2.22.52 始の断章.9 目覚めし勇者
■眞羅834年 3月14日 火曜
◎ホノカ
不意に射し込んできた光の痛いほどの眩しさに、思わず目を閉じる。
最初に浮かんだ思いは、ただただ眩しいという生理反射的なもの。
だがそれが過ぎ去るにつれ様々な考えが浮かんでくる。
今まで何をしていたのだったか?
ここはどこだろう。
記憶も意識も体の感覚もはっきりしない。
いったい自分の身に何が起きたというのか?
そして心の奥底から湧き上がる、この怒りと憎悪は何なのだろう。
私はいったい何をされたのだ?
いや、そもそも、、、
私は誰だ?
疑問の答えを探すように、おそるおそる目を開ける。
やはり眩しいものの、先ほどまでのように痛くて我慢できないほどではない。
ゆっくりと周囲を確認するが、全てが青く明るくぼやけていて良く分からない。
そういえば、先ほどから何か頭にずんずんと響いている。
これは、、、音か?
そうだ、何かの音が繰り返し頭に響いてくる。
だがその音もくぐもっていて、全く意味をなさない。
何より体の感覚がおかしい。
全身が痺れて動かない。
いや、動き方を忘れてしまったようにすら思える。
それでも不自由な身体を何とかしようとあがいてみる。
ぼやけた視界に焦点を合わせようと。
ひどく遠い音を聞き取ろうと。
水の中に漂っているかのような体を動かそうと。
視覚と聴覚は時間がたつにつれ、少しずつはっきりしてきたように感じる。
いや、それも気のせいだろうか?
相変わらず体がうまく動かない。
それどころか、触覚すらまともに働いていないのだ。
実は先ほどから何か振動のようなものを感じている。
だがそれが幻覚なのか、本当に自分の体に何かの力が加わっているのかも定かではない。
いったい何がどうなっているのだろう?
自分に何が起きたのかを考える。
私は誰だ?
どういう人間なんだ?
分からない。
そうだ、名前は?
私の名前は何だ?
とても思い出せそうにないと思った刹那、脳裏に一つの言葉が浮かび上がる。
ホノカ。
そうだ、私の名はホノカ。
私はホノカだ!
それがきっかけだったのだろうか、頭の中にいくつもの記憶の断片が呼び起こされていく。
私はホノカ。
帝国で従軍し。
連邦との戦いで出世した。
世界のあり方に疑問を持ち。
行く宛もない旅立ち。
愛する人との出逢い。
天族との邂逅。
手に入れた偉大な力。
獣人戦争の英雄。
この世界に平和をもたらし。
世界から裏切られ。
そして、、、
世界に復讐する者だ!
あんな腐りきった世界など、私が全て破壊し尽くしてやる!
記憶が戻ってきたことを契機に、いろいろな感覚が徐々にはっきりとしてくる。
明るい空色にぼやけていた視界の中に、少しづつ形が浮かび上がってきた。
手足がゆっくりとではあるものの、動かせそうな感触が返ってくる。
右肩のあたりに先ほどから感じているこの振動は、何者かに揺さぶられているのか。
「※うしゃ※ま、わか※ますか、ほ※かさま、、、」
気づけば頭に響いていた音が意味を持ち始めていた。
「ゆうしゃ※ま。おめざめですか、勇者さま」
聞こえてくる言葉に意識を集中させ、何とか理解しようと頭を働かせる。
「ふういんはときま※た。これでかんぜんに自由です。勇者ホノカ・ラングスター様。封印は解けたのです」
ラングスターだと?
その忌まわしい名は、、、
勇者ホノカ?
私はホノカだ。
だが勇者だと?
どういうことだ?
それに封印を解いた?
封印?
封印だとっ!!!
思い出した。
その言葉が最後の呼び水となった。
ようやく全てを思い出した。
世界に裏切られ、全てを失い、そしてこの地に封印されたのだ、私は。
その封印が解けた今、私が為すべきことは、、、
復讐だ。
この世界の全てを粉々に破壊してやる。
「どうか我等をお救いください、勇者様!」
何だと?
救えだと?
先ほどからの声は相変わらず意味の分からない言葉を続けている。
その声の方に視線を向けると、視界はようやく輪郭を持ち始めていた。
自分は青空の下で仰向けに横たわっているようだ。
その周りを取り囲んでいる、多くの人々の姿が見て取れる。
その人々の輪から、1人の男が1歩進み出ていた。
その男が先ほどから私の肩を揺すりながら、声をかけ続けているのだ。
「勇者様、あなただけが我等の希望なのです。どうか魔王から我等をお救いください」
今や視界はかなりはっきり見えるようになっていた。
やや壮年に見える、黒髪で落ち着いた印象のその男が、私の戸惑いに気付かず言葉を続ける。
その勝手な言葉に怒りを覚え、反射的に答える。
「救えだと。お前は私が誰だか分かって言っているのか?」
口をついて出た言葉はひどくしわがれていて、まるで自分の声ではないみたいだ。
「もちろんでございます。ホノカ・ラングスター様」
ラングスター。
その名前が呼び起こす苦々しい記憶に、身悶える程の憤怒を覚える。
衝動的に上体を起こし、その男を睨みつけながら、殺気を込めて怒鳴りつける。
「その忌まわしい名前を二度と口にするな!私はホノカだ。ただのホノカだ!」
「申し訳ありません、勇者ホノカ様」
「勇者だと?私は勇者などではない。この世界を滅ぼす者だ」
その言葉に目の前の男が息を飲む。
だがお前たちが真に恐怖するのはこれからだ。
この私の力を見せつけてやろう。
世界に裏切られ、世界に復讐するこの私の力を。
「手始めに帝国を滅ぼしてやる。その次は連邦だ!どいつもこいつもこの私の手で、、、」
「勇者様。既に帝国は滅んでいます。帝国の人間は一人残らず全て虐殺されました」
吐き出した世界への呪詛を遮って、男が驚愕の事実を口にする。
そんな馬鹿な?
だってここは。
思わず周りを見渡すと、さらなる驚きに襲われる。
そこは何もない荒野であり、私が元いたはずの帝都の面影はどこにもなかった。
「ここは、、、どこだ?どういうことだ?」
「ここはメルシア大陸ではありません、勇者様。メルシア大陸は帝国と共に全て滅びました。魔王に滅ぼされたのです」
あの帝国が滅ぼされただと?
魔王によって滅ぼされた?
そういえば、先ほどから話に出ている魔王とはいったい何のことなのだ?
「いえ、それだけではありません。連邦も、エラシア大陸の他の国々も魔王によって滅びました。いまこの星に生き残っている人類はほとんどいないのです。魔王はこの星に生きるほぼ全ての人々を虐殺したのです」
何だと?
帝国だけでなく、連邦まで滅んだというのか?
だったら、、、
だとしたら、私の復讐はいったい誰に行えばいいというのか?
私のこの身を焦がすような憎悪をいったい誰にぶつければいいのだろう?
絶対に許さない。
一人残らず罪を償わせてやる。
その怨念だけを支えにこの先を生きていこうとそう心に誓ったのに、、、
その相手は私が眠っている間に消えてしまったというのか?
その魔王とやらの手によって。
「魔王とはいったい何なんだ?」
「始まりは勇者様が封印されてからしばらく後のことでした」
男が悲痛な表情で話しはじめる。
「突如として恐ろしい化け物が帝都に出現し、一夜にして帝都は滅亡しました。それが後に魔王と呼ばれることになるその化け物が初めて人類に牙を剥いた瞬間でした」
私が封印された後に、帝都に化け物が現れたというのか。
そして帝国や連邦が滅ぼされたと。
いったい私はどれだけの間、封印されていたのだろう?
「魔王はまず帝都に住む全ての人々を虐殺すると、次にその恐ろしい力で帝都を文字通り塵に還す程に破壊し尽くしたそうです。逃げ出そうとした者も全て殺されました。次には他の街も襲われ、わずか数カ月でメルシア大陸の全ての人々が殺されました」
たった一匹で帝国を滅ぼしただと?
確かに私も一人で帝国に復讐すると誓った。
だが獣人戦争を終わらせた英雄のこの私でさえ、個人の力でそこまですることなど不可能だ。
いったい魔王とはどれほどの力を持つというのか?
「魔王とはいったい何者なのだ?人なのか?そんな馬鹿げた力など、、、」
「外見は二本の足で立つ人に近い姿をしてはいます。ですが実際には獣人よりもはるかに大きくて、、、化け物としか言い様のない存在です。しかも圧倒的な身体能力だけでなく、魔法まで使えるのです。勇者ホノカ様と同じように。それも今まで誰も目にしたことのないような、凄まじく強力な魔法を」
魔法を使えるだって、、、?
この世界で魔法を使える存在が、私以外にもいるなんてあり得るのだろうか。
もしや天族の、、、
「その正体は不明で、他の星からの侵略者だの、人類を滅ぼす天の遣いだの、様々な噂があります。中でも最もまことしやかに噂されているのは、帝国が生み出した実験生物ではないかと。それが暴走して人類に牙を向いたのだと」
んっ!!!
まさか!
実験生物だと?
帝都で生まれた?
まさかまさか!
いや、だがそれほどの力を持つ存在など、、、 しかも魔法を使うとなると、、、
それしか考えられない。
だったら私の復讐は、、、もう果たされている。
あの畜生どもが悪魔の実験に失敗して勝手に自滅しただけなのかもしれない。
だがそれでも私たちの怒りが奴等に天誅を下したのだ。
私の代わりに仇を討ってくれたということなのだろう。
だったら私は、、、
「とにかく魔王の正体は誰も知らないのですが、かなりの知能と明確な意志を持っていることは間違いありません。帝国を滅ぼした魔王は次に連邦を襲いました。まるでその両国に明らかな敵意を持っているかのように」
やはり。
魔王とやらの正体は間違いなく、、、
ヒカル、、、なのか?
だとしたら、私は、、、
「ですが魔王は人類全体を敵視しているようです。帝国と連邦を滅亡させた魔王は、それでも止まることなく他の国々も襲い始めたのです。しかも大量の手下を生み出して」
私が思考の深い沼にはまりこんでいる間も、男の話は続いている。
「魔王に襲われた街はもちろん為す術もなく破壊されましたが、その魔王の手下、我々は魔族と呼んでいますが、魔族も一人一人が凄まじく強いのです。通常の兵器では倒せない上に、それが群れをなして襲い掛かってくるという恐ろしい相手で、、、人類は瞬く間に滅亡していきました」
「それでは、人類は、世界中の国々は滅びたというのか?」
「はい、ほぼ全て、、、メルシア大陸とエラシア大陸には、もはや一人たりとも生き残っている人間はいないでしょう」
「だったら、ここはどこなんだ?」
「ここはこの世界で最後に残った島国。そして今まさに滅びる寸前にある国。ここは倭国。ホノカ様の母国です」
眞羅倭国、そこは帝国に移住した祖父の生まれ育った国である。
確かに私にとっては第2の故郷と言うべき国であろう。
いや、帝国に裏切られた以上、今となっては母国と呼べる唯一の国かもしれない。
だがしかし私はもちろん父ですら、その国を訪れたことなど1度もない。
現代文明を拒絶しいまだに前時代を生き続ける、その一風変わった島国を。
私にとっては今まで関わりを持つことなどなかった、全くの未知の国である。
そんな眞羅倭国で、どうして目覚めることになったのだろう?
「不思議ですか?ホノカ様にとっては倭国は遠い存在かもしれません。ですが我々倭国の民から見れば、ホノカ様は英雄なのです。もちろんホノカ様が帝国からどんな仕打ちをされたかは存じ上げております。ですがそんな事には関係なく、いやだからこそ、我が国ではホノカ様を真の英雄であると讃え敬っているのです」
目の前の男の言葉を裏付けるかのように、周囲の人々が尊敬の眼差しを向けてくる。
「話は戻りますが、世界中の国々を襲い始めた魔王は、人類を敵視する以上に何故か人類の文明を憎んでいるようなのです。何故なら魔王は人々を皆殺しにするだけではなく、滅ぼした国の全ての町や村を跡形もなく粉々に破壊しつくして行くからです」
人類だけでなく、文明を憎む魔王。
やはりヒカル、、、なのか?
「この倭国が最後まで襲われなかったのは、現代文明を排して自然と共に生きることを選んだおかげなのかもしれません。今ではこの星の全ての国が滅び、生き残っている人類はこの島国の住人だけとなっています」
確かに私もあのことを知らされたとき、現代文明を崩壊させるという方法を考えなかった訳ではない。
だが大きな犠牲を伴うそのような手段など不可能だ。
結局は獣人戦争を終結させるという消極的な対応しかできなかった。
それにあの頃はまだ帝国への愛国心もあった。
もし帝国の本性に気づいていれば、即座に帝国を滅ぼすという強硬策を採れていたものを。
その優柔不断な態度があの悲劇を招き、結果として私は全てを奪われたのだ。
そしてもし魔王があのことを知っていて、帝国を滅ぼし人類文明を破壊しているのだとしたら、、、
やはり魔王の正体はヒカルだとしか考えられない。
何故ならこれから人類に訪れる運命を知っている人間は、私しかいないのだから。
私の記憶を受け継いでいるであろう、ヒカル以外には。
あの悲劇により狂わされたヒカルが、本来私がするべき使命を果たしてくれているのだろうか?
だったら、ヒカルの行動は人類を救うための行動に他ならない。
人類に待ち受ける破滅を回避するための。
だが本当にそうだというのなら、なぜ全ての人を殺そうとする?
それでは人類を救っているのか、滅ぼしているのか分からない。
やはりヒカルではないのか?
それともあの悲劇により、ヒカルは完全に狂ってしまっているのだろうか?
私が思考の深みにはまっていく間も、男の話は続いている。
「そして1月ほど前、ついにこの倭国にも魔王の侵略の手が伸びてきました。残念ながら瞬く間に首都も落とされ、王族も兵士たちも民を逃がすために最後まで戦い命を落としました」
男が無念そうな表情をにじませながら言葉を続ける。
「ですが魔王の侵攻は止まることなく、今では島の北部は壊滅し国民の大半が犠牲になりました。今現在、この星に生き残っている人類は、この未開の南部に落ち延びた数千人を残すばかりとなってしまいました」
数千人だと?
たったそれだけを残すのみで、この星の全ての人々が死に絶えたと?
それは、、、
私の、私たちの復讐は、そこまでしようとするほどのものだったのだろうか?
私の人類への憎悪はそれほどのものだというのか?
不意に吐き気に襲われる。
帝国と連邦を滅ぼしてやると、そう決意した。
だがこの星の全ての人々を虐殺するなど、、、
「ですが我々にも希望が残されていました。獣人戦争を終結に導いた勇者ホノカ様が。我々も世界中の国々が滅ぼされていく中、何もせずにただ手をこまねいていた訳ではありません。最後の望みを込めて、決死の覚悟で海を渡った部隊がありました」
そう言って目の前の男が真剣な眼差しでこちらに向き直る。
「申し遅れましたが、私は眞羅正教で枢機卿を務めております相楽輪と申します。私を含む数名の魔法に適正のある司祭が、護衛の兵士数十名とともに、魔王に滅ぼされて不毛の地となったメルシア大陸に旅立ったのです」
相楽と名乗った男が、辛い過去を想い起こすように表情を歪めながら話を続ける。
「多くの犠牲者を出しましたが、それでも魔王がエラシア大陸を攻めている最中で不在だったのは幸運でした。我々は帝都のあった場所をくまなく捜索して封印されていたホノカ様を発見し、この倭国に連れ帰ったのです」
そうか、それで帝都ではなく、この眞羅倭国で目覚めることになったのか。
「我々が戻ったときにはこの国は既に戦火に包まれ、滅亡はすぐそこにまで迫っている状態でした。さらに封印を解くのにかなりの時間を要し、あと数日で人類が絶滅するという瀬戸際まで追い込まれましたが、それでもなんとか間に合ったのです」
そこまで話すと、相楽は振り返って後ろに控える人々に合図を送る。
それを受けて周りを取り囲む人々が一斉に地面に跪いて頭を下げる。
「勇者ホノカ様。どうか我々を、魔王に殺される人々を、もう間もなく絶滅してしまう人類をお救いください」
その言葉を受けて私は、、、
帝国への恨みに取り付かれて眠りについた。
だが私の復讐は私たちの意志によって既に果たされている。
目の前にいる人々は、私の復讐には何の関係もない人々だ。
いや、それどころか私たちの復讐の巻き添えになった被害者である。
こんな悲劇は私が止めなければならない。
だが私に止められるのか、ヒカルを?
それに正直を言うと、私にはこの見ず知らずの人々よりも、ヒカルの方がはるかに大事なのだ。
ヒカルと共に何もかも全てを破壊しつくす、その方がいいのかもしれないとまで考えてしまう。
だが、この虐殺は本当にヒカルの意思なのだろうか?
元のヒカルがここまでの悪意を持っていたはずがない。
あの純真無垢だったヒカルが。
本来のヒカルの意思は、文明を消し去ることで人類を救おうとしているのではないか。
そんなヒカルを、、、捻じ曲げてしまったのではないだろうか?
私の世界への憎悪が。
あの畜生どもの蛮行が。
そしてあのとんでもない悲劇が。
だったら私の為すべきことは?
そもそも私は初め、何をやろうとしたのだったか。
そう、私の原点は、、、
そうしてその日、私は、ホノカは、、、
勇者としての道を歩み始めた。
第2章 『バグってデータ消えましたって、詫び石よこせよクソ運営』 完
激動の第2章はこれにて完結です。
絶望を乗り越えて再び立ち上がった勇者ハルト(偽)とポンコツ堕天使。
一方ハルト(本物)はどうなる?
せつかくの出番も一瞬だったユウナは本当にメインヒロインなのか?
他の勇者と聖女の登場はあるのか?
そして深まる数々の謎。
先々代の聖勇者レイヤと至聖女アンナに何が起きたのか。
初代聖勇者ホノカと魔王の秘密とは。
次章から最弱の聖勇者ハルトの下克上が始まる!といいよねー、、、
次回 第3章 『序盤からハードモードとか、人生はクソゲーだ』




