第11話 憂う雫の姫君
数年前──────
それは女勇者ノヴェトが、まだジンノスケと名乗っていた頃の話。
まだ魔王とは出会っておらず、『変わルンルン』も開発されていない。
彼は、男として普通に冒険していた。
周りには3人の女性がいた。
彼女たちは、ジンノスケのパーティメンバーたちだ。
「さぁ、ジンノスケ殿。お茶が入りましたわ。……さぁさ、姫様もこちらへいらして」
「お、おおう。いやでも、オマエ。こんなところで、茶って……」
そう言いながらも、ジンノスケはティーカップを受け取る。
良い香りだった。
詳しくないジンノスケにも、相当に高い茶葉なのだろうとすぐ分かる代物だ。
そして、隣に座る女性。
彼女もお茶を一口、ふぅっと暖かい呼気が漏れる。
それは、暖かな木漏れ日が注がれる、昼下がりであった。
……だが、目の前には血塗れの野獣が。
「いや、うん。そのなんだ。日常って大事な。……けど、精神落ち着かせるためだけに、毎回手間かけてお茶入れてんじゃねぇ! なんだかもう、すごい大変‼︎」
よく見ると、隣の女性の手が震えている。
彼女は血が苦手だった。
「というか、オマエらもう家に帰れ。俺は託児所じゃねぇんだ‼︎ これから魔王倒しに行くんだよ‼︎」
この女性たちは、3人とも10歳であった。
実は……。
魔王討伐の旅に出たジンノスケだが、女神神殿を出た時は無一文だった。
生活力のない女神にその辺の気遣いがあるわけもなく。
支度金のようなものも一切無かった。
もちろん、ヒノキ製の棒すらもない。
着の身着のままで異世界に放り出されたジンノスケ。
彼は、とりあえず近所の貴族へ金の無心をする。
追い返される覚悟であった。
ところが、魔王討伐の旅だと言うと快く活動資金をくれた。
だが、問題はそこからだ。
貴族の邸宅を出ると、なぜか小さな女の子まで付いてきた。
彼女はその貴族の娘で、同い年の女従者を2人連れていた。
その時は、さすがに一度戻り、その貴族の親元に返そうとした。
だが、そこの当主は……。
「獅子は、可愛い子を千尋の谷に突き落として、旅までさせると言うではないか。無茶苦茶だよねぇ? 酷いよねぇ? でも、それでも私は涙をグイッと飲み干して、娘を送り出しちゃう。もちろん娘のためにね。もしも魔王を打ち倒し、世界を救ったならば、其方は救国の英雄だ。その際は、儂の娘のお婿さんにしてやらなくもないぞ? ……倒したら、ね。倒したら」
……と、半ば強制的に引き取らされた。
そんなこんなで、こんな子供を危険な旅に同行させる羽目になってしまう。
そのあと、ジンノスケはしばらく彼女たちを護衛しながら旅を続けていく。
ただその旅は3人の子供……というより、ほぼ姫に振り回される旅であった。
立ち振る舞いは貴族らしく、威厳たっぷりの『メルトナ姫』。
女神派筆頭の貴族『ダネト家』の御息女であり、正統継承者。
だが、元来気が弱く、異様に声が小さい。
また、血が苦手で、戦闘そのものに向いていない。
だが、同行している従者の方はとにかく優秀だった。
従者の『剣士ミシュ』。
姫とは同い年だが、かなりのしっかり者ですべての家事を卒なくこなす。
剣の腕も立ち、大人が相手であっても決して引けを取らない。
もうひとりの従者の『傀儡士スアリ』。
彼女も同い年で少し血の気は多いが、優秀な『傀儡士』兼『魔導器使い』。
体長2mほどのゴーレムを巧みに操る。
そして先ほど、野獣に襲われてしまう。
ジンノスケが難なく叩き潰したのだが……。
血を見た姫が気分を悪くしたために、いつものお茶会が急遽行われた。
ジンノスケも最早、すでに本日何回目のお茶会かは覚えていない。
「姫さま……、落ち着きましたか?」
「……ぶ…………そ……」
「え? なんて?」
メルトナ姫の言葉を、聞き返す剣士ミシュ。
「……い……」
「そうですね、では行きましょうか。さぁジンノスケ殿、先を急ぎますよ。私たちには、魔王討伐という使命があるのです‼︎ こんなところで、お茶を楽しむ時間なんて無いんです‼︎」
「お茶用意したの、オマエだけどな。……まぁいいや。メルトナ、もういいのか? 大丈夫か? 無理ならそう言え」
「……た…………ぶ……」
「ん?なんて?」
姫の言葉を聞き返すジンノスケ。
「貴様‼︎ 姫様の言葉を聞き返すな‼︎ 無礼であろう‼︎」
「……いや、さっきオマエも聞き返してたじゃん……」
「……し…………ぶ……」
「ん? なんて?」
姫の言葉を聞き返すミシュ。
めんどくさいので、もうツッコまないジンノスケ。
「姫様はもう大丈夫です。さぁジンノスケ殿、行きますよ」
「んー? ああ、じゃぁ行くか」
ジンノスケは立ち上がった。
ミシュたちはティーセットを片付けている。
ジンノスケの目に、ふとメルトナ姫が映る。
胸の前で必死に、手の震えを押さえつけようとしているのが見える。
そして、それをミシュには見えないようにしていた。
ジンノスケは、メルトナ姫の前に立つ。
……見上げる姫。
「いいのか?」
ジンノスケの問いかけに、コクンと頷くメルトナ姫。
「……そうか。よし、行くか」
ジンノスケはメルトナ姫の頭を、ポンポンと優しく撫でるように触れた。
「……い……」
「オマエはもうちょい大きい声で喋れ。みんなちゃんと聞いてくれてるだろ?」
また頭をポンポンと撫でる。
「……す…………き……」
「ん? ……なんて?」
聞き返すジンノスケ。
「姫様の言葉を聞き返すなと、言ってるだろうが‼︎ さぁ、準備できましたよ、姫様行きましょうか‼︎」
そうして4人はしばらくの間、また旅を続けていった。
……途中、ジンノスケが逃げるまでは。
*
──────そして、現在。
「……というわけだ。思い出したか⁉︎」
右の女性士官・剣士ミシュは、女勇者ノヴェトにビシッと指を突きつける。
ミシュは、ノヴェトと姫との過去の記憶を、いい話風にアレンジして語った。
おかげで、ようやっとノヴェトも、彼女たちが誰なのかを完全に思い出せた。
「思い出したは思い出したけどよぉ……」
「なるほど、彼女たちは当時、まだ小さかったのござるな。面影はあっても、成長期だと結構変わってしまうでござるからー」
「そうだったのですね。ノヴェト様が引率されているなんて、今の姿からは想像つきませんが」
女魔王とメイド女性エミリーは、うんうんと頷くように話を聞いている。
「そうそう。俺の記憶だと、こーーんな小っこいイメージだったし。手間のかかるガキだったなー、ぐらいの記憶しかねぇわ」
「ガキだと⁉︎ 無礼な‼︎ 可愛らしいお子様だったろうが! 特に姫様は、それはもう、食べちゃいたいくらいに可愛らしかったぞ‼︎」
喚くミシュ。
堂々としたポーズを変えずに、ほんのり顔を赤らめるメルトナ姫。
「というか、その話のどこに許嫁云々が出てきたんだよ?」
「はぁあ⁉︎ まだ思い出せないのか⁉︎ ダネト家前当主、リファル様のお言葉を⁉︎ 『儂の娘のお婿さんにしてやらなくも……』と言ってるではないか⁉︎」
少し考えるノヴェト。
「……それは言われたような気がする」
「ほら、覚えてるではないか‼︎」
ミシュは、なおもノヴェトを問いただす。
「でもそれ、魔王倒したら……、って話だったろ。……俺、倒してないし。ほら、ここにいるし」
「……は? ……え⁉︎ せ、拙者でござるか⁉︎ ……ちょ、え? ちょ、勇者氏、なんかそれだと、拙者が悪い感じになるでござるよ‼︎ やめるでござる‼︎ 拙者関係ないでござるよ‼︎」
急に話の矛先が飛んできたため、女魔王は狼狽えた。
想像以上に。
「……くっ‼︎ 魔王め、どこまでも姑息な……っ‼︎」
ミシュは唇を噛む。
「ちょ、ご、誤解でござるよ‼︎ …………えー、ちょっと……。ちょっと、これはないでござるよ……」
「まぁ、倒したとしてもだ。その条件を満たしてたとしても、どちらにせよ、俺には関係のない話だ」
「はぁ? ……ど、どういう意味だ?」
ノヴェトの言葉の真意を、理解できないミシュ。
「俺は、ガキには興味ねぇ‼︎‼︎‼︎」
「「……は?」」
一様にポカーンとするノヴェト以外の全員。
「俺は、ボンキュボンが良いんだよ。なんで、年下のまな板……」
「ちょ、やめるでござる‼︎ そ、それは思っていても、今は言ってはいけないやつでござるよ‼︎」
「つったって、しょうがないじゃん。個人の趣味はさ……」
「許嫁ですって登場したのに、興味ないって言われる方の身になるでござるよ‼︎ ……気まずさがオーバーキルするでござるからーーーー‼︎」
わちゃわちゃと揉めるノヴェトと女魔王は、そっとメルトナ姫を見た。
堂々した威厳のある彼女は、一切そのポーズを変えない。
「……ひ、姫様……? えっとぉ……?」
姫の左右にいた二人の従者・ミシュとスアリは、側でオロオロとし始める。
すると姫の表情は、次第に苦虫を噛み潰したように変わった。
そして、熱いものがポロポロと頬を伝い始めた。
「ああ‼︎ 姫様‼︎ こ、これは違っ‼︎ 違っ、……くて……っ‼︎ そういうあれじゃなく……っ‼︎ ……なぁっ⁉︎」
「……へあ⁉︎ ……あ、ああ、そう‼︎ そういう、あれじゃないんです‼︎ そう‼︎ 姫様‼︎ ……こ、これは大丈夫‼︎ 大丈夫なやつです‼︎ これは大丈夫なやつ……っ‼︎」
カッコイイポーズのまま、ポロポロと泣くメルトナ姫。
お付きの二人の従者たちは、もう在らん限りに狼狽える。
小声で話す女魔王。
「い、いや……これは酷でござるよ……、勇者氏ぃ……。あんまりでござるよ……」
「え? おれが悪いの⁉︎ なんで⁉︎」
「なんで、って……。勇者氏ぃ……」
女魔王は引いている。
「ひどいですね。ちょっと引きますね……」
エミリーも引いている。
「え、エミリーちゃんまで⁉︎ そ、そんなに?」
ポロポロと泣くメルトナ姫は、濡れる頬を手で拭おうとする。
そこにすかさずハンカチを渡すミシュ。
「姫様、……こ、これを。これをお使いください」
ハンカチを受け取ったメルトナ姫は、ハンカチに顔埋める。
そのまま肩を上下に小さく震わせた。
「……貴様」
姫のその姿を見たミシュは、つぶやく。
「貴様あああああああああ‼︎ よくもおおおおおおおおお‼︎‼︎」
激昂するミシュ。
「よくも‼︎ よくもおおお‼︎ 姫様を傷付けたなああああああああ‼︎ 許さんぞおおお‼︎」
同じく激昂するスアリ。
「いや……、許さん言われても……」
「黙れ‼︎ ……スアリィ‼︎」
「分かってる‼︎ エルゴイッッツォ‼︎ 無礼者を叩き潰せっっっ‼︎」
体長3mもの巨躯が動き出す。
その動きは、想像を遥かに超えるほどに俊敏だった。
左足で激しく床を蹴ると、床が破損し、粉塵が巻き起こる。
しかもそのたった一歩で、もうノヴェトの目の前に瞬時に移動していた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオン‼︎」
それは唸り声のように聞こえるが、おそらくは風の音。
あまりにも早過ぎる巨躯は、空気を巻き込んで、荒ぶる一撃を食らわせる。
そして、その打ち下ろした拳は、床を粉々に砕いた。
ノヴェトはその動きに一瞬遅れをとるも、なんとかギリギリで躱す。
「逃がさないっ‼︎ 追撃しろ‼︎ エルゴイッッツォ‼︎」
スアリの声に反応するように、的確にノヴェトを追い詰めていくゴーレム。
その追撃の拳は、今度は壁に垂直に打ち付けられた。
ゴーレムの大柄の身体の影に隠れ、スアリからは死角。
ノヴェトは、ゴーレムの足元の方へ身を捩ってなんとか躱した。
「危ねぇ危ねぇ。ゴーレムの弱点くらい知ってるぜ。オマエが操ってる以上、オマエの視覚外には対応できねぇんだろ?」
「く……っ⁉︎ 姫様を傷付けた、裏切り者の分際でえええええ‼︎」
怒りの収まらないスアリ。
……だが、ここで予想外のことが起きる。
ゴーレムの一撃によって、崩れた壁のあたり。そこに人影があった。
「はわわわわ……」
「……い、いやあ、軽く死ぬところだったねぇ……。あははは、死にかけるとホントに笑ってしまうものなのだね、まったく……。いやもうホントに死ぬかと思った……」
それは、カゲチヨ少年と『アラガウモノ』コジロウだった。
*
少し前に、時間は戻る──────
それは、カゲチヨの元に、コジロウが現れた時のこと。
「さて……」
「あの、ここからどうやって逃げるのですか?」
コジロウは、カゲチヨを縛る鎖をあっさりと解いた。
だが、部屋には鍵がかかっているし、見張りもいるだろう。
そもそも、どうやってコジロウが侵入してきたのかも不明なのだが。
「ん?ああ、それなら心配しなくてもいい。私にはその術があるのだよ」
「術? 通り抜けたり……、ですか?」
「通り抜け……?」
「はい。扉には鍵がかかっていますし、見張りもいます。普通の方法では入ってこれないかと……」
「え? 普通に入ってきたよ?」
「……?」
「ああ、普通に、……ではないか。使ったのさ、忍術を。『隠遁・影隠れの術』だ」
「は、はぁ……」
「これから『隠遁』を使う。ただ、弱点があるんだ。これがかかった後は、大声を出してはいけないよ? 術が解けてしまうからね」
「はぁ……?」
「よぉーしいくよ? エクトー……、シレノマーデ……、ヴァノエク……」
そう言うとコジロウは、聞いたこともない呪文のようなものを唱え始めた。
そのままコジロウは、ひとしきりよく分からない文言を唱えていった。
「……世界の闇よ、混沌の王よ、この身に宿し千里の獣よ。今こそ顕現し、その衣を授け給え。オゥラクワー・セルエトー……」
コジロウのその静かな声によって、不可思議な現象が起こる。
辺りの薄闇が集まってくる錯覚と共に、空気に薄い膜のようなものができる。
それはカゲチヨらの周囲を、薄っすらと舞う。
そして、その空間だけを断絶するような視覚現象を起こした。
「『隠遁・影隠れの術』っ‼︎ キェイ‼︎」
コジロウがそこそこ大きな声で叫び、決めポーズをした。
だが、その決めポーズのあとに、薄い膜のようなものも瞬時に消滅した。
「あ! ……しまった。大きい声出しちゃった」
「え?」
「もう一回やるね。今度は詠唱なしで。オゥラクワー・セルエトー……、『隠遁・影隠れの術』」
コジロウは小さな声でそう言うと、再び薄い幕が発現した。
……と、その瞬間。
扉の鍵が外され、扉が開け放たれる。
部屋に見張りの男が入ってきたのだ。
おそらくはコジロウの大声のせいだろう。
カゲチヨの身体は強張り、声を上げそうになった。
だが、コジロウに手で口を塞がれる。
「オイ‼︎ なんだ⁉︎ 今、カゲチヨくんの声じゃないのが……、聞こ……、え……、て? ……あれ? カゲチヨ……?」
だが、あたりを見回しても誰もいない。
少なくとも、男の目には何も見えなかった。
カゲチヨからは、見張りの男がキョロキョロしているのが見えている。
コジロウは、カゲチヨの口を押さえているし、二人は男の目の前にいる。
だが、男は気が付かない。
「ま、まずい! まずよぉ〜‼︎ 違っ、違う‼︎ 探さないと……。どこ、どこ行った⁉︎ カゲチヨくん‼︎ 困るよ‼︎ あああ‼︎ まずいまずいまずい……、あああああああああ‼︎‼︎」
見張りの男は、カゲチヨたちに気付くことなく、走って出て行ってしまった。
扉を開けたままで。
「さて行こうか。大きな声や音には気をつけてくれよ? 魔法が解けてしまうからね。いや、忍術ね、忍術。これ、隠遁・影隠れの術だから。魔法じゃないから」
「は、はぁ、すごいです……。消える魔法ですか? 便利ですね?」
「あー、消えてはいないよ。ひどく気付きにくくなる、って感じかな。触られたらバレちゃうし、大きな音や声もダメ。あと、走るのもダメ。ゆっくりね。……というか、忍術ね、忍術」
「はい、……分かりました」
「よし、じゃあこのままゆっくりと歩いて行こう。敵さんのど真ん中を、……歩いてね」
コジロウはニヤッと笑った。
「あの……、魔……、忍術って詠唱が必要なんですよね……? どうして2回目は要らなかったのですか?」
「え? 2回目? だって、何回も言うのめんどうだし」
「……」
カゲチヨはツッコむのを止めた。
*
そして再び現在。
エミリーはゴーレムの横を抜け、カゲチヨの元へ一目散に駆け寄った。
「カゲチヨ様‼︎ ……お怪我はっ⁉︎ ……どこも?」
「だ、大丈夫です。エミリーさん、ボクは大丈夫です。だから……」
エミリーは心配のあまり、必要以上にカゲチヨの身体をベタベタと弄っている。
「いえ、お身体に擦り傷でもあったら……、こ、こ、こ、こんな、う、う、う、薄布で……。ああ、も、もう、なんかもう‼︎ なんかもぉう‼︎」
「へぁ⁉︎ いやもう大丈夫なので! えっと、その、へ、変なところを触っ! ひっ! ちょ! エミ、エミリーさん⁉︎ ちょ、エミリーさん⁉︎ 聞いてます⁉︎」
「ひぃあああああああああああああああああああ‼︎」
エミリーは奇声を発しながら、カゲチヨを抱きしめた。
それは、プログラムなどではなく。
彼女の中に芽生えた、真の愛情からの行動だった。
……たぶん。
「うわっ! エ、エミリーさん! く、苦しいです‼︎ あ! ちょ、触ってます‼︎ お尻! 触ってます‼︎ だ、大丈夫なので‼︎ 身体は大丈夫なので‼︎」
「だ、ダメです‼︎ も、もっと徹底的にお調べしないと‼︎ もっと入念に‼︎ もっと全部を‼︎」
「なぁああああああ‼︎ エミリーさぁん‼︎ やあああああああ‼︎」
その様子を側で見ていたコジロウ。
「いやはや、モテる男はツライな。カゲチヨくん」
少し離れたところのノヴェトと女魔王。
「……心配させやがって」
「良かったでござるな、カゲチヨ殿。拙者、ちょっとホロリとしたでござる」
エミリーの魔の手からは、誰もカゲチヨを助けなかった。
「……オイ、オーイ? こ、これいいんだよね? やっていいんだよね? ……エルゴイッッツォ、やれ」
状況に困惑するスアリ。
そのスアリの声で、ゴーレムが再び動き出す。
今度はカゲチヨを狙う。
だが、コジロウはあっさり避ける。
カゲチヨもエミリーに抱き抱えられ、その一撃を回避する。
「くっ‼︎ カゲチヨ様を狙うなど、卑劣な‼︎」
「いや、こっち無視してんじゃないよ。姫様を泣かせた無礼者たちは、生かしておかないからね?」
「カゲチヨ様、大丈夫です。あんな土塊の木偶のぼうなど、指一本たりとも触れさせはしません」
「ああん⁉︎ 貴様、魔王の人形か? ……ははは、着せ替え人形如きが、私のエルゴイッッツォに勝てるわけないだろうが‼︎」
カゲチヨを何とか発見するが、目前には巨大なゴーレムが立ちはだかる。
「簡単には、逃げられそうもないでござるな。勇者氏、ここはなんとか隙を……」
「ダメだぜ、まっちゃん。俺は頭にきてんだ。……この神殿を奪うぜ。もう許さねぇ」
「何を言ってるでござる‼︎ カゲチヨ殿は奪取できたのでござる。今はさっさと……」
だが、その瞬間、入り口の扉から大量の兵士たちがなだれ込んできた。
……とほぼ同時に、大きな爆発で扉が吹き飛んだ。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎」
外で暴れていたオーガが乱入してきたのだ。
兵士たちは悲鳴を上げながら、逃げ惑っている。
もはや、場は収拾がつかないほどに大混乱となった。