2.15.45 聖勇者
ん?
何だって?
今こいつ、何かとんでもないこと言ってたような気がしたけど、、、聞き間違いか?
「パパがね、ハルちゃんが今回の真の聖勇者に決まったから、ケイにはそれをてつらえ(手伝え)って」
俺が?
聖勇者?
「それれね、無事に千年魔王を倒せたら、ケイ、許してもらえるんらって」
千年魔王を倒す?
俺が?
この勇者でもなくなった弱っちい俺が?
「ケイ、最初はぜったい無理らって思ったけろ、ハルちゃんもやる気らし、頑張れば何とかなるよね?」
うん、俺も手伝うって言ったし、聖勇者になれたみたいだし、少しずつ努力を積み重ねて頑張っていれば、いつかは何とかなるかなぁ、、、
って、
「何とかなるかーっ!」
そんなの神級無理に決まってんだろ!
「いやいやいやいや、ちょっと待って!俺が聖勇者?千年魔王を倒せって?この俺に?」
取り乱しながら問いかけると、幼女堕天使は満面の笑みで頷き返す。
だけど俺が聖勇者って、どう考えてもおかしいだろ!
「そもそも聖勇者って7月1日の選定の儀で選ばれるんだぞ、カムナ教会で!カムナの意思によって!」
「うん、そうらけろね、あれは違うの。あれは人族が勝手に選んららけの、たらの候補者なの。らから天界に認められてね、天恵のポーションを授かって使わないとね、本物の聖勇者にはなれないんらよ」
何だって?
そんな話、聞いたことないぞ。
俺が知らないだけじゃない。
カムナ教会でも把握していないはずだ。
それどころかそんなこと知っている人間など、この世界に誰もいないのではないだろうか。
だいたい天恵のポーションを入手できたと思われるのは、先々代の聖勇者レイヤだけなのだ。
「それれね、天恵のポーションを使って真の聖勇者にならないと、千年魔王はぜったいに倒せないんらよ。らけろ最近の勇者れ真の聖勇者になれたのは、10年前のレイちゃんらけなんらよ」
「ちょっと待ってくれ!そんな大事なこと、誰も知らないぞ。それじゃ、今までの聖勇者たちは、絶対に勝てない戦いをしてたってことなのか?どうして教えてくれなかったんだ!」
「それはらめらもん。天族はろっちの味方れもないから、人族に教えちゃらめなんらよ。人族が自分れ見つけらさないとらめなんらもん」
そういうことか。
人族というのは俺たち人類のことだろう。
そして天族というのはケイやあの大天使の種族のことなのだと思う。
その天使というのは伝説上の存在であり、今まで天使が本当に現れたなどという記録は存在しない。
どれだけ人類が魔王や魔物に殺され続けていても、人々を助けに現れることなどなかった。
つまり天使は人類と魔王の戦いの傍観者なのだ。
先ほど現れた大天使の神にも思える力をもってすれば、その気になれば千年魔王を倒すことすら容易いのではないかと思える。
だが天使には千年魔王を倒す気も、人類を救う気もないのだ。
「とにかく、天恵のポーションを使ったハルちゃんは真の聖勇者になったの。ケイはもう追放されちゃって天族じゃないから、ハルちゃんをてつらってもいいんらって。らからケイとハルちゃんれ千年魔王を倒すの」
「ちょっと待て!天恵のポーションを使ったというなら、あっちの第5勇者もそうだろ。あいつの方が力もあるし、聖勇者になるべきはあいつじゃないのか?」
「んーん、あれはらめなの!」
俺の疑問にケイは首を振りながらバッサリと言い捨てる。
あぁ、あいつはダメだよな、、、
特に人間性が。
幼女にあれ呼ばわりされるくらいに、超級ダメダメだわ。
とはいえ、勇者に必用なのは性格より強さじゃないかと思うのだが、ケイが言いたいのはそういうことではないようだった。
「あっちは天恵のポーションがちゃんと効いてないから、聖勇者にはなれないの」
何だって?
どういうことだ?
つまり天恵のポーションの効果が正しく出ているのは、あいつじゃなくて俺の方だっていうのか?
勇者としての力を失った俺の方だと?
それって、、、
「やっぱり、このもう一人の俺を生み出すってのが天恵のポーションの効果だったのか?」
「んーん、違うよ。パパが言うには、ハルちゃんが二人に分かれたのは、そーていがいのいじょーじたいなんらって」
「俺って、、、異常ってことなのか?」
俺が生み出されたことは異常事態だと天使は言う。
それはつまり、俺の存在自体が異常ってことになるじゃないか!
「らいたい、ハルちゃんが勝手に天恵のポーションを使っちゃったからなんらよ。変なことになったのは、ハルちゃんが変な使い方したせいなんらもんっ!」
「変な使い方だって?」
「本当はね、レイちゃんみたいにメグリの迷宮を攻略してね、試練に合格してね、説明を聞いてね、天族から授かってね、ちゃんと見てる前れね、初めて使うものなんらよ」
メグリの迷宮というのは、おそらくあの伝説のダンジョンのことだろう。
レイちゃんは、さっき10年前って言ってたから、レイヤのことで間違いない。
先々代の聖勇者レイヤは伝説のダンジョンを攻略して、天使から天恵のポーションを授かったということか。
そのときに説明を受けて、それからその場で天族の立ち会いのもとで使用する、それが正しい手順だったのだ。
なのに俺は勝手に持ち出して、しかも死の間際に使うという想定外の使い方をしてしまったようだ。
そのせいで俺が分裂するという異常事態が発生してしまったのだろう。
だったら、、、
「天恵のポーションっていったい何なんだ?本来の効果って何なんだ?」
全ての核心に迫る質問に、ケイが答える。
ついに俺は望み続けた真相に辿り着いたのだ。
「それはね、つまりね、えっとね、あれ、何らっけ?」
おいこら!
聞いているのはこっちだっての!
「らめなの、知ってるはずなのに思いらせないの」
こいつ、もしかしてポンコツ天使なのか?
堕天させられるくらいだから、そうなのかもしれない。
無意識に残念なものを見る目で幼女堕天使を見つめる俺だったが、どうやらそういうことではないらしい。
「違うの。忘れちゃったんじゃないもん。ケイ、追放されたときに記憶を消されちゃったみたい、、、」
そう言ってケイはぽろぽろと大粒の涙を流して再び泣き始める。
「ろうしよう。ケイ、何も思い出せないの。天族のことも魔王のことも、いろんなこと忘れちゃったの。空も飛べなくなっちゃったし、天界への帰り方も思いらせない。魔法も使えないし、ぜんぶらめなの、、、」
全てを忘れてしまった恐怖に震えながら絶望に沈むケイに、だがしかし、俺はかける言葉がない。
ケイが感じているであろう、自分の存在の全てが失われる恐怖と絶望は俺にも良くわかる。
優しい言葉をかけて慰めたい気持ちもある。
俺に可能なことなら出来る限りのことはしてあげたい。
それにさっきケイに協力すると約束したばかりだ。
だがそれでも、この全ての力を失った俺に千年魔王を倒せと?
何もかもを忘れて何もできなくなった幼女と二人で?
これはさすがに助けられる範囲を超えている。
俺は問題を先延ばしにすることにした。
「まぁ、なんだ、その、とにかく今はここを離れよう。このままだと追っ手に捕まってしまう。早くこの街から逃げ出さないと」
そうして俺はケイの手を引いてその場を後にするのだった。
結果的に言えば、ケイの無茶な依頼にどう答えようかと困り果て、話を逸らすためにその場を離れたのは大正解だった。
天恵のポーションを生身で持ち歩き、自身も凄まじい量のマナを放出しているケイが側にいるのだ。
見つからない訳がない。
権大僧正の追っ手が殺到してきたのは、俺たちが逃げ出した直後のことだった。
だが天恵のポーションは魔法袋にしまえば問題ないが、こんな歩くマナの嵐のような幼女を連れていては逃げることなどできない。
ただでさえ、背中から生えている真っ黒な大きな翼だけでも注目を集めるのだ。
路地裏から別の路地裏へと移動しながらも、俺は脱出など不可能ではないかと思い始めていた。
「こんなの無理だろ!門も固められてるし、居場所も筒抜けだし」
この数十分に及ぶ逃走劇で、俺も追って来ている僧兵たちのマナを完全に捉えている。
それでも四方八方からやって来る追っ手の包囲網は狭まりつつあり、捕まるのは時間の問題だった。
「ハルちゃん、らめなの?」
ケイが不安げに問いかけてくる。
天使のように愛らしい美幼女が、今にも泣き出しそうな表情で目をうるうるさせて見上げながら。
そんな姿を見せられると俺が何とかしなきゃという気持ちになる。
こんな年端もいかない幼女を心配させる訳にはいかないのだが、現状を打破する手立てが思い付かない。
面倒勇者が側にいる以上、ユウナにも頼れない。
俺だけなら逃げ切るのは簡単だが、俺にはケイを見捨てるなどという選択肢は存在しなかった。
「何とかする。したいけど、このままじゃ見つかってしまう。それでも、俺が、、、」
「見つかっちゃうの?」
「ああ、ケイのマナは目立つからな。どこまで逃げても、、、」
「あ、それじゃ、かくれればいいのね」
そう言って放出していた膨大なマナを一瞬にして消し去ったケイは、こちらを見上げて得意げな笑顔を見せる。
「これれいいの!」
うん、完璧だね!って、、、
「消せんのかい!」
思わず大きな声を出してしまった。
ケイが不思議そうな顔でこちらを見上げているが、確かに相手は幼児なのだ。
マナを抑えられるか聞かなかったこちらが悪い。
とはいえ、やっぱりこいつポンコツじゃないの?という疑念が拭いきれない。
「とにかくこれで隠れることはできそうだ。後はどうやって城門を突破するかだな」
「れきないの?」
「ああ、門には兵士も僧兵もいっぱいいるからな。とてもじゃないけど見付からずに通り抜けることはできないだろうな」
「ケイはね、空から飛んれきたんらよ!」
「ああ、空が飛べたらいいんだけどね」
「うん、ケイ、もう空飛べないの」
そう言って暗い顔で下を向くケイ。
すまない、辛いことを思い出させてしまった。
「れもね、空は飛べないけろ、壁を飛び越えればいいの!」
そう言うと、ケイは両手で俺を掴んで引き寄せると、軽々と頭の上に持ち上げる。
えっ、何この馬鹿力?
驚いて反応できないでいるうちに、ケイは俺を仰向けに持ち上げたまま近くの建物の上に飛び上がった。
天地逆になった視界の中で体を振り回されたせいか、感覚がおかしくなり自分がどうなっているのか見失いそうだ。
「ちょまっ、、」
咄嗟に静止の声を上げるが、言葉にならないうちに、ケイはすぐに隣の建物の屋上に飛び移る。
そうして一番近い城壁に向かって屋根から屋根へ建物を飛び移っていくと、城壁近くの一際高い建物の屋上に着地した。
えっ、何この身体能力?
いや、それより、仰向けに持ち上げられたまま、あっちこっちに振り回されて目が回ってきた。
そんな俺の様子は露知らず、ケイが高らかに宣言する。
「それじゃ、行くよーっ!」
まさかこのまま城壁まで飛び越えるつもりなのか?
だけど城壁の高さはここからでもあと5ジョウ(15m)くらいあるのにさすがに無理だろ。
というか、気分が悪くなって吐き気がしてきたし、ちょっと待ってく、、、
と言う間もなく、ケイは今まで以上に力を込めて飛び上がる。
やばっ、うっぷ。
こみ上げる吐き気を何とか抑えて周囲を見回すと、やはり城壁の上にまでは届かなそうだ。
落ちる!と思った刹那、ケイは城壁の石垣のわずかな出っ張りを蹴って再び飛び上がると、軽々と城壁の上に駆け上がる。
さらにすぐさま城壁から飛び降り、外堀を越えた先の地面に綺麗に着地を決める。
だが俺の表情は綺麗どころではなく、必死で吐き気を堪えて苦痛に歪んでいた。
仰向けに持ち上げられたままの体勢で吐いたりしたら、顔が吐瀉物まみれになって大惨事になる。
そんな孤独な戦いを繰り広げていた俺の様子に気付くことなく、ケイは陽気に「着いたの!」と歓声を上げる。
こいつーっ!と文句を言いたいところだが、そんな余裕は1スンたりとも残っていなかった。
何とか吐き気を堪えないと、、、
だがそんな俺の努力を嘲笑うかの如く、ケイが持ち上げていた俺を地面に放り投げる。
おまっ、やめっ、やめろぉーっ!
俺は上空に放り投げられながらも、一瞬で思考を切り替える。
俺は勇者だ!
勇者が簡単に諦めてたまるか!
勇者としての経験と染み付いた技術が俺の体を自然に動かしてくれた。
俺は華麗な身のこなしで着地を決めると、くるりと前転して衝撃を受け流し、そのまま流れるような動きで両手をついてかがみこみ、、、
勢いを殺さずに綺麗に胃の中身をぶちまけた。
あー、すっきりした!
けど、せっかくの食べ物がもったいない。
って、こんな簡単に外に出られたのかよ!
必死で逃げ回っていたあの時間はなんだったんだろう?
後ろを振り返ると、ケイが得意げな表情でこちらを見上げている。
こんなことができるなら、逃げてる最中に言ってほしかった。
こいつーっ、と思ってしまうが、俺は幼女を怒鳴りつけるような鬼畜勇者ではない。
うん、俺はあいつとは違って良識ある男。
大丈夫、我慢できる子、がんばれ俺。
ふーっ。
というか、この幼女、明らかに俺と身体能力が違いすぎる。
魔王を倒すって、これ、俺っていらなくないか?
などとグダグダやってる場合じゃなかった。
街の中や城壁の上が騒がしくなってきている。
あれだけ派手に動き回って見付からない訳がなかった。
急いで周りを見渡すと、少し先に検問所と馬留めがあってビャクが嬉しそうにこちらを眺めていた。
幸いなことにここは俺がやって来た北側の城壁を越えた場所だったようだ。
急いでビャクに駆け寄り手綱をほどいていると、北門の向こうからエイメイの追手の僧兵たちが走り出てきた。
それを目にした検問所の兵士が何事かと騒ぎ始める。
「ケイ、行くぞ」
ビャクに飛び乗り、ケイに左手を伸ばすと、ケイは俺の腕をたどって器用に登り上がり、俺の背中に抱きついた。
引っ張り上げて前に乗せようと思ったんだけど、まあいいか。
「ビャク!頼むぞ!」
俺たちを見付けて追ってきた僧兵たちを置き去りにして、ビャクを全速力で走らせる。
そうして俺たちはソウマの街から逃げ出したのだった。
ロリコン性勇者ハルトによる幼女連れ去り事案が発生!
おまわりさん、こいつです!
次回 第46話 『ポンコツ天使』




