2.1.31 カムロ村
■カムナ3019年 4月9日 水曜
◎ハルト
多くの冒険者や村人が行き交う、活気に満ちた町並み。
露天商の呼び込みや、人々の楽しげな談笑といった日常の喧騒を耳にして、俺はようやく人間の世界に戻って来れたんだと実感した。
ここはカムロ村。
この世界最大最難の大人気ダンジョン、カムロ大迷宮に併設して作られたとても大きな村である。
9ヶ月前の選抜の儀で第5勇者に選ばれた俺は、俺を指名してパートナーとなってくれた第2聖女ユウナとともに、レベル上げの旅を続けてきた。
俺たちの目標はあと2ヶ月と少し後に迫った選定の儀において、他の6組の勇者聖女候補を抑えて聖勇者に選ばれること。
そして聖勇者となって新たな力を授かり、3人の大魔王に率いられて侵攻してくる魔王や魔族との聖戦に勝利すること。
さらには魔王領の奥深く、魔王城に待ち受ける人類の宿敵、千年魔王を倒し、この世界に真の平和をもたらすこと。
昨年の12月にここカムロ大迷宮の攻略に成功し、世界中の全ての高難度ダンジョンを制覇した俺たちは、その後も世界中の災厄級魔物を狩り歩いてレベル上げを続けていた。
そんな中、俺たちは2週間ほど前に偶然にも伝説のダンジョンを発見したのだ。
先々代の聖勇者レイヤが唯一発見、攻略したと伝えられている超高難度ダンジョン。
俺たちはそのダンジョンマスターであるエンシェントドラゴンによって全滅させられた。
そして俺たちはカムナ教会の奇跡の力の1つ、回帰の法の加護により、カムナ聖都で復活することになる、はずだった、、、
なのに何故か俺一人だけが、伝説のダンジョンの最終地点で目覚めることになってしまった。
それも原因不明の状態異常により、ステータスや魔法などあらゆる力を失って。
原因は間違いなく天恵のポーション。
伝説のダンジョンで入手した謎のアイテムである。
その後は苦難の連続で、スライムに殺されかけたり、エンシェントドラゴンに再び襲われたり。
命からがら逃げ出したかと思えば、行き着いた先はカムロ大迷宮の最下層。
そこから何度も死の危機を乗り越えてカムロ大迷宮を脱出し、俺はようやくこのカムロ村にまでたどり着いたのだ。
今日、目覚めてすぐにカムロ大迷宮の9層のセーフティゾーンを出発した俺は、地上への抜け道を使ってダンジョンを抜け出した。
ほぼ1月ぶりにダンジョンの外に戻ってこれたのだが、ちょうど早朝の日の出の時刻で、太陽の有り難みを心の底から実感することができた。
そこから山道を半日ほど下り、午後遅くのこの時間になって、ようやくここカムロ村に到着したのだった。
この村はカムロ大迷宮の入口に作られた場所であり、多くの冒険者や彼らを対象に商売を行っている村人により賑わっている。
ダンジョン攻略の拠点なだけあって村の中心は冒険者連盟の建物であり、田舎の村の支部とは思えないほど立派なものだ。
その冒険者連盟とダンジョン入口との間に多くの店が並んでいて、それを家々が取り囲んでいるというのがカムロ村の概要である。
カムロ大迷宮が世界最大であり、なおかつ最も人気のあるダンジョンであることから、カムロ村の規模は村というよりは町に近い程だ。
大抵の村は城塞都市と違って木の杭を打ち込んだだけの貧弱な防壁しかないものなのだが、このカムロ村は木造とはいえ非常に頑丈で巨大な防壁が周囲を取り囲んでいる。
このあたりは前回の聖戦の際に魔王軍の侵攻を受けて大きな被害を受けた場所なのだが、復旧はかなり進んでいるようだ。
こうしてぱっと見る分には、5年前の災厄の爪痕は残されていなかった。
とはいえこの一帯が依然として第一級の危険地帯であることに変わりはない。
それは地理的な要因によるところが大きく、実はこのあたりは人類と魔王との戦いの最前線なのだ。
この世界の大部分は魔王に支配されており、人類が暮らしている領域は世界の最南端のごく一部だけでしかない。
そこはミクニ大山脈という天然の要害によって、魔王領から分け隔てられた最果ての地。
人類はミクニ大山脈と海に挟まれたわずかな領土に、ツクシノクニやフサ皇国、シンラ正教国といったいくつかの国を築いて生き延びている。
そしてそれら人類の国のうち、魔王領に面しているのが、カムクラ王国と獣人国である。
といっても獣人国は未開の大森林地帯を挟んで魔王領とわずかに接しているだけだ。
魔王との戦いにおいて、前線を一手に引き受けているのはカムクラ王国なのである。
そのカムクラ王国は7つの地方に分けられている。
最も南の海沿いの地域で、カムクラ王国の中枢と言える中央地方。
そこには王都やカムナ聖都を始めとして、多くの主要都市が集中している。
他にはツクシノクニに面する西部地方。
シンラ正教国やフサ皇国に面する東部地方。
カムクラ王国の真ん中に位置する中部地方。
だが魔王との戦いの前線となるのは、北西部地方、北部地方、北東部地方の3領域。
ミクニ大山脈を挟んで魔王領に面している場所である。
中でも北西部は海沿いから、北東部は山々が少し低くなっているところからミクニ大山脈を越えて南北に行き来できるようになっている。
そのため多くの聖戦において、魔王軍の侵攻を受けるのが北西部と北東部地方だ。
そしてこれらの北側の3地方には極めて守りの固い城塞都市が、防衛線を張るようにいくつも築かれている。
そしてこのカムロ村は、その防衛線のさらに北側という、危険極まりない場所に位置しているのだ。
カムロ村に到着した時点で既に少し遅い時間となっていたため、今日は無理せず一泊する。
いくら先を急ぐといっても、魔物だらけの外界を夜中に移動するのは自殺行為だからだ。
それに暗黒のダンジョンの中にずっといたせいで時間感覚が狂っているが、今日俺が目を覚まして行動を開始したのはおそらく深夜の時間帯だったはずだ。
というわけで明日からに備えてゆっくり休み、英気を養う。
といっても1モン無しの俺は野宿するしかなかった。
冒険者であれば冒険者連盟の支部で素泊まりすることもできるのだが、勇者なのに力を失っている俺は、人目につくのを避けたかったのだ。
そして翌朝、1コクも早くユウナたちと合流したい俺は、さっそくカムロ村を出発することにした。
目的地はソウマ、カムクラ王国北東部地方の領都となっている中核城塞都市である。
これから俺がまずすべきことは、カムナ教会の寺院に行ってステータス異常を治してもらうことと、ユウナたちと連絡を取ることである。
このカムロ村にもカムナ教会の施設はあるにはあるのだが、残念ながらそれは寺院ではなく、簡易的な出張所だ。
あるのはカムナ版を読むための魔法端末と、カムナ教会に魔王や魔物の襲来を通報するための緊急連絡端末。
これらは俺の生まれ育ったウルギ村のような地方の貧しい村にも、『祠』という無人施設として設置されていることが多い。
対してこのカムロ村には加えてもう一つ、儀礼殿が設置されている。
冒険者がステータスを向上させたり、新しい魔法を習得するための儀式、『降魄の儀』を行うための施設である。
カムロ村はカムロ大迷宮を目当てに多くの冒険者が集まってくる場所であるため、特別に用意されているのだ。
儀礼殿には施設を管理するカムナ教会の僧侶か巫女がいるはずだが、こんな最前線の村には地位の低い者しか配属されない。
彼らに相談しても俺の問題を解決する助けになるとは思えないのだ。
そういうわけで、俺はちゃんとしたカムナ教会の寺院、それもできるだけ大きな寺院に行く必要がある。
ここから最も近い寺院はソウマの街にあるものだ。
そして幸いなことにソウマの街はカムクラ王国で3番目に大きな街であり、そこにあるのはカムナ教会の中でもかなり格の高い大寺院である。
異常事態により何故かカムナ教会の洗礼を受ける前までステータスが戻ってしまったのだが、ソウマの大寺院であれば何らかの解決策が見つかるのではないかと期待できる。
ここからソウマの街までは20リ(80km)程あり、何事もなく移動することができるのであれば、徒歩で3、4日くらいの距離となる。
これまでの旅路ではカイトの移動用魔法獣を使ってもっと速く移動できていたのだが、今の俺には不可能な芸当だ。
ウマがいれば同じくらいの速度で移動することも可能だが、高価なウマを入手する手段など無一モンの俺には存在しない。
だが移動速度の問題などどうでも良くなるくらいの大問題となるのが、移動中の安全に関してである。
ここからソウマの街まで道なりに歩いて行ったとして、その間に魔物に遭遇する回数は二桁を下回ることはあり得ない。
しかも下手をすれば中級どころか上級の魔物に襲われる可能性すらある。
そのくらいこの世界には魔物が跋扈しており、人類の領域といえるのは街や集落の周辺だけなのだ。
よって今の俺のようにステータスの低い人間が街の間を行き来する手段など端から存在しない。
この世界を旅することができるのは、余程の熟練冒険者パーティーや、大規模の兵団に守ってもらえる一握りの者だけなのだ。
9層への抜け道の入口からこの村までの山道は、魔物の討伐が頻繁に行われていることもあり、こんな弱くなった俺でも問題なく歩いてくることができた。
だがこのカムロ村から先は魔物に遭遇した瞬間に終わりとなる俺のステータスでは、とてもではないが進むことなどできない。
だからといってここで立ち止まっている時間など俺にはない。
そして自力で旅することが不可能なら、仲間がいればいいのだ。
幸いなことにこの村には上級魔物にも対応できる力を持った中級以上の冒険者パーティーがいくつか滞在しているようだ。
大迷宮からの脱出で研ぎ澄まされたマナの探知能力を使えば、そのくらいのことは容易に判別することができた。
というわけでソウマの街までの護衛を依頼するため、この村にいる中でダントツに強い気配を放つ者の方へ向かう。
マナの探知が確かなら、恐らく高級冒険者の3人組だ。
だが近くまで行ってその3人の姿を目にした瞬間、彼らに護衛を頼むは無理だと悟る。
筋骨隆々で7シャク(210cm)に届こうかという大男二人と、その二人を身長でも体格でもさらに上回る巨体を持つもう一人の男。
前者の二人は甲冑の隙間から、全身をくまなく覆うふさふさの体毛がはみ出している。
そして3人目の重戦士風の男は上半身裸でまともな防具は身に着けていないが、その鋼のように硬そうな皮膚はなまくらな刀では傷一つつけることが出来そうにない。
そう、彼らの正体は獣人。
剣士であろうトラとヒョウの獣人と、恐らく盾役と思われるサイの獣人の3人からなる冒険者パーティーだった。
カムクラ王国には獣人はそれほど多くないのだが、このカムロ大迷宮は世界で最も人気のあるダンジョンであり、獣人の冒険者パーティーがレベリングのために訪れているのは珍しくない。
だがそれでも多くの国では獣人差別が根強く、それは最も穏健なカムクラ王国であっても変わらない。
俺が彼らに依頼するのを躊躇したのはそれが原因であり、ソウマの街まで護衛をしてもらったとしても彼らは街に入れてもらうことすらできないのだ。
さらにカムナ教会ではなく、獣人向けのマギナ教会に所属していると思われる彼ら獣人の冒険者では、カムナ教会の勇者である俺が依頼を出すことができない。
そもそも道中のそれほど強くない魔物に対して、わざわざ高級冒険者に依頼をするのは無駄というものだろう。
本来であれば高級冒険者というのは並の人間では届くことのない高みに存在する選ばれし者なのだ。
聖級に至る直前にいた俺から見れば凄いように感じないが、彼らが獣人国でも5本の指に入るほどの超一流冒険者だったとしても何の不思議もない。
他の街までの護衛など、そんな彼らに依頼するような内容ではない。
ということで次に俺が向かった先にいたのは、人間の4人組の男性冒険者パーティーだった。
俺の探知によれば、彼らから感じるマナの気配がこの村で2番目に強い。
3人は中級上位でもう一人は上級に届いているように感じられる。
ソウマの街までの護衛を依頼するため、俺は早速その冒険者パーティーに声をかける。
「すまない、君たちに頼みたいことがあるんだが」
「なんだ、坊主。俺らが誰だか知ってんのか?出直してきな」
上級の気配を感じる一番屈強な体格の男が高圧的に答える。
やはりこの男がリーダーのようだ。
見るからに弱そうな俺を見下している相手に、どうやって護衛を依頼したものか?
だが悩んでいる俺の顔を見て正体に気づいたのか、横にいた魔術士風の男と槍を持った男が割り込んできた。
「おい、待てシンヤ!こいつ知ってるぞ。カムナ版で見たことあるぜ」
「本当だ!こいつはダイゴロぅ、、あ、いや、第5勇者の、確か名前は、、、タルト?」
うん、違う!!!
第5勇者タルト、爆誕!
そっちのほうが覚えやすいかもねー
そしてダイゴロウの正体は次回をお楽しみに。
次回 第32話 『冒険者たち』




