第19話 十字を背負いし勇者
「こ、これは……っ⁉︎」
男は、それを手に取る。
あまりの衝撃に手が震える。
「まさかこんな……。こんなことって……」
隣の男も、それを横から覗き見る。
驚きを隠せない。
「そういうことか、これで合点がいく。俺たちは、こんなモノの為に戦わされていたのか……」
「いや、でも……。こんなことって……、あり得ませんよ!」
「言うな。それ以上言うな。俺だって……。だが、間違いない。これがそうなのだ。これが始まりなのだ。……この、最終戦争の、な」
それは一冊の禁書。
それが、すべての始まりだった。
だが、それはまだ、もう少し先の話。
*
朝。
女神神殿からカゲチヨが救出され、三日が経つ。
カゲチヨは、ゆったりとした日常の中にいた。
「おはようございます、カゲチヨ様」
「う……、ん……。ああ……、おはようございます、エミリーさん」
エミリーの声で、カゲチヨは目を覚ます。
そこは、ノヴェト宅のカゲチヨの部屋。
暖かい日の光がレースのカーテンを通して差し込む。
それは優しい温もりとなって、カゲチヨの身体を包み込んだ。
穏やかな朝だった。
カゲチヨは、ぼんやりと目を開ける。
……だが、全身が強張る。
「……ひっ⁉︎」
そこにあったのは、エミリーの首。
首は天井からぶら下がっていた。
首から伸びているのは、大蛇のように太いワイヤーの塊。
それは天井を這うようにゆっくりと蠢いていた。
そして、そのまま部屋の外へと続いている。
たとえこれが悪夢の中だとしても、納得してしまうだろう。
「エ、エミリー……、さん……? これは、また、……夢?」
「あらあら、カゲチヨ様はまだ寝惚けていらっしゃるのですか……? もうすぐ朝食をご用意致しますので、早く降りてきて下さいね」
そう言うと、エミリーの首は天井の方に引き上げられていく。
首が逆さまに吊られているにも関わらず、妙に表情豊かでシュールだった。
そして、首はズルズルと天井を這って、部屋を出ていった。
「げ……、現実なの、かな……、これ……?」
カゲチヨは汗ばむ手で、ギュッと布団を掴む。
「どうか……、朝食はラーメンじゃありませんように……」
*
カゲチヨは着替え、顔を洗う。
そして、リビングへ。
「カゲチヨ様、今日は食パンで宜しいですか?」
「……良かった。ラーメンじゃないんですね」
カゲチヨがテーブルにつくと、パンが置いてあった。
ホッとするカゲチヨ。
「え? ……ラーメンの方が良かったです?」
「い、いえ! ……ラーメンじゃない方がいいです」
「そう……、ですか? ご希望なら、ラーメンもご用意しておきますが……」
「あ、いえ、全然! パンが良いです! パン大好きです!」
「そうですか。……あ、あと丸いパンもありますよ」
「あ、それが良いです。柔らかくてふわふわの。今日はそっちが良いです」
カゲチヨは、出された丸いパンを頬張る。
ニコニコと美味しそうに食べている。
「さぁこちらもどうぞ」
エミリーはテーブルの上に、スクランブルエッグを置いた。
そして、彼女はカゲチヨの前に座る。
ニコニコとした笑顔で、カゲチヨの食事を見守っている。
「美味しいですか?」
「え、っと……、はい……。とても……、美味しいです……」
カゲチヨは、何かを確かめるように恐る恐る答えた。
このやりとりに既視感を感じてしまったせいだ。
そして、窓をチラリと確認する。
だが、当たり前だが何もない。思い過ごしのようだ。
「それは良かったです」
ニコニコのエミリー。
カゲチヨも、つられてニコッと笑った。
だが、その時。
案の定、事が起きる。
窓ガラスが、大きな音と共に派手に砕け散った。
「……ひっ⁉︎ なななな、なんです⁉︎」
カゲチヨは咄嗟に頭を下げる。
エミリーは、カゲチヨを抱き抱えるように庇う。
「カ、カゲチヨ様‼︎ 大丈夫ですか⁉︎ お怪我はありませんか⁉︎」
「え、っと……、ボ、ボクは大丈夫ですが……っ」
「敵の襲撃かもしれません。カゲチヨ様はどこかに身を潜めて……」
だが、この時、カゲチヨは違和感を感じる。
抱き抱えられているが、彼女の声は少し離れた位置から聞こえるからだ。
「さぁ、こちらに……」
「ひ、ひぃ……っ⁉︎」
目の前のエミリーの姿を見て、カゲチヨは怯えた。
首がなかった。
エミリーの首は、床に転がっていた。
こめかみには、野球のボールがめり込んでいる。
顔は半壊しており、口だけが動いていた。
「ままままま、またこのパターン⁉︎」
……と、その時、ドアのチャイムが鳴る。
そして、大きな声が聞こえた。
「……カゲチヨくーん! あーそーぼー!」
「……え、アキラ?」
*
アキラが遊びに来た。
「カゲチヨ、ビックリさせようとしたら窓壊しちゃった。ごめんごめん」
「ああ、うん……。ホントにビックリした……」
これは、現実の出来事。
どうやら今回の状況は、彼女のいたずらだったようだ。
カゲチヨは気が抜けたのか、グッタリしている。
「……まったく。女神神殿では、どういう教育をしているのでしょうか」
エミリーはすごく怒っていた。
なにせ、窓ガラスを割った上に、エミリーの頭も破損したのだ。
それはそれは、お冠だった。
「まぁまぁ。いいじゃないの、子供がした事なんだし。ちょっとぐらいやんちゃな方が、元気でさ」
「それ、本人が言ってはいけないと思います……」
「そうです! 躾のできていないお子様は、カゲチヨ様とは遊ばせませんよ⁉︎ さぁほら、帰った帰った」
「も、もういいじゃないのよ! さっき謝ったし。この話、終わり終わり‼︎ ……カゲチヨ、何して遊ぶー?」
「話は終わってません‼︎ 今すぐ女神神殿に連絡して、迎えに来てもらいますからね‼︎」
「え⁉︎ な、なんでよ⁉︎ やだよ‼︎ そしたら、バレちゃう……っ⁉︎」
「バレ……、って、もしかしてアナタ、こっそり来たんじゃ……?」
「うっ! いや……、その……」
「これもう、連絡しないとダメですねぇ……?」
エミリーはニヤニヤとし始める。
「くっ……」
「エミリーさん、エミリーさん」
カゲチヨは、エミリーの服の裾を引っ張る。
その見上げる瞳は、何か言いたげだ。
「カ、カゲチヨ様……。言いたいことは分かりますが……。でも、この小娘、私の……」
「アキラ、……きちんと謝らないとダメですよ」
「さっき謝ったし!」
カゲチヨは、アキラをじっと見つめた。
さすがのアキラも折れた。
「ごめんなさい……」
アキラは、素直にエミリーに謝った。
「わかりました。反省はしているようですね。最初からそう言えば……。まぁでも、女神神殿には一報入れておきます」
「ええ⁉︎ なんで、ちゃんと謝ったのに‼︎」
「そうでなくて。あなたは未成年でしょ。きちんと保護者には、居場所を伝えておかないといけませんので」
「……」
アキラは若干ムスッとした顔をしたが、納得はしたようだった。
「じゃぁ何して遊びましょうか?」
カゲチヨは話題を変えるように、ニコニコとアキラに話しかけた。
「……ゲームある?」
「ありますよ! ノヴェトさんが好きにしていいって……。こっち!」
そう言って、カゲチヨはアキラの手を引いて、奥へ走っていった。
そして、エミリーはため息をつく。
「よくよく考えたら、女神神殿への連絡方法なんて知らないですね……。魔王様に確認しますか……」
*
「お? ……なんでオマエ、いるんだ?」
女勇者ノヴェトは帰ってきて、アキラを見るなりそう言った。
朝イチでどこかへ出掛けていたようだ。
そこは2階の部屋。ゲームやら漫画やら、雑多な部屋だった。
ベランダから外が見渡せる。快晴だった。
「悪い? 弟に会いに来るのに、許可がいるの?」
「弟? ……何の話だ?」
「ああ! ……えっとー、そのー」
カゲチヨはなにやら、しどろもどろしている。
ノヴェトは、意味が分からず困惑している。
「なんでもいいの! 私はカゲチヨのおねーちゃんなの! あと、お母さんだし!」
「私? おねーちゃん……? お母……、んー?」
何も理解できないノヴェト。
「っていうか、大人はあっち行ってよ! 子供の大事な時間なんだから‼︎」
「はいはい、そうですか」
ノヴェトはため息。
そして、子供らの様子を観察しながら、ゆっくり口を開く。
「ところでよ……、下のガラスやったのオマエか? 今、エミリーちゃん直してたけど。……で、上にいる人に聞けって、言われたんだけどよ」
「……」
アキラは、露骨に目が泳ぎ出す。
「……やっぱオマエか。女神神殿には玄関ないのか?」
「あ、あるわよ! 失礼ね‼︎ なんでよ⁉︎」
「なんでって、オマエ。窓からこう……、入ってきたんだろ? ガシャーンって。厨二病か。ダイナミック過ぎんだろ」
ノヴェトは腕をクロスさせ、前に突き出す。
「ち、違うわよ! 危ないじゃないのよ‼︎ 馬鹿じゃないの⁉︎」
「神殿は毎回、窓直してんの?」
「だから、違うって言ってんでしょ‼︎」
イライラしたアキラは、ノヴェトに殴りかかる。
それを簡単に躱すノヴェト。
「話は聞かせてもらったーっ‼︎ ガシャーン‼︎ って?」
ノヴェトはニヤニヤとしながら、何度も手をクロスさせる。
とても楽しそうだ。
だんだんアキラは涙目になってきた。
「わかっ……、違っ……、ゴメンって……、グズッ……」
割と本気で泣いてきたので、逆に困るノヴェト。
「い、いやマジ泣きすんなよ……、冗談だろ? ……まぁ危ねぇから、次はちゃんと玄関から入れよ?」
「だから、違うって言ってるでしょ⁉︎」
アキラは、泣きながら本気でキレた。
「……で、何やってんの? ゲーム。それ、家にあったやつじゃねぇな? 見たことない。
「……グズッ、……私が持ってきた格ゲー。『ストリート・ジーチャン vs バーチャン・ファイター』」
「なんか、いろいろ混ざったようなタイトルだな……。というか、倫理的にいいのか、それ?」
ノヴェトは、画面を食い入るように見る。
「……なぁ、その上の数字はなんだ?」
「上?」
「画面のこれ。93/0/0って。カゲチヨの方は0/93/0だな。体力……、ではないよな。ランキング……、いや違うか」
ノヴェトは、画面の上部を指差した。
「ああ、それは勝敗。93勝0敗0分って意味」
「ああ、なるほど! へぇ。……って、オマエ。ちょっとは勝たせてやれよ。カゲチヨ惨敗過ぎんだろ。いや、それでカゲチヨは楽しいのか……?」
「え? あ、はい! ゲームってやったことがないので……。あ、魔王onlineはやったことありましたね! でも、勝敗って何ですか? ボタンを押した回数ですか?」
「そのレベルか……。アキラ、オマエ。ちゃんと説明してやれよ……。オマエの弟、何やってるか全く理解してねぇぞ?」
「いいの! カゲチヨ楽しいよね⁉︎」
「はい‼︎」
「いや、オマエらがそれでいいなら良いけどよ。歪な遊び方してんな……。最近の子は、みんなそういう感じなの……?」
*
ノヴェトは下に降り、窓の修理を手伝った。
そして、また二人の子供らの元へ戻ると、まだ同じゲームをしていた。
アキラは121勝0敗0分まで記録を伸ばしていた。
ただ二人の遊ぶ様子を見ていると、アキラも別に上手いわけではないようだ。
コントローラーをガチャガチャするばかりで、効率的に動いてる感じではない。
単純にカゲチヨの方が、下手くそというだけのようだ。
それに、気になる点がもうひとつ。
「カゲチヨ」
「はい?」
「オマエそれ、コントローラー、上下逆だからな?」
「そう……、なんですか? あ、本当だ! 右に動く! あ……、でもそれだと、ボタン押しにくい……」
カゲチヨはさっきまで逆さまに持っていたので、ボタンは左手側にあった。
持ち変えると、方向キーは思った通りに動くようになる。
だが、今度はボタンが右手側に変わってしまった。
もう逆で慣れ始めていたので、かえって混乱してしまったようだ。
カゲチヨは少し考え、コントローラーを持ち変えた。
「あ、これなら大丈夫です」
腕をクロスさせ、コントローラーの右側を左手で、左側を右手で操作し始めた。
だが、コントローラーを見ながらでないと操作できない。
それで腕をクロスに組んで、その隙間から下を覗く。
カゲチヨは、そんな大道芸バリのポーズで操作し始めた。
「あ! これはいいです! 操作しやすいです‼︎ ノヴェトさん、ありがとうございます‼︎」
「えぇ……。いや……、オマエがそれで良いなら、何も言わねぇけど……。予想とだいぶ違うものになったな……」
ところが、ノヴェトの予想とは裏腹に……。
カゲチヨの操作するおじいちゃんの動きは、目に見えて良くなった。
そして、初の1勝。
「わぁ‼︎ 勝った……? 勝ちました‼︎ ボタンいっぱい押せました‼︎」
「だから、ボタン押した回数じゃねぇからな? そこから説明した方がいいか?」
「……」
ニコニコのカゲチヨと対照的に、明らかに不機嫌なアキラ。
彼女はとにかく負けず嫌いだった。
些細なことでも、負けるのが嫌でしょうがない性格なのだ。
目に見えて、ムスッとする。
「……アンタが、余計なこと言うせいで‼︎」
ちょっと半べそのアキラ。
ノヴェトにつっかかる。
「オマエ、100勝してんだから、ちょっとはカゲチヨにも譲って……」
本気で泣き出したアキラ。
「うわぁ、もうコイツめんどくせぇな……。もう窓から入ってくんなよ?」
分かってて煽るノヴェト。
「うーーーー‼︎」
泣きながら、床をバンバン叩くアキラ。そして、ノヴェトに飛びかかる。
「はははっ‼︎ 悪かったって、泣くなよぉ〜」
ニヤニヤして楽しそうなノヴェト。
簡単にアキラの攻撃を躱す。
だが、調子に乗り過ぎた。
ぴょんぴょんと躱してソファーでジャンプすると、棚に頭をぶつけた。
「……おべぇ‼︎」
そして、棚の上の小物が降ってくる。
「おわっ‼︎ 危っ‼︎ ……んきゅ⁉︎」
そこに、棚の板も降ってきて、ノヴェトの頭を直撃した。
「天罰だわ」
アキラは、泣きながらちょっと笑った。
だが、それでは終わらなかった。
「痛ぅ……」
ノヴェトは頭を押さえてふらつく。
その時、カゲチヨのコントローラーに足を引っ掛け、すっ転ぶ。
「ぬはっ⁉︎ ……なんのぉ‼︎」
バランスを立て直そうとするノヴェト。
コードが足に絡まったままで、片足でぴょんぴょんと跳ねる。
ノヴェトはそのまま、2階のベランダまで跳ねていく。
そして、ガラスを派手に突き破る。
「アーーーーーーーッ‼︎」
叫びながら、そのままベランダから落下していった。
あまりにも意味不明の状況に、カゲチヨもアキラも呆然としていた。
そして、我に帰る。
「……ちょっ⁉︎ ……あ、でもアイツ、不死身のはずよね?」
「う、うん……、たぶん……」
「アイツ、腕をクロスしてたわ。ガシャーンって、冗談じゃなかったのね……」
アキラは今日一番、すごく納得していた。
なお、ノヴェトは無傷であった。
だが、エミリーにはすごい怒られた。
*
夕方。
カゲチヨ、アキラ、ノヴェトの三人は、例のラーメン屋『破壊神』にいた。
「ねぇ! カゲチヨは何にするの⁉︎」
「ボクは、魔王ラーメンが食べたいです」
「魔王? ……うげっ⁉︎ この溶岩みたいの? これ、人間食べていいの?」
「大丈夫ですよ。前に食べましたが、美味しかったです」
「へ、へぇ……」
「でも、エミリーさんや魔王さんも来られれば良かったのに……」
「まぁエミリーちゃんは元々飯食わんしなぁ。まっちゃんはまた何かやってるみたいだから、また今度な?」
「はい!」
「うーん、じゃあ私も魔王……、って勇者ラーメンはないの? 勇者ラーメンがいい!」
「無いな、勇者ラーメンは。そもそもどんなラーメンだったら勇者っぽいんだよ。想像つかんわ。……ほらそれより、さっさと決めろ」
「うーん、じゃあ魔王ラーメンでいいや」
店員を呼ぶノヴェト。
「お決まりですか?」
「あ、はい。えっと……、魔王ラーメン2つ。どっちも油少なめで。あと……、醤油チャーシュー大盛りネギ多め、ライス大盛り」
「へい! では、魔王ラーメンが2つで……」
店員は注文を復唱し、足早に去っていく。
「あ、そーだ。光とか……、あ! 電気とか⁉︎」
「ん? 勇者ラーメンの話? まだ続くの?」
「あ! 花火を乗せれば……っ‼︎ こう……、シュババババって」
「面白そうです! あ、電気ウナギは⁉︎」
「スープが光りそう‼︎ ピカーッ‼︎ ビリビリビリビリって‼︎」
「あ、じゃあ、麺も‼︎ でも、ラーメン見えなくなっちゃいます‼︎」
アキラとカゲチヨは、二人でキャッキャと笑っている。
何が面白いのか分からないが、楽しそうだ。
ノヴェトは子供が好きと言うわけではない。
むしろ面倒臭いと思っている。
だが、それでもこういう時間は悪くはないかな、とは感じた。
「あ、ボク、おトイレ行ってきます!」
「お、おう」
アキラとノヴェトは二人きりに。
「今日、泊まっていってもいいんでしょ⁉︎」
「ん? ……ああ、神殿には連絡してあるからな。というか、オマエ、来るならちゃんと言っとけ。心配してたぞ」
「心配って誰が? ……誰も、私のことなんて気にしてないよ」
「そんな悲しいこと言うなよ。エミリーちゃんが連絡したみたいだけど、急にいなくなって、あっちで探してたらしいぞ。ミシュがそう言ってたってよ」
「……ふん。私がいなくたって、別に誰も困んないし。いいじゃん」
「子供が急にいなくなったら、ビックリするだろうが。BBAは知らんが、メルトナたちからすれば、妹みたいなもんだろ。子供のうちはさ、親の……」
「私、強いし! ……子供扱いしないでよ。親なんて必要ない」
「……」
少し考えるノヴェト。
「カゲチヨにもそう言うのか?」
「……なんでよ。なんでそこで、カゲチヨが出てくるのよ」
「オマエ、カゲチヨの母親で、お姉ちゃんなんだろ? どっちも要らんのか」
「それは……」
「オマエが元の世界で、どういう暮らしをしていたかは知らん。でも、今の世界でオマエのことを考えてくれる人がいるなら、そういうのは大事にしろ」
「……めんどくさい」
「そうだよ、めんどくさいんだよ。人間関係ってのは」
「……私、ノヴェト宅で暮らしちゃダメなの?」
「……女神神殿でうまくいってないのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「そうだなぁ。……あ、そうだ。アキラ、オマエ。魔onやらねぇか?」
「魔onって、ネットゲームの?」
「ああ、それ。それだったら、あっちでログインすれば、いつでもカゲチヨに会えるだろ」
「う、うーん……、でも神殿に無いよ、そういう機械」
「まぁ、その辺はなんとかしてやるから。今日ちょっと試しにやってみようぜ」
カゲチヨが戻ってきた。
「なんの話です? 何をするんです?」
「魔onの話だよ」
「ああ! アキラもやるんですか?」
「カゲチヨ、やったことあるの?」
「はい。でも、ログインだけですけど」
「へ、へぇ……、じゃあ私もやる!」
店員がラーメンを運んできた。
「魔王ラーメンのお客様は……?」
「こっち! ……と、こっち!」
アキラは元気よく、自分とカゲチヨを指す。
「……お⁉︎ う、うわぁ……。ホントにこれ、大丈夫なの……?」
目の前でゴボゴボと泡立つ魔王ラーメンに、ドン引きのアキラ。
「うわあ、美味しそうです!」
「お、美味しそう⁉︎ 美味しそう……? 美味しそうって一体なんだろう……?」
「まぁ、騙されたと思って食ってみろよ」
店員はラーメンを置いて去っていった。
恐る恐るラーメンを口に運ぶアキラ。
「ん⁉︎ ……ん? ……うーん」
アキラは、それから何も言わずに黙々と食べ出した。
「美味しいですね!」
「まぁまぁね」
ニコニコのカゲチヨ。
アキラも、まんざらではなかったようだ。
「そうか、良かった良かった。んじゃ帰ったら、魔onやるからな! 楽しみにしておけよ‼︎」
ノヴェトも上機嫌だった。