ソングとチーネ
巨大なカワゲラの背中に乗って空を飛ぶソングとチーネが、水壁からこぼれ落ちた魚を空中で銛を突いて獲っている。
(精霊の地の川底に棲むカワゲラは幼虫から成虫になると四枚の羽が生え、2メートル程となり空を飛ぶが、妖精しか乗りこなせない。)
胴体の前に跨ったチーネが触角に装着した紐で操縦し、ソングはその後ろに立って銛を構えて魚を狙う。
「しかし、何度見ても不思議だ」
垂直に切り立った海の絶壁はナイフで切り取ったような断面で、自然の水族館みたいに水中を泳ぐ魚影が太陽の光で輝いて見えた。
「違う世界だから、こっちには入れないのさ。でも、稀に落っこちんだよ」
チーネがカワゲラをコントロールして水壁に近寄ってソングに教えている。五年前、人間界からソングがこっちの世界へ来て指南役を任され、剣術だけでなく精霊界の歴史から暮らし方まで面倒を見ていた。
「新鮮でめちゃ美味いから、神に選ばれた魚かもな?」
「いや、落ちこぼれ魚さ」
水壁を横切る魚はアーズランドの世界を素通りして、対面の水壁へ侵入して何事もなかったように泳いでゆくが、ごく稀にこっちの世界にこぼれ落ちる。
大空も透明なドームの壁で途切れているらしく、雲の半分が反対側の空間に伸び、合わせればピッタリ一致した。
「おっ、デカっ」
ソングが大きめの青魚が水壁の断面から顔を出して、水の膜をぷくっと膨れさせ、ラップを突き破るようにぽろっと落ちるのを発見して銛を打つが、重くて刺さった瞬間にカワゲラが傾き、ソングがチーネの後ろから抱きついた。
「危な」
「コラっ、胸触るな」
「アハッ、こっちはちっちゃ。チーネ。ちゃんと飛ばせよ」
チーネはキルトの花柄を織り込んだ肩空きの服を着ていたが、胸は甲虫の緑色の胸当てをし、青い厚手のスリットを腰に巻き、薄手の赤いスカートと紐状のパンツを穿いている。(動き易さを重視しているのだが、かなりの露出度であった。)
ソングがチーネの胸当ての下に手を潜らせて柔らかい胸を揉んで幸せの笑みを浮かべると、カワゲラのバランスを立て直したチーネが肘打ちを喰らわせた。
「生意気ね。ガキのくせに」
「うわー。やめろ」
銛の先に魚を付けたまま、ソングがカワゲラから仰向けに落下し、それを見てチーネとカワゲラが笑った。
光り輝く海原をカワゲラが滑空し、水を掻き分けて海面に浮き上がったソングが手を振ってチーネに謝っている。銛は手放さず、獲った青魚も逃げられてなかった。
「ごめんチーネ。早く帰ってこれ、食べようぜ」
「いいけど。今度、変なことしたら叩きのめすわよ」
チーネがそう注意してから、手を伸ばすソングを引っ張り上げてカワゲラに乗せ、魚を籠に入れさせると、ソングの濡れた手を自分の腰にまわさせた。
「しっかり掴まってなさい」
そう言ってカワゲラを急上昇させ、海風を受けながら陸地へ向かう。
『甘い小麦の香りがすんだよな』
ソングはチーネの黄金色の髪の匂いにうっとりして、さっきの胸の感触と、今朝滝で戦った時に重なり合って落ちて直面したチーネの可愛い唇を想像した。
妖精は年齢を気にしないので不明だが、チーネはソングより身長では5センチ程高く、何かと先生としてのプライドをソングに見せ付けた。
黄金色の髪は編み込んでハーフアップスタイル。スレンダーで妖精の中でも一番強くて可愛い。ソングは年頃なのか、恋と欲情でチーネを求めている。
『なによ……?』
チーネは上空で少し揺れ、後ろから腰に手を回すソングの股の辺りが硬くなって、お尻に時々当たるのを感じたが、気づかないフリをしてカワゲラの飛行をゆっくり楽しんだ。
妖精は精霊の地の森に住んでいるが、チーネは昼食と授業を兼ねて崖の中腹にある岩室が連なるスクールへ向かう。
数百年前から妖精の子供が減り、現在、生徒はソングしかいないが、昔はこの岩室が満室になるほど勉強と剣術のトレーニングをする生徒がいたらしい。
深い渓谷が巨石の山へと続き、奥へ進むと垂直の崖が左右から迫って狭くなり、初めてソングを連れて来た時はチーネの背中にしがみ付いて目をつぶって震えていた。
「ソング、もう怖くないのか?」
「俺に怖い物なんてねーよ」
チーネの後ろで立ち上がり、両手を広げて風を全身に受けて濡れた服を乾かしているソングを見て、『少しは成長したわね』と思った。
それはある意味、性的な意味合いも含めて、ソングを男の子として意識し始めたということである。
崖から突き出た岩場にカワゲラが近寄り、空中でソングとチーネが飛び降りると、カワゲラは向きを変えて川の住処へ帰って行く。
チーネとソングはいつも使用している上階の岩室へ入り、清水が流れる炊事場で食事の用意を始めた。薪が積んであり、煉瓦を積んだ竈があった。
「ねっチーネ。なんで妖精は女性しかいないんだ?」
「教えたと思うけどなー。再度レクチャーしましょうか?」