1.2.8 最強のライバル
スライム!
またお前か!
俺の判断は早かった。
魔剣オボロヅキを構えると一気にスライムとの間合いを詰める。
だが体の重さのせいだろうか、いつもの剣技と思考判断の速度に体がついてこない。
何か違和感を覚え頭の中に警鐘がなりひびく。
いや、それどころではない。
途轍もなく嫌な予感がする。
だがここは先手必勝。
体の動きの遅さと嫌な予感を強引にねじ伏せ、そのままスライムに肉薄すると、オボロヅキを袈裟斬りに薙ぎ払う。
体調のせいでまともにマナを込めることはできない。
だがそれでも俺のステータスと剣技を込めた一撃は、スライム相手には過剰なもの。
その刃は前回と同じようにスライムの体の中心を寸分たがわずとらえ、その柔らかい身に食い込み。
真っ二つになった。
スライムが。
ではない、、、
オボロヅキが、、、
魔剣が。
魔剣が折れた!
魔剣オボロヅキが真っ二つに折れた。
スライムの柔らかい体で、聖名付きの魔剣オボロヅキが真っ二つに折れてしまったのだ。
なんで?
どうしてこうなった?
物理法則とかいろいろおかしいだろ。
混乱している俺の隙を突いて、スライムが攻撃に移る。
俺の上半身に向けた体当たり攻撃。
オボロヅキを振り下ろした体勢のまま、困惑して固まっていた俺は避けることができない。
咄嗟にオボロヅキを放り出して右手を振り上げるとスライムの体当たりを防ぐ。
最弱の低級魔物であるスライムの体当たりなど、俺のステータスなら不意をつかれても片手で跳ね飛ばせ、、、
「ぐぁぁっ」
あまりの激痛にたまらず悲鳴をもらす。
だがその痛みで思考が切り替わった。
緩んでいた気持ちを一気に引き締める。
今は隙を見せられる状況ではない。
目の前にいるのは侮っていい相手ではない。
背中を見せる危険を冒しながらも慌てて距離をとる。
右手の骨が粉々に砕かれたように感じるほどの痛み。
関節が外れたのか、右腕は肩から力なく垂れ下がっており、ろくに動かせない。
スライムを受け止めた右の手のひらは酸性の粘液に侵され、今も白い煙を昇らせながらその身を溶かされ続けている。
これではもう右手は使い物にならない。
魔剣が折られた驚きと、スライムを侮っていた油断。
そのせいでかなりのダメージを受けたが、それもここまでだ。
目の前の戦いに意識を集中する。
右手の傷はひどいが、痛みには慣れている。
頭を冷静に保ち、自分のするべきことをしっかりと見極める。
距離をとった俺に対して、スライムは再び体当たりで追撃をしがけてくる。
だが落ち着きを取り戻してみれば、かわすことは容易い。
とはいえやはり体が思い通りに動かない。
簡単に避けられるはずの攻撃なのだが、回避する意識に体の動きが追いつかず、紙一重でなんとかかわしている状況だ。
しかしながらスライムの体当たりを二度三度かわしながらも、冷静になった頭で自分の状況が整理できてきた。
最初は肉体的疲労とマナの枯渇により、体が重くなり、転移倉庫などマナを使う行動ができなくなったのだと考えていた。
だが肉体疲労とマナの枯渇だけでは、魔剣が折られたこともスライムの体当たり程度で右腕を砕かれたことも説明できない。
そもそもこの空間に満ちるマナはかすかに感じ取れるものの、カムナの理とのつながりを全く知覚できないのだ。
どうしてこうなったのかは全くわからない。
だが自分の身に何が起きているのかはようやく理解できてきた。
ステータスが落ちている。
それもとてつもなく。
今の自分のステータスがどうなっているのか、聖票が使えないせいで確認すらできない。
だが体を動かすことにすら苦労していることを考えると、この19歳2ヶ月の肉体に見合ったステータスさえないのだろう。
おそらくは10歳児程度のステータスだろうか?
低級か、下手したら初級まで落ちているかもしれない。
子供の力で大人の体を動かしていると考えれば、この体の重さにも説明がつく。
そしてマナを操る能力も同じくらいにまで低下している。
先ほどから周囲のマナを探ったときの感覚が何か変だし、自分の精神界のマナすらほとんど知覚できないのだ。
それもマナの操作能力が落ちているのだと仮定すれば納得できる。
だだしそれだけでは説明できないこともあるのだ。
たとえば魔法だ。
さっき俺は光球の初級魔法すら使えなかった。
初級魔法程度なら子供でも扱えることは珍しくないというのに。
つまり状況を整理すると、魔法や転移倉庫などカムナ教会の奇跡の力が、何から何まで全て使えなくなっているのだ。
さらに強化していたステータスも、全部落ちてしまっている。
となれば、考えられる理由は一つしかない。
カムナの理とのつながりが切れているのだ。
物心ついたころに教会で洗礼を受けて以来、ずっと感じていたカムナの理。
それはカムナ教会がもたらした奇跡の力の源。
カムナ教会で教わった魔法は、カムナの理にマナを通して意識を伸ばし、使用を念じることで発動していた。
そのカムナの理とのつながりが切れた今、魔法を使うことができなくなってしまったのだ。
それどころか聖票、遷話、転移倉庫など、カムナの理を通して行う、ありとあらゆる力が使えなくなったということである。
全てがおかしい。
わからないことだらけだ。
だがどうすればいい?
こんなステータスでこのダンジョンから脱出することなど不可能だ。
それ以前にどうやってこのスライムを倒す?
今の俺の力では、低級魔物のスライムを倒すことですら、とんでもない難題だ。
とりあえずここは一旦諦めるか、、、
ステータスのみならず、魔法などあらゆる力を失っている以上、一度わざとやられてカムナ聖都の中央大寺院に死に戻った方がいいかもしれない。
確かに俺まで死んだら聖勇者に選ばれる可能性がさらに低くなってしまう。
けれどもこんな状態では、どうせすぐに死んでしまうことになるだろう。
いま死に戻ればみんなと合流できるし、その後で原因を探って対策を考えることが最良ではないか?
そう考えた俺は、スライムの攻撃を避ける足を止め、再び体当たりしてきたスライムの体をじっと見つめ、、、
「っ!!」
再び頭の中に鳴り響いた特大の警鐘に、咄嗟に身をかわす。
だがさすがに避けきれずにスライムの体当たりを受けてしまい、勢いよく弾き飛ばされる。
受身を取れないながらも、地面を転がって衝撃を逃し、なんとか体勢を立て直す。
再び攻撃を受けてしまったが、かろうじて後ろに飛んでうまく衝撃を殺したことで、今回はそれほど大きなダメージではない。
それよりも危機感を感じて咄嗟に死に戻りをやめたのだが、落ち着いて考えれば当然駄目なことに気づく。
カムナの理とのつながりが切れているのだ。
死んだ瞬間にカムナの理が魂を保護してくれるかわからない以上、回帰の法が発動する保障などどこにもない。
いや、先ほど死を目前にした瞬間に感じた圧倒的な恐怖。
だめだ。
回帰の法は間違いなく発動しない。
今の俺は死ねばそこで終わりだ。
それに気づいた瞬間、俺の頭の中を恐怖が埋め尽くしていく。
鼓動が急速に激しくなり、心臓の音が世界を埋め尽くすほどの音量で鳴り響く。
今までの冒険の旅で感じることがなかった死の恐怖。
これまで回帰の法に守られていた保険付きの冒険が、如何にお遊び程度の甘いものだったのかを一瞬にして思い知らされた。
やばい。
やばい。
やばい。
死んだら終わり。
終わり。
本当の死。
俺TUEEE勇者のはずが、バグ発生により俺YOEEE主人公にクラスチェンジ。
これにてさすハル無双キャンペーンは終了いたしました。
長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。
ここからは受難系勇者ハルトの転落劇をお楽しみください。
次回 第9話 『チェックメイト』




