表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/54

第2話 魔王が住まう城

女勇者ノヴェトは腕を組み、真っ直ぐにそれを見つめていた。


崖から臨む魔王城。


女勇者と少年の行く手に立ちはだかる、魔族の王『魔王』。

魔王城には、魔王の側近である精鋭が待ち構えている。

そこへ身を投じることは、命すらも投げ打つことに等しいことであった。


「……さて、戻るぞー」


だが、女勇者は一通りポーズを決めて満足したのか、彼女はいそいそと撤収の準備を始める。

しかし、カゲチヨ少年は納得できない。


「え、どこに?」


「ふもとに。降りないと向こう行けないだろ? オマエはこっから魔王城まで、ビューンって飛んでくのか? ビューンって。」


「あの……、では、この崖に登った意味は?」


「魔王城がよく見えるだろ?」


「ええ、まぁ」


腕を組み、得意げにニヤッと口角を上げる女勇者ノヴェト。


「え、ホントに? それだけのために? ここに?」


女勇者からは、腹の立つ顔芸しか返ってこない。

激しい虚脱感に襲われるカゲチヨ。


ゲームの中とは言え、リアル志向であるために疲労感は普通にある。

そもそも様々なものがリアル過ぎて、虚構と現実の区別もつかないのだ。

たしかに素晴らしい技術ではあるが……。


「そもそもおかしいのですよ。魔王ですよね? 敵ですよね? 異世界でゲーム作っちゃったのは、百歩譲っても……。なぜ勇者と魔王が、同じゲームをしているのですか? これではまるで、仲良しじゃないですか⁉︎」


「なんだか、仲良しだと悪いみたいに言うね、キミ。感じ悪いよ?」


「いや、仲良く……、え、いや、ええ⁉︎ ダメ! ダメです‼︎ なんで敵と仲良くなっちゃってるんですか‼︎」


「めんどくさいなあ、もう。……うーん、オマエもやっぱ連れてった方がいいのかなー?」


「へ? どこにです?」


「……ちょっと待っとけ」


女勇者ノヴェトは突然、形容し難い珍妙なポーズをとった。

すると、中空にウィンドウメニューが出現した。


「今の……、は?」


「ログインしたときに教えたろうが。もう忘れたのか? ……メニュー呼び出しアクション。絶対にやらないアクションにしておかないと、戦ってる最中に出てきちゃうだろ。ヒュインって! 急に出てきたらビックリするだろ⁉︎」


「それ、毎回やんないといけないって、何の拷問ですか……。というか、さっき教えてもらったのと、微妙に違う気がするのですけど……?」


「ん? なんか言ったか?」


「……いえ」


女勇者ノヴェトは、メニューからコールを選択する。

これは、遠く離れたプレイヤーに呼びかける、電話のような機能だ。


コール音が鳴る。

そして、すぐにガチャッと音が鳴り、相手が応答した。


「もしもし?」


「もしもし。あー、まっちゃん? 生きてる?」


「おお、勇者氏! ははは。拙者、今、ギリ死んでるでござるよ」


女勇者ノヴェトは、コール機能で誰かと話し始めた。

相手は女性のようだが、喋り方が若干おかしい。


「ん? あれ? 今ってリアル? いつもと声違う」


「いや、中でござるよ? 今丁度、いつものアバターは調整に入ったところで。……して、何用でござる?」


「あー、また新しいやつ来たんだわ。そっちの見学お願いして良い? 忙しい?」


「んー、リアルの方でござるよね? あー、今、次のイベントの締め切りが近いんで、ちょっと時間が……。あ、でも、今日明日とかなら良いでござるよ。明後日から総動員で修羅場でござるから……。で、いつにするでござる?」


「悪いね。んーじゃ、……今、大丈夫?」


「余裕でござるよ」


「了解。今行くわ」


「オーキードーキー! 正座して待ってるでござるよー。ではー」


女勇者ノヴェトはコール機能を切り、通話を終わらせた。


「よし、そんじゃ行くか!」


「え? どこに?」


少年は戸惑う。


「あー、これからまっちゃんのとこ行くから」


「え、そのまっちゃんさんという方は、ご友人でしょうか?」


「友人と言えば友人だな。『好敵手』と書いて『ライバル』と読む」


「それ、結局敵じゃないですか。その見学というのは、ゲーム外なんですよね? 横で聞いてましたけど」


「うん、そう。そのまっちゃんのとこ。リアルで。こっからログアウトして。近いから歩いてな」


「それは、魔王を倒すのに必要なことなんでしょうか?」


「……キミ、しつこいね。可愛くないよ」


「ボクが可愛いかどうかは問題ではありません。勇者の仕事は魔王を倒すことです。寄り道する暇はありません! ご友人と遊んでる暇なんて無いはずです!」


「要は、魔王のとこ行けばいいんだろ? だから、行こうぜ、って言ってんの」


「……?」


「ああ! そうか。まっちゃんって魔王のことだぞ。魔王だから『まっちゃん』」


「……は?」





ゲームからログアウトした、女勇者ノヴェトとカゲチヨ少年。


二人は、リアルの魔王城までやってきていた。


ダークエルフの女勇者ノヴェトは、リアルでは金髪のグラマラスな女性だった。

そして、ハーフリングのカゲチヨ少年は、小学生の男の子。


カゲチヨは魔王城を見上げる。


「大きいですね……」


「……だろ?」


女勇者ノヴェトは自身の胸を、これ見よがしに下から持ち上げる。

そして、ニヤリと笑う。


「いえ、そっちでなく」


「ノリの悪いお子様だなぁ。でもお好きでしょ? ……カ・ゲ・チ・ヨ・きゅん‼︎」


そう言うと女勇者ノヴェトは、カゲチヨ少年をギュッと抱きしめる。

少年の顔は、女勇者の胸に埋没した。


「む、ごっ! や、や、やめ、やめてください‼︎ セ、セ、セ、セ、セクハラですよ⁉︎」


少年は暴れて、女勇者のホールドから抜け出した。


「難しい言葉知ってんなあ。なんだよ嫌いか、おっぱい? バインバインだぞ?」


女勇者ノヴェトは、再び自身の『それ』を下から揺らす。


「べ、べ、べ、べ、別にそんなこと、ど、ど、どうだっていいのです‼︎ ま、ま、ま、ま、魔王の、魔王の城‼︎ ほ、本当にこれが魔王の城なんですか⁉︎」


「んー、まあなんせ、魔族の長である魔王が住んでる居城だからな。これくらいでないと。なかなか大きいだろ?」


だが、二人の目の前に聳え立っているものは、ただのビルだった。


「……でも、ビルですよね?」


「そうだよ? ビルだよ? ……なんか、オマエの言い方にはトゲがあるな。問題あるか?」


「ずっと言おうと思ってたのですけど……」


「なに? また小言なら聞き流すけど。」


「いえ、そのなんていうか、ここ異世界なんですよね? 剣と魔法の。でも、ボクがここに来た時、そういう感じじゃなくて、ビル群しかないのですけど……。ここって、本当に異世界なんです?」


「あー、そうかぁ。若い子からするとそんな感じかー。おじさん、ジェネレーションギャップ感じちゃうなー」


女勇者ノヴェトは、腕を組んでニヤニヤしている。


「俺がこっちに来てから変わったのよ。変えたというか。別に、ビルにしたかったわけじゃないんだけど……。機能的にしてったら、こういう形状の方が合理的だっただけ。でも、普通のビルじゃないんだぜ。ちゃんと魔法障壁で、あらゆる災害から防御してくれるんだ。いわば魔法ビルだな」


「なんでも『魔法』って付ければ、解決すると思ってません? ……というか、こんなところに魔王が住んでいるなんて」


「んーそうなぁ。オマエさぁ、ずっと言おうと思ってたんだけど……。呼び捨てはまずいんじゃねぇ? 年上だぜ、年上。そこは『魔王さん』って言うべきじゃん? まっちゃんは結構フランクに接してくれるとは思うけど。でもそこはほら、形だけでも……、な? 人と人との付き合いってそういうもんだろ?」


「え、あ、いや。……はい、そうですね……」


女勇者ノヴェトの正論。


カゲチヨ少年は素直に聞いた。

……が、ちょっと納得していない。

なにせこの女勇者、少年の言い分は散々受け流しているのだ。

頭では理解していても、感情としては納得したくない。


「よしじゃあ、ちょっくら見学にいくぜ!」


「……その、それで、なぜなのです? 魔王……、さんのところに見学って」


「オマエ、魔王倒せって言われてきたんだろ? 俺もそうだけどよ。でもさ、あっちだって別に普通に生きてんだぜ? まずはさ、オマエの目で見て確認してみろよ。魔王が本当に倒すべき敵なのかどうかってさ」


「は、はぁ……」


「大人から言われたからって、それを鵜呑みにしちゃダメよ。いつまでも子供じゃねぇんだからさ。……いや、子供だな。これは忘れろ。で、言われたことを言われただけやるなら、ロボットと同じだろ? 俺たちはなんだ? 勇者である前に、人間だろ?」


「そ、そうですね……」


女勇者は熱弁する。

その大人の言い回しに、少年も少々煙に巻かれた感はあった。


だが、結局少年は反論できず、素直に従った。





そこには、笑顔の魔王がいた。


「いやー、よく来てくださったでござるよぉー、勇者氏ぃー。何年振りでござったかー」


「昨日ぶりかな」


「あーそうでござったかー。拙者、リアルは久々でござるからー、色々と変な具合でござるよー」


魔王は女性だった。

彼女は突然の訪問にも嫌な顔をせずに、にこやかに二人を出迎えてくれた。


「おお、勇者少年! 初めましてでござるよー。拙者、魔王をやっている『レッカーベイン』と申すでござるよー。みんなから親しみを込めて、『まっちゃん』とか『まーくん』と呼ばれてるでござるー」


「は、はぁ……。初めまして、カゲチヨと申します」


「ほ、ほう。随分変わった名前でござるなあ。なんだかカッコ良いでござるよー。あっちでは普通の名前でござるかー?」


女勇者ノヴェトが話に割って入る。


「いや、あっちでも珍しい名前だな」


「ほうほう、そうでござったかー」


実は、魔王城という名のビルに入るとコンシェルジュがいた。

だが、あっさりと魔王の部屋に通されてしまった。

そして、今、まさに魔王の部屋にいるわけだが……。


そこは、どう見てもワンルーム。かなり狭い。


そして、その魔王というのも、明らかに魔王らしからぬ人物であった。


「あー、まっちゃんはもう24時間365日フルダイブのネトゲど廃人だからなぁ。作業とかもあっちでやってんでしょ?」


「そうでござるよ。拙者の真のリアルは、あっちと言っても過言ではないでござるな」


「は、はぁ……」


ござるござると不自然な喋り方をする魔王。


見た目は、黒髪おさげの背の低い女の子だ。

度のキツイ丸眼鏡といい、魔王というよりも、ステレオタイプなオタク系のか弱い女性にしか見えない。


「あ、あの……、本当に魔王……、さん、なんです? その……、全然、そうは見えないのですが……? たとえば、魔王さんと同じ役職の方が、複数人いらっしゃるとか……?」


カゲチヨ少年は、戸惑いをそのまま疑問として女魔王にぶつける。


「いやいや。魔王がいっぱいいたら、国が崩壊してしまうでござるよー。拙者が魔王、その人でござる。唯一無二の魔王でござるよ。……そうは見えない、と? うーん? ……ああ! そういうことなら、もしかして⁉︎」


女魔王は何かに気付いたように、手をポンと叩く。


「この喋り方でござるか⁉︎ これはですなー、ひとえに、勇者氏のせいでござるよー」


「え、俺のせいなの?」


「そ、そうでござるよ! 勇者氏の漫画やアニメ、そしてゲームという文化(カルチャー)。ひと昔にはこの世界には無かったものでござるよ。それが勇者氏のおかげで、今や一大産業となっているでござる」


「ああ……」


女勇者ノヴェトは思い当たるフシがあったようで、納得したように頷いた。


「本当に素晴らしい文化でござるよ! だから、この文化を知った時! 拙者は、魔族に伝わる経典や古文書、伝承を伝える石板などをすべてを破棄、ぜーんぶ燃やしてやったござる‼︎ 神はオタク文化にこそ宿るのでござるよ‼︎ 邪教は消毒でござるよおおお‼︎」


「まぁ燃やすのは言い過ぎとしてもだ。まっちゃんは真面目だけど、近視眼的だからなあ。まあそんなわけで、最近の若者文化としては、漫画・アニメ・ゲームってのが、三大神器になってるな」


「この喋り方もそうなのでござる。勇者氏の世界の、古き良き時代のオタクの言葉だったそうでござるな。だから、拙者はこの言語を後世に伝えるために、伝道師として世界に布教していく所存でござる‼︎」


ひたすらテンションの高い女魔王。


だが、それとは対照的に、女勇者ノヴェトは飽きているようだ。

女魔王の部屋の本棚を勝手に漁り、漫画本を読み始めている。


「勇者氏、勇者氏! それを読むなら、こっちから読むでござるよ! シリーズ物ゆえ‼︎」


「え、そうなの? でもこれ、1巻って書いてるけど」


「そっちは第二章の全国大会編でござるよ。まずはこっち、第一章の地区予選編を読むでござる‼︎ そして第二章が終われば、こっちの第三章。宇宙編が始まるでござるよ。熱々のスポ根モノで、まさに金字塔でござる‼︎」


「ほう。じゃあ、先にそっち読む」


もう完全に漫画を読み始めた女勇者ノヴェト。

もはや、カゲチヨは放置状態だ。


「あ、いや、えっとですね……」


実は、カゲチヨは困っていた。


魔王城の見学と聞いていたはずが、今いるのはワンルーム。

物が雑然と置かれた部屋は、とにかく狭い。

しかも、その狭い部屋に、自分を含め3人がギュウギュウに座っているのだ。

女勇者、女魔王、そして少年。


しかも、女勇者は妙に胸を強調する薄着の格好。

その格好で横になり、肩肘を付いて頭を支えている。

胸にある大きな塊は、今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。


さらに女魔王。こっちはこっちで薄い部屋着。

女勇者のようなわがままボディではない。

だが、だるだるタンクトップにショートパンツ。

それでは、いつ見えてしまってもおかしくはない。


とにかく二人に共通して言えるのが、『無防備過ぎる』ということだ。


ここは、少年にはあまりにも刺激が強い空間だった。


「あっと、えっと……」


「どうしたでござる? 新しい勇者氏は大人しいでござるな? ……大丈夫でござるか、カゲチヨ殿?」


目のやり場に困っているカゲチヨは、ずっと下を向いていた。

だが、女魔王は無防備に覗き込んでくる。

おかげで、意図せずタンクトップの隙間が垣間見える。


「ふあああ‼︎」


カゲチヨは思わず仰け反って、女魔王から距離をとってしまう。

だが、そのせいで、女勇者ノヴェトの胸に密着してしまった。


「なんだよ、やっぱ好きなんじゃねぇか。……おっぱい」


「ち、ち、ち、ち、違います‼︎ ち、違います‼︎」


顔を真っ赤にして、二人から離れるカゲチヨ。

だが、狭い部屋では限界がある。


「……なるほど? ……この反応。勇者氏、勇者氏。もしかして、言ってないでござるか?」


「え? ……なに?」


「これでござるよ」


女魔王はそう言うと、女勇者ノヴェトの胸にあるものを鷲掴みにする。


「やん!」


わざとらしく可愛らしい声を上げる女勇者。


「勇者氏。楽しむにもルールがあるでござるよ。相手を騙すのは良くないでござる」


「ふむ」


女勇者と女魔王は少年をじっと見つめる。怯える少年。


「な、なんですか……?」


「少年。いや、カゲチヨくん。……実は俺たち、オマエに言ってないことがあるんだ」


「え、なに、なんですか……?」


「それは……」


妙に勿体ぶる女勇者。

女魔王もわざとらしく、ゴクリと喉を鳴らす。


「……俺たち、実は男なんだよ」


「……は?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなく口調でそうかなーと思ってましたが、オチでやはり、と面白かったです。魔王の姿も人格も意外で良かったです。前話の女神もトリッキーでしたから、あまりこの二人を怒れないような気も。楽しく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ