0.4.4 ダンジョンマスター
【カムナ版 2523年 9月17日 風曜 第1版】
『第6勇者ソウジらがエンシェントドラゴンに遭遇し全滅』
第6勇者ソウジと第6聖女マユコのパーティーがエンシェントドラゴンに遭遇し全滅した。
エンシェントドラゴンは伝説上の存在と言われているが、数十年おきには目撃情報があり、確かに実在している魔物である。
数百年にもわたって生き続けているエンシェントドラゴンは、ミクニ大山脈から魔王領のあたりに棲息している。
その全貌は謎に包まれているものの、大魔王をも凌ぐ強さで間違いなく神級に到達していると推定されている。
今回第6勇者ソウジは、、、、、
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■カムナ3019年 3月30日 月曜
◎ハルト
エンシェントドラゴン。
リポップモンスターではない真なる龍種。
倒してもすぐにリポップしてくる一般的な魔物とは異なり、数百年の永きを生き続けているとされる古代龍種である。
魔物の強さは生まれたときの力で決まるのは当然だが、それ以上にどれだけ長く生きて成長したかに左右される。
多くの獲物を手にかけ膨大なハクを入手した魔物は、それに応じて際限無く強くなっていくのだ。
とはいえほとんどの魔物はすぐに冒険者やより強い魔物に狩られるため、それほど長い間生きつづけ、強くなっていく事はできない。
ごく稀に特級にまで成長し災厄級と呼ばれるようになる魔物もいるが、それも俺たち勇者や国によって討伐される。
そしてそれは魔王や大魔王ですら変わらない。
歴代の聖勇者が自身の命をかけて討伐し続けてきたことにより、魔王といえども人類の手に負えないほどの強さを身につけるまでには至らないのだ。
千年魔王を除いては。
誕生以来、一度も倒されることなく3000年以上の永きを生き続けている原初の魔王。
もはや数えることのできないほどの命を奪ってきた最悪の魔王。
その千年魔王が、神級(第1等級)すらも超える異次元の力を持っているのは当然といえるだろう。
そして千年魔王と同じように数百年の時を生きて強大な力を身につけた存在こそがエンシェントドラゴンなのである。
間違いなく神級に届いているであろうその強さは大魔王の比ではない。
通常のダンジョンマスターなど比べるべくもない。
そして大魔王にすら届かない、超級程度の俺たちが太刀打ちできる相手ではない。
そのエンシェントドラゴンはしっかりと俺たちを視界に捉え、宙空に羽ばたきながらこちらを見下ろしていた。
ただそこに存在しているだけで、押しつぶされそうなほどの圧力を感じる。
「嘘だろっ、おい」
レンの弱々しい呻き声は絶望の色に染まっていた。
死ぬ。
超級死ぬ。
戦うのは自殺行為。
ダンジョンへの出口の扉は部屋の反対側の遥か先で、逃げ出すことですら絶望的。
とはいえ数百年を生きるエンシェントドラゴンは、高い知性を身につけていると言われている。
人を見ればすぐに襲い掛かってくる魔物とは異なり、こちらが敵意をみせなければ見逃してくれるかもしれない、、、
という淡い期待は一瞬で潰えた。
エンシェントドラゴンはまだ動きは見せないものの、こちらの出方を伺うという様子ではなく、獲物をどう仕留めるかを考えているようである。
その禍々しい瞳の色は、決して俺たちを見逃すつもりがないことを明らかに示していた。
となれば残された選択肢はたった一つ。
戦うのみ。
思えば俺たちの夢だって、最初から可能性などないに等しいものだったのだ。
だったら最後に立ちふさがったのがこれまで以上に厳しい壁だったとしても、今までと同じように立ち向かうだけだ。
それにどれほど力の差があっても、勝てる可能性が0になることはない。
相手の弱点を尽き、自分たちの武器を最大に発揮できれば逆転の可能性はある。
ましてや俺たちはパーティー。
弱点を補い合い、連携を深めることで力が何倍にもなる。
ならばいつものように死力を尽くして戦い、勝利を掴み取るのみ。
「行くぞっ!」
仲間たちを力づけるように、そう宣言する。
ユウナも最初から俺と同じ覚悟で、確認する必要さえなく気持ちは通じ合っていた。
「ああ、やってやるさ」
俺たちの決意が伝わったのか、レンが力強く応じる。
カイトも一気に戦闘態勢に切り替わる。
『最後』の戦いの火蓋が切って落とされた。
不意は付かれたものの、戦いの準備は既に整っている。
カイトが予めかけていたステータスアップの強化魔法はまだ生きているのだ。
レンが大盾を前にして即座に壁として立ちふさがると、カイトの強化魔法に重ねて自分でも強化魔法をかける。
レンのマナは多いとは言えないので持続時間も短いし強化レベルも低いが、この相手に出し惜しみをする余裕はない。
「古代龍種コクテイ、ステータスも属性も全て不明!」
カイトがレンの陰から識別魔法をかけたようだが、カイトの力をもってしてもステータスを見ることすらできない。
それだけエンシェントドラゴンの力が強大だということである。
カイトが続けて状態異常魔法を何種類か放つが、さすがに効果はないようだ。
生半可な攻撃は圧倒的なステータス差の壁にはじき返される。
カイトは即座に攻撃魔法に切り替える。
もっとも得意とする火魔法ではなく、高級の雷魔法を用いているのは、攻撃速度を優先しているからだ。
火魔法に比べて威力が落ちるためダメージはほとんど期待できないが、動きを阻害するよう計算した攻撃を行っていく。
ユウナは出し惜しみ無くマナを消費して支援魔法を全員にかけ、各種能力を向上させる。
思考が加速して知覚が強化され、カイトの強化魔法による攻撃力、防御力、敏捷性の向上と合わさってパーティー全体の戦力が底上げされる。
さらに短時間とはいえ状態異常耐性が飛躍的に上昇し、たいていの状態異常攻撃をほぼ無効化することができる。
回復力の強化は下級回復薬である緑ポーションを常時飲み続けているに等しいほどのものだ。
しかも感覚共有によりパーティーの同調が最大限に引き上げられ、言葉を交わさずとも4人がまるで1つの意思の元にあるかのように行動することが可能になる。
そして俺はエンシェントドラゴンの意識がカイトやユウナに向かないよう、接近戦に打って出る。
上空を舞う相手に対して、空中にマナで足場を作り出す『空中移動』のスキルを利用して接近していく。
カイトの高級雷魔法の連撃により動きを妨げられているエンシェントドラゴンに、さらにユウナの得意技が迫る。
それは闇の塊。
ユウナは聖魔法や光魔法ほどではないものの闇魔法も使いこなす。
その高級闇魔法で作り出した闇の塊をエンシェントドラゴンの頭部を追いかけるように移動させ続ける。
これがステータスの差を覆す戦い方。
闇魔法を使う前にユウナが試した聖魔法による拘束は、エンシェントドラゴンの抗魔術ステータスの前にまったくの無力だった。
だがどれだけステータスが上回っていようと、相手ではなく空間に作用し闇を発生させるこの魔法の発動を防ぐことはできない。
そして頭部を闇で覆われて周囲が認識できなければ防御も攻撃も不可能である。
どれだけステータス差があろうと、攻撃を受けなければ負けることはない。
そしてこちらの最大の攻撃が相手を傷つけるに足るものであれば、勝てる可能性はあるのだ。
視界を奪われ、エンシェントドラゴンの動きが一瞬鈍る。
その一瞬に俺は一気に距離を詰めると、初手から最大級の全力の剣撃を無防備な首筋に叩き込む。
それは聖級魔法と聖剣リンネの複合技。
さすがに発動に時間のかかる神級魔法を発動することは不可能。
だがこのダンジョン攻略で使い続けた聖級魔法ならば、すぐに発動でき、しかも短時間なら発動し続けることが可能だ。
その聖級光魔法は聖剣リンネを纏い、ただでさえ高い攻撃力を爆発的に高めている。
『聖光剣』と名づけたその技は神級魔法を除けば俺の最高威力の攻撃だ。
いや俺の身体能力ステータスと聖剣リンネの強度と攻撃力、さらに聖級光魔法による魔法攻撃力を組み合わせた聖光剣は、俺たちのパーティーの最高威力の攻撃なのである。
しかしながらその攻撃はエンシェントドラゴンに傷一つつけることもできない。
完全に無防備なところへの一撃だったにもかかわらず、圧倒的な肉体強度と抗魔術強度だけで防がれてしまった。
想定通りだ。
この程度の攻撃が通じる相手ではない。
だが聖光剣の長所は連撃が可能なことにある。
視界を奪われたエンシェントドラゴンのでたらめな反撃を軽くかわしながら、空中移動の足場を飛び移って聖光剣を叩き込み続ける。
だが何度試してもダメージが通る気配は無い。
素早く急所攻撃に切り替える。
狙うは目。
エンシェントドラゴンの頭部はユウナの作り出した闇に覆われているが、俺は共有しているユウナの知覚を通して闇の中を知覚することができる。
エンシェントドラゴンの左目の位置を正確に認識すると、全力で聖光剣を突き立てる。
至近距離にいた俺の全身が痺れるほどの絶叫が響き渡った。
手ごたえを感じる。
確かにダメージは与えた。
しかしながら聖剣リンネは左目に突き刺さることなく、潰すまでにはとても至らない。
通常より防御力の劣る場所を通してちょっとしたダメージと痛みを与えたのみ。
逆に今まで獲物を弄ぶ程度の認識だったエンシェントドラゴンは、俺たちを完全に敵と認識したようだ。
空気が変わる。
エンシェントドラゴンは、カイトの魔法攻撃を歯牙にもかけず、突如として高速飛行を開始する。
あまりの速度に、ユウナの闇魔法による視覚阻害も追いつかない。
俺は高速で飛び出したエンシェントドラゴンの巨体を、慌てて回避するのが精一杯だった。
もはや俺の空中移動スキルでは、エンシェントドラゴンの速度にはついていけない。
そして自由に動き回られているこの状況では、エンシェントドラゴンの攻撃の発動を妨げることができない。
完全に受身に回ることになる。
だがそれでも、まだ相手の動きを止める手立ては残されている。
攻撃に移ろうとして、こちらに顔を向けて突入体勢に入ったエンシェントドラゴンに、ユウナの光魔法による閃光が襲い掛かる。
指向性を持たせてエンシェントドラゴンの頭部に向けて照射された強烈な閃光の一撃。
先ほどまで闇に覆われていたエンシェントドラゴンの目を眩ませるには十分な光量だ。
しかも今度は動き回って効果範囲から逃れることもできない。
まぶしさが治まるまでの数十秒は完全に視界を奪われることになる。
そしてユウナに光魔法を任せていた俺は、既に次の攻撃の準備に入っている。
神級魔法の準備に。
聖光剣が通じなかった以上、エンシェントドラゴンにダメージを与えうる攻撃手段はもはや神級魔法しか残されていない。
神級魔法による攻撃を確実に当てるために、パーティ全体が一つの意思の元に連携をとる。
レンの大盾の陰で精神界のマナを凝縮し終えた俺は、神級魔法の発動に向けかき集めた膨大なマナを一気に物質界に顕現させる。
その瞬間、エンシェントドラゴンが俺のマナに気づいた。
さすがのエンシェントドラゴンといえども危機感を感じたのか、俺の魔法を妨害するために反撃に出る。
視力を奪われていてもマナで俺の位置を知覚したのだろう、溜めを込めた本気のブレスをこちらに向けて放ってきた。
速い!
俺はまだ神級魔法の発動までは至らないというのに。
反撃も回避もできないうちに、圧倒的な破壊の奔流か押し寄せてくる。
凶悪なドラゴンブレスが俺のマナの位置を確実に射抜き、、、
誰にもかすりもせずに地面に大穴を穿つ。
からくりはカイトの魔法障壁による隠蔽と反射だ。
俺とレンの正面にマナを隠蔽する魔法障壁を展開し、神級魔法が放つ膨大なマナの気配が直接届かないように遮断する。
それでも漏れ出すマナを反射特性を持たせた魔法障壁を介してエンシェントドラゴンに察知させることで、俺たちの位置を偽装したのだ。
ドラゴンブレスが射抜いたのは、カイトが俺たちから離れた位置に出現させた反射障壁だけである。
エンシェントドラゴンがすぐに次のブレスを放つが、残念、それもカイトの反射障壁だ!
さらに怒気を纏わせたエンシェントドラゴンは、猛り狂ったかのように激しく飛び回り始める。
だがカイトはそれに合わせて的確に魔法障壁の位置を調整する。
反射障壁はまだまだ残っているし、これならいけるか?
だが神級魔法が組み上がる前に、エンシェントドラゴンが次なる動きに移る。
上空に静止すると、恐ろしく強大なマナをその身に纏い始めたのだ。
超級やば、、、
「超級やべぇーっ!」
ユウナの感覚共有魔法により俺の危機感を時間差なしに共有したレンが絶叫する。
あ、それ俺のセリフ、、、
同じく感覚共有により危険を察知していたユウナとカイトがレンの大盾の陰に飛び込む。
それとほぼ同時に、エンシェントドラゴンの攻撃が襲い掛かる。
圧倒的な量と密度のマナを一気に放つ全方位攻撃。
空中のエンシェントドラゴンから文字通り逃げ場のない全ての場所に、凶悪なマナの衝撃波が押し寄せる。
カイトとユウナが瞬時に魔法結界を展開するが、まるで卵を割るように簡単に打ち砕かれる。
全方位に拡散されたことにより、俺たちのいる場所に届くころには密度の低くなっていた攻撃ですらこの威力。
魔法結界を貫いた衝撃波がレンの魔法で強化された大盾を襲い、咄嗟に地面に突き立てた大剣を支えに大盾を構えているレンが苦痛に顔を歪める。
特級冒険者だったレンの大盾はそれにふさわしい特級防具であり、ここまでの旅で傷がつくことすら見たことが無い。
そのレンの大盾が強化魔法を受けてなお、不気味な音を上げて軋みながら端から徐々に崩れ落ちていく。
耐えてくれ。
俺たちの悲鳴にも似た祈りに支えられたのか、レンの大盾は強化魔法を貫かれて半壊したものの、なんとかエンシェントドラゴンの攻撃を耐え切った。
だが、これで俺たちの位置がばれた。
すかさずエンシェントドラゴンが突入体勢に入る。
ブレスではなくその爪で俺たちを引き裂こうというのか?
好都合だ。
なぜならこちらも準備は整ったからだ。
神級魔法の準備が。
ブレスでなく物理攻撃なら、この一撃で迎撃することができる。
俺はレンの大盾の陰から飛び出すと、空中移動のスキルを使って上空に駆け出し、迫りくるエンシェントドラゴンとの間合いを詰める。
前回放った神級魔法は魔物の群れをまとめて横薙ぎにする光の斬撃波。
だがそれではエンシェントドラゴンには通じない。
そうではなく一点集中。
神級魔法の聖光で強化した聖剣リンネの、さらに剣先に聖光を凝縮させ相手の防御を貫くのだ。
狙いはエンシェントドラゴンの魔石。
通常魔物を討伐する際には、貴重な魔石を回収するために魔石を避けて攻撃を重ねる。
そうして致命傷に足るだけのダメージを与えれば、相手は魔石だけを残して塵と消えるのである。
だが、たとえ致命傷には届かないような小さな一点だけの攻撃でも、急所である魔石そのものさえ打ち砕けば、どれほど強大な相手であっても息の根を止めることができる。
そう、俺たちのステータスでは致命傷に至るほどのダメージを与えることのできないエンシェントドラゴンであってもだ。
迫り来る神級魔法を纏った聖剣リンネの剣先に気づいて怯んだエンシェントドラゴンが、慌てて回避に入るがもう遅い。
ほぼ全てのステータスで負けているが、細かく動きを変える敏捷性だけはこちらの方が上だ。
俺は空中移動スキルで作り出した足場を踏み込んで最後の方向転換を行うと、右腕をめいっぱい突き出しエンシェントドラゴンの無防備な胸に向けて聖剣リンネを突き立てる。
これまで俺たちの攻撃をことごとく跳ね返した、物理障壁、魔法障壁をぶち抜いて、聖剣リンネがエンシェントドラゴンの胸に深々と突き刺さった。
序盤でこんなラスボスに遭遇するとかどんなクソゲーだよ。
といいつつも主人公補正で必ず勝てるのがお約束なのでご安心ください。
え?章タイトル?
何かの見間違いだと思います。。
次回 序章最終話 『冒険の旅の終わり』