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リポップワールド ~ゲーム世界のバグは勇者を殺す~  作者: 佐倉コージ
第1章 弱くてニューゲームとかリアルでやったら死ねるから
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1.1.7 目覚めよ勇者

 右ほほに当たる冷たい感触は固い床のものか。

 うつぶせに倒れていた俺の視界に映りこんだのは、暗がりの中わずかに見てとれる石畳の床。

 感じるのはけだるさ、渇き、空腹感。

 重い、とてつもなく重い体をなんとか持ち上げる。


 目をこらしたそこは完全な暗闇ではなく、仄かに赤暗い人気の無い空間。

 見覚えのある空間。

 そう、先ほどまで激戦を繰り広げていたダンジョンマスターの部屋。


 そこには仲間たちの姿は無い。

 エンシェントドラゴンの姿も無い。


 あちこちに戦いの痕が残っているものの、そこには誰もいない。

 一人きり。

 理解が追いつかない。


 俺は死んだ訳ではなかったのか?

 先ほどまでの聖都の光景は夢なのか?

 俺はエンシェントドラゴンを倒したのか?

 どれくらいの時間、意識を失っていたのか?


 あまりの体の重さに、まずは自分の体を確かめる。

 あたりを照らそうと光球の魔法を発動しようとしたが、うまく発動しない。

 初級魔法すら発動できないほど衰弱しているのか?

 暗い中でなんとか目を凝らして確認すると、悲惨としか言いようの無いボロボロの姿。

 特級の防具は半ば崩れ落ち、いや半ばどころか全く原型をとどめておらず、残っている部分がほとんどないといっていいくらいだ。

 防具としての用を成さなくなったそれを脱ぎ捨てるも、下着もほとんど千切れて失われており、半裸状態だ。


 うん、特級無残だわ、これ。

 だが防具の無残な状態や肉体的疲労に反して、破れた下着の下に見える体には全く傷は無い。

 となると、この体の重さは極度の疲労によるものか?


 ステータスを上げてから久しく感じることのなかった疲労感に耐えながら状況を整理する。

 俺の目の前で死んだレンとカイトは、聖都の中央大寺院で復活しているはずだ。

 そしてこの部屋にユウナの姿がないということは、やはり先ほどの光景は夢ではなく、俺はユウナを守れなかったのだろう。

 どうやら俺だけは生き延びることができたようだが、エンシェントドラゴンを倒せたのかどうかまでは分からない。

 ユウナを守ることすらできず、自分だけが、、、

 情けなさと悔しさで胸が締め付けられるが、まずは自分だ。


 俺が死んでいないのなら、全滅した場合に比べて聖勇者に選ばれる可能性がまだ残っているということだ。

 それは俺とユウナにとって、とても重要なことなのだ。

 とにかく死なないことを最優先に、寺院に戻って状態保存を行うことを目指そう。

 ここからならばダンジョンを逆攻略して獣人国側に向かうよりは、火口からダンジョンを出てカムクラ王国側に向かう方がいいだろう。

 ミカグラ大火山の頂上から南側に山を下っていくと、大寺院のあるソウマの街の方に向かうはずだ。

 そちら側に出られれば、カムナ聖都で復活している仲間たちとの合流にも都合がいい。


 とはいえ超高難度ダンジョンに一人きり。

 エンシェントドラゴンはいないとはいえ、部屋の外は特級魔物の巣窟である。

 とりあえず装備を整えないと、俺のステータスでも危険である。

 まずは転移倉庫から聖剣リンネと替えの防具を取り出すことにする。


「転移、リンネ!」


 ん、、、


 あれっ、なんで?

 まさかの無反応。

 予想外の事態に困惑する。


「リンネ!リンネっ!リンネ?」


 何度呼びかけても聖剣リンネを呼び出すことができない。

 1人で叫んでいる自分が高級恥ずかしくなってきた。

 というか声を出すのをやめて冷静に考えてみると、なぜか転移倉庫の存在を感知できない。


 転移倉庫はカムナ聖都の中央大寺院に、物理的に実在している倉庫である。

 ただし普通の倉庫ではなく、自分の所有物をどんなに離れた場所からでも出し入れすることができるのだ。

 これはカムナの理によって実現された、カムナ教会の管理する奇跡の力の一つであり、回帰の法と同じく一握りの者にしか使用権が与えられていない。

 その仕組みは回帰の法と同様の技術が用いられているらしいが、ただの勇者である俺には詳しいことはわからない。

 ただ転移倉庫にも回帰の法と同じような制約があり、各地の寺院で登録したものしか転送することはできない。

 さらには生命体を転送することはできないし、倉庫に保持できる物の数や大きさにも限りがあって、各自に割り当てらている容量内でやりくりする必要がある。


 使い方は簡単で、世界に満ちるカムナの理にマナを通して意識を伸ばして、転移倉庫を使いたいと念じるだけだ。

 このあたりは魔法を使うときと同様の手順である。

 カムナの理に念じると、魔法の場合は発動可能な魔法の一覧が頭の中に思い浮かぶ。

 そして転移倉庫の場合は、倉庫の中身の一覧が認識できるので、後は念じるだけで物の出し入れが可能だ。

 先ほどやったように言葉に出すというやり方もあり、実際にはそちらの方が反応が早い。


 とにかくカムナの理にマナを通して念じることで転移倉庫を使えるはずなのだが、今は何故か転移倉庫を知覚することができない。

 カムナ教会の基盤システムに異常が出ているとは思えないので、普通に考えるならば俺に問題があるのだろう。

 先ほどから体が重いし、想像以上に衰弱が激しいのかもしれない。

 考えられるのは、転移倉庫につなぐだけのマナが足りないとか。

 だったらまず最初に自分のステータスを確認するべきだろう。


「聖票!」


 んー、、、


 今度も無反応。

 試してみる前から嫌な予感がしていたのだが、それが現実になってしまった。

 どうやら今の俺は聖票すら呼び出せないようだ。

 ちゃんと学習できる俺は、今度は何度も叫びまくるような無駄なことはしない。


 それにしても聖票は本来ならほとんどマナを使わずに利用することができる。

 カムナ教会の数ある奇跡の力の中でも、誰でも使える最も基本的なものなのだ。

 だが今の俺には聖票を呼び出す程度のマナさえも残っていないということか。

 いやそれどころか、カムナの理を知覚することすらできない。


 ステータス証である聖票を見れば、自分の状況をいろいろと確認できたはずなのに。

 マナがどれだけ残っているのか?

 体力がどの程度消耗しているのか?

 それ以外にも、今知りたいことがいくつか分かったはずなのだ。


 例えばエンシェントドラゴンを倒すことができたのかどうか。

 聖票には集めたハクの量が表示されている。

 前にエンシェントドラゴンと戦う直前に確認したときには、聖級に到達できるくらいのハクが集まっていた。

 もし神級のエンシェントドラゴンを倒せていたのなら、神級昇格が視野に入るくらいのハクを入手できているはずである。

 逆にもし死んで回帰することになってしまっていたら、前回寺院で状態保存を行った後に集めたハクを全て失ってしまうところだったのだ。


 他には天恵のポーションを使ったことでステータス異常にかかっていないかも、聖票を見ることで確認できたはずだ。

 天恵のポーションを使ったとき、俺はどうやら一瞬だけ無敵状態になったような記憶がある。

 そのおかげでドラゴンブレスに耐え、運良く生き延びることができた。

 しかも今目覚めてみると、全身の傷が治っている。

 だがその反面、とてつもなく身体が重く、まともに動くことすら困難なほどの疲労感がある。

 天恵のポーションの効果がなんだったのか未だにわからないが、何かおかしなことが起きている気がしてならない。

 もし何らかのステータス異常にかかっているのなら、聖票の状態欄で確認できるはずだった。

 それなのにまさか聖票を呼び出すことすらできないとは。

 となると、、、


「ユウナ!ユウナ!聞こえる?レン!カイト!俺だ。ハルトだ。聞こえないか?ユウナ!」


 やはり『遷話』すらも使えない。

 遷話はカムナの理を通して遠方に声を届ける仕組みなのだが、カムナの理が知覚できず、聖票すら使えないような状態では、遷話が使えるわけもなかった。

 極度の消耗により、マナが枯渇してしまったのかもしれない。

 せめて遷話が使えればユウナたちに連絡を取ることができたのだが、それすらもままならない。

 ここまでマナが尽きているとは、そりゃ転移倉庫につながらない筈だと思いながらも、この状態はさすがにまずい。

 これだけマナが切れた状態で装備も無いままに魔物に襲われればさすがに厳しい。

 

 何か無いかとあたりを見回すと、見覚えのある箱が転がっていた。

 カイトの魔法獣の特大ウコに持たせていた箱だ。

 ウコはカイトの死と共に消滅しているが、箱の中にはダンジョンで入手したアイテムや食料がそのまま残っていた。

 食料を目にした途端、極度の空腹感と渇きを思い出し、装備のことは放り出して迷わず聖水の瓶に手を伸ばす。

 ユウナの聖魔法による祝福がかけられた聖水、それをレンにいつも『ユウナ水』と呼ばれては激怒していたユウナの姿を思い出して思わず笑みがこぼれる。

 だがそれは束の間で、すぐに独りになってしまったこと、ユウナを裏切ってしまったことを思い、気持ちが沈みこむ。

 ユウナの聖水を口にすると、よほど体が水分を求めていたのが体の隅々にまで染み渡る。

 渇きが癒されただけでなく、体力が回復し体が軽くなった気がするが、それはきっと聖水の能力だけのものではないだろう。


「本当にユウナ水は聖級うまいな、、、」


 俺はユウナの前では絶対に言えなかった独り言をもらすと、残っていた携帯食糧に手を伸ばす。

 米粉を棒状に練って焼き上げた保存食で、美味しいとは言い難いが腹は膨れる。

 固いそれを聖水で飲み下しながら、装備品を物色し始める。


 食事を口にして少しましにはなったものの、身体の重さは相変わらずだ。

 重甲冑などはとても身につける気にならないので、俺が選んだのは軽めの革装備である。

 少し上の階層で見つけた装備品で、軽いながらも上級の性能を持つなかなかの一品だ。

 武器はと探すと小振りの短剣を見つけたものの、リンネの代わりになるような剣がない。


 短剣を腰に挿して、携帯食をかじりながらさらにあたりを窺うと、天恵のポーションがあった小部屋の扉の前に、目当てのものが転がっていた。


 魔剣オボロヅキ。


 マナが回復すれば、聖剣リンネに匹敵するほどの攻撃力を発揮できる。

 もっともマナが回復したのなら、聖剣リンネを転移倉庫から取り出せばいいだけなのだが。

 歩み寄って魔剣オボロヅキを拾い上げた瞬間、何かの気配を感じる。


 だが疲れのせいかマナや気配をうまく読むことができない。

 索敵能力が落ちているが、この状態は極めて危険だ。

 急いで周囲を見回し、目視で原因を探る。

 そんな俺の視界の端に、何かが飛び降りて背後に着地する残像が映りこむ。


 慌てて後ろを振り返った俺が目にしたのは、、、


 次回、本作のラスボスが登場!


 次回 第8話 『最強のライバル』


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