これからの"なろう"の形
テクノ・ブレークから転移ゲートを渡った私は、何のトラブルもなく無事に帰国する事が出来た。
これまでに、"1話ガチャ"を通じて深山氏やサクラMAX氏をはじめとする多くの方々から、貴重かつ興味深い話を聞く事が出来た。
だが、その一方でただ単に『知らなかった』で済ませてはいけない問題がこの世にはあるのだという事を、強く実感させられた。
――世界的犯罪シンジケート:"偉大なる豪傑の子供達"。
主に、古の巨人族の血を引く者達で構成されたこの強大な犯罪組織は、私が今回向かったテクノ・ブレークだけでなく、数多くの世界を根城に社会の裏で暗躍していると言われている。
奴隷の人身売買や大規模乱痴気騒ぎなど、社会に深刻な影響を与えるこの組織に、私達が生きる"現代社会"は無関心のままで良いのだろうか――。
帰国してから以降、そのような無力感に苛まれる日々を過ごしていた私のもとに、ある知らせが舞い込んできた。
その知らせとは……なんと!驚くべき事に、犯罪シンジケートの"偉大なる豪傑の子供達"に対抗する勢力がこの世界――それも、日本に存在すると言うのだ!
興奮冷めやらぬ私は入手した情報をもとに、早速現地へ向かう事にした――!!
――都内某所・???
私は絶対に場所が特定されるような情報を公開しない事を条件に、彼等のアジトに行く事を許された。
目的の場所に到着した私は、周囲に誰もいない事を確認してから、入り口で事前に教えられた合言葉を口にして、素早くアジトの中へと入れられた。
私を出迎えてくれたのは、髭を生やしたガッシリとした身体つきをした老人だった。
彼は、"アックスハンドル・ハウンド"という組織の代表にして、超絶的木こリストの樵森 繁久氏である。
"アックスハンドル・ハウンド"とは、世界的犯罪シンジケートである"偉大なる豪傑の子供達"のようなフィアサム・クリッター感溢れる犯罪組織や彼らのような者達が引き起こした事件解決に立ち向かう非営利組織である。
この組織には正規の職員といった存在はおらず、メンバーはフィアサム・クリッター的な事件の解決に協力を名乗り出た有志の者達によって、構成されている。
現在、このアジトにいるのは、代表である繁久氏の他に三人の男女がいた。
一人は、可愛らしくデフォルメされたもぐらのワッペンを肩につけた、どことなく気品のある50代くらいの白人女性。
もう一人は、長身痩せぎすかつ左目に眼帯をつけながら、明らかに只者じゃない雰囲気を放つ40代の男性が、鋭い眼光でこちらに視線を向けていた。
そして最後に、ボディビルダーのような鍛え上げた肉体に、昨今の男性なろうユーザーの間で流行っている『ダイナソー!ヤッター、ダイナソー!!』という文字がデカデカと表記されているTシャツをビチピチに着こなした、バケツヘルムを被った男性。
繁久氏の話によると、彼等三名はフィアサム・クリッター犯罪の中でもとりわけ、数多の世界で奴隷にした人達をもとに闇ビジネスを展開している"偉大なる豪傑の子供達"対策専門のプロフェッショナルなのだという。
種族に関係なく――それどころか、"なろうユーザー"すらをも奴隷にしてしまう凶悪な犯罪組織に立ち向かう彼等は一体何者なのか?
そして、何が彼等をそうまで駆り立てるのか?
筆者は、彼らに話を聞く事にした――。
――"もぐらを愛でる融和的市民の会"会長:アンナ・ドリュースタッド氏の場合
如何にもセレブ、と言った感じの女性:アンナさんは、この"アックスハンドル・ハウンド"での活動以外にも、"もぐらを愛でる融和的市民の会"という市民団体で"もぐら"という生物の社会的地位の向上並びにイメージアップのために、日夜活動している。
アンナさんは、"偉大なる豪傑の子供達"の影響力が強い地域の議会などに対して、資金援助を名目にロビー活動を行い、政治による規制法案による締めつけと資金力で抱き込んだ地元住民による反対運動などによって、犯罪組織の影響力を削ぎ落とす手法を得意としている。
「私は別に、"偉大なる豪傑の子供達"という組織に何か恨みがあるわけでも、彼等の影響下にある地域を開放して何かを目論んでいるわけでもありません。――私はただ、"もぐら"という生き物に対する皆さんの認識を、もう少し良い方向に変えたいだけなのです」
そのように、アンナさんは語る。
「ご存知の通り、確かにもぐらは丹精込めて栽培した花壇を荒らしたり、マングローブの豊かな森を切り開いて海老の養殖場を作ったりする困った性質があります。……ですが、そういった問題は全て、戦争やネットフィッシング、イキリアイドルオタク行為に明け暮れる私達地上の愚かな"人類"に対する地球そのものの怒りを、地底の奥深くからもぐらが心を鬼にしてまで、親切に教えてくださっただけなんです!もぐらは人類の敵なんかじゃありません!――むしろ、味方そのものなんですッ!!」
そう勢いよく叫ぶアンナさん。
……力説なさってはいるが、この主張がどこに着地するつもりなのか、私には皆目検討がつかない。
そんな私の想いが通じたのか、アンナさんは目をクワッ!と見開いて自身の意見を口にする。
「だからこそ、もぐらをこよなく愛し、もぐらとの融和を強く願う私のような者の手によって"偉大なる豪傑の子供達"とかいう不謹慎レベルがもぐらの数千億倍の害悪お下劣犯罪弾圧当然劣等組織を壊滅させ、多くの人々に『大丈夫、もぐらは貴方達の事を憎んでいない』、『その証拠に、私達を害する悪しき者達から地上の平和を守ってくれたのよ』と、もぐら達の温かな愛に気づかせる事が出来るのです!!――We Love もぐら!もぐら is……ナンバーワンッ!!!!」
――……うん、もぐら。ナンバーワン、ですよね……うん。
――奴隷商人:フィルムス氏の場合
長身痩せぎすかつ左目に眼帯をした、剣呑なる雰囲気を全身から放つ男性:フィルムス。
彼は現代の日本に流れ着いた、古代エジプト出身の奴隷商人である。
そんな彼が何故、"同業者"ともいえる"偉大なる豪傑の子供達"と対立しているのか――。
フィルムス氏は、こう述べる。
「俺が、"偉大なる豪傑の子供達"と戦うわけ、か……それは奴等が俺のような"奴隷商人"の領分を土足で踏みにじりやがったからだ……!!」
"奴隷商人"の領分?
私はてっきり、カプタヘブ氏が"偉大なる豪傑の子供達"の持つ奴隷ビジネスのシノギを自分が奪いたいだけなのかと思ったが、どうにも違う理由からであるらしい。
フィルムス氏は、このように述べる。
「奴隷ビジネスには、時代に即したそれぞれの"形"ってモンがある。それは名目然り、その制度を裏付ける理由ないし高尚な目的であれ、奴隷ビジネスってのは、大多数の『自分には関係ない出来事』だと思っている連中に下手な問題意識を抱かせることなく、徐々にそいつらを俺達の"商品"に出来るように無害に見えるよう巧妙な装飾と入念な工程が必要とされる事業なんだ。――俺はこの"現代社会"に流れ着いてまだ日が経っていないし、自分が時代に取り残された古い人間だという自覚はあるが、そのくらいの事なら肌身で俺は理解している……」
ゆえに、フィルムス氏は"偉大なる豪傑の子供達"という犯罪組織に憤る。
「なのに、"偉大なる豪傑の子供達"の奴等と来たらどうだ?――連中は巨人の足跡が如く各地で"違法"な奴隷ビジネスの痕跡を残しまくり、この現代という時代でもなお、大っぴらに"人身売買"ビジネスを人目も憚らずに繰り広げていやがる。――奴等は頭の中同様に、巨人種が闊歩して回っていた太古の昔から、まるでやり方が進歩してない。……ここいらでいい加減、人の住処を踏み荒らす頭の足りない巨人達は、人間の知恵によって打倒されてきた、という教訓を"奴隷商人"の流儀ってもんと一緒に奴等に叩きつけて、実地で学ばせてやろしかないだろう?」
――書籍化なろう作家:ペナルティーウォリアー・小林氏の場合
最後に私が話を伺ったのは、ボディビルダーのようなムキムキの身体つきをしたバケツヘルムを被った男性だったのだが――私はその人物に心当たりがあった。
――私の記憶が確かならば、彼の名前は"ペナルティーウォリアー・小林"。
彼は、『肉弾戦も出来る軍師系なろう作家』として有名な人物であり、豪快なパワーと華麗なテクニックを駆使した近接戦闘だけでなく、"一網打尽殲滅陣"をはじめとする数々の多彩な戦略で自軍に勝利をもたらす軍師でもある。
文武両道に優れた彼は筆力も当然の如く秀でており、なろう作家としてサイトに登録するや否や、瞬く間に処女作である戦記ファンタジーが書籍化するほど……と言えば、お分かりになるだろうか?
彼は私の疑問を読み取ったかのように、自身が"ペナルティーウォリアー・小林"本人である事を告げ、自身が何故この活動に参加しようと思ったのかをバケツヘルム越しに話し始めてくれた。
「――私がこの活動に参加したのは、"偉大なる豪傑の子供達"という凶悪犯罪組織に不当に奴隷にされている"なろうユーザー"達を開放したい、という想いもあるのだが……それ以上に、あの組織と戦う事は私だけでなく、多くの人達に利益と真の希望をもたらす事が出来る、と確信しているからなんだ」
――……多くの利益と真の希望、ですか?
「あぁ、そうとも。"偉大なる豪傑の子供達"は誰が見ても非道な"悪"の犯罪組織であり、彼等相手なら誰に咎められる事もなく私は自身が考えた新たな戦略や戦術を存分に試し、その経験をもとに『何が良くて、何が悪かったのか?』、『このような状況下では、どのような手段が最適なのか』という事を机上の空論なんかではない実地で学ぶ事が出来、それを説得力ある理論として、自作品に反映させる事が出来るんだ」
「さらに、"偉大なる豪傑の子供達"を壊滅させる事が出来たら、奴隷から開放された"1話ガチャ行為を短編コーナーで繰り返しているなろうユーザー"達からも感謝され、彼等は命の恩人である私の熱心なファンになってくれるかもしれない。固定のファンがいる強みは、私のような書籍化作家に限らず、"なろうユーザー"であるなら誰しもが分かる事だろう?」
「――そして彼らだけでなく、他の多くの世界から連れてこられた異種族の者達もなろうユーザー達同様に奴隷から開放してやれば、彼等は自身の世界に私の活躍を喧伝してくれるに違いない。……そうすれば、どれだけ人気があろうとも日本国内の市場、良くて地球内の他国までで活躍出来る場が限定されてしまっている他のなろうユーザー達を全て出し抜いて、この"ペナルティーウォリアー・小林"が、なろうのトップページに不動にして無窮たる存在として名を刻む事も夢ではない……!!」
――バケツヘルムの下に隠れていて、彼の表情を窺い知る事は出来ない。
だが、それでも現在のなろうの『殿堂入りランカー達を超えた"伝説"の存在になりたい』という目標を語る声は、紛れもない本物のように私には感じられた。
「……本音を言えば、『肉弾戦も出来る軍師系なろう作家』と持て囃されたところで、私の筆力と同等かそれ以上の者達などアマ・プロ問わず、いくらでもいる。『成功するために、手段を問わない』という点においては、異世界の奴隷ビジネスに手を染めようとした"短編コーナーで1話ガチャ行為を繰り返すなろうユーザー達"も、犯罪組織を壊滅させた功績で更に有名になろうとしている私も、本質的にはなんら変わりがないのかもしれない。――だが、だからこそ、彼等の想いの先にある"書籍化作家"という立場に辿り着いた私は、成功した人間として"アニメ化"や"印税生活"を超越した先の展望をすべてのなろうユーザー達に示す責務があるッ!!――例えこの"現代社会"という暗黒時代に生まれようとも、"なろうユーザー"……いや、人類には"輝かしい未来"を願う意思があるはずなんだ……!!」
もぐら愛好家、奴隷商人、書籍化なろう作家――。
彼等は世間一般の人々が思うような"正義"の味方ではないかもしれないが、彼等からは世界的犯罪シンジケートの"偉大なる豪傑の子供達"に挑めるだけの、確かな"覚悟"と誰にも譲る事の出来ない強靭な"意思"の力といったものが感じられた。
そんな感慨深い気持ちを胸に私は、遂に、この"アックスハンドル・ハウンド"の代表である繁久氏から話を伺うことが出来た。
繁久氏は、このように話を切り出す。
「近年はネットの発達とともに、小説投稿サイトを通じて悪意が急速に拡散される事によって、"偉大なる豪傑の子供達"のようなフィアサム・クリッター感溢れる事件や存在が、高度かつより強大化する事例が相次いで報告されています。……私がこの会を起ち上げたのも、もとは同じ木こり仲間だった長年の友人の敵をとるためでした……」
繁久氏には、木こり仲間である灘作さんという友人がいた。
灘作さんには、小学生の幼いお孫さんがおり、その子が灘作さんのもとに里帰りした時に、悲劇が起きた。
灘作さんのお孫さんは、周囲には森以外に何もない田舎で退屈していた時に、買ってもらったばかりの自身のスマホで適当に検索していたところ、この"なろう"という小説投稿サイトで当時流行っていた『パワハラ幼馴染にザマァwww!してから、絶縁する恋愛小説』ジャンルの作品を見つけてしまったのだ。
帰宅した灘作さんが気づいた時には既に遅く、お孫さんは仄暗いコンプレックスと身近な異性にマウントを取ることを娯楽として昇華した『パワハラ幼馴染にザマァwww!してから、絶縁する恋愛小説』ジャンルの作品を読み漁っており、彼から生じた悪しき瘴気に惹かれた"アーゴペルター"というフィアサム・クリッター感溢れる魔物が、森の中から姿を現してきたのだ。
灘作さんは、この魔物を呼び出す原因となったお孫さんの『身近な存在を絶縁してザマァwwwするのを娯楽扱いする想い』を精算するために、『お孫さんを生まれたときから可愛がってきた自身』という人間の身を"アーゴペルター"という魔物の前に差し出す事によって、自身の命と引き換えにお孫さんを救う事が出来たのだと言う。
「……私はあの出来事によって、長年の友人である灘作さんを失い、孫である少年も幼い心に深く傷を負う事になりました。――今、世界ではこうしている間にも、なろうという"小説投稿サイト"やその作品が持つ強大な力を巡って、このようなフィアサム・クリッター感溢れる出来事だけではない、まさに世界の存亡を賭けた闘争が絶える事なく繰り返されているんだ。……大げさ、なんかじゃない。"なろうユーザー"であろうとなかろうと、現代に生きる私達は皆、真剣にこの"なろう"という小説投稿サイトが持つ力やその影響を、自覚しなくてはならない段階に来ているはずだ」
それを踏まえた上で、繁久氏は次のように警鐘を鳴らす。
「"短編コーナーで1話ガチャを繰り返すなろうユーザー"というのは、確かに決められたはずの場をみだりに荒らす不届きな存在かもしれない。……だが、彼らのような存在を安易にサイトから排除すれば、"偉大なる豪傑の子供達"のような凶悪な反社会的犯罪組織のもとに"なろうユーザー"という存在が流れ着き、彼らが持つ力を悪用して犯罪組織がこの現代社会に牙を剥くかもしれないんだ」
「――巨人の"眼"は数多の世界を見通しており、その腕はどのような場所であろうが関係なく広く伸ばされている。彼等は、自分達が付け入る隙となる争いの火種を、あらゆる世界に忍ばせた監視網で常に探し回っている。……その原因として今回目をつけられたのが"短編コーナーの1話ガチャ行為"だったが、明日にはそれらの問題とは関わりのなかった"テンプレ論争"や"ランキング問題"で劣勢に陥った側の者達が、自陣営を巻き返すために犯罪組織と手を結んだり、もしくは彼らの奴隷として貶められる事になるかもしれない」
そのように深刻な表情で自身の意見を述べる繁久氏。
自身の過去に起きた悲劇と、これからの未来に起こり得るかもしれない不安を語りながらも、繁久氏はこのように締めくくる。
「――このまま行けば、我々の社会、もといそこで生きる全ての者達は、強大な巨人の手中にあまさず収められる事となる。まさに、管理される奴隷の如く。……我々は、このような"分断"とは異なる道を示していかねばならない」
――アメリカの伝承にある、斧のような形をした頭をしながら、人間が使用する斧を喰らうとされる奇妙な怪犬:"アックスハンドル・ハウンド"。
繁久氏達の組織名は、この怪犬のように
『人と人の繋がりを分断する"斧"を倒して、未来への活力にかえる』
という意味が込められているのだと言う。
繁久氏をはじめとする"アックスハンドル・ハウンド"という猟犬達が、"偉大なる豪傑の子供達"という圧倒的な巨人達を倒す事が出来るのか。
その答えは、今の私には分からなかった――。
繁久氏ほか"アックスハンドル・ハウンド"のメンバーに見送られながら、私はアジトを後にした。
彼ら"アックスハンドル・ハウンド"のメンバーは頼もしく、日夜奮闘しているに違いないが、それ以上に"偉大なる豪傑の子供達"という犯罪組織は脅威である。
彼等がどれだけ優秀だったとしても、少人数で"偉大なる豪傑の子供達"の対処を任せっきりにするやり方では、いずれ活動にも限界が来てしまうに違いない。
そうさせないためにも私達が今出来る事は、"純粋に完結した短編を楽しみたい人々"と"1話ガチャで自作品の連載に適した反応を試したい人々"のような、例えどれほど異なる立場や主張の者であってもともに生きられる社会実現を模索していく事が、必要とされているのではないだろうか。
確かに巨人の手は、遍く世界に届くといえるほどのネットワークや組織力があるのかもしれない。
だがそれでも我々は、ただ"偉大なる豪傑の子供達"のような"巨人"の掌に覆われたり転がされるのでなく、例え個人個人がちっぽけな存在であろうとも、零れ落ちそうになっている相手の手を掴む事が出来る存在のはずだと――私はそう願わずにはいられなかった。
「……とか、考えている内に小腹がすいてきたな。何か食うとするか」
そう思った私は、適当な定食屋に入ってから海老天丼を注文した。
どこで捕れた海老なのかは明記されていなかったため、ひょっとしたらこの天丼の海老も、もぐら達がマングローブの豊かな森を切り開いて作った養殖場で育てたかもしれない……と、文明社会の恩恵とその裏側で繰り広げられているかもしれない出来事に想いを馳せそうになっていたが、頼んでいた天丼が来た瞬間、私はすぐさま箸を掴んで、ガツガツと一心不乱に食べ始めた。




