プロローグ・絶滅の兆候
『ユグドラシルの木が枯れ、神々の国が滅び始めた時代。白鯨の群れが泳ぐ海の果てに、周囲を水壁に囲まれたアーズランド島の王国があった……』
幼い頃、ソングは母におとぎ話のようにベッドでその物語を何度も聞かされた。興味はあるのだが、まぶたが重くなり、夢の中で不思議な世界を想像した。
『美しい島の周辺には青い海が五キロ程広がっているが、その先には海水を切り取った数百メートルの絶壁があり、海の巨大なクレーターの底にアーズランドは隠されている』
父はソングが生まれた頃に亡くなり、異世界から来た勇者だと聞いているが、その姿は母が首にかけているペンダントの一枚の小さな写真でしか知らない。
『王サーディンの城は海と山を望める湖の真ん中にあり、南東には巨石と森と水の精霊の地があって、妖精の部族が住んでいるのよ』
そして母はいつもソングが目を閉じて、安らかな寝顔を見せ始めた頃にこう言った。
『あなたはいつかその異世界の島に行き、父のように戦わなければならない。でも、心配しないで……。お父さんがいつもあなたの中にいるからね』
そしてソングは母を亡くした十歳の時に、見知らぬ老人にアーズランド島に連れて行かれて、妖精の指導者に預けられた。
それから五年が過ぎ、ソングは神族の移民エミー族と妖精と共に平穏に暮らしていたが、精霊界の『クラウド』と呼ばれる瑪瑙の台座に黒い血脈のひび割れが走り、妖精の族長チャチルから不吉な予兆が告げられた。
『遂にこのアーズランド島にも魔の黒い手が伸び、精霊の地に呪いの黒い毒を振り撒かれた。生命の地底から湧き出るウルズの泉が汚されてしまったのだ』
ソングは母が語ったように、この異世界は海の水壁に守られ、異国への通り道は地底へと続くユグドラシルの迷路しかなく、ウルズの泉の最終ゲートは地竜に守られた難攻不落の国だと思っていた。
しかしクラウドの台座が危機を予言をし、王サーディンが局部から炭黒く腐り死んでしまったのである。