とある声が聞こえてきた。
「ロミタンたん、ロボで華麗にピリリと参上なんです‼︎ さぁ、魔王は返してもらいますよ‼︎」
ノヴェトは驚く。
「ロ、ロミタン⁉︎ ……エセ子か⁉︎」