第40話 疑惑の指導者
魔onの旧ノヴェト邸の遺跡群。
ダークエルフ女性レンザートは、カゲチヨたちへ現状を説明する。
「魔王領は全域が異界化され、すでに魔法人形たちの手に落ちました。プレイヤーはログアウトできなくなり、逃げ場を失い、次々と拘束されているのです。そして皆、やっとの思いでここへ逃げ延びてきました」
レンザートは目を瞑り、ため息をつく。
「ただ反抗組織とは言いましても、未だその糸口も掴めず……。できれば、勇者様たちの手を借り、この状況を打破できれば……、と考えております」
ノヴェトは思考を巡らせるが、現状では分からないことだらけだった。
「……うーん。そもそもヤツら、プレイヤーを捕まえて何しようってんだ?」
「労働力として使うみたいです」
「労働力? 魔法人形がやってたことを、今度は人間にやらせよう、ってことか?」
「おそらく。……ですが魔onの運営は、魔法人形が行っているはずです。ですから、労働力というものは、本来そこまで必要ないように思いますが……」
「システム側を牛耳ってるんだからな。必要物資だって、容易に作り出せるだろう。……ふぅむ、なるほど。そういうことか」
ノヴェトが何かに気付いた。
ミシュは、その様子を見て問う。
「なにか、思い当たる節があるのか?」
「ああ……。魔法人形には、俺たちとは少し違う価値観を持たせている。彼らにとって労働こそが使命なんだ。つまり、労働するために労働しているわけだ」
「なんッスか、その社畜みたいな思考は……」
リンリンは青ざめた顔をしている。
何か過去の記憶を思い出しているのだろうか。
「だから、彼らには休日もいらないし、対価もいらない。強いて言うなら、労働する喜び、……か。言ってて俺も、ちょっと寒気が……」
「完全に社畜のそれッスね。改めて考えると、魔法人形達の労働環境って、ブラック過ぎッス……」
「だからたぶん、捕らえた人間達に何か労働をさせたいんだろうな。それが例え、何も生み出さない作業であっても」
「うう、嫌過ぎるッス。そんなのやりたくないッス。不毛過ぎるッスよ」
しかし、ミシュは納得がいかない。
「だが、それだとおかしくはないか? 使命感を持って労働しているのであれば、反旗を翻すこともないだろう? その使命を人間にやらせるのも筋が通らない」
「そうか。言われてみれば、たしかに……。バグかなにか……、故障とか……? それとも何かの不満が……。何かきっかけが……」
その時、ノヴェトの脳裏には、ふと少し前の出来事が浮かんでいた。
損壊した魔法人形たちの姿。
それは、魔王城ビルに、女神と破壊神が押しかけた時のことだ。
ミシュは、近くにあった石の上に腰を下ろす。
そして、ふぅーっと息を吐く。
「まぁ、魔法人形らがどういう意図で動いてるかは、この際置いておけ。推測するにしても今は情報が少な過ぎる。とりあえず考えるべきは、今後のことだ。魔法人形への対抗手段、プレイヤーの救出、異界化の解除方法、というところか」
レンザートは、ミシュの言葉に頷く。
「それなのですが、まず我々の差し当たっての目標は、魔王軍幹部の方々を見つけ出すことです。なぜなら、魔onは元々魔王軍の管轄ですし、元魔王様であれば、何か止められる手段を知っている可能性も……」
「ああ、まずは、まっちゃんやコジ……、ん⁇ 『元』魔王? まっちゃんの前の……、ってこと?」
「いえ、あの……、魔王であったレッカーベイン様は現在行方不明で……。今は、違う者が魔王を名乗っております」
「え……? 誰? ……もしかして、コジロウくんとか? 下克上しちゃった? いつかはやると思ってたけど……」
「やると思ってたんッスね……」
「いえ、新しい魔王の名はアヴァロワーズ。……彼女は、魔王城ビルの元コンシェルジュです」
「はぁ⁉︎ ……あの魔法人形の⁉︎ ……って、そんな名前だったのか」
「ええ⁉︎ そうなんッスか? あのっ⁉︎ ……って、正直あんまり記憶にないッスね……。ところでそんな情報、どうやって……?」
「私の独自の情報網からです。現在の魔王軍は、魔法人形のみで構成されているようです。以前の幹部たちは拘束されているか、もしくは……」
それを聞いたカゲチヨは、ひどく不安そうな表情を浮かべた。
「魔王さんたち、大丈夫なんでしょうか? 生きてますよね?」
「分かりません……。幹部で所在が判明しているのは、ジーナ様とジルダ様だけ。お二方は、現在幽閉されているようで……。それ以外の方々は、所在どころか、生存しているかどうかも……」
「そうか。助けたいのは山々だが、下手に手を出しても俺らが捕まるだろうしな。あとは、まっちゃんとロザリーちゃん、リゼットちゃん。あとロレッタちゃんに、コジロウくんとオーガくんか。なにか手がかりがあれば良いんだが」
アキラは元気よく手をあげる。
「あ、あとシュノリンばあちゃん! 破壊光線よ! おばあちゃんなら、ぜーんぶ、ぶっ壊してくれるわ‼︎」
「ああ、破壊神様ですね。……それでしたら、ロミタン様も戦力になるかもしれませんね。彼女の結界術は、現状を打破できる可能性はあります。……所在は不明ですが、いくつかの目撃情報を元に、捜索範囲を広げましょう。ではまず、ノヴェト様には……」
レンザートは地図を広げ、各所にピンでマーキングをしていく。
そして、彼女は拳を握り力を込める。
「さぁ、これからはこちらのターンです。我々、『反魔法人形組織・ラブリーカゲチヨ様ぜんぶしゅきしゅき同好会EX』の始動です!」
「……もうツッコまねぇからな?」
ノヴェトの視線は冷たかった。
*
ノヴェトらは、捜索に向かう為の準備を始めた。
当面の食糧やらはすでに準備されていた。
メニューを操作し、各人のカバンにそれらを収納していく。
他に必要なものは、プレイヤーらが総出で加工していた。
ノヴェトは準備の目処がつくと、ゆっくりと腰を下ろす。
マグカップに注がれた暖かいスープを、ゆっくりと少しずつ口に含む。
隣ではリンリンが作業していた。
「なぁ、……あのコロコロ変わる組織名は、みんな納得してるのか?」
「まぁ別に、誰かに名乗るわけじゃないッスから。レジスタンスって文言が入ってれば、何でもいいんじゃないッスか? 逆に覚えてる人の方が少ない気が」
「うーん……。あのレンザートってやつ、どうも怪しいんだよな……」
「混乱して逃げ惑うプレイヤーらを、ここに匿ったのは彼女ですし。変わった人だなーとは思うッスが、悪い人ではないと思うッスよ?」
ノヴェトは、スープをグィッと飲み干した。
遺跡内を見ていると、レンザートが指示を飛ばしている。
……が、暇さえあれば、カゲチヨをチラ見している。
「なぁそういや、魔法人形は見分ける方法あるのか? 見た目、プレイヤーと変わらないんじゃ、いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃないぜ? ここにいるプレイヤーを疑いたくはないが、もし混ざってたら……」
「ええ⁉︎ ま、まぁたしかに混ざってても分からないッスね。……やつら独自の通信網があるっぽいッスし、この場所も漏れてる可能性も……」
「そうだよな、まずいよなぁ。……って、あ! ……ああああああ‼︎」
「ど、どうしたッスか、ノヴェトさん?」
ノヴェトの思考で、点と点が繋がり、何かに思い至った。
ノヴェトは手で合図し、カゲチヨを呼んだ。
すると、カゲチヨがノヴェトのところへやってきた。
「……なんです、ノヴェトさん?」
なにやらコソコソと会話する二人。
「……え⁉︎ なんでそんなことを……。もしかして……?」
「そう、確認のためだ。違ったらそれでもいい。……でも言われてみると、そんな気するだろ?」
「たしかに……。分かりました。念のため。でも、そうだとしたら、どうして……」
「知らん。まぁ俺も、最悪の事態は考えたくはないが……」
「とにかく、話してきます」
カゲチヨはレンザートの元へ行き、話かけた。
「レンザートさん。レンザートさんは一緒に行けないんですか?」
「え? ……そ、それは私もご一緒できればしたいのですが……」
「ボクも一緒がいいです。……エミリーさんとずっと一緒にいたいです」
「カ、カゲチヨ様‼︎ そ、そんな……、私も、エミリーもずっと、愛するカゲチヨ様のお側に……」
レンザートはハッと気付き、取り繕う。
「ああ、いえ。……いやですよぉ、カゲチヨ様。私の名は『レンザート』です。レンザート。いくら恋しいからと言って、お間違えなきように」
「エミリーさん! エミリーさん、なんですよね⁉︎」
「……いえ? 違いますが? そんな可憐な名前ではないですよ?」
「……」
ちょっと泣きそうなカゲチヨ。
「……あ、いえ、その私はレンザートで……。まぁその……、エミリーでもいいかなー、みたいな」
「やっぱエミリーちゃんか。思い当たる人物像が一人しかいないんだよ」
その様子を見ていたノヴェト。
いつの間にか、レンザートの背後に立っていた。
「ち、違いますよ! レ、レンザートです!」
不安そうな表情のカゲチヨ。
レンザートの心は揺れ動く。
凛としたダークエルフの姿が、見る影もないほどに動揺している。
ノヴェトには、レンザートにいつものエミリーが完全にダブって見えていた。
「カ、カゲチヨ様、こ、これには深いワケが……。い、いえ、違います! 決して私は、エミリーなどという者ではありません‼︎」
レンザートは目を瞑り、そっぽを向いた。
「けど、そうもいかないんだよ。もし、エミリーちゃんなら……。俺だって、こんな風に疑いたくねぇよ。……魔法人形ってのは、独自の相互通信網を持ってるんだろ? じゃなきゃ、あんな組織立って動けねぇしな。……だから、この場所だって、既に敵方に知られてるかもしれん」
「そ、そんなこと⁉︎ 私が、カゲチヨ様を裏切るだなんて……っ⁉︎」
狼狽えるレンザート。
だが、カゲチヨはノヴェトに向き直り、力強く言い放つ。
「絶対ないです‼︎」
カゲチヨは揺るがない。
大きな声で、そう言い切った。
「エミリーさんが、ボクたちを裏切るなんて。そんなの絶対ないです‼︎」
「でもな、実際こうして魔法人形たちが反乱を起こしてんだ。……もしも、それが機械的に組み込まれていたりしたら、エミリーちゃんだって大丈夫だとは言えん。……冷たいようだが、魔法人形は機械だからな」
「いいえ、機械じゃないです。エミリーさんは、エミリーさんです‼︎ 絶対に、ぜーったいに、裏切ったりしません‼︎ ボクが保証します‼︎」
「カゲチヨ、お前……。なんだ、どうしてそんなに食い下がる?」
「エミリーさんは、どんな時だってボクたちの味方です。だって、ボクたちは家族だから。……ボクは、…………命かけます」
カゲチヨはノヴェトを見上げる。
その瞳には、強い意志が宿っていた。
ノヴェトにとってそれは、少年が見せる初めての反抗だった。
「カゲチヨ様……」
レンザートは、カゲチヨを見つめる。
その姿には、少年の気弱さはない。
そこには強い意志を持った、紛れもない勇者が立っていた。
ノヴェトはふぅっと息を吐く。
「……分かったよ。はいはい。オマエには負けるよ。降参だ。……だが、カゲチヨ。覚えておけ。オマエの選択は、オマエだけのものじゃない。そこには必ず、誰かの運命も乗っかってんだ。オマエにそれを背負えるか?」
「……はい。ボクは……、勇者ですから」
「ふ……、ははは。そうか、そうだったな。カゲチヨが信じるってなら、俺もそうするよ。これでも俺も勇者なんでな、半分背負ってやるよ。……で、どうするよ? エミリーちゃん。……いや、レンザートさんだっけ?」
「ノヴェト様のことは、正直どうでも……。真っ先に私のこと疑ってますし、そういうの人としてどうかと……」
「ええ……っ⁉︎ いや、まぁそうね。相変わらず、俺の優先順位低いなぁ……」
「……すみません、カゲチヨ様。今は……、レンザートと名乗らせてください。これにはワケが……」
「はい。何も心配してないですよ。エミ……、レンザートさん」
カゲチヨの笑顔。それはレンザートにとって、何物にも代え難いものであった。
「……カゲチヨ様、ノヴェト様、では私からひとつだけ。まだ、誰にも言っていないことがあります。……今回の異界化の媒体についてです」
「なに……?」
「……前回は、魔宮がその役割を担っていましたが……」
「ああ、うん。聞いてるよ。ぶっ壊れたのに冥界に移っちゃったやつだろ」
「今回の媒体はどちらにせよ、おそらく破壊することは不可能です」
「硬い何か……? 破壊光線ならなんとかなるんじゃないの? まぁ、冥界みたいになる可能性高いけど」
「……いえ、今回の媒体は『魔法人形』です。リアルに大増産された魔法人形、その1体1体すべてが媒体となっているのです」
*
魔on某所。
「ハァハァ……、ちょ、ちょっと待つのにゃぁ……。ロザリーはせっかちなのにゃ……」
「リゼット、もうすぐなんです。あそこを抜ければ……、ハァハァ。……というか、私の方が重いはずなのですが」
エルフ女性リゼットとロザリーが、息を切らしながら野山を駆けていた。
ロザリーは、何やら大きな布の包みを担いでいた。
その布は、ひどく薄汚れていた。
それなりの重量があるもので、彼女の体力はかなり消耗していた。
「だってもうお腹空いたのにゃぁ。……間食しても良いのにゃ?」
「ちょっとですよ? ……というか貴方もう、エルフでも普通ににゃんにゃん言ってますね……」
そして、もう少しで山を抜けるというところで、開けた場所に出た。
だが、そこには複数のプレイヤーが待ち構えていた。
中央には、ガチガチに重曹鎧を着込んだダークエルフの女性。
初めて見る顔だったが、彼女らが魔法人形であることはすぐに理解できた。
「……ご苦労様。待っていましたよ?」
「ど、どうして⁉︎」
「誘導されていたのに気付きませんでしたか。貴方たちが見つけた警備の穴は、意図して作られたものだったのですよ。こうして、罠へと誘導するために」
「くっ⁉︎」
「……ところで、ちょっとそこの貴方。この状況で、モリモリ食べるのはやめて頂けませんか?」
「ちょっと待つにゃ。お腹空いてるのにゃ」
「まぁいいでしょう。……では、観念して渡していただきましょうか?」
「……いいえ! 貴方たちに、どのような大義名分があろうとも、このようなことが許されると思っていたら大間違いです。……こんな、こんな……」
ロザリーの腕に抱えられた大きな布包。
彼女はギュッとそれを抱きしめる。
だが、魔法人形のプレイヤーが、背後からロザリーの不意をつく。
「なっ⁉︎ うしろ⁉︎」
ロザリーはなんとかそれを避ける。
だが、布包が解け、中身が露出してしまった。
……布包の中身は、身体の小さな幼女であった。
彼女の身体はボロボロだ。
衣服は薄汚れ、身体は傷だらけ。
生傷が痛々しい。
どうやら気を失っているようで、うめき声ひとつもあげない。
ロザリーは彼女を隠すように、再び布をかけてやった。
キッとダークエルフらを睨みつける。
だが、鎧のダークエルフは、諭すようにゆったりと言葉を投げかける。
「……貴方は何か勘違いしているようですね。その者の傷は、私たちがつけたものではありませんよ?」
「どちらにせよ、渡せません。……渡すつもりはありません」
「良いでしょう。こちらにとっても同じことです。ロザリー様、リゼット様。貴方たちの拘束命令が出ておるのです。全員、ここから逃がしはしません」
「リゼット! ……彼女を頼みます」
ロザリーは、布包の幼女をリゼットに渡そうとした。
「ロザリー、まさか死ぬ気かにゃ……? でもちょっと待つにゃ」
「もしや何か良い案でも……?」
「手が塞がっているのにゃ。ちょっと待つにゃ」
「まだ食べてるのです? 相変わらず緊迫感のない子ですね……」
「腹が減っても戦はできるけど、しょんぼり。って言うにゃ。……よし、お腹いっぱいにゃ。ロザリー、ここはにゃんに任せて、先に行くのにゃ‼︎」
「え?」
リゼットは駆け出す。
彼女はメニューを操作し、大きな弓を取り出した。
それは『強弓』。
番えるのは槍のような矢。
その巨大な弓は、脚力を駆使しなければ引くことすらままならない。
彼女は空中へ浮き上がり、猫のように軽やかに一回転。
そして、中空で弓に足を引っ掛け、グッと弦を引き絞った。
……次の瞬間、矢はレーザービームのように、一直線に魔法人形を貫通する。
魔法人形の胴を貫通した巨大な矢は、地面に斜めに打ち付けられた。
それはまるで、墓標のように。
リゼットは地面に着地し、大きな声で叫ぶ。
「魔王軍幹部は伊達じゃないのにゃ! にゃんの名はリゼット! 『墓標のリゼット』にゃ‼︎ クラスは『破壊者』。ぜーんぶ、ぶっ壊しちゃう暴れ者にゃ‼︎」
上位クラス『破壊者』──────
『狩人』と『狂戦士』を極めた者のためのクラスである。
高い機動力と高い攻撃力を併せ持ち、一撃必殺の狙撃が得意。
特に攻撃力は、アタッカーでもトップクラスだ。
リゼットの一撃によって、HPをほぼ全損してしまった魔法人形。
しかも、巨大矢の拘束効果で、その場から身動きが取れなくなってしまった。
鎧のダークエルフは叫ぶ。
「くっ‼︎ 全員で、魔王軍幹部たちを捕らえるのです‼︎ そして……」
他の魔法人形のプレイヤーたちも武器を抜き、戦闘体制に入った。
「なんとしても、幼女を奪い返すのです‼︎」




