サクラMAX氏の主張・後編
サクラMAX氏の前に、姿を現した人物――それは、人間社会に進出してきた魔族を中心とした闇組織からのスカウトだった。
その魔族の男性は、貧窮したサクラMAX氏にある提案を持ちかけてきた……。
「あの頃の魔族達は、僕ら冒険者を社会的に追い詰められるくらい、軍事だけじゃなく政治や経済的にも影響力を持ち始めていましたからね。だからなのか、各国でもいたるところで観光や事業のために訪れた魔族達の姿が見え始めていたんですが、そういった人間界に進出してきた魔族の中には、正規の魔王軍とは違う、"魔族マフィア"とでも言うべき奴等もいたんです」
――……魔族マフィア、ですか?
「"マフィア"って言っても、やってる事は魔王軍がもともとやってきた事となんら変わらないと思います。ただその頃は、魔王軍主導による『人と魔族の融和ムード』真っ最中で、『一見厳格そうだが実は親しみやすくて、いざというときは誰よりも頼れる魔王軍』というイメージを人間側に持たせたかった魔王軍の上層部が、そういうイメージに反する汚れ仕事をさせるため専用の別働隊として用意したのが、魔族マフィア達なんだと思います。……そうしておけば何か大事になったとしても、『人との融和を望んでくれている魔王軍の統制に従わない、単なる無法者達なんだな』と、人間側に思わせる事が出来ますからね」
サクラMAX氏によると、魔族マフィア達は女性に混乱魔法をかけてヘコヘコ♡媚売りダンスをやらせて見世物にしたり、極東から仕入れた"たくあん"を依頼されたターゲットに過剰に食べさせて塩分過多にさせる拷問ビジネスといった悪事を収入源としているケースが多いという。
「僕をスカウトした組織は、主に違法ポーションの密輸とか、彫刻や絵画に『実在のモデルより胸を盛りすぎたり、ムチプリ♡した感じが出過ぎていて駄目じゃないか!』とイチャモンをつけて金をむしり取る事をシノギにしていたみたいです。――組織には僕以外にも、あの時代で僕のように食い詰める羽目になった冒険者家業の人達が結構いて、彼等は自分達が倒すべき存在であるはずの魔族達――それも、"魔王軍"ともいえない下っ端の奴等に扱われる現状に、鬱屈した感情を抱えていたみたいでした」
――サクラMAXさんは、違ったのですか?
「……僕はもともとあの世界とは何の関係もない"転移者"で、守るべきモノとか果たすべき使命なんてものは本来何もなかったし、その頃になるとホームレスの食い物を奪おうとするくらいに、生きられれば何でも良かったので、あぁいう境遇に追いやった大本の原因である魔族の下につく事になろうが、別になんとも思わなくなっていました」
――……サクラMAXさんは、組織でどのような事をされていたんですか?
「今言った通り、組織の中で僕は違法ポーションを拠点の町から別の華やかな都会に持ち込む"運び屋"の仕事を任されました。あまりにも小汚い格好で見苦しかったのか、組織から提供された風呂に入れさせてもらって、久しぶりのシャワーを浴びながら、ひたすら声を押し殺して泣きました。――風呂から出ると、スカウトしてきたのとは別の柄が悪い魔族の男がいて、『風呂入るくらいで遅すぎだろ、間抜け』と、開口一番怒鳴られてから頭をひっぱたかれました。……その後に、男から人前に出る事が出来る見栄えの良い服と冒険者に偽装するための短剣をはじめとする装備品一式、それと違法ポーションが入った特殊な仕組みのアイテムボックスを支給されて"運び屋"の仕事をする事になりました」
――その密輸は、成功したんですか?
「……僕はもともと要領が悪かったみたいでしてね。僕の背後から離れて監視していた組織からの魔族2名諸共、初任務で見事向こうの警邏兵に逮捕されました(苦笑)――その後僕は、まだ初犯だった事と自発的な意思ではなく、同意したとはいえ半ば強制的にこちらの世界に連れてこられた事、そして、現状この世界にいたままでは魔族マフィアの者達から口封じや損失を出した事による恨みで命を危険に曝されるかもしれない事を考慮して、二度とこの世界に足を踏み入れない事を条件に、特別に『もといた世界(地球)への強制退去』という形で赦されました」
世界間を移動する事を可能にした高位転送魔法の起動によって、サクラMAX氏は七年の歳月を経て、ようやく日本に帰還する事が出来る事になった。
転送魔術の発動は人知れずに、秘匿された神殿内で数人の魔導師によって執り行われたので、見知った相手との見送りや餞別の別れもなく、ひたすら簡素に彼の異世界生活は終わりを迎えた。
「……まぁ、例えあの転移儀式を見晴らしの良い野外で陽射しのある真っ昼間からやっていたところで、見知った顔は一人も来なかっただろうな……とは思います。僕は、そういう関係性とかを誰とも構築してこなかったので。――結局、異世界から帰還した僕は世界を救った勇者でもなんでもなくて、ただ現代社会の流れから取り残されて浮世離れしている痛いヤツ、ってだけでした」
サクラMAX氏が異世界で過ごしたのは、およそ7年間。
高校卒業はおろか、何かの資格を持っているわけでもなく、代わりに異世界での"違法な物品の密輸"という前科のみがあるサクラMAX氏に対する世間の風当たりは冷たかった。
「世間では学生やサラリーマン、あるいは引きこもりのニートだろうと、異世界に行けた奴は向こうで大活躍して成功するのが当たり前!みたいな認識みたいでした。――でもそんなのは、なろうで書籍化するワナビくらいに一握りの存在で、僕みたいに異世界に行っても上手く行かなかった人間だって、いくらでもいるんです。――僕はその中でも、運が悪かっただけなんだ……!!」
"前科者の異世界転移者"である自分のせいで、これ以上は両親や周囲に迷惑をかけられない……と考えたサクラMAX氏は、実家を離れる事を決意。
現在サクラMAX氏は、週三で最寄りの駅構内の清掃をするバイトをしながら、細々と一人暮らし生活をしている。
「トイレ内の掃除や電気交換、構内床にくっついたガムの引き剥がしとかがメインなんですけど……でも、そういうバイトの収入だけじゃ生活がキツくて、数カ月に一度親から仕送りをもらって何とかやりくりしています」
自分の青春時代の大半を過ごした向こうの世界には二度と行く事を許されず、戻ってきた日本社会でも居場所がない。
そんな何か優れた技能を持っている訳でもない自分に取れる手段は何かを考えた時、サクラMAX氏の脳裏にある一つのアイディアが浮かんだ。
「この異世界転移した実体験を武器に、そこいらの適当な妄想で生み出されたのとは違う、遥かにリアルで一筋縄ではいかない波乱万丈な異世界ファンタジー作品を執筆して、それを書籍化して一気に有名になろうと思ったんです。――書籍化さえすれば、生活が楽になるだけじゃなくて、僕を散々馬鹿にしてきた奴等を全員見返してやる事が出来る!と、そのときは考えていました……」
けれど、サクラMAX氏がどれほど熱意を込めて作品を書こうとも、ロクに読まれずブクマもポイントも、何の評価もつかない。
評価がつかなければ、話題になる事もない。
読まれさえすれば面白くなるのに……どうして、どうして。
サクラMAX氏の中で、これまで以上に焦りの感情が肥大化していく。
「調べて分かった事ですが、もうこの頃にはなろうの異世界ファンタジー作品は飽和状態で、最初の数話でよほどインパクトのある展開で読者を惹きつけないと全く読まれる事はない。だから僕は読者に読んでもらうために、当初考えていた実体験寄りのハードな路線を辞め、爽快感だけを目指したノンストレスな展開に変更して、そして……」
――"1話ガチャ"を繰り返す行為に、手を染めていった……と?
「……日本に帰還したばかりの頃なら、僕の人生をこんな風にした原因であるなろうへの復讐、とか正当な権利みたいに考えられたかもしれません。――でも、僕は気づいたんです。何もかもが変わってしまったこの時代で、あの頃と同じまま僕の存在を受け入れてくれるのは"なろう"しかないんだって事に。――だから僕は、どんなに人から罵倒されてどんな事をしてでも、残された自分の居場所を守るために、この"なろう"から書籍化作家にならなきゃいけないんです……!!」
――……日本での生活もそうですが、現在このシンジケートに囚われている事も含めて、国に頼る事は考えておられないのですか。
「……今の政府の偉い人っていうのが、"検非違使"の絢瀬さんと、僕なんかとは違う本物の"転移英雄"である岩聖さんですからね。……いがみ合う勢力の代表である二人が手を取り合うはずもないし、どっちが政権を握ったところで、前科持ちの上に異世界で奴隷扱いされている今の僕を助けてくれるはずなんかない、ってのは分かっているつもりです」
そう口にしながら、諦念に満ちた表情で静かにため息をつくサクラMAX氏。
彼が言うとおり、現在日本政府内の派閥は、主流派と目される"検非違使"の筆頭である絢瀬 榛慧氏と、異世界から帰還した"転移英雄"の代表ともいえる岩聖 慎太夫氏の両勢力に分かれている。
絢瀬氏は、近年日本を騒がせる"神獣"という人智を超えた脅威的存在の討伐、並びに、山賊や怪異、外国人武装組織といった国内の治安を乱すとされる勢力への対処を名目に、国内の政治・経済・軍事を急速に検非違使の支配下に置くやり方を行っている。
絢瀬氏の目的は日本国内の完全なる統治とされており、また、"異世界転生・転移者"達を
『よその神やら勢力の力をあてにしているだけの外様』
扱いして蔑視している"検非違使"という勢力の筆頭ともいえる人物であるため、日本から遠く離れたニナ=ロウ界のさらに僻地とも言えるテクノ・ブレーク大森林で囚われている"異世界帰還者"のサクラMAX氏を救助するための人員を派遣する……と、考えるのは確かに難しいかもしれない。
では、絢瀬氏ほど政治的影響力はないものの、独自に動かせる兵力と自身も凄まじい戦闘能力を誇る"転移英雄"の岩聖氏ならば期待出来るか?となると、些か疑問である。
異世界から帰還した"転生・転移者"は、自分達に対する扱いから基本的に"検非違使"という存在を
『日本古来から巣食う悪しき弊害の権化』
として嫌悪している者が多いとされている。
そんな彼等の代表とされる岩聖氏だが、彼は異世界で自身の文明を切り開いたとされるほどの"転移英雄"であり、彼の配下となる者達も全員、世界の危機を一度は救ったとされる"転移勇者"と称される者達のみで構成されている。
それほどの実力者でなければ、岩聖氏からは相手にもされないと言っても過言ではない。
――まさに、なろうの異世界テンプレを地で行く『唯我独尊』ぶりと『実力主義』を体現したのが、"傲岸なる独裁者"、"天帝のはしたなき御雷"と称される岩聖 慎太夫という人物なのである。
厳しい話になるが、彼のような人物が二度も異世界で失敗したサクラMAX氏のために動く確率は、"検非違使"の絢瀬氏が動く確率よりも絶望的といえるだろう……。
そんな現在の国内情勢からサクラMAX氏の救出が絶望的な事を悟り、彼にかける言葉をなくす。
そんな私の目を見ながら、サクラMAX氏は真剣な面持ちで語る――。
「僕が異世界に行っている間に、なろうでは圧倒的な人気だった数多の"山賊"や"異世界"ジャンルの小説が、単なる自分達の嫉妬を正論ぶった奴等に『乱造され過ぎ!』と文句をつけられまくった結果、『専用枠』という名目で一般ランキングから締め出された。――遠く離れた異世界で、当事者である僕達と直接的に何の関わりもない奴等の打算や感情論で活躍する機会を奪われたのと全く同じ事が、この現代社会でも行われていたんだ……」
サクラMAX氏は、なおも続ける。
「そしてそんな、作品の書き手の様々な試みも同じようなクレームで次々界隈から締め出されて、今度は"1話ガチャ"まで圧力で押し潰そうとしてくる。……それまで異世界や戦国時代に、未来の知識や技術を持ち込んで他者を出し抜く作品を持てはやしてきた奴等がそういうものに飽きた途端に、今度はもっともらしい論調で僕らみたいな新しい宣伝努力をしている書き手を『卑怯者!』と詰るんだ。――そんなどこかで繰り返された悲劇、単なる醜い現実の縮図なんかに、僕達に残されたこの"なろう"という最後のフロンティアを塗り潰させるような真似を、絶対に僕達は許したりなんかしちゃいけないんだ……!!」
彼の瞳に宿る確かな情熱の輝き。
最後の希望を託した"なろう"からすら締め出されるかもしれない……と感じた焦りから、他の世界の奴隷ビジネスに手を広げようとした彼等のやり方は、紛れもなく非難されて当然の事に違いない。
だが、筆者は――彼の言葉と表情から、例え現実逃避のような感情がきっかけだったとしても、彼は『誰か』を救おうと立ち上がる事が出来た人物なのだと感じた。
――サクラMAXさん、確かに貴方がここに来た動機は、自身の作品を書籍化するためだったかもしれませんが、それでも、心のどこかではこの『"偉大なる豪傑の子供達"という犯罪シンジケートに使い潰される子供達の命を救いたい』という気持ちがあったのではありませんか?
「――(しばし無言になってから)……そう、なんだろうか。よく分からない。……ただ、もしもそうだったとしても、僕以外のこの場所に来た他の"1話ガチャ"の連中も同じ、とは限らないさ」
サクラMAX氏はそう呟くと、目尻に涙を浮かべて小さく笑った――。
取材を終えた私は、サクラMAX氏に今後はどうするのかを訊ねた。
「――何年先になるかは分からない。それでも、いつか必ずここを出て、今度こそ上手くやってみせるさ」
そう答えながら、サクラMAX氏は私に力強く頷いた――。
サクラMAX氏との対談を終えて彼に取材に協力してくれた御礼と別れを告げたあと、背後で警戒という名目の乱痴気騒ぎ鑑賞に夢中になっていたキッドを連れて洞穴を出た私達。
外で待機していた"偉大なる豪傑の子供達"のツコンゲ氏にも同様に御礼と別れの言葉を告げ、私とキッドは彼から骨太さを感じさせるハグを受けてから、その場を後にした――。
帰路につくまでは、キッドと
『ポケモンカードのサイドカードシステムは、倒した側ではなく倒された側が取るべきではないか』
という議論で、大いに盛り上がった。
私の方としては
・倒された側がカードを取る方が、手持ちがなくなっていく原作を再現出来ている。
・それだけでなく単純に、倒した側がサイドカードを取っていくと、手札が増える分有利になって、さらに戦力差が広がる
というものであったのだが、それに対するキッドの反論は、
・相手を倒したときにカードを引けたら、気分がスッキリするじゃん!
というまさに子供じみたものであり、私達の議論は平行線の一途を辿るのみであった。
そんな感じで一悶着あったりしたが、転移ゲートについた私達は、感慨深い気持ちで互いに握手を交わしていた。
「もしもオイラが大人になって"チキュー"に行くときは、今度はそっちが案内してくれよな!」
キッドのそんな要求に対して私は「あぁ、もちろん良いとも!約束さ」と答え、彼の見送りを受けながら、私は他の転移客達とともにゲートをくぐっていく。
――こうして、私の長いようであっという間だったテクノ・ブレークでの取材は、様々な余韻を私に抱かせながら、ゆっくりと終わりを迎えた。