2.10.40 天使
天使!?
まさか、本当に天使なのか?
言い伝えの中では聞いたことはあったが、まさか実在していたとは。
だが、その小さな体が発する凄まじく強大なマナは、そしてその神々しいマナは、その存在が間違いなく本物の天使であることを納得させるには十分であった。
「これは天使のマナだったのですね!」
カイトが感嘆と畏敬に満ちた声を発する。
そうか、天恵のポーションと同じ性質のマナ。
天恵のポーションは未知の属性のマナを帯びていたが、確かにそれはあの天使から感じるものと同じだ。
言うなれば天使属性のマナといったところか。
伝説の中にしかないような存在のマナ属性など、カイトでも知らなかったはずだ。
つまり天恵のポーションは天使が用意してあの場所に置いていたものだったのだろう。
「それ返してーっ!」
幼女天使が叫ぶ。
返してだって?
もしかして俺たちは天使の大事なものを勝手に拝借したうえに、2本も使ってしまったということなのだろうか?
これじゃ勇者どころか、ただの盗人じゃないか!
勇者が他人の持ち物を盗んで追われるなんて前代未聞だ。
特級まずい。
どうしよう。
だが、焦る時間などなかった。
幼女天使が物見櫓の屋根を蹴って宙に身を投げる。
と、その瞬間、幼女天使の姿がかき消えた。
目の前を横切る突風。
物見櫓を見上げたままの俺の背後でけたたましい衝撃音がしたかと思うと、そちらから突風と砂ぼこりが襲い来る。
そしていつの間にか、右手に握りしめていたはずの天恵のポーションが消失していた。
まさか!
慌てて後ろを振り返ると、通りにあった八百屋が崩壊していた。
崩壊した八百屋の陳列台には、野菜や果物の上に座って両足をぶらぶらさせながら、満面の笑みを浮かべる幼女天使の姿があった。
「やったぁ!取りもろしたのーっ!これれケイ、怒られなくてすむの!」
弾けるような笑顔でそうのたまう幼女天使の手には、天恵のポーションがあった。
美しい白髪、いや銀色に輝く髪と、同じ色にきらめく神々しい翼。
天使の羽衣とでも言うべき、純白に神々しくきらめく薄手の着物を纏っている。
まだ5歳くらいにしか見えないあどけない幼女なのだが、高い知性とこの世のものとは思えない美しさを感じさせる。
まさに天使のように可愛らしいという言葉がぴったりの美幼女。
というか、正真正銘本物の天使だよね、これ。
だがその力、圧倒的なまでに膨大なマナからうかがい知れるステータスは、とうてい幼女のものではない。
可愛らしいなどという形容詞で語る対象ではない。
それに肉眼では見えない程の速度で50ジョウ(150m)ほどもあった距離を駆け抜ける身体能力。
俺が全く気付かないうちに、何も感じさせずに、握りしめていた天恵のポーションを奪いさるなど、一体どうやったら実現できるのか想像すらできない程の神業だ。
そしてあれだけの衝撃を巻き起こす程の衝突にもかかわらず、俺が振り返るだけの一瞬で平然と自然体で座っていられるだけの身のこなし。
戦慄を覚える。
尋常な存在ではない。
だってあまりの衝撃に通りに建っていた八百屋が崩壊しているのだ。
店の野菜や果物は飛び散って通りに転がっている。
それどころか上空まで弾き飛ばされたものまであるようだ。
ふと見上げると、そうやって舞い上がったリンゴの一つが傾いた八百屋の屋根に落下してくる。
リンゴはそのまま転がって屋根の端から飛び出し、幼女天使の頭上に落下してくる。
そう、7スン(21cm)ほどの一般的な大きさとはいえ、幼女天使の頭と同じくらいの大きさの、重量感たっぷりのリンゴが。
あれはさすがに頭の骨が砕けるんじゃないかな、、、
って、危ない!
声もかける間もなく落ちてきたリンゴが幼女天使の頭に激突しそうなる。
だがその瞬間、幼女天使はまるで頭上に目があるかのように落下してくるリンゴを避けた。
ん?避けた?
いや、避けたのか、今?
正直見えなかった。
少なくとも体は動いていなかったはずだ。
首から上だけが残像を残して揺れたかと思うと、リンゴが掻き消えていたのだ。
んんっ?消えた?
あの大きなリンゴはどこいったんだ?
「やったの※※※※。やっぱりケイは※※※すっごくすっごい※※※天才らもん※※※。ん?んにょー※※※、これうめぇのー!※※※すっごくすっごい※※※うまいのっ!」
幼女天使が何かもぐもぐ呟いている。
おい、リンゴ食うな!
って食ったんかい!
食ったの?
あのでかいリンゴを?
自分の頭ほどもあるリンゴを一瞬で食ったのか?
まさか一口で丸呑みにしたとでも言うのか?
いやいや、無理だろ?
どう考えてもあの小さな口で食べられるわけないし。
そもそも頭と同じくらいの大きさがあるのだ。
口の中に収まるわけがない。
いや、だがあの一瞬の残像の中で、確かに上を向いて大口を開けてリンゴを丸呑みにしたように見えた、、、
ような気がしないでもない。
いやいや、さすがにありえないか?
そうだよね、それはないということにしよう。
というか勝手にリンゴ食うなよ。
店も壊したし、八百屋のおばあちゃんに謝れよ!
と思い店主のおばあちゃんに目をやると、平伏しながら両手をすり合わせ、「天使さまー」とか「ありがたやー」とかいいながら幼女天使を拝んでいた。
あ、大丈夫そうだね、これ。
「それれ、※※※そこの勇者っぽい※※※人たちが※※※コクちゃんを※※※やっつけたの※※※?まあ、とにかく※※※これは返してもらうの※※※。これれ一件落着なの※※※※※」
幼女天使が何か問いかけてくるが、もぐもぐ言っててうまく聞き取れない。
だからリンゴ食うなっての!
とはいえ満足げな様子と聞き取れた言葉の断片から察するに、大事にはならなかったようだ。
だがそれでもこの幼女天使はやばい。
神級やばい。
只者ではない。
いや、そんなレベルではない。
あのエンシェントドラゴンに近い、いやともすればそれ以上の気配を感じる。
並の人間が届く存在ではない。
それどころか特級冒険者や勇者ですら手出しできるような存在では、、、
「それを返せーっ!」
そんな幼女天使に掴み掛かる男が一人。
あんな規格外の化物に喧嘩を売るなんて、勇者なのか?
あ、うん、勇者だった。
比喩的な話ではなく、そのままの意味で勇者でした。
まさに暴走勇者。
だが、そんな暴走勇者の突撃をひらりとかわす幼女天使。
いやかわした?
またしても俺の目は幼女天使の動きを捉えることができなかったが、かわしたようには見えなかった。
常人の目では追えないほどの速度で突進してきた暴走勇者を歯牙にもかけず、幼女天使はその場に自然体で座ったまま動いていなかったのだ。
暴走勇者の体がその幼女天使をすり抜けるように通り過ぎたかと思うと、その瞬間掻き消えるかのような凄まじい速度に加速して吹き飛んだ。
直後、暴走勇者が凄まじい音と衝撃を上げて、隣の料理屋に激突する。
死人が出たんじゃ?と目をやると、料理屋の店員と客はとっくに逃げ出していたようだ。
そこにいたのは頭から汁物を被った無残な姿の暴走勇者のみ。
もはや暴走勇者というよりは、残念勇者だね、これ。
さらに頭に血を上らせた残念勇者が立ち上がって再び掴み掛かるが、結果は同じ。
またしても吹き飛ばされて反対側の建物に衝突する。
今度こそしっかりと観察してみたのだが、残念勇者の体は幼女天使をすり抜けているようにしか見えない。
幼女天使は自然体のままその場を全く動いていないのだ。
だが、あの少し残像がぶれるような感じ。
おそらくものすごい速度で瞬間的に避けているのだろう。
間違いなくとんでもない化け物だ。
とはいえ幼女天使に恐怖を感じることは無い。
あどけない言動そのままに無害な存在なのだろう。
それに天恵のポーションを返して事態は収まったようだし、2本使ってしまったことはどうやら問題なかったようだ。
暴走勇者に目もくれず、幼女天使が喜色満面で歓声を上げる。
「やった!やったの!ケイはやっぱりすっごくすっごい天才らもん!ちゃんと天恵のポーションとりもろしたのー!」
えっ、もうあのリンゴぜんぶ食べきったの?
いつの間にか口の中のリンゴは消え失せていたようだ。
「5本全部とりもろしたのー!」
えっ、5本?
5本??
やばい!
やばい!
特級やばい!
幼女天使が手元に視線を送る。
3本の天恵のポーションに。
3本の天恵のポーションを見て固まる幼女天使。
その幼女天使を見て固まる俺。
ギギギーという音が聞こえるかのようなぎこちない動きでこちらを見上げる幼女天使。
その幼女天使と目が合うも、固まり続けるしかない俺。
そんな固まり続ける俺と幼女天使の様子とは無関係に、三度幼女天使を突き抜けて料理屋に衝突した残念勇者の響かせた轟音が、凍った場の空気を無意味に切り裂いた。
うん、リンゴ美味しいよね!
しかも大きくてボリューム満点。
1つあれば十分に一家族の1食分になるよね。
ん?一人で1個食べきるって?
無理無理、そんな人いないよ。
もしそんなことができる人がいたら、とんでもない化け物だよ!
そしていよいよ第3ヒロインのケイが本編に初登場!
ちなみに化け物のケイはダ行の発音ができません。
らめぇです。
次回 第41話 『幼女天使 vs 暴走勇者』
■第2章 補足
リンゴ:
世界に広く生息している赤い大型果実で食用に栽培されることが多い
一般的には6~7スン(=18~21cm)程度の大きさまで育ったところで収穫される。




