3.15.68 弟子入り
リリナがまさか5児の母親とは衝撃すぎる事実だった。
その姿を目にして、思わずリリナの名を叫んでしまった。
というか、あれっ、じゃあリリナの夫のシオンってヒョウの獣人?
、、、なわけないよな。
シオンはカムナ教会の僧侶だったのだから、そんなはずがない。
基本的に獣人のための教会はマギナ教会である。
獣人でもカムナ教会の施設を利用するくらいなら可能だが、聖職者になることは不可能だからだ。
ということはポメたちは本当の子どもではなく、引き取って育てているのだろうか。
セナとセイジだけはリリナの産んだ子かもしれない。
俺はリリナの登場に驚きながらも、あれこれ考えをめぐらしていた。
リリナの方も俺の姿を見てびっくりしている。
最初はリリナも子どもたちに手を引かれて満面の笑顔を浮かべていた。
ってか、リリナが笑うところを初めて見たわ!
だが俺を目にしてまず驚いた表情を見せたものの、すぐに怒り顔に変わっていった。
「お前、ハルトか!私の家で何をしている?」
何か視線に殺気が込められている気がする。
あれっ、俺ってもしかして疎まれている?
少しは認められたと思っていたけど、勘違いだった?
「お母さん、ハルトさんはわたしたちを助けてくれたんだよ」
「そうだよ。僕たちが捕まってたのを助けてくれて、家まで送ってくれたの」
リリナに睨まれて戸惑っていると、セナとポメが助け舟を出してくれた。
「捕まったってどういうこと?誰に?何があったの?」
狼狽えてリリナが大きな声を出したことで、残りの子どもたちがみんな目を覚まして起き出してきた。
口々に「お母さん」と叫びながら駆け寄ってくる。
あ、いや、未だに寝ぼけているポンコツが1人だけいるけれども。
セナとポメはリリナに何があったか口々に説明しているが、お互いの話が邪魔しあって要領を得ない。
ヒャウとミャアはリリナにべったりくっついて甘えながら、おねだりを始めた。
セイジはケイより自分の方がすごいんだということをリリナに必死で訴えている。
一気に騒がしくなってきた。
「本当に危ないとこだったの、、、」
「あんなヤツ、ほんとは俺1人で、、、」
「お母さん、抱っこ!抱っこして!」
「ハルちゃん、ケイ、お腹空いたの。いますぐ、、、」
「カムロ村で悪いヤツがいて、誰も助けて、、、」
「ミャアがさいしょなのーっ!」
みんな好き放題喋っていて、もはや誰が何を喋っているのか把握できない。
というか、1人おかしい奴がいつの間にか起き出して騒ぎ始めたが、無視だ、無視。
だがその中の一言を聞き咎めたリリナが、たちまち厳しい形相に変わる。
「カムロ村っ!?あなたたち勝手にカムロ村に行ったの?答えなさいっ!」
リリナの激しい剣幕に、セナとポメがしまったという表情を浮かべる。
2人で顔を見合わせて慌て始めた。
リリナの言いつけを破ってカムロ村まで出かけたなど、そりゃこっぴどく怒られるだろう。
しかも内緒で贈り物を買いに行ったのだから、詳しい事情を話すこともできない。
空気が変わったことを察知したのか、他の子たちも口をつぐむ。
「ハルちゃん、早く。ケイ、ごはんが欲しいの」
そんな緊迫した空気の中、ポンコツ幼女の間抜けな声が響く。
それを聞いてリリナの注意がこちらに向いた。
「どういうことなの?ハルト、説明しなさい!」
俺かよ!
ポンコツめ、余計なことしやがって。
まあ、でも俺が説明した方が早そうではある。
「昨日俺とケイが、って、こいつな、カムロ村を歩いてたら、この子たちが冒険者に絡まれててたんだ」
ポンコツ幼女を紹介しながら、カムロ村でのいきさつを伝える。
「ポメとヒャウが締め上げられてて危ないところだったから助けたんだ。それでもうすぐ日も暮れそうだったし、2人がぐったりしてて歩くのもきつそうだったから、ここまで送り届けたってわけ」
「そうなの。それは、、、本当にありがとう。何とお礼を言っていいか」
「いいよ。前は俺がリリナに命を救ってもらったんだから、これで少しは借りを返せたかなって」
そう言うと、リリナは少しほっとしたような表情を見せる。
勇者を憎むリリナにとって、勇者に助けられること、借りを作ることには複雑な思いがあるのかもしれない。
俺がリリナに受けた恩を返すには、こんなものではぜんぜん足りないと思うけど。
「それに見も知らぬこの子たちを助けなきゃって思ったのは、リリナに出会って今まで見えてなかったことが見えるようになって、そうやって俺が変われたおかげだと思う。だから、この子たちを救ったのはリリナなんだよ」
「そう、、、」
たったそれだけを呟いたリリナ。
泣き出しそうな、喜びを噛み締めるような、何かを思い悩むような。
そんな複雑な感情が入り混じった表情を見せる。
リリナが経験した出来事の上辺だけしか知らない俺には、その呟きに込められたリリナの想いを推し量ることなどとてもできない。
「ハルト、とにかく、本当にありがとう」
そう優しげな表情で礼を述べたリリナだったが、たちまち鬼のような形相になってポメたちに向き直る。
「さて、それで、どうしてお母さんの言いつけを破ってカムロ村に行ったのか説明しなさい。ものすごく危険だから絶対に村の外に出ないように、何度も何度も言い聞かせたのに」
やばい、特級こわい。
横で聞いているだけの俺ですら泣きそうなほどだ。
子どもたちは見るからに青ざめて、ガタガタ震えている。
「黙っていてはわかりません。ポメ、セナ、お母さんに分かるように、ちゃんと自分の口で理由を説明しなさい」
ひえぇーっ、超級こわい。
セナもポメも他の子たちも目に涙を溜めて今にも泣き出しそうだ。
しかも贈り物のことは隠しているので、うまく説明することなど不可能だろう。
ここは何とか贈り物のことを知られないように、俺がうまく口添えをしてあげよう。
「リリナ、実はこの子たちは、、、」
「ハルト、あなたは黙っていなさい。私はこの子たちに聞いているんです」
はい、黙ります。
超級黙ります。
うん、俺も泣きそう。
子どもたちも必死に我慢しているが、今にも泣き出しそうだ。
ってかケイ、何でお前が最初に泣いてんだよ!
ちょっとは我慢しろよ、お前850歳だろ!
俺は手のかかる老女の背中をさすってなだめてやりながら、いつ終わるともしれないリリナの説教を見守り続けるのだった。
その後30分ほども続いたリリナのお説教の間、俺はこれからどうするかを考えていた。
というのも最初はリリナに魔王討伐の旅の仲間になってもらいたくて、ここまでやって来たのだ。
だけど子育てで大変なリリナに、そんなことを頼めるはずもない。
となるとリリナにお願いできるのは、せいぜい魔法の使い方を教えてもらうくらいだろう。
後は魔王を倒した秘術について聞くことと、ソウカイ住職の想いを伝えること。
そしてお返しに何かリリナが困っていて、手助けできることがないか聞いてみるか。
リリナと子どもたちの話し合いが終わったところで切り出してみることにした。
ちなみに子どもたちとケイは、説教が終わった後は、世界が終わったかのような表情でぐったりしている。
何とか贈り物については隠し通せたようだが、この様子ではリリナに渡すのはしばらく無理だろう。
今のうちにリリナに話してみようと思ったのだ。
「リリナ、ちょっと話したいことがあって、、、この子たちと出会ったのは本当に偶然なんだけど、実は俺たちがカムロ村までやって来たのはリリナに会いたくてなんだ」
そう話し始めると、リリナが露骨に嫌そうな顔をする。
本当に説得できるかな、これ?
「実は俺とケイはリリナと同じでカムナの理から外れた存在なんだ。俺がステータスや魔法を失っているのはそのせいで、だけどそれでも俺たちは魔王を倒さないといけない。そんなときステータスを失っているはずのリリナが魔法を使っていたのを思い出して、それでリリナに会いに来て」
そうしてまっすぐにリリナの目を見つめながら、誠意をこめて頼み込む。
「リリナ、俺たちに魔法の使い方を教えてください」
そう言って深く頭を下げる。
しばらく逡巡する気配が感じられたが、時間をかけて出したリリナの答えは俺が望むようなものではなかった。
「なぜ私がそんなことをしないといけない。お前ら勇者なんかに」
やはり駄目か。
リリナが勇者へ反感を持つのは、カムロ村で聞いた話だけでも十分に納得できる。
だけど、俺だってここで引くわけにはいかない。
頭を上げるとリリナに必死で訴えかける。
「それでもお願いします。代わりにリリナが困っていることがあったら何でもするから。それに俺には魔王と戦うための力がどうしても必要なんだ。誰かが目の前で傷つけられてるのに、力がなくて何もできないなんてのは、もう嫌なんだ。そんなのはもう、絶対に、、、」
ハルカのことが脳裏に浮かび、必死に言葉を紡いでリリナに訴えかける。
それを聞いたリリナは苦しげな、泣き笑いのような表情を浮かべながらも、なおも頑なな態度を崩さない。
「私がお前ら勇者にしてやることは何もない!だいたい力を無くしたお前に何ができるって言うんだ!」
「力があるかどうかなんて関係ない!みんなを守るために、こんな酷すぎる世界を少しでも良くするために、何をするかなんだ!だいたいリリナだってそうじゃないか。カムナ教会から破門されて力を失っても、それでもみんなを守るために魔王と戦ったんだろ。俺だって同じだ!力なんて無くても、、、」
「同じじゃなぃっ!!お前ら勇者なんかがあの人と同じなはずないだろぉっ!」
俺の言葉を遮ってリリナが憤怒と憎悪に塗りつぶされたような表情で絶叫する。
俺の不用意な一言がリリナの逆鱗に触れてしまったのだろうか。
しまった!と慌てる俺だったが、後悔する時間はなかった。
リリナが一気に俺の間合いに踏み込んでくる。
何を?と疑問に思ったときには、腹部に激痛が走り、俺の体は吹き飛んでいた。
超級やばい!
リリナの渾身の右拳が俺の鳩尾に炸裂したようだ。
部屋の端まで転がりながらも、頭は冷静に状況を分析していた。
やはりリリナのステータスは俺より高いらしい。
俺が低級なのに対して、リリナは下級くらいはあるようだ。
俺の防御を貫いて致命傷かと思うようなダメージを与えたリリナの攻撃力から、そう推察することができる。
ってかこれ、本当に特級やばい。
息ができない。
身動きもできない。
腹部の痛みが激しい痺れと痙攣へと症状を変え、体中に広がっていく。
全身から冷や汗が吹き出してきた。
「がぁうたぁぁ」
体を動かそうとすると激痛が走り、意味不明なうめき声をあげてしまう。
丸くなって痛みに耐えることしかできない。
「母さんをいじめるな!」
大声で叫ぶセイジの声が何故か遠くに聞こえる。
いや、どう見ても虐められてるのは俺の方なんだが。
「ハルちゃんをいじめちゃらめなんらよっ!」
ケイの怒ったような声が聞こえてくる。
せっかく庇ってくれているのだが、ポンコツ幼女に心配されるのは、何というか負けたような複雑な気分になる。
そんな周りの声が頭の中にぐわんぐわんと反響して、意識がどんどんと混濁していく。
それに抗うように、力を振り絞って目を開けようとする。
視界に映るのはリリナのやり過ぎた!といった様子の、狼狽えるような、心配するような表情だった。
そんな光景を最後に俺の意識は深い暗闇の底に落ちていった。
ーーーーー
頬を撫でる風と、子どもたちの歓声に目を覚ます。
「ケイちゃん、そっちーっ!」
「待つのーっ!」
「わたしもいくー」
目を開けてみるが、飛び込んできた光が眩しすぎて、思わず再び目を閉じる。
ちらっと見えた印象からして、どうやらリリナの家の中に寝かされているらしい。
今度はゆっくりと目を開いていく。
横向きになった視線の先では家の入り口が開いており、そこから直射日光が差し込んでいるのだ。
その扉の外には、家の外を走り回る子どもたちの陰が朧げに見える。
眩しさに目を慣らすようにその姿を観察していると、どうやら蝶々か何かを追いかけて遊んでいるようだ。
そんな無邪気な遊びを楽しんでいるのは3人の子どもたちだ。
ヒャウとミャア、あともう1人は、あ、うん、やっぱりケイだった。
さすが850歳の幼女、超級ガキンチョですわ。
そんな微笑ましい光景を眺めていると、横にいたらしいセナから声がかかった。
「ハルトさん、起きたの? 体は大丈夫?」
「あぁ、だいじょぅ、、いててっ」
セナに返事をするため起き上がろうとして、腹部の痛みに思わず顔をしかめる。
「あっ、ハルトさん、まだ痛いの?」
「大丈夫だよ。ちょっとちくっとするだけだから」
「お母さんがほんとにごめんなさい」
「いや、いいん、、、」
「そんなヤツに謝んなよ!」
リリナの代わりに謝罪するセナを止めようとするが、俺の言葉は後ろにいたセイジに遮られた。
「セイジっ!何てこと言うの!」
「そいつが母さんをいじめたのが悪いんだろっ!」
「いい加減にしろ、セイジ!俺たちはハルトさんに助けてもらったんだぞ」
「何でセナ姉ちゃんもポメ兄ちゃんもそんなヤツを庇うんだよっ!」
そう言ってセイジは家の外に駆け出していく。
「こらっ!セイジっ!」
「セナっ!いいんだ!」
怒って追いかけようとするセナを呼び止める。
「俺がリリナを怒らせたのが悪かったんだ。リリナにはたくさん助けてもらったのに」
「ハルトさんはやさしいね」
「そんなことないよ。何を言ったらリリナを怒らせてしまうのか、ちゃんと考えて喋ることもできないんだから」
「だけど、お母さんもすごく悪いことしたって言ってた、です。ついかっとなってやっちゃって、ハルトさんは何も悪くないのにって」
「そうなんだ、、、」
てっきりリリナをものすごく怒らせてしまったのではないかと心配していたのだが、セナの話が本当なら、まだ何とかなるかもしれない。
いや、何とかしないといけないんだ。
どれだけ頭を下げてでも、リリナの力を借りないと、、、
って、そういえばリリナはどこにいったんだ?
セナにリリナの居場所を聞こうとすると、セナとポメが何か小声で相談していた。
何だろうかと思っていると、2人は大きく頷き、こちらに向き直って真剣な表情で話し始めた。
「ハルトさん、お願いです、お母さんを助けて」
「リリナを助けるって、どういうこと?」
「わたしもわからないけど、お母さん、今とっても困ってるの」
「俺たちには何も話してくれないけど、母さん、何かとても悩んでて」
「どんな悩みなんだ?」
「もうすぐ何かすっごく悪いことが起きるみたいで、母さん、このごろずっと焦ってて、だけど助けが欲しいのに誰もいなくて、、、」
「お母さん、大丈夫だよって言うけど、わたしわかるの。すっごく困ってるの、隠してるけど、見てるとわかって、だから、、、お願い、お母さんを助けて」
セナとポメがつたない言葉で必死に助けを求めてくる。
もちろん俺の答えは最初から決まっている。
「心配すんな。俺はリリナのためならできる限りのことはするから」
2人の表情がぱぁっと明るくなる。
ここに来る前から、リリナが助けを必要としているなら何でもするつもりだった。
さらにこの子たちと出会ってからは、ますますその思いは強くなっている。
「それで、今リリナはどこに?」
「お墓に。きっとしばらく帰ってこないです」
セナの話では、シオンの墓はこの集落のある丘を、カムロ村とは反対方向に下ったところにあるという。
リリナは頻繁にその場所を訪れては、長い間1人で過ごしているらしい。
村の外で危険なこともあり、子どもたちも滅多に連れて行ってはもらえないそうだ。
そこは4年前の魔王との戦いで森の木々が一掃されており、今は背の低い草で覆われた、開けた場所になっているという話だ。
セナに詳しく道順を聞くと、さっそく向かってみることにする。
門の横で佇んでいるビャクに水をあげ、朝の挨拶をしてから集落を出る。
昨日歩いてきた道とは逆方向に、森の奥へと向かう轍が続いていた。
その先、丘を下りきって少し進んだあたりがそうだろうか?
確かに森の一部がぽっかりと無くなって、草地となっている。
大した距離ではないようなので、歩いて行けばいいか。
一度村の中に戻ると、ケイだけを連れてリリナのところに向かう。
ちなみに能天気ポンコツ堕天使は、声をかけると「そんなことよりハルちゃんも一緒に遊ぶのっ!」とか言い出した。
もちろん問答無用で、2秒で黙らせてから連れてきた。
子どもたちには集落を出ないように釘を刺してから出発する。
20分ほど歩いたところで森の切れ目にたどり着いた。
そこから先は幅50ジョウほどの広さの、一見すると何もない空き地になっている。
だがここまで近づくと、幹から上を吹き飛ばされた木々の根元が、あちこちの草むらの下に見えていた。
そんな戦いの傷跡が、リリナたちと魔王の戦闘の凄まじさを物語っている。
そしてその空き地の向こう側に、1人佇んでいるリリナの姿があった。
その背中はとても寂しそうで、弱々しくて、何故だか声をかけることができなかった。
傲慢にもハーレムを作ろうと悪巧み中のロリコン性勇者ハルトに、PTAからの怒りの鉄槌が炸裂!
受難系勇者ハルトの「死にかけ定期」がまたしても発動しましたとさ。
そしてリリナたちの村に迫る危機とは?
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