サクラMAX氏の主張・中編
サクラMAX氏が、まさかの"異世界転移者"だった――。
しかもサクラMAX氏曰く、なんと!彼は十年前に地球から異世界へ転移してから三年前にこちらへ帰還するまで、ずっと向こうの世界にいたというのだ。
サクラMAX氏は語る。
「当時は僕も高校に入学したばかりだったんですけど、もともとあんまり人付き合いとか得意じゃなくて、六月になってもクラス内で喋る友達とかいなかったんですよ。――え?中学時代の友人、ですか?……あぁ、そういう僕の過去を知っている人間と会いたくなかったから、自宅から電車で一時間かかるそこそこ程度な偏差値の高校に行ったんですけど、結局高校デビューするにも明らかな準備不足で、無理にハイテンションとかしていたけど、それもすぐにメッキが剥がれて……孤立するのは、本当にあっという間でしたね」
彼自身が願った通り、自分の過去を知る者はいないものの、"今"という時間を共有しあえる相手すら見つからず、ただ漠然と無駄に長い通学時間をかけて家と学校を往復するだけの日々。
そんな若くして既に枯れていたサクラMAX氏の生活に変化をもたらしたのが、一つの小説投稿サイトとの出会いであった――。
「もう、そのときは"なろう系"という言葉が時代の最先端とばかりに扱われていて、僕も休み時間のベルが鳴るのとほぼ同時にトイレに駆け込んで、無我夢中であの頃流行っていた"異世界転生"とか"クラスごと転移"するような作品をスマホで読み漁っていました。――本当は、授業中とか関係なしになろう作品を読みたかったんですが、画面を見ながらワクワクしている顔を他のクラスメイトに見られて馬鹿にされたりとかしたくなかったし、サボったりなんかしたら親に学校生活が上手く行ってない事がバレたり、クラスの奴等から逃げたみたいに思われたくなかったんで、それは流石にやりませんでした(笑)」
そして、そんな新たな生きがいを見つけたサクラMAX氏に、ある日突然、転機が訪れる事となる。
「その日もいつも通り、電車を降りてから沈んだ気持ちで学校まで歩いていたら、前方の地面から凄く光っている魔法陣らしきものが出現し始めたんですよね。――それを見た瞬間、『あぁ、遂に自分もあれほど憧れていた異世界転移が出来るんだな……!!』と、突発的に魔法陣の中に飛び込んでいました。……怖い、とかそういう気持ちは全くなかったですね。それ以上に、学校生活が嫌でしたし(笑)」
――なるほど。確かにあの時期からなろうのテンプレ作品の影響で、現実でも異世界や戦国時代に転生や転移をする人が結構出始めましたからね。サクラMAXさんにも、その適性はあったと。
「ハイ、まさにその通りです(笑)――けれど、今おっしゃられた通り、"異世界転移"という出来事においても、僕は選ばれた"特別"な存在でもなんでもなく、ありふれた凡人に過ぎなかったんです……」
――……それは一体、どういう事ですか?サクラMAXさんが転移したのは、かなり劣悪な環境や待遇の異世界だった、という事でしょうか?
「あぁ、いや……そういう訳じゃないんです。僕を向こうの世界に呼び出したのは女神的な存在じゃなくて王国に仕える魔導師でしたが、言語関連も何も問題なかったし、異世界から来た存在だけが使用できる伝説の武器も最初から、国王様に渡してもらえたりしました。周囲の待遇は比較的親切、環境も程よく快適、中世ヨーロッパ的な文化の世界で、人々を脅かす魔王の討伐を任される――当時は嬉しさのあまり凄く興奮していましたが、今となっては呆れるほどにチープでありふれた感じですよね(苦笑)」
――向こうで、何があったんですか?
「何があったというか……結局、僕は何も出来なかったんです。――伝説の装備を所持していただけに、最初の一年は順調でした。……ですが、敵の魔王軍も馬鹿じゃなくて、戦力の逐次投入をやめて一気に最大規模の戦力を投入してきたり、かと思えば直接戦闘を避けて人や魔族の垣根を超えた経済圏を確立する事によって、人間社会にも影響を持つようになった結果、僕のような魔王軍討伐者が使用できる武力に制限をかける法案が可決したり、人と魔族の融和を掲げた討伐作戦反対運動が各地で起きるようになって、当初は勇者扱いされていた僕らのような人間は、徐々に社会の片隅に追いやられていったんです……」
訪れた先の町や村で、魔王討伐を目的とした異世界転移者だと分かった瞬間に、町民や村人達にタコ殴りにされる事も珍しくはなかったという。
最初にサクラMAX氏に手渡された伝説の武器も、各国からの規制法案の圧力によって、王室に返還せざるをえなかったため、チート能力を持っている訳でもないサクラMAX氏は平凡な武器と自身本来の力で魔王討伐を余儀なくされる事となった。
「3年目からは一気にハードモードでしたね。この世界の住人に乞われたから魔王討伐の旅をしているのに、行く先々で『地元に金をおとしてくれる魔族様達に、失礼な事をすんなよ!』と、物凄く敵視される。野生の魔物も魔族軍に統制管理されるようになって人を襲わなくなったから、討伐の依頼がギルドになかなか来ないし、戦う機会が格段に減っているからレベルもロクに上げられない。……そのままじゃ、宿にすら泊まれなくなるから、生きるために討伐案件よりも遥かに安い日雇いの案件をいくつも掛け持ちしながら、なんとか食いつないでました」
飲食業や土木工事、清掃業など単発的に日雇い業務に励むサクラMAX氏。
収入も安定せず、資金もまったく貯まらなかったため、ランクアップした装備も買えない日々が続いたが、まだ若いからと心のどこかには余裕さえあった。
「でも、結局金もなくて毎日ヘトヘトになるまで働き詰めで疲れているから、次の町に移動するための費用や歩いていく体力もない。そうなると、同じ場所で日雇いをするしかないけど、そこでは毎日仕事が変わるとはいえ、そのうち顔なじみの相手が増えてきて、強制的に人間関係が出来てくる。――最初の頃は、これまで魔王討伐の旅で人間不信に陥っていた時期だったから、そういう煩わしい付き合いがない日雇いの仕事は自分に合っていたけど、人間関係が構築されて自分よりふたまわり上のオッサン連中に『オゥ!今日仕事が終わったら、みんなであそこ行くぞ!』と、ギャンブルやら夜のお店に誘われると、僕みたいな若造じゃ断るのが難しい。……そうして、その場限りの安上がりなオッサン達とともに大して楽しくもない遊びに付き合っていくうちに、なけなしの貯金すら減っていく……」
2回だけ、仕事の顔なじみに連れていかれたShippori and the Cityなお店で、サクラMAX氏は年上の女性から手ほどきを受けたらしい。
だがそれでも彼の心は満たされずに、空洞がポカンと空いたままだった。
そんな虚無感に満ちた日々を過ごしながらも、冒険者ギルドでこまめに就職活動を行った結果、サクラMAX氏は町のパン製造工場で派遣社員として働く事になった。
冒険者のときに使用していた装備品は、そのときに全て売却した。
「装備品を売り払ったのは、生活費を捻出するためでもありましたが、それ以上に『もう二度と、誰にも必要とされない“冒険者”なんかには戻らない』という決意も込めていました」
だが、その決断がすべての間違いだった――。
サクラMAX氏は語る。
「向こうの世界に行って、魔族との戦闘だけじゃなく町民達からタコ殴りにされまくったり、不摂生な生活習慣やら食事がたたっていたんでしょうね。――工場で働きはじめて数年目で、とうとう身体にガタがきちゃいました」
身体を壊したサクラMAX氏は、保険も適用されていなかったため満足に教会からの治療も受ける事が出来ず、そのまま退職と社員寮からの引き払いをせざるを得なくなった。
身体ももちろんだが、"冒険者"として必須だった装備品も既になく、それを買い戻す資金すらロクにない。
日雇いにはまだ戻れるかもしれないが、パン製造工場で働く事が決まったときに顔なじみの者達からの誘いを「俺は、アンタ等なんかとは違う!」と、跳ね除けるように断ってしまったため、何を言われるか分からないという不安などから、その決断だけは出来なかった。
そうして、資金が完全に底を尽きたサクラMAX氏は若くして、住む場所も持たず残飯をあさりながら食いつなぐ日々を送る事となる。
「いつも通り町をふらついていた時なんですけど、そのときに雨が突然降ってきたんですよね。……風邪をひいたりなんかしたら、今度こそ確実に詰む。雨宿り出来る場所を探して慌てて橋の下にいったら、そこに僕のようなホームレスらしい爺さんがいたんですよ」
その老人は焚き火を前に、どこから仕入れてきたのか、サクラMAX氏が口にしていた残飯類とは違う、簡素ながらも美味そうなパンを食べようとしていたらしい。
その光景を見たサクラMAX氏は、考えるよりも先に身体が動いていた――。
「もう、そのときは本当に無我夢中でしたね。『それは、俺のもんだ!』と相手に掴みかかりながら、一切れのパンを巡っての取っ組み合い。爺さんに馬乗りになって拳を振るいあげた瞬間に、強烈な衝撃を後頭部に感じました」
朦朧としながら振り返ると、そこには仲間と思われるもう一人の浮浪者らしき老人がヒノキの棒を片手に、サクラMAX氏を睨みつけていた。
そこからはまさに一方的な展開だったという。
「老人二人にボコボコに殴り倒されたうえに、身ぐるみ全部はがされて気づけばゴミ捨て場に投げ捨てられていました。――いくら弱っていて、何の武器も能力もないからって、これが本当に"異世界転移者"の人生かよ、と思わず自虐的な笑みが漏れましたね……」
激痛に苛まれながらも、なんとかゴミ捨て場から立ち上がるサクラMAX氏。
そんな彼に、呼びかける者がいた。
――そして、この出会いこそが、異世界におけるサクラMAX氏の運命を大きく変える事となる……!!