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リポップワールド ~ゲーム世界のバグは勇者を殺す~  作者: 佐倉コージ
序章 おおゆうしゃ! しんでしまうとは なさけない
5/166

0.5.5 冒険の旅の終わり

【カムナ版 3009年 1月15日 水曜 第1版】

『聖勇者レイヤ 人類全ての願いを背負い魔王城に旅立つ』


 ついにこの日がやってきた。

 聖勇者レイヤが第2から第7勇者の残り6組の勇者パーティーとともに、魔王領への進軍を開始した。

 目指すは魔王城、千年魔王の打倒である。


 聖魔大戦の勝利からおよそ2ヶ月、聖勇者レイヤと至聖女アンナは最終決戦に向けての備えを着々と進めてきた。

 そうして万全の準備を整え、ついに本日残り1人の大魔王と2人の魔王、そして千年魔王の討伐に向けて旅立ったのだ。


 聖魔大戦で圧倒的な勝利を収めたあと、聖勇者レイヤと至聖女アンナは偶然に発見した未知のダンジョンの攻略に挑んでいた。

 そこはあの世界最難関とされるカムロ大迷宮すらも遥かに上回る超高難度ダンジョンだったという。

 詳細は明らかにされていないが、聖勇者レイヤの報告を聞いた者の話によると、通常では考えられないような途轍もなく高レベルのダンジョンマスターに遭遇したという。


 昨年末にその未知のダンジョンから帰還した聖勇者レイヤは、千年魔王に挑む準備が整ったと判断し、そのまま魔王領に進軍することを決定した。

 12日の月曜には聖勇者レイヤが招集した6組の勇者パーティーが全て合流し、遠征部隊が揃った。

 それから準備を整えること3日、本日15日の水曜に聖勇者レイヤと至聖女アンナはカムクラ王国北東部から魔王領へと遠征に旅立った。

 遠征に参加したのは、、、




ーーーーー




「貫けぇーっ!」


 俺はさらに持てる力の限りを込めて聖剣リンネをエンシェントドラゴンの体内深くに押し込み、ついにその剣先が魔石に届く。

 これで俺たちの勝ちだ!

 魔石を砕き始めた聖剣リンネの感触に勝利の予感を感じたその瞬間、特大の危険の気配が背筋を凍らせる。

 一気に膨れ上がる凶悪なマナ。 

 さっき使った全方位衝撃波か?


 それでもこのまま魔石を砕ききれれば俺たちの勝利だ。

 防御を一切考えることなく、俺は聖剣リンネを押し込むことに全ての力を注ぎ続ける。

 だが瞬時に発動されたエンシェントドラゴンの全方位衝撃波は、先ほどの威力には遠く及ばない苦し紛れのものとはいえ、それでも聖剣リンネとともに俺を吹き飛ばすには十分だった。

 聖剣リンネがその身を貫いた後に発動した咄嗟の衝撃波、その一撃が俺に致命傷に届かんとするほどのダメージを与える。

 張っていた防御魔法、ユウナとカイトがかけてくれた支援魔法をぶち抜き、特級の防具をも半壊させ、それでもなお第5勇者の高い肉体強度を持つはずの俺を戦闘不能に追い込むほどの攻撃。

 いや、それだけの防御があったからこそ、かろうじて即死を免れることができた。


 ダメージにより受身もとれず、そのまま地面に叩きつけられそうになった所をレンが受け止めてくれる。

 おかげでなんとか一命を取り留めた俺は、ユウナがかけてくれていた常時回復魔法により徐々に回復していく。

 それに加えて駆け寄ったユウナが必死の形相を浮かべながら超級回復魔法をかけてくれる。

 第2聖女たるユウナが行使できる最大の魔法。

 俺とユウナの周囲に金色に輝く神々しい、そして温かい光の粒子が降り注ぐ。

 小さな傷は一瞬にして完治し、体力も万全。

 瀕死のダメージとはいえ身体欠損を伴うような大きな怪我が無かったことが幸いし、使ってしまったマナの残量以外は戦闘前の状態にまで瞬時に回復することが出来た。

 さすがユウナの超級回復魔法。

 超級すさまじい!


 一方きりもみ回転をしながら、俺たちに向かってきた勢いそのままに地面に激突したエンシェントドラゴンだが、ダメージはほとんど無いだろう。

 魔石に傷をつけたものの致命傷には程遠く、肉体ダメージは攻撃を一点に絞ったことが裏目となり、胸への刺傷のみ。


 対してこちらは全方位衝撃波のダメージは全快したものの、切り札で倒せなかったことが痛い。

 もう一度神級魔法を発動することもかろうじて不可能ではないが、再び必要なマナを集めるためには先ほどよりも時間がかかる。

 さらに神級魔法を警戒している相手に、より深い攻撃を当てないといけないのだが、そのための隙を作り出す手立てが思い浮かばない。


「ここは俺の出番だな」


 ユウナの感覚共有魔法により、思考が共有されているレンが、俺の焦りに反応して声をかける。

 だが思考共有でもレンが何をしようとしているのかわからないということは、本当にレンの奥の手なのだろう。

 しかも俺たちに伝えたくないような。

 決意を込めた表情で何らかのスキルの発動に入っている。


「黒界」


 そんなレンを横目に、超級回復魔法をかけて俺を全快させてくれていたユウナの凛とした声が響く。

 半分以下に減ってはいたものの、まだ十分に残っていたユウナのマナが急速に尽きていく。

 出し惜しみをしないユウナの最後の闇魔法。

 そう、みんなわかっているのだ。

 次の神級魔法が最後の機会だということを。

 そして先ほどの神級魔法があとわずかで勝利に届くところだったということを。

 発動できる神級魔法はあと一撃。

 だが、その一撃でこの遥か格上の相手を倒せる可能性はある。


 もっと大きな隙を作り出して当てることができれば。

 そのために残り全ての力を賭けて3人がサポートに入ってくれている。


 もっと深い攻撃を繰り出すことができれば。

 そのために俺ができることは、、、


「転移!リンネ!」


 俺の声に合わせて聖剣リンネがこの場からかき消えていく。

 聖剣リンネを教会の『転移倉庫』に戻したのだ。

 リンネは確かに強力な聖剣だが、その物理攻撃力や耐久力は今は重要ではない。

 それよりも、、、

 残り5本あった特級のマナポーションを取り出して、一気に全て飲み干しながら、カイトの魔法獣のウコに駆け寄る。

 場違いなことに愛らしい表情を浮かべてくつろいでいるウコの背中に取り付けた収納箱の中を探り、1本の小ぶりな剣を取り出す。

 魔剣オボロヅキ。

 このダンジョンの地下遺跡の階層で入手した魔剣である。

 数日前に入手したばかりなので、当然ながら教会で登録はまだできていない。

 そのためリンネのように転移倉庫に送ることはできず、カイトのウコに運ばせていたものだ。


 聖級武器である聖剣リンネからは1等級劣る超級武器だが、それでもリンネと同じく先史時代に作られた聖名付きの魔剣。

 古代文明の技術により魔法的な特殊能力を付与された武器であり、この世界に数本しか確認されていない希少なものだ。

 そしてオボロヅキは魔法攻撃に特化した魔剣である。

 ほとんど剣と呼べないくらい短いその刀身は、わずかな物理攻撃力しか秘めていない。

 だがカイトの説明によると、その刃自体はこの魔剣にとっては飾りのようなものに過ぎない。


 魔剣オボロヅキの真価はマナを込めたときの魔法攻撃力の圧倒的な強力さにある。

 特に上級を超えるような量のマナを注ぎ込んだ際には、光魔法なら光刀、火魔法なら炎刀と属性に応じたマナの刃が出現し、その威力は単に魔法を発動する場合を遥かに上回る。

 しかもその形状すら思いのままにできるのだ。

 そう、エンシェントドラゴンの体の奥深くにある魔石を貫けるように、長く、鋭く、硬い刃の形状に。

 魔剣オボロヅキを手に取った俺は、その場で神級魔法の準備に入り、ただそれだけに集中する。

 防御も回避も必要ない。

 仲間を信じているから。


 実際にレンは切り札のスキルの発動を続けながらも、すでに俺を守る位置に移動していた。

 さらにカイトも魔法の発動に集中しているユウナを抱えてやってくる。

 カイトは続けて俺とレンの魔法の発動を可能にするために、足りない分のマナを自分の精神界から受け渡しはじめた。

 扱うマナの波長が自分とは異なる他人にマナを譲渡する、それも相手の精神界に直接送り込むのは途轍もない高等技術である。

 それを二人同時に行うなど、カイトだからこそできる神業と言っていいだろう。


 そしてここまで時間を稼いでくれているのがユウナの発動している超級闇魔法『黒界』。

 やっていることは先ほどの視界妨害と同じなのだが、込められているマナが桁違いである。

 その闇の大きさはエンシェントドラゴンの全身を覆い隠して余りある。

 その闇の濃さは視覚どころかマナの感知も気配の察知も音の知覚すらも不可能にする。

 その闇の性質は光を閉じ込め時間をも閉じ込めるほどのもの、物理的に脱出を困難にさせるだけなく時間の流れさえも遅らせる。

 だがそのユウナの超級魔法を持ってしても、神級のエンシェントドラゴン相手にはわずかな足止めにしかならない。

 ユウナのマナが尽きるのと、エンシェントドラゴンの本気のブレスが黒界を打ち破るのはほぼ同時であった。


 黒界から抜け出した直後のエンシェントドラゴンに、今度はカイトが自身の最強の魔法である特級火魔法を撃ち込む。

 ここまでは速度の速い雷魔法を使っていたカイトだが、漆黒空間から出た直後の隙を突けば遅い魔法でも当てることが可能だ。

 となればここはカイトが最も得意とし、特級まで扱える火魔法の出番である。

 既にマナの譲渡を終えていたカイトは、残る全てのマナを特級火魔法に込め、エンシェントドラゴンに叩きつける。

 形状はありふれた火球、だがその大きさ、速度、威力、熱量は特級魔法のもの。

 並みの魔物であれば欠片も残さず消し飛ばすほどの火球は、だがエンシェントドラゴンを吹き飛ばすことさえできなかった。

 特級火魔法ですらわずかな距離を押し返すのみで、ダメージもほとんどない。


 そしてエンシェントドラゴンの瞳が憤怒の色を込めて俺たちを捉える。

 エンシェントドラゴンの選択は突撃、圧倒的なステータス差を生かしたその巨体自体の暴力による蹂躙である。

 その死の砲弾が俺たち4人に迫り来る。

 こちらは既に二人のマナが尽きている。

 だがその二人が稼いだ時間のおかげでレンのスキルの発動が間に合った。

 エンシェントドラゴンの爪が俺たちを切り裂こうとする間際、レンの半壊した大盾の前に複雑な多面体形状のマナの結界が発現する。

 直後にエンシェントドラゴンが激突して、凄まじい衝撃音とともに結界が砕け散る。

 だがエンシェントドラゴンの突撃は俺たちには届くことなく、俺の目の前でエンシェントドラゴンとレンがともに吹き飛んだ。


 レンが角度をつけて結界を発動したせいか、まっすぐ俺たちに突っ込んで来たはずのエンシェントドラゴンは、軌道をそらされて俺たちの左を通過していく。

 おびただしい量の血を撒き散らしながら。

 単に向きを変えられただけなら、あんなダメージを受けるはずがない。

 それはまるで自分の攻撃をそのまま自分の体に受けたかのようである。

 間違いなくレンの切り札のスキルの効果だろう。

 攻撃の威力のほとんどを相手自身に跳ね返すカウンター技。

 特級の盾戦士にふさわしいすさまじいスキルだ。


 しかしさすがにエンシェントドラゴンの攻撃を跳ね返しきることはできなかったようで、レンは逆に右斜め後ろに吹き飛ばされている。

 賞賛と不安を胸に振り返って、レンの姿を目にした俺は絶句する。

 スキルの代償か、それとも返しきれなかった突進の威力の余波か。

 致命傷だった。

 ユウナの常時回復魔法の効果も及ばない。

 レンの体が光の粒子と化し、上空に立ち上りながら空気に溶けていく。


「レン、、、」


 涙を堪える。

 今はそんな場合ではない。

 レンが命を懸けて守ってくれたことを無駄にはできない。


 俺は歯を食いしばると、神級魔法の発動に入る。

 仲間たちが死力を尽くして稼いでくれた時間で、ようやく発動に必要なマナが集まった。

 そのマナを物質界に顕現させると、聖光に変換し、魔剣オボロヅキに収束させていく。


 だが神級魔法の完成よりもエンシェントドラゴンが立ち直るほうが早かった。

 エンシェントドラゴンが血を撒き散らしながらも素早く首を起こして、速度重視で放ったブレスが襲い来る。


 間に合わないっ!


 それでも魔剣オボロヅキを振りかぶろうとする俺の前にカイトが立ち塞がった。

 マナが尽きているはずのカイトだったが、即座に特級防御結界を起動する。

 きっと命を削ってまで発動してくれたのだろう。

 その防御結界とカイトをブレスが飲み込み、そして俺の目の前でブレスが掻き消えた後には、、、


 光の粒子が散っていくその僅かな残像の他には何も無かった。


 レンに続いてカイトまで。

 自分の力の無さに胸が締め付けられ、怒りの感情に支配されそうになる。

 だが冷静さは失わない。

 二人はそんなことは望まないから。

 そんな俺の手元には、聖なる金色に輝く光の槍。

 遂に、ようやく、神級魔法が完成した。


 だが早くも立ち直ったエンシェントドラゴンにはもう隙は無い。

 こちらの神級魔法を警戒しており、先ほどのように突進に移るようなことはなく、逆に距離をとっている。

 どうやってこの相手に攻撃を当てればいいのか?

 だが悩む時間はなかった。


 エンシェントドラゴンのマナが膨大に膨れ上がる。

 あの動作からしてドラゴンブレス、それも先ほどまでの本気に見えたブレスが戯れのように思えるほどの最強の一撃。

 エンシェントドラゴンが放とうとしているブレスの威力を一瞬にして理解した。

 理解してしまった。

 それは全ての希望を打ち砕くほどの、本能的な恐怖を呼び起こすもので、、、


 みんなのここまで頑張りは無駄だったのだろうか。

 あれをかいくぐって攻撃を当てることなど不可能。

 あれは放たれたが最後、全ての空間を埋め尽くし、全てを無に帰す純然たる破壊の概念そのもの。

 そしてあれが放たれる前に俺にできることは何も無い。

 絶望に押しつぶされた俺の脳裏をよぎったのは、ユウナの信頼を裏切ってしまったという思い。

 今となっては迫り来る死よりも、振り返って裏切ってしまったユウナの顔を見ることが、そして期待に応えられなかった俺の顔をユウナに見せることが怖い。


 立ち尽くす俺の背中に、2つのぬくもりが触れる。


「行ってハルト。あなたならできるわ」


 ユウナが両の手のひらを俺の背中に預けてそう伝える。

 不安と恐怖を押さえ込み、安らぎに満ちた声で。

 そして防具を通して背中に伝わるぬくもりには、マナを使い果たしたはずのユウナが振り絞った最後のマナとともに、ユウナの優しさが、希望が、信頼が込められていた。


 そのユウナの両手が俺の背中を押し、俺は一歩を踏み出す。

 その一歩で俺の時間が再び動き始める。

 立ち止まるな。

 考えろ。

 もう一歩を踏み出す。

 何かあるはずだ。

 この現状を打開する何かが。

 さらにもう一歩。


 俺の脳裏に一筋の閃きが走ったのと、エンシェントドラゴンの口から破壊の閃光が走ったのは同時。


 なぜ絶対に勝てないようなレベルのダンジョンマスターがいたのか?

 なぜ最初はダンジョンマスターが姿を見せなかったのか?

 なぜ先にクリアアイテムを入手できたのか?


 正解であるという保証はどこにも無いが、俺の中でいくつかの疑問が一本の線でつながり、これが答えだという確信に変わる。


 このダンジョンは何者かが用意したものではないのか?

 その目的は魔王を打ち倒すものを育てるためではないのか?

 そしてその何者かはこの理不尽なレベルの相手を倒すための手段を用意していたのではないのか?

 そしてその答えは。


 俺は右手に聖なる光の槍を構えて、全速で突き進む。

 破壊の化身たるブレスに向けて、その背後のエンシェントドラゴンに向けて。

 そして左手で魔法袋から天恵のポーションを取り出すと、瓶を開けてその中身を全身に浴びる。


 俺の体が神々しい光を帯びた未知のマナに包まれた直後、エンシェントドラゴンのブレスに飲み込まれる。

 だが光の化身と化した今の俺は、いかなる攻撃をもってしても傷つけることなど不可能。

 右手で突き出した聖なる光の槍はブレスをものともせずにかき分けていく。

 その背後、穴を穿たれたブレスはユウナに届いただろうか?

 俺はユウナを守れただろうか?

 だが光と同化した俺は、後ろを振り返ることなくブレスを突き破り、驚愕の表情を浮かべるエンシェントドラゴンの胸に神級魔法の聖なる光の槍を突き立てた。


 そして俺は意識を失った。




 序章 『おおゆうしゃ! しんでしまうとは なさけない』 完


 こうしてドラゴンスレイヤーとなったハルトは、後に魔王を倒し世界を救ったのであった、ちゃんちゃん。

 ハルトの冒険に長らくお付き合いいただきありがとうございました。

 いい最終回だったら幸いです。

 ハルトたちの次回の活躍にご期待ください。


 次回 第1章 『弱くてニューゲームとかリアルでやったら死ねるから』


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