深山氏の主張
――都内某所・『殺し屋専用居酒屋・せんべろ』
私達が入ったのが、この『せんべろ』という居酒屋だった。
「現役だった頃は、仕事終わりによくここを使っていたんだ」
席に着くなりそう答えたのは、この店を紹介してくれたデモ隊のリーダーである男性:深山(仮名)氏だった。
深山氏は、なろう界隈では有名な"読み専(自身で作品を書かずに、他のユーザーが書いた作品を読む事を目的にしている人々)"であり、得意の槍術とともに放つ的確な感想によって、なろうユーザー達から畏怖されている伝説的人物であった。
深山氏は"なろうユーザー"として活動する以前から"殺し屋"として裏社会で働いていた過去があり、卓越した洞察力と暗殺槍術もその頃に身に着けたものだと主張する。
それにしても、何故殺し屋だった深山氏が自身の人生に何の接点もなさそうな小説投稿サイトに登録したのか?
そのきっかけは、ある一つの出会いにあった。
「当時は殺し屋関連の仕事でお世話になった人からのヘルプで、その人が経営している雀荘で半・用心棒的な意味合いも兼ねて働く事になったんだけど、そこに新しくバイトで入ってきた東大卒のフリーター君と良く喋るようになったんすよ」
深山氏とその年上のフリーター男性は、話しているうちに親しくなり、ふとした事から深山氏の本業がバレたり、敵対勢力との抗争に巻き込んでしまう間柄になったらしい。
そんな感じで生死の境をともに越えていくうちに、二人は境遇や年齢の違いなど関係なく気兼ねなく言いたい事を言い合える仲になっていた。
「そんでフリーター君に言われたんですよ。『深山、お前やっぱりちゃんと趣味持った方が良いよ』って。……言われたときは『見た目もっさい上に、東大卒業してからも、適当にバイトをフラフラやったり辞めたりしながら今も実家暮らししているような奴の趣味なんて、せいぜいアニメかネットくらいだろ……』って思ったりしたんすけど、そんなフリーター君みたいな奴でも彼女はしっかりいるし、それを踏まえたうえで考えるとやっぱり今までの俺ってただ単に『生きてくために、この作業やってるだけ』って感じでプライベートも無趣味だったんで、とにかく何か新しい事始めないとな〜……って、柄にもなく思ったりしたんですよね」
そうして深山氏がネットを検索して辿り着いたのが、小説投稿サイトであった。
「もう、この"なろう"に出会った時は衝撃的でしたね。いや、当時はもうちょっと『誰かと共通の趣味で繋がる事が出来たら、俺もフリーター君みたいに彼女が出来るかも……』とか下心があったかもしんないですけど、そういうのが瞬時に吹き飛ぶくらいこんだけ膨大な面白い作品が無料で公開されている、って事が信じられませんでしたね。――『あぁ、俺の今までの人生って何だったんだろう』っていうか」
――サイトでは、特にどのような作品を読まれてるんですか?
「特に選り好みはしているつもりはないです。偏りたくないので目についたもんをテキトーに。――あぁ、でも"なろう系"として絶賛されている山賊小説とか異世界転生みたいなジャンルは、自分は最近あまり読んでないですね。俺は別に"BE-POP"な意志の力で新時代を切り開きたいとか思わないし、最強の能力やら幸福な来世なんてモンも別に欲しくない。……ただ、マトモに"学校"とかに行った事がないから、そういうのに憧れるというか、ラブコメ作品を読んでいると『恋愛って、こんな感じなんかな……』って無性に浸りたくなる」
――ご自身で作品を、執筆なされたりはしないんですか?
「思った事すらないっす。他の読み専の人達は知らないっすけど、少なくとも俺は、人様に語れるような立派な生き方じゃなかったし、そんなんで誰かに何かを教えたり与えられるような凄い人達でもないんで」
――……現在も"殺し屋"としての活動をなさってるんですか?
「う〜ん……どうなんでしょう?(笑)いや、フリーター君にあぁ言われるまで自分は全く酒とか呑まない・呑めない感じだったんですけど、なろうを登録した事をきっかけに、ついでみたいな感じでこの『せんべろ』に通うようになったんですよね。ただ、最近はなろうの作品を読み漁ったり、仕事以外の事に興味を持ち始めた結果、ほとんど殺し屋の活動はしてなくて業界からも半ば干されている感じというか……だからなのか、殺し屋専用のこの店にもそろそろ出禁になるかもしんないっすね(笑)」
そんな本音ともジョークともつかない言葉を軽口にする彼の表情は、裏社会に生きてきた者とは思えない、年相応の人懐っこい普通の青年のように筆者には思えた。
心なしか深山氏と打ち解けてきた気もしてきたため、筆者は本題となる質問を深山氏にぶつけてみた、
――そんな読み専の深山氏が、どうして1話ガチャに反対するデモの主催者になったのでしょうか?
「う〜ん……これは、ここだけの話、って訳でもないかな。その筋では有名なんすけど、実は1話ガチャを短編形式で投稿しているユーザー達ってのは、ある事を企んでやがるんですよ」
――企み、ですか?……それは一体?
「実はなろうの1話ガチャを投稿している連中っていうのは、人気が出そうな作品の1話目をいくつも用意して、その中から特に読者の評判が良さそうなモノだけを選んで連載――そうする事によって、効率よく人気を稼いで手っ取り早く書籍化する事を目論んでいる奴等なんですよ」
――……えっ!?そんな方法で手っ取り早く書籍化狙い!?ま、まさか……なろうの裏側で、そんな陰謀が蠢いていたとは……!!
「そしてこんなものが単なる前哨戦にしか思えなくなるような、とんでもない計画を進めている奴等も"1話ガチャ"行為をしているユーザーの中にはいやがるんす。……そいつらは他の連中と違って書籍化するためなら、どんな手段でも使いやがるヤベー奴等っす。――具体的に何をしでかすつもりなのかは流石に把握しきれてないっすけど、そいつらは日本を離れてある場所へと向かっているらしいですし、俺はとにかく何か嫌な予感しかしないっすね……」
裏社会で生きてきた殺し屋の深山氏すら、恐れるほどの事態……。
そんな事が起こるなど、到底私には信じられなかった。
『馬鹿馬鹿しい』と一笑に附してしまえば良いはずなのに……どうにも嫌な予感が拭えない。
私は衝撃的な情報を聞いて逸る気持ちを抑えるかのように、注文した人類最高峰の味わいが口中に広がるカクテル:フロープを口にしながら、クールダウンを図る。
気持ちを切り替えるために深山氏に別の問いかけをしたところ、今回のデモで深山さんの呼びかけに応えたのは、読み専や書き手に関係なく集まった数十人の男女である事が分かった。
深山氏は語る。
「本来なら、自分の経歴とか性格上、俺みたいな奴がここまで表立って目立つような真似をするってのは御法度以外の何者でもないんですけど……やっぱりこういうのは、『こんなのは、絶対におかしい!!』って思った本人が自身で率先してやらないと誰も動かないだろうな……って思ったんで、みんなにデモを呼びかけたんです。トップがふんぞり返ったまんまで現場任せなところってのは、ほとんど俺が簡単に仕事をこなせた相手だったから……っていう経験もあったからかもしんないっすけど(笑)」
そう口にしてから、ふと、深山氏は寂しそうな表情を見せた。
「……まぁ、今回結構な数の人達が共感してくれましたけど、俺は彼らに自分の経歴とか素性を何一つとして打ち明けられてないし、これからもするつもりもないし、っていうか、それ以前に俺みたいな後ろめたい奴が何言ってんだよっていうか……どんだけ俺が間違ってる!って言ったところで、別に"1話ガチャ"は今んところサイトの規約違反でも何でもないし、こんなのもまぁ、結局単なる俺のエゴにしか過ぎないんすよね」
そう言いながら、苦笑を浮かべる深山氏。
当然、の事なのかもしれないが、"殺し屋"として生きてきた深山氏の過去が、彼の人生と心に暗い影を落としているのかもしれなかった。
その後もほどなく談笑がてら、私達の斜め後ろの席で泥酔していた男性が突如盛大にサブマシンガンを放ち始めたりするトラブルに巻き込まれたりしたが、それも同席した深山氏や周囲の同業者の方々の卓越した戦闘技術で事なきを得た。
銃弾の雨あられでボロボロになった店内も然ることながら、男性のテーブルで一口も手がつけられた様子もなくひっくり返ってしまっている食材やお湯をぶちまけている土鍋の光景が、悲惨さや痛ましさをより一層強調している……。
泥酔した男性を拘束した"傀儡使い"という異名を持つ店員さんに話を聞いたところ、泥酔男性は同業者にして恋人である女性と今晩この店で呑む約束をしていたのだが、時間になっても来る様子がなく、不審に思って彼女に電話したところ間男とのNTRトーク&お別れ宣言を聞かされた挙げ句にドタキャンされてしまった……という、荒れてしまうのも無理はない話であった。
「この店では、こんな事は日常茶飯事っすね」
なんでもないかのように深山氏が言うとおり、現にあれだけの惨状を引き起こした泥酔客も命を取られることなく、気絶させられるだけで済んでいるあたり本当にこれがこの店……いや、殺し屋達の日常なのだろう。
かくいう私も一連の出来事で感覚がマヒしてしまったのか特に怖いといった感情もなく、その後も心配して私達(まぁ、深山氏は普通に強いので、単なる一般人に過ぎない私の方だろう)に話しかけてきた40代くらいのウクライナ人の女性客:カタリナさんを交えて談笑を再開した。
彼女が所属する組織におけるルール……特に認められた実力者のみが、一生に一度だけ組織のボスに"お願い"を聞いてもらう事が出来る『ビスケット』という制度の存在を教えてもらったりと、話は大いに盛り上がった。(『ビスケット』は無条件で使用出来る訳ではなく、組織への忠誠を誓う意味が込められたビスケット模様の焼印を、背中に直に押される事になるらしい。どれだけ優れた実力者であっても、ボスに頼む時は命を賭けなくてはならない……という事なのだろう)
そうして、『殺し屋専用居酒屋・せんべろ』を後にした私と深山氏とカタリナさんの三人。
私は2軒目に誘ってみたのだが、深山氏は「やっぱり、俺は酒に弱いんすよ」と、苦笑を浮かべており、私達はそこで解散する事となった。
カタリナさんともここでお別れする事になったのだが、彼女はどうやらこの後、深山氏が心配だから……と、"介抱"という名目で行動をともにするらしい。
深山氏もまんざらでもなさそうな顔をしているあたり、私は内心で密かに(……やるじゃん!)と、エールを贈った。
そうして有意義な情報をくださった深山氏とカタリナさんに私は深く礼を述べてから、一刻も早く真偽を確かめるべくその場を後にした――。
――ちなみに余談ではあるが、この『殺し屋専用居酒屋・せんべろ』は今回の私のように、殺し屋同伴なら一般人やその筋の方でも問題なく入店する事が出来るシステムとなっている。
多彩な調味料で味付けされた数種類の冷奴と、旬の食材をふんだんに使用した天ぷらの数々という豪華な組み合わせが楽しめる『山賊と異世界勇者の詰め合わせセット』が、この店の大人気メニューだ。
ただし!世界を滅ぼす事のみを至上命題とした邪教集団に属する方は、注意が必要だ。
邪教集団というのは、裏社会で厳格なルールを守りながら生活している殺し屋業界から見ても敵視・異端視されているため、そこに所属している方は万が一殺し屋を同伴していても、この店には入れない決まりになっている。あしからず。