第18話 夜明けの少年
次の日。
雲ひとつない、どこまでも広がる青い空。
満面の笑みをこぼすカゲチヨ。その足取りは軽やかだ。
カゲチヨはエミリーと手を繋ぎながら、もう楽しみ過ぎて落ち着かない。
その後ろをノヴェトが歩いている。
「楽しみですね、イベント!」
「……ああ」
素気ない返事のノヴェト。
「ああ、どうしよう。ドキドキしてきました。……って、ノヴェトさん、大丈夫ですか?」
「あー、いや、うん。悪いな、カゲチヨ。……もうちょい、小さい声で頼む」
完全に二日酔いのノヴェト。
青い顔をして頭を抱えている。
「……帰りましょうか?」
カゲチヨは、本当に心配している。
「一発腹パンしましょうか? スッキリしますよ」
「い、いや、エミリーちゃん。遠慮しとく。……というか、そういう冗談にも乗れないレベルで。これ、本気のやつ……」
「あ、いえ。冗談ではありません。吐いてしまった方が楽だ、という統計がございますので」
「それは、夜中に散々致しましたので……。もう腹パンされても、胃液しか出ないと思われ……」
「ノヴェト様も、いっそ肉体改造すれば良いのですよ。そうすれば、私のように、壊れてもすぐ交換できますし」
「いや、それも遠慮しておきます……」
昨日の女神神殿では、派手に破損していたエミリー。
だが、今はそんな跡は全くない。
彼女のガワはノーマルボディの量産品なので、代用は効く。
そして昨晩は、彼女自身でボディの修理を行った。
ノヴェトは泥酔していたので、その時のことを後でカゲチヨに聞くと……。
「ヤドカリでした……」
……と、意味不明な回答が返ってきた。
だが、ノヴェトは見逃さなかった。
その時のカゲチヨの怯えた表情。
それが妙に印象に残った。
だが、それ以上は触れないようにした。
*
魔王城という名のビル。
……その前。
エミリーは魔王に電話を入れる。
そして通話が終わると、カゲチヨに言った
「今、来るそうですよ」
「はい! 魔王さん、大丈夫そうでした……?」
「大丈夫! ……では、なさそうでしたね……」
「ははは……」
女魔王も二日酔いのようだ。
おそらくは、コジロウも同様だろう。
昨晩の大人たちは、あきらかに羽目を外し過ぎていた。
ただ、その甲斐あってか、いざこざにはそれなりの決着が着いた形となる。
女神派による、多種族への迫害問題はある。
だが、それには元々保守的なお国柄という背景があった。
その為、外交にも閉鎖的だ。
そもそも彼らには、領土を広げるという野望はない。
しかも今は、快適な魔王領へ移住してしまう者も多い現状。
結局のところ、双方の殆どの者は、最初から争いは望んでいなかった。
カゲチヨがエミリーと笑い合っていると、後ろから声をかけられた。
「……カ・ゲ・チ・ヨ‼︎」
そして、突然、後ろから抱きつかれる。
「ほわぁ⁉︎」
「おはよう、カゲチヨ! ちゃんと寝られた? ……おねーちゃんがいなくて、寂しくなかった?」
アキラだった。
いきなりベタベタに甘えるように、カゲチヨに引っ付くアキラ。
「なななな、なんです、アナタ⁉︎ ……私のカゲチヨ様に‼︎」
エミリーは、カゲチヨの手をグッと引っ張る。
「わっ!」
「ちょっと、おばさん! カゲチヨ痛いって! ……ね? 痛いよね?」
「え、あ、いや……」
「痛くありませんわよね、カゲチヨ様? ……ほら、早くお放し下さい。そんなにくっ付いては、カゲチヨ様が苦しいですよ。……ね? カゲチヨ様?」
「えっと、あの……」
「苦しくなんかないよねー? 何言ってんだろうねー? カゲチヨ! ……んふー!」
そう言うとアキラは、カゲチヨのほっぺに自分の頬をくっ付けた。
「ぎょええええ⁉︎ な、なんてことを‼︎ ……な、なら私も‼︎」
エミリーはそう言うと、カゲチヨとアキラの上から被さるように抱きしめた。
そして、カゲチヨの顔に、ぎゅうぎゅうと自分の顔を押し付ける。
「ちょ、おばっ、な! なんなのよ‼︎ アンタ、ちょっと離れなさいよ‼︎」
「アナタこそ、なんなのです! 今日は、カゲチヨ様と私のデートなんですよ! あなたこそ離れなさい‼︎」
わちゃわちゃと、カゲチヨの取り合いをする二人。
それを見て、重い頭を抱えるノヴェト。
そして、つぶやく。
「朝から元気ね、キミたち……。って、なんだ。オマエらもいたのか」
アキラの後ろには、ミシュがいた。
すぐそばには、メルトナとスアリもいる。
「いたのか、とは失礼だな。……フフフ。だが、まあいい。そんなことを言っていられるのは、今だけだ。……見よ! 姫様のよそ行きコーデだっ‼︎」
ミシュが大仰に紹介した先には、可愛らしいワンピースを着たメルトナ姫。
だが、若干子供っぽいアレンジだった。
完全にミシュの趣味だろう。
メルトナ姫自身は、随分と不安げな表情だ。
「ああ、なんと可愛らしいお姿。……なっ‼︎ そうだなっ⁉︎ 可愛いな⁉︎」
スアリも、ノヴェトを見ながら言う。
だが、妙な目配せがあった。
おそらく、今、ノヴェトは 『はい』という答えを強要されている。
いつもなら割と反抗するノヴェトだが、現在二日酔いでそれどころではない。
この会話もさっと流してしまいたいのだ。
「あ、はい」
ノヴェトはそう答えた。
その答えを聞くや否や。
それはそれは、澄み渡る晴天のような表情となったメルトナ姫。
……と思いきや、突然、苦虫を叩き潰したような表情に変わる。
目から大きな雫が、ポタポタとこぼれ落ちる。
「……ええ⁉︎ 今、ええ⁉︎ ……姫様ぁっ⁉︎ ええ⁉︎ なんでぇ⁉︎」
思わぬ不意打ちに、狼狽えるミシュとスアリ。
「……が…………し……」
「……え? なになに? ……褒められて、……嬉しかった、……と」
ホッと胸を撫で下ろす、ミシュとスアリ。
「良かったな! ノヴェト‼︎ 姫様もお喜びだぞ‼︎」
「……ぐっ! ……あ、うん、分かったから、小さい声で頼む……」
テンションの高いミシュの声は、今のノヴェトにはなかなかの攻撃力のようだ。
頭を抱えながら、ノヴェトはミシュに問いかける。
「そ、それで? なんでいるのかって聞いてんだが。……理由な、理由の方」
「ああ、今朝連絡があってな。姫様や、アキラもイベント来ないか? とな」
「連絡? …………誰が?」
「誰がって。魔王から」
「まっちゃん……」
ノヴェトは、ビルの入り口を見た。
女魔王はもうすぐ来るだろう。
にわかには信じがたい話だ。
なにせ、異種族を排除しようという女神派の士官クラスだ。
それが、魔王と直接連絡を取り合っているわけで。
ただ、女魔王は、そういう気遣いをするタイプなのは確かだった。
メルトナ姫が歩いてきて、ノヴェトに何かを渡そうとしてきた。
「……ん? なんだ? ……ん? ああ、薬か?」
「……か…………く……」
「……?」
「二日酔いに効くそうだ。……ほら、水もあるぞ。姫様の計らいだ。すぐ効くらしいぞ、ありがたく頂いておけ」
そう言って、ミシュからは水のボトルをもらうノヴェト。
「お、……ありがとう」
ノヴェトは、貰った薬を水で流し込む。
ニコニコと笑うメルトナ姫。
「んー、ちょっと効いた気がする。……で、一応ツッコんでおくが、まっちゃん……、魔王は、フレンドになってんの、それ?」
「ハッ! フレンドだと? ……魔王が? ……ありえん。笑わせるわ‼︎」
「なら、ちょっとオマエのそれ、見せてみろよ。……って、それ、魔王領限定で販売してる、最新の魔法スマホじゃねぇか」
ちなみに、この魔法スマホ。
魔法でうまいことやっているので、魔法を遮断されない限り圏外はない。
勿論、女神領も例外ではない。
「う、うるさいな。敵を知るには、まずその懐に入ってだな……」
「で、……やっぱフレンド登録されてんじゃねぇか」
「な? ……え? ホントに? いや、だって……」
「……ほら、会社とかはこっちだろ? 友人はこっちで……。まぁ敵の連絡先をどこ入れるって、俺も正解分からんけどよ……。そもそも敵と、そんな普通に連絡取り合わねぇし……」
「……クッ! よく分からん! ……さては、魔王め! 計ったなっ⁉︎ ……だがしかし、面倒だからこのままでいい!」
「大体良いのかよ、普通に魔王領に入ってきて?」
「これは魔王直々の招待だぞ。言うなれば、我々は招待客ということだ」
「そう……」
だが、彼女らの粧し込んだ格好はどう見ても、遊びに来たとしか思えない。
「て、敵情視察だ‼︎ ……これで文句あるまい‼︎」
「……いや、オマエらがそれで納得するなら、いいんじゃないの……」
突然、メルトナ姫がノヴェトの目の前にやってきて、スマホを押し付けてきた。
「な、なんだよ……?」
「……う…………ね……」
「あ、ああ。フレンド登録してくれってか?」
頭を小刻みに、上へ下へと振る姫。
「ほら、これが俺の……」
ノヴェトとメルトナ姫は、二人でスマホの画面を見ながら話し始めた。
……勿論、ノヴェトには姫の言葉は、ほぼ聞き取れていないが。
その様子を見て、ミシュとスアリが小声で話す。
「よし! ……うまくいったな」
「ああ、これでしばらくは、我らも平穏だな……」
肩を撫で下ろし、遠い目をした二人だった。
*
一行は、イベント会場の外にいた。
食べ物屋などの出店があり、人でごった返している。
「ねぇねぇ、こっちも食べてみなよ。……ね? 交換」
「うん。……はい」
「ちょ、カ、カゲチヨ様⁉︎ そ、その食べかけは私の方に‼︎」
アキラ、カゲチヨ、エミリーの3人。
出店で買った食べ物を巡って、またわちゃわちゃと繰り広げている。
「ああー、良い天気でござるなぁ」
「そうですねぇ。はぁー」
女魔王とコジロウは空を見ながら、つぶやく。
「まっちゃんらも、貰った薬効いたみたいだな。……俺も、ホントに二日酔い、殆ど無くなったわ。まぁ今日は、まっちゃんとこは出店なしで、コスプレだけだし。死んでても問題ないだろうけど」
「もう全然大丈夫でござるよ。……ありがとうでござるよ、メルトナ殿」
女魔王のお礼に、にっこりと笑顔を返すメルトナ姫。
そしてミシュは、まるで自分のことのように、胸を張って言う。
「そうだぞ。ちゃんとありがたく思えよ! これは、女神様直々に処方されたお薬なのだ。まぁ、あの方も相当やられていたから、自分用のついでに、なのだが」
「……BBAの薬かよ。まぁ、効いてるから文句は言わんが……」
「……そ、そうでござるな。拙者も不用意に飲んでしまったでござるが……。ま、大丈夫でござろう!」
あの女神なら、毒でも盛りかねないとは思いつつ。
飲んでしまった以上、すでに後の祭りなので深くは考えないようにした。
「しかし、随分と大きな会場なのだな。……魔王領ではこれが普通なのか?」
ミシュは、イベント会場の大きな建物を見て言った。
なぜならそれは、女神神殿よりもずっと大きなものだったからだ。
「普通……、ではないでござるよ。こちらでも、一二を争う建造物でござる」
「そうか……。だが、そんなものを、こんなイベントなんぞで使っていて良いのか? 先ほど、中を見て歩いたが……。たしかに文化としては、よく出来ている。内容については、ちょっと理解出来ないが。ただ、その中にも、どうしてこんなものが? というものもある。たとえば、あのよく分からない粘土細工など、到底人前に出すような代物ではあるまいに」
「あの粘土! ボクも作ってみたいと思いました! ……えへへ」
ニコニコと食べ物を頬張るカゲチヨ。
実はカゲチヨ、その不細工な粘土細工に興味津々だった。
「ふぅむ、なるほど。たしかに人前に出すには、ある程度の出来、というものは必要でござろうな。ただこのイベントは、プロが作品を発表し、販売する。というだけでは、ないのでござるよ。実は、魔王領では殆どがニートで、みんな暇を持て余しているのでござるよ。だから、こういう素人の展覧会も、大事な催しなのでござる」
「……暇つぶしか。オマエたちも、昨日は出店していたんだったな」
「暇つぶしと言ってしまうと、身も蓋も無いでござるが。でも、何かを作るということは、破壊することよりも、ずっと難しいことでござる。それは何よりも、誇り高く尊い。だからカゲチヨ殿も、何か作ってみると良いでござるよ。そして、イベントで出してみるでござるよ」
「ええ⁉︎ ボクの……? む、無理ですよ……」
「出来が良いかどうかは、この際良いのでござるよ。それを通じて、交流するのが大事なのでござる。そして、もっと良いものが出来上がれば、更に良い。大事なのは、とにかく初めてみることでござる。最初から完璧な人なんて、いないでござるから」
女魔王は遠くを見つめる。
青い空に、鳥たちが羽ばたいていく。
どこまでも高い空は、どこまでも続いていくのだろう。
「……さて。俺は、コスプレ見に行こうかな。魔族っ子の……、ぐふふ」
「良いでござるがお触り厳禁でござるよ。勇者氏、出禁になるでござるから」
「わ、分かってるよ……」
*
一行は、会場内のコスプレエリアまで来ていた。
「おお! こ、これは……っ⁉︎ …………大行列だな……」
ジルダとジーナの、魔族っ子双子コスプレは大盛況だった。
撮影の順番待ちが発生していた。
「うーん、こりゃだいぶ、待たないとダメなやつだな……」
「すごいです……」
ノヴェトが肩を落とす隣で、カゲチヨはキョロキョロとしていた。
その時、背後から声をかけられる。
「あら? ……カゲチヨきゅん?」
それは魔族女性のロレッタ。
相変わらず、爬虫類のような鋭い目は、すぐにでも捕食されそうだ。
後ろには、エルフ女性のロザリーとリゼットもいる。
「……ひっ⁉︎」
反射的に体を強ばらせるカゲチヨ。
若干トラウマになっているようだ。
「……ご機嫌よう、魔王様。……して、その子たちは一体?」
ロレッタは、メルトナ姫らを捕食しそうに見ている。
「ああ……、そうでござるね。女神領からの視察団、……でござるよ。女神派筆頭貴族・ダネト家当主、メルトナ殿でござるよ。二人は従士のミシュ殿とスアリ殿でござる。仲良くするでござるよ」
「へぇ、そう……。これはこれは、お初にお目にかかります。ボクは、魔王軍幹部のロレッタと申します」
「こ、これはご丁寧に……」
ミシュは、ロレッタの独特の雰囲気に、言い知れぬものを感じる。
そして、何かに気付く。
「……ん? ロレッタ……? 聞いたことがあるような……。ハッ⁉︎ まさか『死神のロレッタ』……⁉︎」
「ああ、うん。そう呼ばれてるみたいね。どうしてかな? ……ボク、こんなに可愛いのに」
ニコッと笑うロレッタ。
『死神のロレッタ』。
大鎌を携え、彼女は単騎で集団へと飛び込む。
彼女のあとには、大量の血溜まりしか残らないという。
後ろのエルフ女性二人も、挨拶をする。
「こんにちわ! 同じく幹部のロザリーです。よろしくお願いしますね!」
「リゼットにゃん! あたいら、きゃわいいエルフっ子だにゃん!」
ニコニコと、笑顔を振りまくエルフっ子たち。
その距離感に、戸惑うミシュたち。
「ああ、ど、どうも。……ん? そちらの名前も聞いたことが……?」
「も、もしや、『串刺しのロザリー』に、『墓標のリゼット』では……」
スアリは、ミシュにつぶやくように言った。
『串刺しのロザリー』。
彼女の弓は遠く離れた者も、意図も容易く貫通する。
一本の矢で複数人を死に至らしめたという。
『墓標のリゼット』。
彼女の弓は強弓。
矢を穿たれた相手は、その場に打ち付けられる。
それは墓標のようだったという。
彼女たちが同じ戦場に立てば、矢が雨あられと降り注ぐ。
そこにひとつの生命も残らない。
女魔王は、ミシュたちの様子を見て心配する。
「どうしたでござる? 気分が優れないでござるか?」
「い、いや……、心配ない。大丈夫だ。……ところで、あちらの魔族も貴様の配下なのか?」
ミシュは、向こうにいるジルダとジーナを指差した。
女魔王は指の先の、二人の女性を見る。
「え、ああ。そうでござる。幹部のジルダちゃんとジーナちゃんでござるよ」
「……なっ⁉︎」
ミシュとスアリは小声で話し出す。
「お、おい……、えらいことだぞ。あっちの二人は、よりにもよって……」
「ああ、『首狩のジルダ』と『殺戮のジーナ』とは……」
『首狩のジルダ』と『殺戮のジーナ』。彼女らのその……、以下略。
女神派陣営の二人は、戦々恐々とする。
何も知らないメルトナ姫は、カゲチヨと一緒にニコニコと会場を眺めていた。
*
その晩。女神神殿。
「で……? アンタら、なに? ……普通に遊んで帰ってきたわけ?」
女神はご立腹だった。
「えっと……、遊んできたというか……。視察してきたというか……」
しどろもどろのミシュ。
となりにはスアリ。
メルトナ姫はいない。
「私が言いたいのは分かるわよね? 相手は敵なのよ? ……まったく、何で私を連れて行かないのよ。カゲチヨきゅんも来たんでしょ⁉︎ なんでよ⁉︎」
女神には、敵云々よりもカゲチヨの方が大事だった。
「……オイ、あれを」
スアリは、ミシュに小声で伝える。
「お、おお! ……そうだった」
「な、なによ……?」
「こ、これを、お納め下されば……」
「ああん? なによ、お土産で機嫌とろう、った……、って……、きゃわん⁉︎ カゲチヨきゅん⁉︎ ……はあぁあんキャワイイ‼︎ ひゃああああああああ‼︎」
奇声を発する女神。
それはカゲチヨとの記念写真だった。
「……って、アキラちゃんもいるのね。私のカゲチヨきゅんに、なんてことをっ‼︎ ……楽しそうだわね。まぁいいわ、たまにはね。たまには。カゲチヨきゅんのこの程度の浮気なんて、女の甲斐性で許してあげるわ」
「……そして、もうひとつ」
ミシュは何かを取り出し、すっと女神に献上する。
「……何よ? カゲチヨきゅん……、じゃないわね。何の本よ、要らないわよ」
「その……、あちらの会場で販売されていたものを、購入して参りました。おそらくは……、女神様なら喜ばれる内容かと……」
「ふぅん……」
パラパラと本をめくる女神。
「漫画……、というやつね、ふぅん……」
「そ、そうです。あくまでも……、敵方を知る上での、重要な資料の一つ、ということで……」
「ほう……、おねーさんが……。なあに、この小さい子。この坊や、ちょっと生意気じゃない? それが……、ふぅん。こうなって、……あらいやだ。なんて……、うわ……、ちょ、な……、ひゃ⁉︎ ふぅむ……」
文句を言いながら、だんだんじっくり見始める女神。
「どうやら、『おねショタ』というジャンルな様ですが……。女神様、いかがでしょうか……?」
「……ダメね」
「はっ⁉︎ ……そ、そうですか……」
「これ、なんだか、中途半端に終わってるじゃないのよ! 上巻って書いてあるわよ? なぜあなたは、下巻を買ってこないのよ、グズね! これじゃ、続きが気になって、寝られないじゃないのよ‼︎」
「ははーっ‼︎ も、申し訳ございません。……次の巻はおそらく、まだ出ていないのではないかと……」
「そ、そう……。分かったわ。次巻が出てたら、買ってきなさい。……だけど、言っておくわね。あなたたちは魔王領へ遊びに行くのではないのよ? 行くなら行くで、きちんと敵情視察しなさい」
「ハッ! 承知致しました」
「それと……、おね……、ショタ? ……だったかしら? 他にもあったら買ってきなさい」
女神派は、ちょっと恥ずかしそうに言った。
そして、その夜。
女神の枕元には、献上された薄い本と、カゲチヨの写真が。
彼女は、カゲチヨの夢を見たらしい。
そして、ノヴェト宅のカゲチヨ。
未だかつてないほどに、物凄くうなされていたという……。