2.7.37 再会
部屋の外にいたのは、ものすごい迫力の形相でエイメイ権大僧正を睨み付けるユウナ。
いつも微笑みを絶やさなかったユウナの姿しか知らなかった俺は、ユウナでもそんな表情をすることがあるのだと初めて知った。
だがそれでも、そんな厳しい表情でも、今の俺にはそのユウナの姿はとてつもなく頼もしく、優しく、そして美しく見えた。
「ユウナ!会いたかった!ずっと会いたかった!ユウナ!」
俺は床に顔を押し付けられながらも、ユウナに必死に叫びかける。
「ハルト!何があったの?ハルト!聞こえないわ!」
俺にはユウナの声が聞こえているが、俺の声は結界に阻まれてユウナに届かない。
それに気付いたユウナがすぐさま聖魔法を発動させる。
とてつもない威力の込められたそのマナは、結界の中にいる俺から見ても凄まじい圧力を感じさせるものだった。
パァーーキィーーーッンーッ!
鋭い音とともに、あれだけ強固だった結界が砕け散った。
「ハルト!」
「ユウナ!」
お互いに名前を呼び合う。
ちゃんと声が、想いが届くことを確かめ合うかのように。
声が通じ合ったことで、一瞬優しい表情を見せたユウナだったが、すぐにエイメイ権大僧正を睨み付ける。
「これはどういうことです?大僧正の差し金ですか?」
「これはこれは。第2聖女様のお出ましとは」
「答えなさい!その方へのこれ以上の狼藉は許しません!」
「仕方あるまい。放してやれ」
エイメイ権大僧正が苦々しげに命じる。
ユウナが登場しても尊大な態度は崩していなかったものの、それでも分が悪いと判断したのか、ここは引くことに決めたようだ。
なんとか無事に解放された俺は痛む腕に顔をしかめながら、ユウナの元に歩いて行く。
だがユウナは少したりとも油断も隙も見せないといった様子で、エイメイ権大僧正を睨み続けていた。
「これは大僧正派がいよいよ本性を現したと受け取っていいのですか?」
「それは誤解というものですよ、第2聖女様。我々は真摯に勇者様と聖女様に尽くしております、ホノカ様の意思の忠実な僕であります」
「その私欲にまみれた口で軽々しくホノカ様の名を騙ることは許しません」
エイメイ権大僧正の口からホノカの名が出た瞬間、ユウナの怒りがさらに燃え上がった。
ユウナと1年近くも行動を共にしてきた俺は、ユウナがどれだけ初代聖勇者ホノカを神聖視しているかを良く知っている。
ユウナにとってホノカの名を汚すような言動は、決して許すことのできない蛮行なのだ。
殺気すら感じさせる程の強大なユウナのマナに、己の失言を悟ったエイメイ権大僧正の余裕の表情が初めて崩れる。
カムナ教会の首脳陣である大僧正や権大僧正であっても、人類の成長上限である特級を超えることはできない。
対して間もなく聖級に届く程であるユウナの力は、この世界ではまさに規格外の存在である。
そのユウナの怒りを真正面から受け止めることになったエイメイ権大僧正の顔は、恐怖にひきつっていた。
「まぁいいでしょう。ですが見逃すのはこれが最後です。次はないと思いなさい」
狼狽えるエイメイ権大僧正を見て満足したのかユウナは、だが少しも威圧感を緩めることなく、そう宣言すると俺の方に向き直る。
「さあ、ハルト。行きますわよ」
そう言ってここに現れてから初めて見せたユウナの笑顔は、とてつもなく美しくて、たまらなく魅力的で、包み込むように心の底から安心感を与えてくれるようなもので。
「あぁ」
俺はそれしか言葉を返すことができなかった。
大寺院を出た俺たちは正門から出ると、中央通りを通らずに一本横の裏道を通って下町の方に向かっていた。
中央通りを避けたのは権大僧正の手の者の視線から逃れるためというのもあるが、何よりも人目を避けるためだ。
超がつくほどの人気者のユウナがあんな人通りの多い所を歩けば、あっという間に人だかりができてしまう。
裏道を足早に駆け抜け、富裕街を一気に通り抜ける。
俺の手を引いて前を走るユウナの後ろ姿を眺めながら、俺はここまでの苦難の連続に思いを馳せていた。
ここまで何度死にかけたことだろう。
何回もうダメだと思ったことだろう。
その度にユウナのことを思い、ユウナにもう一度会うために、その全てを切り抜けて来たのだ。
そして今、俺の目の前には、そのずっと恋い焦がれてきた人が俺の手を引いてくれている。
絶体絶命の危機を脱した安心感と、ユウナがそこにいてくれるという奇跡。
今になって俺の感情は自分でも制御できないくらいに揺り動き、決壊寸前となっていた。
やがて富裕街を抜け、下町に入ったところでユウナが足を緩める。
そのまま俺の手を引いて歩きながら、ユウナが俺に声をかける。
「このくらいまでくれば、もう大丈夫ですわ」
そう言ってこちらに振り返ろうとするユウナ。
ダメだ。
今のこんな感情でユウナの顔を見たら、俺は、、、
「さぁ、ハルト。いったい何がありましたの?」
そう問いかけながらこちらに振り向いたユウナの笑顔は、聖級美しくて、眩しくて、愛しくて、あがめざるを得なくて。
もう、、、我慢できない。
俺はこれまでの冒険の旅路で押し込めていた想いとともに、自分の中の溢れる感情の全てが決壊していくのを感じる。
身体を突き動かす激情に駈られるままに、俺はユウナを力いっぱい抱き締める。
「ハ、ハハハハハルトっ、な何をっ」
俺の予想外の行動に、赤面しながら聖女言葉を忘れて大慌てになるユウナ。
そんな仕草の全てが愛しい。
俺はユウナを抱き締める両腕にますます力を込めながら、ありったけの想いを伝える。
「ユウナ!会いたかった!もう何度もダメだと思った!何回も死ぬ思いをして、挫けそうになって、それでもただユウナにもう一度会いたくて!俺はっ!おれは、、、」
「ハルト。本当にどうしたの?何があったの?」
ユウナが心配そうに問いかける。
まるで俺の言葉を聞いて初めて俺が本当に大変な思いをしてきたのだと気付いたかのように。
何かユウナと温度差を感じるが、よくよく考えてみればユウナは俺がカムナの理から切れて力を失っていることを知らないのだ。
確かに久しぶりの再会ではあるものの、俺が何度も死ぬ間際まで追い詰められたことなど知る由もない。
だが顔を赤らめて慌てていたユウナは、急に何かに気付いたのか顔をしかめる。
「ハルト?」
何だ、ユウナ?
何かに気付いたのか?
「ハルト、その、、、とても匂いますわ」
慌ててユウナから離れる。
あわわわわ、わわ。
俺は聖女様になんということを!
今度は俺が赤面して慌てる番だった。
「ごご、ごめん!ユウナ。本当にいろいろあって大変で」
大迷宮を脱出してからここまで本当に必死で、身だしなみを整える余裕などなかったのだ。
まさかユウナに会うなんて想像していなくて、自分の不潔な姿のことを忘れて感情のままに抱き付いてしまった。
これは超級まずい!
とんでもない失態だ。
「いえ、それはいいのですけど、ハルト、本当にどうしましたの?」
ユウナはまだ少し顔を赤らめてはいるものの、落ち着きを取り戻したのか聖女言葉に戻って俺に問いかけてくる。
だが俺は気恥ずかしさでユウナの顔をまともに見ることができないまま、照れ隠しに通りを歩き出す。
「いや本当にいろいろあって、どこから説明していいのかわからないくらいで、とにかくさっきは急にごめん。そしてユウナ、本当に助けてくれてありがとう」
「ハルト、私も先ほどのことは少し驚きましたけど、気にしてはいませんから」
とにかくちゃんと謝ろうと、そして礼を言おうと語りかけた俺に、ユウナも下を向いて少し照れくさげに答えてくれる。
その仕草も聖級可愛くて、ますます胸がぎゅんっと締め付けられる。
ユウナと二人並んでで裏道を歩きながらも、何か甘酸っぱい雰囲気になってどうすればいいか困っていると、ユウナが話題を変えてくれた。
「それより、本当に何をされたのです?あの程度の結界くらい、ハルトなら簡単に破れるはずですのに」
ユウナ、特級助かる!
って、そうだ、こんなことしてる場合じゃなくて、ユウナにいろいろ説明しないと。
まずはユウナの質問に答える。
「それが、魔法も使えなくて、ステータスも落ちていて」
「それでもハルトなら自力で神級魔法を構築できるではないですか」
だがユウナと微妙に話が噛み合わない。
どういう?って、そうか!
ユウナは俺がさっきの結界のせいで力を封じられたと思ったのか。
確かに魔法の発動を阻害する結界も存在する。
それはカムナの理のサポートによる、魔法術式の呼び出しを妨害するというものだ。
ユウナは自力で魔法を構築できる俺ならば、そんな結界は関係ないと考えたのだろう。
だが問題は結界ではなく、カムナの理とのつながりが切れてしまったことなのだ。
まずはそこを説明しないと、話が通じない。
「それが、そうじゃなくて、今の俺は何故かカムナの理とのつながりが切れていて、力を失っていているんだ」
反射的にそう答えながらも、俺はユウナの言葉にはっとしていた。
確かに俺は謎の異常事態によって、いろいろなものを失った。
ハクによって強化したステータス、マナ容量、魔法能力。
だがしかし、記憶や経験まで失ったわけではないのだ。
だから今まで思いつきもしなかったのだが、ユウナの言葉により俺はあることに気付く。
なんと俺は伝説のダンジョンで習得した神級魔法の構築方法をはっきりと覚えているのだ。
もちろん実際には神級魔法を使うことなどできない。
今の俺には神級魔法を発動するだけのマナ容量がないし、カムナの理のサポートがないとマナに光属性を付与することもできない。
だが神級魔法は無理でも、他に何か覚えている術式があるかもしれない。
それがこのステータス異常を打破する鍵になるような気がする。
そんなことを考えていたため、俺は先ほどの俺の返事にユウナがどう反応したのかを見落としていた。
ふと気付くといつの間にかユウナは足を止めてその場に立ち止まり、超級回復魔法を構築していた。
それもありったけのマナを込めて。
「ユウナ!何を?」
「これでどんな状態異常でも治してみせますわ」
そう言ってユウナは、止める間もなく魔法を発動する。
俺の体に優しくて暖かい光の粒子が降り注ぎ、瞬く間にいろいろなものが回復していく。
捻り上げられた腕に残る痛みや、身体中のかすり傷、大寺院からここまで走った疲労。
果ては体臭や身体の汚れ、そして空腹にいたるまで。
うん、ユウナの温もりでお腹いっぱい!
お、おぅ、、、
なんという聖女の奇跡の無駄遣い!
超級もったいない。
「いや、ユウナ、ごめん、そういうことじゃなくて」
どうだ!とでも言い出しそうな、得意気な表情を見せるユウナに説明するのが心苦しい。
また俺の説明が足りないばかりに。
『いつでもどこでも何にでも回復魔法』のユウナが、こんな話を聞かされて何をするかくらい、俺なら予想できたはずなのに。
しかもユウナのド派手な魔法により人が集まってきた。
俺はユウナの手を引いて駆け出し、角を曲がってその場を後にする。
「どうしましたの?エイメイ程度の男の状態異常魔法ならこれで跡形もなく解消できるはずです」
やはりユウナは俺がエイメイ権大僧正により何かの術をかけられたのだと思ったようだ。
これは最初から説明した方が早いかな、などと考えていたせいだろう。
ユウナを連れて足早に歩く俺は、いつの間にか中央通りに出てしまっていた。
こんな大通りにいたらユウナが見つかって人だかりができてしまう。
だが慌てて引き返す間もなく、俺の背後から声がかけられる。
「おーい、ユウナ!何してんだ?誰と話してんの?」
街の人々に見つかってしまったかと一瞬焦ったが、それは俺が良く知っている声だった。
レンだ!
そりゃユウナがいるなら、レンもカイトもいるはずだよな。
安心した俺は、振り向いてレンに声をかけようとして、、、
その寸前にユウナの異変に気付く。
俺の背後にいるレンの方を見つめているユウナの表情が驚愕に見開いている。
どうしてユウナはレンを見てそんな顔をしているんだ?
振り返って確かめなければいけないのに、、、
絶 対 に 振 り 返 っ て は い け な い
何故かわからないが、振り返るとその瞬間に逃れられない破滅が降りかかってくるような、そんな悪寒がする。
意味の分からない恐怖に振り返ることができない俺の背後には、3人の人物の気配が感じられた。
レンと、カイトと、カイトの魔法獣のウコ以外にもう1人。
ただならぬ存在感と強烈なマナの気配を放つ、その最後の1人はいったい誰なんだ?
その人物こそが、俺に魂の根底を揺すぶるような戦慄を与えている原因であることが、何故だかはっきりと理解できた。
「ちょっと待ってください!レン!」
レンに注意を促す鋭い声は、間違いなくカイトのものだ。
カイトの大声に驚いたのか、「きぃゅうにゃっ!」とウコが鳴き声を上げる。
だがカイトはいったい何を警戒しているんだ?
何か嫌な予感がする!
「んんっ!!なんだこれっ!?」
カイトの警告を受けて何かに気づいたのか、レンが疑問の声を上げる。
だいたいどうしてレンは俺に気付かないんだ?
途轍もなく嫌な予感がする!
「えっ?そん、、えぇっっ!!?」
そしてユウナが首を小刻みに振りながら声にならない呟きを漏らす。
ユウナは何を目にしてそんな表情をしているんだ?
未だかつてないほど嫌な予感がする!
「お前は誰だ?」
レンでもカイトでもない、俺の背後にいる3人目の男が声を発する。
どこかで聞いたことがあるような声だが、気のせいかもしれない。
思い出せそうで思い出せない誰かの声、いや記憶にあるその声より少し高い声だ。
そして何故だろう、心臓が握りつぶされるような不安感を呼び起こす声だ。
振り返ってはいけない、なのにどうしても俺はその声を絶対に無視できない。
破滅が待ち受けると知りつつ自ら地獄の業火に飛び込んでいく羽虫のように、俺は魂が上げる警告の声を無視して振り返る。
気配の通りそこにいたのは三人。
レン、カイト、そして二人に挟まれて立っている最後の一人。
見覚えのある高級防具。
腰には良く知っている聖剣。
そして何より見慣れたその顔。
その存在はいったい何者なのだろう?
それは俺の存在そのものを根底から揺るがす存在であった。
なぜならば、その存在が俺の存在を塗りつぶし、奪い去りかねないものだからだ。
そこにいたのは、、、
カムナ教会第5勇者ハルトその人だった。
とても匂うハルトの前に現れたのは匂わないハルトだった!
というわけで、ここまでのお話は全て前フリだったのでした。
リポップワールドの本編が始まるのは次回からになります。
うん、アバンなげーよ!
次回 第38話 『存在』




