3.36.89 神の名の意味
ようやくあの魔王を倒せる力が、神級魔法が、この手にもたらされた。
多くの、あまりにも多くの犠牲の上に。
後はこいつを魔王の頭部にぶち込むだけだ。
だがそれにはまずセナを助けなければいけない。
そのためには、、、
「リリナ!特級魔法だっ!俺の魔法は完成した。後はリリナの特級魔法で魔王に隙を作ってくれ」
小声で指示を出すと、リリナはすぐにケイのマナを使って特級魔法の構築に取り掛かってくれた。
「リリナは特級魔法が完成次第、すぐに魔王の左腕を攻撃だ」
そのまま魔王に聞こえないように続けてケイにも作戦を伝える。
「ケイはリリナが魔法を撃ったらすぐに魔王に突撃。リリナの魔法で魔王が怯んだ隙にセナを助けてくれ。少しでも魔王の頭が見えたら、後は俺が神級魔法で吹き飛ばしてやるっ!」
「わかった!やってやるのっ!」
魔王の頭部はセナの体で完全に守られている。
だがセナの小さな体では頭を隠すのが精一杯で、魔王の体の他の部分は丸見えだ。
だから俺の狙いはセナを捕まえている魔王の左手。
そこをリリナの特級魔法で攻撃してもらい隙を作る。
もしそれで魔王の腕が下がり半分でも頭が見えれば、その隙間に神級魔法を撃ち込んでやる。
特級魔法の威力ではそこまでは無理だったとしても、魔王が気をそらした隙にケイが接近して、直接セナを助ければ良い。
リリナの特級魔法が完成した時点で勝ちが見えてくる。
それまで魔王が新たな動きを見せなければ、、、
だが脅しが通じないどころか、さらにリリナまで魔法を構築し始めたのを見て、魔王がじっとしているはずもなかった。
「キサマらぁっ!止めろと言っているだろうがっ!」
頭に血を上らせた魔王は、右手をこちらに向け高級闇魔法弾を連発してくる。
だがその魔法弾は全て、俺とリリナに届く前にケイが防いでくれた。
といってもケイの体術では、うまく魔法弾を逸らすことなどできない。
ケイは正面から何度も何度も、もろに直撃を受けていた。
それでもケイは必死に足を踏ん張り、吹き飛ばされないように堪えてくれている。
とはいえケイの鉄壁のはずの防御にも翳りが見えてきていた。
ケイもかなり消耗しているのだ。
5歳児の身体には酷すぎる重度な負荷の連続により、ただでさえ肉体的な疲労が限界に近いのに、その上さらにマナの消費も重なっている。
いくらケイが神級に達するマナ容量を持っているとはいえ、俺の神級魔法の構築のために、その多くを消費してしまった。
それに比べればリリナの魔法構築に使用した量はかなり少ないが、連発しているので無視はできない。
その上、何度も魔王の攻撃を防いだことでも、かなりのマナを費やしていた。
この高級魔法程度の攻撃なら、しばらくの間はなんとか耐えきれそうだが、楽観はできない。
今のうちにリリナの特級魔法が完成すれば、、、
「クソがぁぁーーーっ!」
だがそんな俺の期待を打ち砕くように、魔王が悪態をつく。
闇魔法弾が効かないことで、さらに怒りをみなぎらせたようだ。
魔王は飛行魔法で徐々に高度を上げながら、後退して距離を取り始めた。
まさか、セナを人質に取ったまま逃げるつもりか?
まずい!
俺とリリナはもう自力では動けないんだ。
これ以上距離が開くと、魔法を命中させるのが難しくなる。
リリナ、まだなのかっ!
早く攻撃しないと。
だが上空に舞い上がり始めた魔王は、ただ逃げているだけではなかった。
左手でセナを捕まえたまま、右手に恐ろしいほどのマナを込め始める。
このマナの量は、、、特級魔法か!
魔王もさっきの超級魔法でほとんどマナを使い果たしている。
ここで特級魔法だなんて、残りのマナを使い切る勢いだ。
本当に頭に血が上っていて、後のことなど考えていないのだろう。
だがあの特級魔法は危険だ。
あれを受けるのは、消耗の激しいケイには厳しい。
一応マナの障壁によって、魔法による直接ダメージは防ぎきれるとは思う。
だが魔法の勢いまでは受け止めきれず、吹き飛ばされてしまうだろう。
そうなったときに後ろにいる瀕死の俺が、攻撃の余波を受けながら神級魔法を維持できるだろうか?
いや、無理だ。
下手したらその時点で死んでしまいかねない。
あれを撃たれる前に神級魔法を撃たないと、みんな殺されることになる。
もはや神級魔法を使える機会は、今この瞬間しか残されていなかった。
だけど今これを撃ったらセナが、、、
セナを見殺しにして魔王を倒すか?
それともケイが何とか耐えてくれる僅かな可能性に、この場の全員の命を賭けるか?
そんな究極の二択に答えなど出せるはずもない。
俺は焦燥と苦悶の表情を浮かべて、ただ魔王を睨みつけることしかできない。
だがそんな俺の様子を見て反応した者がいた。
「ハルトさん、撃って!わたしのことはいいから、お母さんを助けてっ!」
セナだ。
こんな小さな子どもが自分を犠牲にしようとしている。
そんなの、、、そんなこと、、、
「出来るわけないだろっ!!」
力の限り叫ぶ。
だけど俺には絶対に助けると、そう言ってやることすらできなくて、、、
「ハルトさん、聞いて!わたしの願いはお母さんに生きてて欲しい、それだけなの!だからお願いっ!」
「だまれえっ!」
そのセナの訴えを遮って魔王が怒りの声を上げ、セナを握りしめる手を強める。
セナが激痛に表情を歪ませ、魔王の手の中で悶え苦しみ、だがそれでも苦悶の声を必死に押し殺す。
まだ幼いのに、なんて強くて、健気な、、、
「リリナっ!まだなのかっ!」
なのに俺はそんな無意味な言葉を口にすることしかできない。
そんなことを聞いても何にもならないことは分かっているのに。
リリナがそれに答えることができないくらい、必死で魔法の構築を急いでいることは知っているのに。
実際に俺はマナの感知によってリリナの状況は完全に把握している。
リリナは特級魔法に必要なマナを既にケイから受け取り終えていた。
魔法術式の構築も半ば以上まで出来ている。
本当にあと数秒というところなのだ。
とはいえ俺たちには、その数秒の猶予さえ残されていなかった。
今まさに魔王の特級魔法が完成するところだったからだ。
それを近くで見て悟ったのだろう。
セナが激痛を堪えて涙ながらに叫ぶ。
「おがぁさん、あいしてるぅっ!今までぇぃっ、ありがとぉぅっ!!」
必死で魔王の腕の圧力に抗いながら、リリナに最期の言葉を伝える。
そうして、セナは俺の方を見て、、、
時を同じくして、魔王が完成した魔法を撃とうとして、、、
「やってぇぇぇぇーーーーっ!」
セナの絶叫が響く。
それと同時に魔王が特級闇魔法弾を発射する。
決断のときが来た。
俺がやらなきゃ。
これを撃って魔王を倒さないと。
聖勇者の俺が。
それと引き換えに少女を見殺しにして。
いや、そんな甘い言葉ではなく、、、
この俺自身の手でセナを殺して、、、
聖勇者のこの俺が、、、
出来るわけないだろっ!!
「ケイっ!あれを撃ち落としてくれぇっ!」
ケイに指示を送る。
闇魔法は決して速い魔法ではないものの、既に魔王からここまでの距離の半ばまで来ていた。
だがケイの移動速度は、それよりもはるかに速い。
俺の声に反応してすぐさま飛び立つと、あっという間に闇魔法弾までたどり着く。
ケイの突き出した右拳が闇魔法弾を迎え討ち、、、
ケイなら、ケイの力なら、あの魔法弾を弾き飛ばせるはずだ。
そうすればその間にリリナの特級魔法が、、、
えっ、、、!?
ケイの拳が触れた瞬間、魔王の特級闇魔法弾が爆発した。
いや、それは闇魔法弾ではなかったのだ。
それは魔王イルギウスが今まで使っていた闇魔法弾ではなく、今日初めて使う爆裂系の魔法。
俺はまたしても魔王の考えを読み違えてしまった。
魔王は高級の魔法弾が何度もケイに防がれるのを見ていた。
ケイには特級以上の魔法でないと通じない。
だから魔王は、残されたありったけのマナを込めた最後の魔法で、ケイの防御を破ることに賭けたのだろう。
俺はそう思っていた。
だが自らの安全を最優先に考えるあの魔王が、そんな確実性の低い賭けに出る訳が無かったのだ。
あいつの狙いはケイではなく、神級魔法を構築している俺。
爆裂系の魔法を使い、ケイにぶつけたときの爆風で、後ろの俺を吹き飛ばそうとしていたのだ。
今まで執拗に魔法弾ばかりを使っていたのも、この切り札を隠していたからだろう。
もしケイが今まで通りに俺たちの目の前であの魔法を受け止めていたら、俺は爆風で即死していたはずだ。
だが上空でケイが爆裂魔法を迎撃したことにより、爆風は直接俺たちまで届くことは無かった。
なぜなら、ケイのマナによる防御とケイの拳の威力によって、爆風が遮られたからだ。
ケイがここから一直線に魔王に向かったことにより、その背後にいた俺とリリナは爆裂魔法から守られたのだ。
それどころか、爆風の大部分はケイの攻撃によって跳ね返され、逆に魔王の方に向かっていく。
魔王と、、、
魔王の左手に握られたセナの方に、、、
超級まずいっ!
「セナぁぁーーーっ!!」
リリナの絶叫が響く。
魔王の防御はケイのように体の回りに障壁を張る種類のものではない。
つまりセナを守るものは何もないということだ。
このままではセナは助からない。
そしてリリナの特級魔法の構築は間に合わない。
ケイも爆風で吹き飛ばされるように落下していくところだった。
俺が何とかするしかない。
だけど地面に倒れ伏してもう動けないこの俺に、いったい何ができる?
俺に唯一できることは、ここからこの神級魔法を撃つことだけ。
だが神級魔法をどこに撃てば、セナを助けられると言うのか?
神級魔法でセナに向かう爆風を吹き飛ばす?
その先にはセナがいるのだから、神級魔法でセナも消し飛ばしてしまう。
魔王を倒す?
だが魔王の頭部は依然としてセナの体で守られたままだ。
極限の状況の中、時間が限りなくゆっくりと流れる。
誰もが動けずにいるこの空間で、動きを見せているのは爆裂魔法の爆風だけだった。
ケイが爆裂魔法を迎撃したのは、俺たちと上空の魔王の中間点より少しこちら側の位置。
その迎撃地点を中心として、爆風が球状に広がっていく。
思考が加速した俺の感覚の中では、非常にゆっくりと。
だが実際には凄まじい速度で。
有効な手を考える時間も、新たな動きをする時間もなかった。
広がった爆風が周囲の全てに襲いかかっていく。
最初に爆風が届いた場所は、ケイの真下の地表だった。
俺とリリナから5ジョウ(15m)ほど先の位置である。
地上に到達した爆風は凄まじい威力で地面を砕き、石礫を巻き上げる。
その地点を中心にして円が広がっていくように爆風が到達していき、大地が塵と化していく。
恐るべき破壊力だ。
その破壊の壁は、俺たちの方向へも進んできて、だが少し先で不意に途切れる。
ケイが遮ってくれたおかげで、そこから先の場所には爆風が直接届かないからだ。
しかしそれは俺とリリナが無事で済むという話には繋がらない。
なぜなら爆風の凄まじい威力によって地表が粉々に砕かれ、二次的な衝撃波が巻き起こっていたからだ。
そしてその二段目の爆風ですら、今の俺にとっては十分に脅威的な威力を持っている。
そんな破壊の波は、あと数秒で俺とリリナを飲み込もうとしていた。
あれを受けたら神級魔法を維持できないだろうし、命すら危うい。
今すぐに神級魔法を撃たないと、もう撃つ機会は、魔王を倒せる可能性はない。
だが今の俺には自分のことを気にしている余裕などなかった。
セナは俺よりもはるかに危機的な状況に瀕しているのだから。
間接的な衝撃波だけでもこれだけの威力があるのだ。
爆裂魔法の直接の爆風の威力はそれどころではない。
そしてその爆風は今まさに、セナと魔王のところに達しようとしていた。
上空ではケイが激突の反動と爆風で跳ね飛ばされて落下していく。
セナと魔王はそのケイの向こう側にいるはずだが、闇の爆風に遮られて朧げにしか見えない。
それでも俺はマナの探知により、ずっと2人の姿を捉えていた。
そして爆風はもうセナに届く寸前のところまで来ているのだ。
もう間に合わないっ!
ダメなのか?
助けられないのか?
だがそのとき、魔王が迫る爆風に怯んだのか、後退するような動きを見せる。
そしてよろめいたことにより、ついに魔王の頭がセナの体の陰から姿を見せた。
撃てるっ!!
だが撃っていいのか?
撃てば魔王を倒せるが、セナは救えない。
だけど撃たなくてもセナを救う手はない。
躊躇する一瞬のうちに、俺の目の前にまで二次衝撃波の爆風が迫っていた。
もう迷っている時間はない。
今撃たないと神級魔法は失われ、みんな魔王に殺されることになる。
俺も、リリナも、、、
『お母さんを助けてっ!』
頭の中にセナの声が鳴り響いて、、、
それは俺の記憶から呼び起こされた先ほどのセナの声。
いやそれともセナが今本当に発した声なのか?
どちらなのかは分からないが、とにかくその声が俺の体を反射的に動かした。
セナ、ごめんっ!
俺は僅かに見えた魔王イルギウスの頭部を目がけて神級魔法を放ち、、、
最後にセナと魔王の姿が朧げに見えたような気がした。
全てが闇色に覆われていて、肉眼で見えるはずもないというのに。
セナが大丈夫だよと微笑んでいるように感じられて。
ありがとうと言っているように思えて。
神の名を持つ聖なる光が、世界を覆い隠す闇を切り裂く。
神々しい空気で世界を塗り替えるように一直線に走る。
そして、、、
魔王イルギウスの頭部を一撃で消し飛ばした。
それは全てを蒸発させ、存在そのものを消し去る最強の一撃。
聖なる光柱が通過した直径2シャクほどの円柱状の空間にあったものは、全てが一瞬にして消滅した。
魔王の頭も、爆風も、空気すらも、、、
それにより何もない真空の、円柱状の空間が、光の速さで生み出された。
そしてその無の空間に、周囲のものが吸い込まれていく。
空気が。
塵と化しつつある魔王の体が。
そしてセナを飲み込もうとしていた闇魔法の爆風が。
セナっ!
だが俺にはそれ以上セナの安否を確認する時間は残されていなかった。
その直後、魔王の爆裂魔法によって巻き上げられた二次衝撃波が俺の体を吹き飛ばして、、、
俺は意識を失った。
ついに、ついに第3章のボスキャラを撃破!
真の主人公ハルト(偽)さんパネーっすわ。
次回、第3章のエピローグとなります。
次回 第90話 『最期の言葉』




