2.11.41 幼女天使 vs 暴走勇者
超級まずい。
天恵のポーションを使ってしまったのは本当にまずいようだ。
もしそれがあの幼女天使の逆鱗に触れたら。
あの見た目詐欺で中身化け物の幼女天使が本当に怒ったら。
あの神級生物が襲い掛かってきたら、俺など、、、いや、この場にいる全員が、1秒ともたずに皆殺しにされるだろう。
俺は幼女天使が怒り出さないことを祈るしかなかった。
じっと幼女天使の動きを見守り続ける。
そんな幼女天使の横で、立ち上がった暴走勇者がついに聖剣リンネを抜き放つ。
どうしても捉えきれないと悟ったのか、ついに本気を出すようだ。
って、お前は頼むからおとなしくしてくれ!
これ以上、その化け物を刺激すんなよ。
というか、なんであの化け物に喧嘩を売れるの?
なんでこの場の空気を感じられないの?
馬鹿なの、あいつ?
だが幼女天使はそんな馬鹿勇者のことなど一切気にしていないようだ。
「ちゃんと5本全部とりもろしたもん」
表情の抜け落ちたかのような声でそうのたまう幼女天使。
どうやら現実逃避に走ったようだ。
とりあえずは助かったのか?
「いっぽん、にーほん、さんぼん、あれ?」
幼女天使が、左手に持った天恵のポーションを1本ずつ右手で掴み、天使の羽衣?の懐に差しながら数えていく。
一本ずつ数えても変わらないと思うよ、うん。
一方そんな幼女天使に凄まじいマナを発しながら斬りかかる残念勇者。
とてつもない膨大なマナ。
あれはまさか、、、聖級魔法?
ってか、聖光剣じゃねーか、それ!
伝説のダンジョン攻略で得たものを失い、神級魔法が使えなくなっていることを考えれば、聖級光魔法と聖剣リンネを組み合わせた『聖光剣』は第5勇者の最強の技だ。
それを躊躇いなく幼女天使にぶっ放す勇者。
もはや暴走度と残念度では聖級に到達している。
だが、何度となく斬りつけた聖光剣は全て幼女天使の体をすり抜ける。
天恵のポーションを数える声にも、懐に入れる動作にも一切の乱れが無い。
本当にどうやって避けているんだ?
とそのとき、一瞬幼女天使の右手中心に残像のようなもやがかかったかと思うと、残念勇者の体が吹き飛び、またしても料理屋に激突する。
まるでハエを払うかのような何気ない動作。
だがその動きを俺の目はほとんど捉えることができなかった。
一方の残念勇者は料理屋の奥にあった深鍋に頭から突っ込んでるように見えたが、気のせいだろう。
俺は何も見ていない。
深鍋から下半身だけ突き出してぐったりしている残念勇者の姿など、俺は見ていない。
あいつ、汁料理で溺れて死んだりしないよね、、、
などと他人事のように考えているが、あの暴走勇者は俺自身なのだ。
いや正しくは少し前までの俺である。
その残念勇者の行いはひどい。
あまりにも超級ひどすぎる。
そしてそれは今までの俺だったら、何の疑問も抱くことなくやってしまったかもしれないことなのだ。
自分は勇者だから何をしても許される。
勇者が見つけたアイテムは勇者のものだ。
勇者に歯向かう者は世界の敵である。
それはいま冷静に外から見つめると、とんでもなく傲慢で自分勝手な考え方である。
ひどすぎて目を背けたくなるほどに。
そしてほんの数日前まで、俺はそれが正しいことだと思い込んでいたのだ。
もしリリナと出会っていなかったら、、、
もし力を失っておらず、弱者の立場から世界を見る経験をしていなかったら、、、
俺はそれをおかしいと気づくことができただろうか?
だけど勇者の力を失ってからの旅路の中で、俺は人間的に少しは成長することができた。
だからこそ、いま目の前で繰り広げられている暴走勇者の、いや『自分自身』の醜態は、心がえぐられるような衝撃を与えるものだった。
こんなのが勇者なのか?
俺はここまで情けない人間だったのか?
今まで自分が勇者としてやってきた行いが、全て否定されたような気持ちになる。
その虚無感は先ほど自分自身の存在を奪われた喪失感と相まって、かつてない程に俺を打ちのめしていた。
本当に俺は変わることができるのだろうか?
そして変わったところで、勇者でなくなった俺に、何か生きる意味などあるのだろうか?
リリナに変わってみせると約束したときは、まだ勇者としての使命感が俺を突き動かしていた。
だが存在意義をなくした今の俺にはそんなものはもう、、、
だけどリリナとの約束を投げ棄ててしまえるほど、全てが無駄だと割り切ることもできなくて。
俺は結論を出せないまま、鍋に沈んでいる残念勇者をただ眺め続いていた。
そしてこの場にはもう一人、俺と同じように道を見失っている者がいた。
「あれ、おかしいの。いっぽん、にーほん」
ふと気づいてみると、この幼女天使はいったいどれだけ数え続いているのだろう?
何回数えても変わらないのに、他にやるべき事を思いつかないのか、もはやまともに考えられないのか、何度も何度も天恵のポーションを数え続けている。
本数が足りないという事実から、目を背けようとするように。
俺はそんな様子を眺めながら、ここは逃げたほうがいいんじゃないかと思い始めていた。
天恵のポーションが足りないことに気付いて、あの幼女天使が怒り出したら本当にまずい。
まぁ、本当はもう気付いていると思うんだけど。
とにかくこれ以上あの天使を刺激しないうちに、この場を離れた方がいいだろう。
こんな無価値な俺が今さら逃げ出してどうするんだと思いつつも、それでも目の前に迫る破滅に身を投じるほど自暴自棄にはなれなかった。
とはいえいざ逃げるとなったら、自分1人だけ逃げ出すことなんてできない。
俺は幼女天使に気付かれないようにゆっくりと後ずさりつつ、ユウナに目線で逃げろと合図を送る。
だが、ユウナが俺の合図に気付く前に、、、
「いーっぽん、あれ?、、、ねぇ、そこの勇者っぽい人!」
幼女天使が俺に声をかけてきた。
まずい!
特級まずい。
「ねぇ、さっき天恵のポーション持ってたよね?ケイ、5本ぜんぶ返してほしいの。後2本いるの。残りぜんぶらす(出す)の」
やばい。
超級まずい。
使っちゃったよ。
正直に話す?
ごまかす?
いや、嘘が通じる相手じゃないと思ったほうがいい。
だが正直に言ったらどうなる?
死ぬ?
ここで死ぬ?
俺死ぬよね?
というか、俺のせいなのか?
使ったのあいつだろ?
使ったのあの暴走勇者だし。
あ、でもあのときは俺は一人だったから、やっぱり俺が使ったってことになるのか?
というか、2本目使ったの俺だわ。
ダメだ。
うん、俺が言うしかないか。
謝るしかないよね。
カイト、可哀想なものを見る目でこっちを見ないで。
レン、今こそ守ってほしいんだけど、無理か、、、
ユウナ、大丈夫?って顔しないで。
ここは俺がなんとかするから。
「ねぇ、はやくらすのーっ!」
幼女天使がさらに催促する。
もう、言うしかない。
覚悟を決めろ!俺。
「使っちゃった」
「えっ?なんて?」
「ごめん、2本使っちゃった」
「なんて、、、言ったの?」
「エンシェントドラゴンに襲われたときに2本使っちゃったんだ」
「ぎゅぃ※うぐ※※ぅぃーー※※ーーぅっ!」
声にならない悲鳴を上げ、白目を剥いて固まる幼女。
完全に固まっている。
怖い。
美幼女なのにただただ怖い。
そんな幼女天使に全速力で飛び掛る暴走勇者。
左手に天恵のポーションを持ったままの体勢で幼女天使が硬直しているのをいいことに、天恵のポーションを奪い去る卑劣勇者。
ようやく手に入れたことに気を良くしたのか、高らかに笑い声を上げる残念勇者。
「よーし、やっと取り戻したぞ!」
まさに外道。
超級外道勇者である。
というか、本当にやめてくれ。
幼女天使を怒らせるのは本当にやめてくれ。
今ので逆鱗に触れたのではないか?
一瞬で皆殺しにされるんじゃないか?
恐る恐る幼女天使の方に振り向くと、硬直して白目を剥いていた幼女天使は、いつの間にか下を向き、小刻みに震えてながら、うぐうぐ呟いている。
やばい!
これは本当に聖級やばい!
みんな殺される!
早く逃げるんだ!
ハルト、あいつ馬鹿なの?死ぬの?
うん、馬鹿だし、これ死ぬよね?
これが勇者の平常運転。
リリナが嫌うのもごもっとも。
そして次回は穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた幼女天使が、スーパー形態に大変身か!?
次回 第42話 『超天使』




