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推しが株式会社になったので、株主になってみた

作者: 村崎羯諦

 推しであるアイドルのたっくんが株式会社になったので、私はありったけのお金を注ぎ込んで未公開株を買いつけた。つまり私はたっくんの株主。何というかもう、幸せすぎて死んじゃうかもしれない。


 たっくんの株主になることで、色々な恩恵を受けることができる。コンサートのチケットを割引で買えたり、たっくんの人気と比例して上っていく株価を見ながらにやにやしたり、年に一度の株主総会でたっくんと記念写真を撮ることだってできる。だけど、重要なのはそこではない。重要なのは私がたっくんという株式会社の株主であること。つまり、株を通して、私がたっくんという存在の一部になれること。そして、たっくんが私のお金で活動していくということ。私にとってはそれが一番大事なことだった。


 ダンスレッスンやボイストレーニングに通うためにたっくんが株式を新規発行する。それを私たちファンが買い、資金面でたっくんをサポートする。自己投資のおかげでたっくんがさらに魅力的になる。その繰り返し。私たちはたっくんを今までよりもずっと直接的にサポートできるし、たっくんの成長を追体験することができる。これはまさに、私たちファンが望んでいた関係だった。


『目指せ、東証1部上場』


 たっくんの人気と知名度があがっていくにつれ、いつしか私たちファンの間にはそんな目標が掲げられるようになった。東証1部上場の道は果てしなく、遠い。だけど、私たちファンの愛と資金があれば、どんなことだってできる。たっくんが踊り、歌い。そして、私たちが株を買う。それを繰り返しながらたっくんはスターへの階段を一歩ずつ上っていった。初のドラマ主演、JASDAQ上場、オリコンチャート一位、東証2部上場、武道館ライブ。気がつけばたっくんは押しも押されぬ日本を代表するアイドルとなり、私たちはそのアイドルを黎明期から推し続けてきた株主となっていた。私たちファンはただただ幸せだった。もちろんこれは手持ちの株式の価値が上がったとかそういう低次元の話じゃない。これは愛の証明だった。たっくんに対する私たちファンの、愛。愛があればたっくんは日本一のアイドルになれるし、東証1部にだって上場できる。私たちみんなが、たっくんが、そう信じていた。しかし、そんな矢先のことだった。


 最近、たっくんの芸が荒れてる感じがする。私たち個人株主専用の掲示板にて、そんな話題が上るようになっていた。確かに演技力や歌唱力といった技術的な面で変わりはないが、トークバラエティやライブのMCなどで、たっくんらしくない言動が見受けられる。それは何か新しいことをやろうと模索をしているわけでもない、何かを常に気にしているような、そんな振る舞い。たっくんの最近の変化に私たちファンはどうしようもなく不安に駆られていた。


 何かがおかしい。多くのファンと同じように私はたっくんの最近の言動に不安を覚えていた。そんなある日、私はふと思い立ち、たっくん株式会社の持ち株比率公開請求を行なってみた。そして、開示結果に目を通した瞬間、たっくんの今までの行動の謎が解けた。持ち株比率の上位に名を連ねていたのは、ゴールドマン・サックス、ベイン・キャピタルといった外資系投資ファンドの名前。数年前までは見たこともなかったそれらファンドは、たっくんが有名アイドルになってから株式の購入を進めていた。たっくんはきっと、彼ら外資系ファンドを意識していたに違いない。愛ではなく実利でしかたっくんを見ていない彼らが、もの言う株主としてたっくんに血も涙もない冷酷な要求をしていたのは想像に難くない。アイドルとして付加価値に直結するテレビにしか出演するな。コンプライアンスをもっと意識しろ。そんな要求がたっくんを呪いのように縛り上げ、持ち前の魅力を発揮できずにいたのだろう。外資系ファンドの目的はたっくんを奴隷のようにこき使い、自分たちが持っている株式の価値をあげること。いや、彼らが企んでいるのは、私たちが何年もかけて築き上げてきたたっくん株式会社の買収……。


「このままだと……このままだとたっくんがハゲタカどもの食い物にされちゃう!」


 そこからの行動は早かった。私は有志を募り、たっくんの新旧ファン、もとい株主で結託して、外資系ファンドへマネーゲームをしかけることを決意した。私たち、特に古参ファンの手元には、購入当時よりも何十倍も株価が上がった株式と配当金があったし、何よりもたっくんへの愛があった。私たちは新規にたっくんLOVE株式会社という名前の会社を立ち上げ、私たちが持っている株式を新設した会社へ譲渡。そして、多くの株式を保有するたっくんLOVE株式会社からたっくん株式会社に対してTOB(株式公開買付)をしかけることにした。


 覚悟を決めた私たちの敵対的TOBに対し、外資系ファンドも度肝を抜かれたらしい。私たちファンの圧倒的愛と資金力にひれ伏した外資系ファンドはあっさりと自分たちが保有していた株式を売却してしまった。結果的に私たちのたっくんLOVE株式会社がたっくんの株式のほとんどを取得し、実質的な経営権を握ることになった。しかし、このままの状態ではいずれまたハゲタカから狙われてしまう可能性もある。私たちは議論を重ねた結果、苦渋の決断でたっくん株式会社の上場廃止を決め、たっくんを私たちファンが作った株式会社の完全子会社にすることにした。



****



 たっくんの完全子会社化から数年後。私は親会社の本社ビル最上階にいた。窓からは東京の街を見下ろすことができ、壁に設置された巨大モニターには、先月にたっくんがリリースしたライブDVDがエンドレスで流れていた。私は親会社の代表取締役の一人として、この会社の経営を担っていた。この会社はもちろんたっくんへの惜しみない資金援助を行うために存在する。しかし、たっくんを今後も守り抜くためには、強い資本力を維持する必要があった。そのため私たちファンは経営の多角化を進めることになり、結果として飲食店事業、不動産事業で成功を収めることができた。たっくんLOVE株式会社は私たちファンの目標だった東証1部上場を果たし、たっくんは私たちの会社を後ろ盾として海外展開を視野に収めた活動へシフトしている。


「社長、そろそろディナーショーの時間です」


 いつの間にか後ろに立っていた秘書が私にそう伝えてくる。すぐ行くわと返事を返し、私はモニターに映し出されたたっくんへと視線を向けた。ファンになってから何年も経つのに、たっくんへの愛は衰えを知らなかった。推しを愛すること、支えることが私の、いや私たちのファンの使命なのだ。今の私も胸を張ってそう言うことができる。これからも私たちはたっくんを愛し、そして支え続けます。私はDVDに映るたっくんの美しい姿にそう誓った。


 そして、私は高級ドレスを身に纏ったまま、本社ビルの大広間へと向かった。親会社の重役しか参加することができない、たっくんディナーショーに参加するために。

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