第41話 仇なす王
エルフ娘ロザリーとリゼット。
そして、抱き抱えられた幼女。
魔法人形のプレイヤーらに取り囲まれ、絶体絶命のピンチであった。
リゼットは叫ぶ。
「なにしてるにゃ、ロザリー! ここは、にゃんに任せて先に行くのにゃ‼︎」
「貴方、それ言いたいだけでしょうが。この取り囲まれている状態で、どこへ行けと……?」
「……それは、これから考えるのにゃ」
「相変わらず勢いだけですね、貴方は……」
鎧のダークエルフ女性は、不敵に笑う。
「ふふふ、貴方たちはまだ知らないようですね。私たちの本当の力を……。我々はこの世界で、神の力を手にしたのです。……さぁ全員、解放しなさい‼︎ レベル連動システムを‼︎」
だが、鎧のダークエルフが話している間も、リゼットの矢は次々と魔法人形たちに打ち込まれていく。
「ぐふっ‼︎」
「おがっ⁉︎」
「どふあっ‼︎」
「ちょ、ちょっと待ちなさい‼︎ こっちはまだ話を……ぐおほぅ⁉︎」
リゼットの槍のような矢は、鎧のダークエルフをも貫通した。
彼女もまた、地面へ斜めに打ち付けられてしまった。
その光景を見ながら、ロザリーはポツリとつぶやく。
「容赦ないですね……」
リゼットは遠い目をする。
「……これは戦いなのにゃ。先手必勝にゃ。敵の話なんて聞く必要ないのにゃ。さっさと全員ブチ殺すのにゃ」
「敵に限らず、貴方、普段から人の話聞かないでしょうが……。私もこの子がいなければ、加勢したいのですが……」
ロザリーは、抱き抱えた幼女を強く抱きしめる。
「必要ないにゃ。にゃんが皆殺しにするのにゃ」
「くぅ……、ひ、卑怯な……」
鎧のダークエルフは、巨大な矢を引き抜こうとするがびくともしない。
そして、バインド効果でそこから動くこともできない。
待ち構えていた魔法人形たちは、もはや壊滅状態だった。
だが、ロザリーたちが逃げてきた方角から、大勢の足音が聴こてきた。
「……うしろから、援軍⁉︎ ……リゼット逃げますよ‼︎」
「分かったにゃ‼︎ ……へい、パス!」
「は? ……えっと?」
「パスパスパス……、ヘイヘイヘーーーイ‼︎」
リゼットは手をワキワキさせている。
幼女を受け取ろうとしているようだ。
「……ああ、はい。彼女を頼みますよ」
ロザリーは、布包の少女をリゼットに預けた。
そして、短弓を取り出す。
「で、では。改めまして、ご機嫌よう。そしてさようなら。私の名は『串刺しのロザリー』。クラスは『亡霊』。姿はここで掻き消え、闇に消えゆく……」
上位クラス『亡霊』──────
『狩人』と『暗殺者』を極めた者の上位クラスだ。
高い機動力と搦手を得意とする。
攻撃力は低めだが、様々な効果の矢を速射し、撹乱することができる。
ロザリーは複数の矢を番え、上空に打ち上げた。
それは放物線を描いて、周囲に雨霰のように矢が降り注ぐ。
降り注いだ矢から、爆発するかのように煙が噴出する。
その煙幕は周囲を満たし、もはや何も見えない。
「くぅ……っ‼︎ 動け‼︎ ……ああ、くそっ‼︎」
矢を折って、自力で脱出する鎧のダークエルフ。
「今度は目眩しですか……。どこへ⁉︎ ……追え‼︎ 追うのです‼︎」
だが、そこにはもうロザリーとリゼットの姿は無かった。
*
魔on内の魔王城。
黒い甲冑を身に纏った女が、城の出窓から中庭を見下ろしていた。
その鎧は大仰に刺々しく、禍々しい。
その姿は、魔王を冠するに相応しいものであった。
彼女の名は『アヴァロワーズ』。
魔王城ビルの元コンシェルジュで、魔法人形である。
だが、現在の姿は2mほどの筋骨隆々の魔族女性だ。
すでに、元の姿とは似ても似つかわしくないものであった。
今や、魔王領のすべては異界化し、魔王onlineと同期されてしまった。
魔onを牛耳るということは、魔王領を意のままにできるということである。
つまり、魔王領に限れば、神の力を手に入れたと言っても過言ではない。
その全権を担う彼女は、名実ともに魔王領の王、……『魔王』であった。
「魔王様……」
呼びかけに応えないアヴァロワーズ。
戸惑う魔法人形のプレイヤー。
「あの……、魔王アヴァロワーズ様?」
「……ん? ああ、すみません。……今の魔王は私でしたね。どうも慣れませんね。……で、なんです?」
「例のですが……、捕獲に失敗したとのことです。ロザリー様、リゼット様にも逃げられてしまった、……と」
「そうですか……。できれば、早めに芽は摘んでおきたいところですが……。引き続き捜索にあたらせて下さい。増援は適宜追加してください。我々の強みは、レベル連動システムと数の暴力です。とにかく数で圧倒してください」
「はい。承知しました」
「それで、魔王は、……前魔王はまだ見つからないのですか?」
「い、いえ。それがまだ……。そして、コジロウ様、ロレッタ様、オーガ様。そして、ロミタン様も未だ所在は掴めず……」
「……まったく、なにをやっているのです」
ため息をつく魔王アヴァロワーズ。
中庭には小さな庭園があった。
そこで大勢の者がなにやら作業をしており、彼女はそれをずっと眺めていた。
「貴様ーっ‼︎ さっさとやらぬかっ‼︎」
中庭から怒号が聞こえてきた。
魔族女性の兵士は叫び、鞭を振り回す。
アヴァロワーズは、近くの者に確認する。
「あれは、何をやっているのです?」
「えっと、ご命令通り、ニート共に仕事を与えております。家庭菜園を……」
「魔王城に家庭菜園ですか……。のどかですね……」
「廊下にもプランターを大量に設置し、城へ続く沿道にも緑化を進めております。水路も拡充し、整備することで、澄んだ水をふんだんに使用できるようになりました。また、周囲の山々も間伐を行い、今や緑と光に溢れております。ただ結果的に、小動物らも繁殖しやすくなっているようで、現在は食害の対策を……」
「禍々しい魔王城が命溢れちゃってますね……。どうしてそんなことに……」
「その……、ニート共に仕事をさせるのに、今まで無かった仕事を増やした結果かと……。何せ必要な仕事は、魔法人形で十分手は足りておりますし……」
「まぁいいでしょう。とりあえずそれは置いておいて……。あの鞭はなんです? 危ないでしょ。……あと、言葉がキツイのですよ。あんなのもうパワハラじゃないですか。聞いているこちらが辛いのですが」
「あ、えっと、鞭は当てないようにはしております。あと言葉ですが……」
「貴様ーっ‼︎ キリキリ歩けぇ‼︎」
そうしている間も、声が響いてくる。
「実は、魔王領のニート共が……、物凄くぐうたらで……。初めはこちらも丁寧に指導していたのですが、どうにも舐めてかかる者が多く。それでしょうがなく、ああして怖いフリをしている次第で……」
「ふむ……」
「ただ……。魔法人形の中には、演技とはいえ、ああしたやり方に不満を持っている者もいます。ストレスで体調を崩してしまう者も……」
「体調ですか。多少は聞いていましたが。異界化で受肉したことで、我々にも予期していなかった状況が発生しているようですね。なにか今後の対策を考えなくては……。体調を崩した者は休ませ、復帰後は別の仕事を与えなさい」
「はい、承知いたしました」
「はぁ……。問題が山積し過ぎて、私も倒れそうですよ……。とにかく、ニート共には内容はどうでもいいので、仕事をさせなさい。それで、彼らの傲慢さが少しでも矯正されれば良いのですが……」
「ニート共の相手は疲れますね……」
「ええ、これなら前の方がマシだったかもしれません。胃がキリキリするというのは、こういうことなんでしょうね……」
アヴァロワーズは中庭を見つめる。
「ところで、例のアップデートは予定通りに進められそうですか?」
「……それでしたら、問題はなく……」
「そうですか。次回のアップデートで、私たちは本当の神となるのです。このような紛い物の身体ではなく、本当の……。いずれは女神領、いやその先も……。ふふふ……、この世の全ての住人に、等しく仕事をさせましょう。……この魔王アヴァロワーズが」
「……ノリノリですね」
「では、そろそろ作戦をもう一段進めましょう。残党を誘き出すのです」
*
それから数日が経った。
カゲチヨらの6人パーティは、反抗組織の本部を離れて山中に潜伏していた。
それは魔王や幹部らの捜索のためだ。
そこは以前に、魔王が蕎麦を打っていた古民家があった場所だ。
異界化しても古民家はそのままあったが、そこに魔王の姿は無かった。
ノヴェトは古民家の中を見て回ると、側にあった椅子に腰掛けた。
「古民家はそのままなんだな……」
ミシュが奥の部屋から出てくる。
「まぁ、これだけ規模の大きいアップデートだしな。全部が全部、一から作ってたのでは相当な手間だろうしな」
「なら、なぜ俺の家は無くなったんだ……」
「まぁ、勇者の家だから……。そういう目ぼしいところだけは、手を入れてるのかもしれん」
「俺の家……。ゲームも全部消えた……。漫画も、フィギュアも……」
ノヴェトはしょんぼりしている。
ミシュは慰めるつもりはなかった。
だが、さすがに可哀想だと思ったのか、ついつい言葉をかけてしまう。
「まぁなんとか、この異界化を解除するしかないんじゃないか? ……ただ、魔王領は随分と、お前の世界の文化に毒されていたからなぁ。ビルだらけのあの頃と違い、今はどこも時代が逆行したかのように、高い建物もない。私は正直、今の方が落ち着くがな。見た目だけの話だが」
だが、ノヴェトは肩を落としたままだ。
「はぁ……」
「ま、まぁほら、こうシュインとウインドウが出るのは、貴様の夢だったのであろう? 手ぶらでもカバンから荷物を取り出せるのは、なかなか便利だなぁ⁉︎」
「そうね……」
「……」
正直、ミシュにはこの空気はしんどかった。
ここ最近は、妙にテンションの低いノヴェト。
いつもなら軽口で返ってくるような会話も、重い空気となってしまうのだ。
そこにカゲチヨが入ってくる。
「やはり誰もいません。魔王さんは一体どこへ……」
「お、カゲチヨくん、いいところへ」
「へ?」
ミシュはカゲチヨに耳打ちする。
「た、頼むよ、アイツを何とかしてくれ」
「え? ノヴェトさん、ですか?」
「あの重っ苦しいの、なんとかならんのか。こっちまでしんどいんだよ」
「家無くなっちゃいましたしね。きっと、みんなで行ったラーメン屋とかも」
「レジスタンス本部を抜けてから、ずっとだからなぁ。あれだけ、あそこではしゃいでたくせに。……実に面倒だ」
「突然思い出したようにハッとして、俺のゲームは⁉︎ って言ってましたからね。あ、そうだ、代わりの家を作ってあげるか……? もしくは、おっぱいか」
「おっぱい⁉︎ なんでそこで、おっぱいが出てくるんだ?」
「ああ、いえ、だって……」
ミシュとカゲチヨがこそこそ話していると、メルトナが部屋に入ってくる。
だが彼女は、慣れない襖の段差に引っかかって転んでしまった。
「ああ! ひ、姫様‼︎」
「お、おい。大丈夫……、か? ……お、おお……?」
ノヴェトは、メルトナに手を差し伸べる。
手を借り、立ち上がるメルトナ。
だが、ノヴェトの視線は、明らかに違うところを見ている。
それはもちろん、メルトナ姫の凶暴なバストだ。
エルフ娘の極限に最大化設定したそれは、もはや凶器であった。
おかげで、ノヴェトは鼻の下が伸びまくっている。
スケベ面が見苦しい。
「おお……、おお……。おおう……、おお……」
ミシュはその様子を見てつぶやく。
「なるほど、おっぱいか。……なぁ、もうコイツ殴っていいか? …………と、ん? なにかメッセージが来てるぞ?」
ミシュはメニューを操作し、送られてきたメッセージを確認する。
「オイ、ノヴェト」
「……ああん?」
「魔王の居所が分かったぞ」
「は?」
「魔王onlineの運営からだ。アイツ、すでに捕まってるようだな。……どうやら、公開処刑されるらしい」
*
魔王の公開処刑の当日。
そのメッセージは、魔王領全域のプレイヤーに対し配信されていた。
場所は魔王城とは対をなす、王国の広場。
ここは初心者の街からも近い。そのせいか、多くの人々が集まっていた。
ほとんどがNPCのようだが、ちらほらとプレイヤーも混ざっている。
広場の周囲には、魔王軍と思われる者たち。
おそらくは全員魔法人形なのだろう。
きっちりと周囲を固め、警戒している。
広場の中央には、磔にされた魔王がいた。
5m級の巨躯が、金属製の十字の磔台に固定されている。
しかし意識はないのか、項垂れたままピクリとも動かない。
そして、その隣には別の磔台があり……。
「ぬわーっ⁉︎ なんでじゃー⁉︎ ワシが何をしたというのじゃぁー⁉︎」
暴れて喚く者が磔にされていた。
その様子をノヴェトたちは見ていた。
フードを目深く被り、顔は隠している。
ノヴェトとリンリンは、磔台を観察する。
様子をうかがい、チャンスがあれば助けようと考えていた。
だが、これは紛れもなく罠。
それは容易ではない。
なお、カゲチヨたちは別行動しており、ここにはいない。
「まっちゃん。……と、隣のおっさんは誰だ? あのギャンギャン喚いとるのは……」
「あれは、この聖都の国王『聖王』ッスね。NPCッス。たぶん、前魔王と聖王の両方を処刑するパフォーマンスなんじゃないッスかね。……そして、あそこに座っているのが……」
「新魔王『アヴァロワーズ』ってことか。あれが、あのコンシェルジュなのか? ゲーム内だと、見た目全然違うから誰だか全く分からねぇな……」
アヴァロワーズは、広場の磔台の後方にいた。
そこは数段高くなっており、多くの兵士が警護していた。
一矢報いる、なんてことも容易にはできないだろう。
ノヴェトは、磔になっている魔王に視線を移す。
「けど、処刑つったって、死んでも神殿送りになるだけだろ? このパフォーマンスに何の意味があるんだ? ……あ、いや魔王軍のアバターは違うか。イベント後にすぐ復活する……、んだっけか? というか、まっちゃんのあのアバターは、デカすぎて運べねぇな」
「たしかにプレイヤーなら神殿送りッスね。でも、魔王軍はイベント外だとどうなるんッスかね? 魔王さんだけ、その辺のルールを変えられてる? ……ってことッスかね」
「まぁ、こうして公開することに意味はあるんだろうが……」
「まぁこっちは手筈通りにやるだけッスよ。あとは騒ぎに乗じて……。魔王さんには、ぶん殴ってでも起きてもらうしかないッスね。とてもじゃないけど、あれは運べないッス」
ノヴェトとリンリンが、その時を今か今かと待っていると……。
広場の中央でドラが鳴らされた。
ざわざわとしていた民衆が一気に静かになった。
そして、アヴァロワーズが立ち上がり、右手前に突き出した。
「諸君、我が名はアヴァロワーズ。この魔王領を統べる王です。そして、この世界を自在に作り変えることができる神です。それは決して現人神のような、比喩表現ではありません」
ざわざわとする民衆。
「では、神の力の一端をお見せしましょう。……強制アップデート開始」
急に魔onのアップデートが開始された。
虹の帯が走る、いつものアップデートだ。
面食らう民衆たち。
ノヴェトらも予想外のアップデートに戸惑う。
「なっ⁉︎ ここで⁉︎ 一体なんの⁉︎」
だが、アップデート後も、周囲に目立った変更は確認できない。
アヴァロワーズは叫ぶ。
「この場の魔法人形の全員へ命令します。ただちに、『魔神化』を行って下さい」
その掛け声と共に、広場周辺にいた魔法人形プレイヤーらはメニューを開く。
そして、何かを選択すると、上空から彼らへと太い光線が降ってくる。
その光は霧散するように消えていく。
……そこに立っていたのは、未知の姿の者。
アヴァロワーズも、同様に光線を浴びた。
そして霧散した光の中から、新たな姿となって現れる。
それは、この世界にはいなかった種族であった。
金属製のようにテラテラと光沢を放つ肌。
その機械のような冷たい表情は、従来の生物とは全く異なるものだ。
「これが我らの真の姿、……神の姿です。我らはもはや魔法人形ではありません。魔を宿し、神となった種族『魔神族』です。……そして、私はこれより、魔神の王『労働王アヴァロワーズ』となったのです‼︎」
ざわざわと戸惑いを見せる民衆。アヴァロワーズは拳を強く握り、叫んだ。
「さぁ皆さん。愚鈍な為政者は、今日ここで死ぬのです」
アヴァロワーズは、磔の魔王と聖王に拳を向け、さらにギリギリと握り込む。
「そして、我々、新たなる支配種族によって、新たな世界が幕開けします。すべての領民は、等しく労働するのです‼︎ 労働者でなければ、人にあらず‼︎ ニートは人にあらず‼︎ ニート滅ぶべし‼︎」