3.35.88 最終局面
■カムナ3019年 4月30日 月曜
◎ハルト
「使えればいいのか?」
背後から突然かけられたリリナの声。
地面に崩れ落ちていた俺は、なんとか首だけ動かして後ろを振り返る。
そこには決意に満ちたリリナの強い視線があった。
「光魔法が使えれば、あいつを倒せるんだな?」
その声は涙混じりで、だが先ほどまでと打って変わって揺るぎない意志が込められていて。
絶望に挫けかけていた俺の闘志を呼び覚ますには十分なものだった。
「ああ、倒せる!」
だから俺もそう力強く言葉を返す。
「わかった。私に任せろ!」
リリナはそう言って、俺とケイの後ろまで這い寄ってきた。
苦痛に呻き声を上げ、折れた足を引きずりながら。
ケイはいまだに魔王の超級魔法を必死に防いでくれている。
リリナはそのケイの背中に左手の手のひらを当てる。
そしてケイの後ろに倒れている俺の背中には右手で触れて、そのまま集中を始めた。
その直後から背中に感じるリリナの手のひらを介して、俺の精神界にケイのマナが大量に流れ込んできた。
しかも俺のマナに合わせて波長を変換した上で。
それはカイトにも匹敵するほどのマナの操作技術。
そんなリリナの絶技により、とめどなく送り込まれてくるケイのマナは、、、
その膨大な量は、、、
超級を軽く上回り、聖級魔法まで撃てそうなくらいだ。
これなら、これだけの量のマナがあればいける!
普通ならこれでも神級魔法には足りないのだが、俺にはマナの効率化という技能があるのだから。
俺は地面に倒れ伏しながら、最後の力を振り絞ってケイの陰から魔王へと向けて右手を伸ばす。
このマナで神級魔法を構築するのだ。
いや、だが、、、
「リリナ!マナだけじゃダメなんだ。光属性を付与できないと、、、」
「心配するな。それも任せろ。ハルトは普通に光魔法を使うつもりで魔法を構築すればいい」
リリナがそう言うなら、もう何も心配はない。
俺はリリナを信じてやり遂げるだけだ。
ケイのおかげで神級魔法を撃てるだけのマナは集まった。
そしてリリナのおかげでマナの波長も俺が扱いやすいものになっている。
ならば後はこの俺が神の名を持つ魔法を構築するのみ。
精神界のマナを操作して波長と向きを均一に揃えると、限りなく深く、固く、凝縮させる。
この均質化と圧縮により、マナの使用効率を劇的に高めることができるのだ。
これで神級魔法の発動条件が整った。
精神界に満ち満ちた膨大なマナを、一気に物質界に顕現させる。
その瞬間、膨大な量のマナがこの世界に生み落とされた。
大地を揺るがすほどの暴風が吹き荒れる。
やがてその大量のマナは、少しづつ神々しい光へと姿を換えていく。
リリナの構築していた術式はちゃんと作用し、無属性のマナが光属性へと変換されているのだ。
聖なる光の海が、闇に落ちた世界を塗り変えていく。
それを目にして魔王イルギウスが初めて怯んだような表情を見せる。
その動きを目の端で捉えながら、あたりを埋め尽くす聖光を術の発動に向けて収束させていく。
想像するのは聖なる光の柱。
世界に降りかかる闇を、人類の敵を、まとめて消し飛ばす圧倒的な威力と密度の光の一撃。
生み出した聖なる光を目の前の宙空に創出した、直径2シャク(60cm)ほどの光の円盤に凝縮していく。
ここから光柱を撃ち出し、魔王イルギウスの上半身ごと頭部を消し飛ばすのだ。
光柱は光刃や光線よりも攻撃範囲が広い分だけ、密度が薄くなり威力が落ちてしまう。
だがそれも、神級魔法であれば何の問題もない。
天剣ケイと同様に、魔王イルギウスの防御を軽くぶち抜くことができる。
いや、俺の非力な剣速のせいで止められてしまった天剣ケイとは、決定的に異なることがある。
光速の神級光魔法は、どれほど魔王の防御技術が高かろうと、魔法の勢いを落として受け止めることなど不可能なのだ。
しかも超級の魔王の移動速度を持ってしても、狙いさえ正確ならば避けることもできない。
つまり魔法の構築が終わり、魔王の頭部に向けて撃った瞬間に俺たちの勝ちだ。
魔法が完成しさえすれば、、、
だがその神級魔法がなかなか組み終わらない。
もうとっくに出来上がっていてもおかしくないはずなのに。
どうも聖光の凝縮が思っていたよりも遅いようだ。
神級魔法の術式の構築自体は終わっている。
その術式に注ぎ込まれてくるはずの、魔法の燃料たる聖光が足りないのだ。
ケイから譲り受けたマナが足りない訳ではない。
原因は光属性の付与。
物質界に顕現させた無属性のマナが、全て聖光に変換されきっていないのだ。
リリナが精一杯努力して、光属性付与の術式を起動してくれているのはわかる。
だがそれでもリリナの術式は、カムナの理の光属性付与術式に比べて遅いのだ。
リリナも神級魔法に必要となるほどの膨大な量のマナを、一気に変換することなど考慮していなかったのだろう。
それを伝えていなかった俺の過失だ。
とりかくリリナに急いでもらうしかない。
だが俺の神級魔法を察知した魔王が、それまで待っていてくれるだろうか?
いや、そんなはずがなかった。
魔王は俺が聖光を凝縮させていくのを見るやいなや、即座に超級魔法の発動を止めた。
魔王の次の動きは?
神級魔法の完成前に攻撃を受けたらひとたまりもない。
俺もリリナも動けないのだ。
だが必要なマナを準備できている以上、ケイはもう魔法の構築に関わる必要はない。
ならば何としてでもケイに神級魔法の完成まで守ってもらうしかない。
「ケイ、俺とリリナをまもっ、、、」
すぐさまケイに指示を出した俺だったが、俺はまたしても魔王の行動を見誤っていた。
残虐に人をいたぶることを好みながら、いざ自分に危険が及ぶと即座に保身に走る月の魔王イルギウスの本質を。
魔王が動き出す。
足を使った移動とは違い、飛行魔法によるその動きは決して速くはない。
とはいえあいつが俺たちに襲いかかってくる方が、神級魔法が完成するより早いだろう。
だけどあの程度の速度なら、ケイでも十分に対応できるはずだ。
後ろに回り込まれたりしない限りは、ケイの防御力なら俺とリリナを守り切れる。
俺が指示を間違えなければ大丈夫。
そのはずだった。
しかし、、、
魔王が向かった先は俺たちの所ではなかったのだ。
魔王の選択は神級魔法の構築の妨害ではなく、、、
「だめぇぇっ!!」
リリナが絶叫する。
しまった!
だが魔王の狙いに気づいたときには、もはやケイに指示を出す時間はなかった。
それほど速くはないといっても、魔王がそこに辿り着くまでには数秒もかからなかったのだ。
そして俺も、リリナも、ケイも、何もすることができなかった。
魔王はそのまま地面に倒れていたセナを拾い上げ、盾にするように自分の前に構える。
「このガキを殺されたくなければ、その魔法を止めろっ!」
くそっ、どうして気づかなかったんだ?
あいつならこうするであろうことに。
魔王の巨体はセナの小さな体では全く隠れていないので、うまくセナを避けて攻撃することはできる。
だが魔王は頭部だけはしっかりと、セナの身体で守っていた。
こうされると直線的な攻撃しかできない光魔法では、魔王の頭を消し飛ばすことはできない。
他の場所を攻撃しても、致命傷を与えることは不可能だ。
そして魔王を一撃で倒すことができなければ、俺たちに2発目を撃つ機会はない。
かといって、魔王の言うとおり神級魔法の構築を止めたとしても、結局はみんな殺されるだけだ。
もはや俺には進む道も戻る道も残されていなかった。
ならば今はともかく神級魔法を完成させることだけを考えるべきだ。
だが、その肝心の神級魔法の構築速度が落ちている。
原因はもちろん、、、
「そんな、、どうすれば、、、」
リリナが弱々しい声で呟く。
セナの危機を前にして、リリナは何も手につかなくなってしまっているのだ。
「リリナっ!魔王には人質を殺すことなんてできっこない。そんなことをしたら自分もお終いなんだからっ!」
リリナを安心させるように、そして自分自身に言い聞かせるように強く呼びかける。
そうして魔王に聞こえないようにリリナに囁く。
「今は魔法の完成を急ごう。この魔法さえあれば、きっと道は開けるからっ!」
道を見失ったリリナは、俺の言葉に縋り付き、光属性付与術式の起動を再開してくれた。
それによって聖光が再び集まり始め、神級魔法の完成が近づく。
俺たちが脅しに屈しないのを見て魔王が苛立ちをつのらせる。
「止めろと言っているだろっ!それとも撃ってみるか?このガキごと」
「そんなことはしない。だがもしセナを殺したら、その瞬間にお前も消し飛ばしてやる!」
焦った魔王が怒鳴ってくるが、逆に脅し返してやる。
ヤツも自分の命が惜しいのだ。
だったら交渉により事態を好転させることができるかもしれない。
「どうだ魔王、セナを離してそのまま逃げたらどうだ?セナを傷つけないのなら、俺も見逃してやるぞ」
魔王に逃げ道を提示しつつ、神級魔法が完成するまでの時間を稼ぐ。
「ふざけるな!そんな言葉が信用できるか!いいからさっさと魔法を止めろ!さもないと、、、この私が手を出せないなどと思うなよっ!」
たが魔王は俺の誘いには乗らない。
そうして自分の本気を見せつけるための行動に出る。
左手でセナの体を持ち上げたまま、右手でセナの右脚を握りつぶしたのだ。
魔王めっ、なんてことをっ!
セナの顔が激痛に歪む。
涙を流し、歯を食いしばって。
だけど、おかしい、、、
セナ、どうして?
どうして声をあげないんだ?
そういえば、魔王に捕まってからずっと、セナは悲鳴一つあげていない。
それに、、、リリナが変換してくれている聖光の流れに乱れがない。
横目でちらりとリリナの様子をうかがうと、リリナは瞳を閉じて術式に集中していた。
まさか!
セナはリリナの気を乱さないように、必死で声を出さないように耐えていたのか。
6歳にもならないこんな小さな少女が。
何という勇気と根性だろうか。
それを見せつけられた俺の心には、揺るぎない決意が刻み込まれていた。
魔王は絶対に倒してやる。
セナもリリナも救ってみせる。
俺たちを追い詰めるための行動が逆効果にしかならなかったことを、魔王は悟ったようだ。
その様子に初めて焦りが見え始める。
「早く魔法を止めろっ!次はこのガキの頭を握りつぶすぞ」
さらに脅しをかけてくる魔王の声には、怯えの色が混じっていた。
そんなもので俺たちの意志が揺らぐはずもない。
そうしてついに、、、
あたりに満ちていた膨大なマナの最後の一片が聖光へとその姿を変え、、、
俺が構えた右手の前方に浮かぶ、光の円盤に吸い込まれていき、、、
神級魔法が完成した。
魔王イルギウス戦、次回決着です。
次回 第89話 『神の名の意味』




