0.2.2 最終地点
【カムナ版 3018年 7月1日 日曜 第3版】
『選抜の儀 結果速報第2版 勇者聖女7組のパートナー決定』
本日行われた選抜の儀が全て終了し、7組の勇者聖女のパートナーが決定した。
この7組の中の1組が、1年後の選定の儀において次の第493代聖勇者および至聖女に選ばれる。
午前の選抜審査で選ばれた7人の勇者候補者と7人の聖女候補者の詳細は、本日第2版で発行した勇者聖女詳報の記事を参照のこと。
パートナー選択結果
第1勇者ユウヤ ― 第1聖女サクヤ
第2勇者ソウタ ― 第3聖女アオイ
第2聖女ユウナ ― 第5勇者ハルト
第3勇者タケル ― 第4聖女マイ
第4勇者マモル ― 第7聖女スミレ
第5聖女キョウ ― 第6勇者ジュン
第6聖女ミナ ― 第7勇者リヒト
パートナー選択の詳細は、追って発行する第4版の記事にて、、、
ーーーーー
■カムナ3019年 3月30日 月曜
◎ハルト
今から3000年ほど前、、、
人類社会は滅亡した。
原初にして最悪の魔王であり、今では千年魔王の名で呼ばれるようになった、たった一人の魔王の手によって。
それまでは先史文明と呼ばれる人類の文明がこの世界を支配しており、人々は安寧の時代を謳歌していたと言われている。
だが今となってはその頃の様子を伝えるものは何も残っていない。
それどころか人類は千年魔王による虐殺を受けて、あわや絶滅寸前というところまで追い込まれたという。
わずか数千人を残すまでに追い詰められていた人類を救ったのは、初代聖勇者である『始まりの勇者ホノカ』である。
千年魔王に生み出されて侵攻してきた大量の魔族を打ち破り、反撃の狼煙を上げたホノカは、その奇跡的な御業により人類の生存のための拠点を作り上げた。
厳重な結界により守られたその場所は、今ではカムナ聖都と呼ばれており、そこを中心に人類は少しずつ生存域を広げていったのだ。
最終的にはホノカは千年魔王に敗れて戦死することになった。
だがホノカがもたらした魔王と戦うための数々の奇跡の力は残された人々に引き継がれ、今ではカムナ教会が管理している。
それ以来3000年以上にも渡って、人類の生き残りをかけた魔王との戦いが繰り広げられてきた。
千年魔王が直接攻めてきたのは最初の十数年の間だけで、そのあとは次々に生み出した大魔王と魔王に侵略を任せるようになった。
今では魔王城に引き篭もっている千年魔王に代わり、人類を滅ぼしに来るのは3人の大魔王。
そしてそれらの大魔王に率いられた8人の魔王と大量の魔族。
それを総力を挙げて迎え撃つ、人類の生存を懸けた戦いこそが聖戦である。
人類の領域に攻めてきた3人の大魔王と8人の魔王全てを打ち破れば、聖戦は人類の勝利となる。
だが魔王と大魔王は、何度倒してもわずか5年ほどで復活してしまう。
諸悪の根源である千年魔王を倒さない限りは。
そして全ての魔王と大魔王が復活すると、ふたたび魔王軍が人類領域への侵攻を開始し、次の聖戦が始まるのだ。
そんな聖戦は、人類側にとって絶望的なまでに不利な戦いとなる。
あまりにも魔王が強すぎるのだ。
8人の魔王の強さは超級(第3等級)であり、大魔王に至っては聖級(第2等級)にも達する。
特級(第4等級)が成長上限となる人類にとっては、どうあがいても太刀打ちできない相手だ。
しかも特級に到達している人間など、全世界で100人にも満たない。
それどころか高級(第5等級)ですら、ごく一部の才能に恵まれた者だけしか達しておらず、普通の兵士は上級(第6等級)から中級(第7等級)、下級(第8等級)の強さしかない。
この戦力差で聖戦に挑んだとしても、勝機など欠片ほどもない。
そんな人類の希望となるのが、カムナ教会に選ばれた7人の勇者と7人の聖女である。
勇者と聖女は、カムナ教会から特別な力を授かることにより、人類の限界を超越する可能性を与えられる。
それは5から7年ごとに行われる聖戦に向けて、カムナ教会が長い時間と膨大な労力をかけて準備して、それでもたった14人分しか用意できない特別な力。
それにより勇者と聖女は通常よりも高い成長率でステータスを強化できるようになる。
さらに特級までだった成長上限が開放され、努力次第では超級や聖級にまで到達することができるのだ。
そんな勇者の中でも、聖戦において人類側の兵士、冒険者や残りの勇者たちを率いるものこそが聖勇者だ。
初代聖勇者である『始まりの勇者ホノカ』の後継者たる聖勇者と、そのパートナーである至聖女。
カムナ教会の聖勇者選定では、まず選抜の儀により7人の勇者候補と7人の聖女候補が選ばれ、互いのパートナーを選択する。
そしてその選抜の儀の1年後に行われる選定の儀において、7組の勇者聖女の中から最もふさわしいものが聖勇者と至聖女に選ばれるのだ。
さらに聖勇者に選ばれた者は、その場で新たな力を授かることができる。
成長率上昇と上限開放という通常の勇者特典に加えて、その聖勇者個人にだけ秘められたさらなる力を。
といっても聖勇者の力は一般的には超級の中位から上位くらいで、ときどき聖級に到達するものが現れるといったところでしかない。
そのため超級の魔王や聖級の大魔王との戦いは、毎回厳しいものとなる。
聖戦に敗れたことも幾度もあり、中には再び人類が絶滅寸前に追い込まれたことも6回ほど記録されている。
だがそれでも聖勇者は何度も魔王と大魔王を撃破して聖戦に勝利し、人類は少しずつその生存圏を広げてきたのだ。
そして過去には最高位の等級である神級(第1等級)に到達した聖勇者も3人だけ存在する。
初代聖勇者ホノカは絶滅寸前の人類を救った。
第19代聖勇者の建国王カムクラ・ヒナタは、魔王に先史文明が滅ぼされて以降で最初の国家であるカムクラ王国を建国した。
先々代の聖勇者レイヤは神級の圧倒的な力で聖戦に勝利した。
とはいえ最後の、そして最大の敵である千年魔王を打ち倒した聖勇者は未だに一人もいない。
過去全ての聖勇者は千年魔王によって返り討ちにされており、3000年以上を経ても人類に真の安息がもたらされることはないのだ。
そして現在、9ヶ月前の選抜の儀で選ばれた7組の勇者候補者および聖女候補者が、3ヶ月後の選定の儀において選ばれる次の聖勇者と至聖女の座をかけて冒険の旅を繰り広げていた。
この俺、第5勇者ハルトと第2聖女ユウナもその中の一組だ。
俺は9ヶ月前、選抜の儀に先立って行われた聖勇者候補選抜試験において5番目の聖勇者適正を示した。
なんとか上位7人に入って、聖勇者候補になることができたのだ。
そんな俺の地位の正式な名称は、『カムナ教会第5位聖勇者候補者』であるが、一般的には短く『第5勇者』と呼ばれる。
同じように『カムナ教会第2位至聖女候補者』であるユウナは『第2聖女』だ。
9ヶ月前に第5勇者に選ばれたとき、俺はようやく高級に到達したくらいの強さでしかなかった。
だがそこから勇者の成長率補正と、常軌を逸したレベリングにより、俺は目覚ましい速度で強くなっていった。
パーティーメンバーとなってくれた特級のレンやカイトを追い抜くのにも、半年もかからなかった。
そして俺は3ヶ月前の正19歳(19歳ちょうど)の誕生月に、ついに超級にまで到達したのだ。
ちなみにユウナは第2聖女に選ばれてからわずか1ヶ月で超級に昇格しており、第1聖女に並ぶとされているその才能を如何なく発揮していた。
そんな俺とユウナの目標は、全ての魔王を倒して聖戦に勝利し、最終的には千年魔王を打倒して人類に平和をもたらすこと。
そのための第一歩が、聖勇者に選ばれることである。
未だかつて第5勇者が聖勇者に選ばれたことなど1度もないが、伝説のダンジョンをここまで突破してきた俺たちは、ついにその聖勇者に手が届くところにまでたどり着いたのだ。
半日以上も休憩をとって態勢を整えた俺たちは、この伝説のダンジョンの最終決戦へ向けて最後の準備を行っていた。
「さあ、行きますわよ」
そう言ってユウナが全員に上級回復魔法を発動すると、光の祝福が4人の体に降り注ぐ。
といっても戦いの傷が残っていたわけではない。
ユウナの回復魔法により、体力が万全になり、空腹が解消していく。
もちろんこんなダンジョンの奥深くとはいえ、携帯用の保存食は十分に残っている。
だが決戦の前に胃にものを入れるのは避けるべきなのだ。
これで準備は万全なはずだが、念を入れてちゃんと確認しておくべきだろう。
「聖票」
世界を満たすカムナの理に意識を伸ばしてそう呼びかけると、目の前に青白い光の札が現れる。
この『聖票』はカムナ教会の奇跡の力の一つであり、洗礼を受けた者なら誰でも使える最も基本的なもの、すなわちステータス証である。
聖票の呼び出しはカムナの理さえ知覚できれば、ほとんどマナを使うことなく実行できる。
魔法を使えない一般人や、子どもですら使うことが可能だ。
【基本情報】
名前:ハルト
所属:カムクラ王国 準国民
職業:カムナ教会 第5位聖勇者候補者
登録:カムクラ王国 北部地方 シバタ
そこに記載されているのは名前や職業などの情報であり、この世界において自分の身分を証明する物となる。
さらには所持金の管理や金銭のやり取りも聖票を用いて行うことになるため、聖票は人々にとってなくてはならないものとなっている。
だが今回聖票を呼び出した目的はそれではない。
【状態】
体力:正常
支援効果:なし
状態異常:なし
【ステータス】
十.九...八.七.六...五.四...三.二.一
初.低...下.中.上...高.特...超.聖.神
ハク:●.●...●.●.●...●.●...●.■.□
マナ:■.■...■.■.■...■.■...■.■.□
、
、
、
現状のステータスを確認するためだ。
聖票の【状態】欄を見ると、ユウナの回復魔法のおかげで体調は万全のようだ。
そして【ステータス】欄にはいくつかの項目が並んでおり、各項目の隣には10段階の等級に対応するように、10個の目盛りが表示されている。
俺が確認したかったのは、2段目に表示されているマナの残量だ。
そのマナの目盛りを見てみると、ようやくマナがほぼほぼ全快したようである。
俺のマナ容量ステータスは聖級(第2等級)の上位まで達している。
自分自身はまだ超級(第3等級)だが、マナ容量のステータスを優先的に強化してきたからだ。
そしてマナが最大まで回復したことにより、マナの段の目盛りの聖級のマス、つまり右から2つ目のマスまでの9個のマスが、青く光って満たされていた。
実はダンジョンマスターと決戦に向けた準備で、いちばん厄介だったのが俺のマナの回復だった。
神級魔法を使ってしまった俺のマナは、超級のマスの途中まで空になってしまっていたのだ。
それは超級魔法(第3等級)ですら使うのが困難という状態。
一晩寝たくらいではとても自然回復せず、その後もぎりぎりまで休息をとって回復につとめてきた。
だがその休息も8コク(16時間)近くにおよび、これ以上待っているとあの特級魔物の群れがリポップしてきてしまうかもしれない。
仕方がないので最上品である特級のマナポーションを使うことにした。
だが特級ポーション1本程度では聖級上位の俺のマナ容量を満たすのにはとても足りず、手持ちの残り半分近くを使うことになってしまった。
とはいえこれで準備は万端、後は覚悟を決めて突入するのみで、、、
「って、ハルトっ!おめぇ、ハクが聖級まで溜まってんじゃねーかっ!!!」
いつの間にか後ろから俺の聖票を覗き込んでいたレンが、驚きの声を上げる。
俺の現時点の等級は超級(第3等級)なので、ハクの目盛りは超級のマスまでの8個のマスが、全て濃い青色で塗り潰されている。
そしてその右隣の聖級のマスは、明るい青色に光って満たされており、一番右のマスの左端もわずかに明るくなっていた。
これは聖級に強化できる分までハクが溜まり、神級昇格分も少しだけ溜まり始めている状態であることを示している。
「あっそういえば、さっき特級魔物の群れを一層した分で溜まってたんだった。ごめん、言うの忘れてた」
「マジかよ!これでハルトもついに聖級かぁ」
確かに今ここでダンジョンを引き返したとしても、カムナ教会で降魄の法を行えば俺は聖級に昇格できる。
「だけど、これじゃまだダメなんだ。ギリギリ聖級じゃユウヤたちに届かない」
「ええ、ユウヤ様はとっくに聖級ですものね。4ヶ月前にはカムナ版に記事が出ていましたわ」
ユウナの言葉通り4ヶ月ほど前、カムナ版が第1勇者ユウヤの聖級昇格を伝えていた。
カムナ版というのはカムナ教会が発行する広報媒体であり、各地の寺院や冒険者連盟に設置されている専用魔法端末で読むことができる。
発行される記事の内容は、各国の情勢や魔物と魔族の動向、王族や華族など有名人の様子などを伝えるものが多い。
中でも俺たち勇者と聖女の活動内容は、この一年で最も頻繁に取り上げられている話題である。
そしてそのカムナ版によると、第1勇者だけでなくパートナーの第1聖女も先月には聖級に昇格したという。
俺たちは第1勇者パーティに大きな遅れをとっているのだ。
「だからこそ、俺たちは絶対にこのダンジョンマスターを倒さないといけないんだ」
俺は決意を込めてそう宣言する。
だがそう口では言ってみても、勝ち目の薄い伝説級とも思われる相手との戦いに、気持ちの昂ぶりと緊張を抑えきれない。
なんとか心を落ち着けようと、聖水の瓶に手を伸ばしその中身を口にする。
聖水といっても元はただの水なのだが、ユウナの聖魔法の祝福により体力の回復効果が飛躍的に高められている。
ユウナの聖水が体の隅々まで満ち渡っていき、生き返ったような気持ちになる。
続いて俺から聖水の瓶を受け取ったレンが、聖水を勢い良く飲み下すと、
「ユウナ水うめーっ」
といつものように軽口を叩き、、、
「レンっ!あなたという人はどうしてそういやらしいことしか言えないのですか?」
そしていつものようにユウナを激怒させる。
「そりゃ誤解だぜ、嬢ちゃん。俺は嬢ちゃんみたいな幼児体型のお子ちゃまには興味ないって。男はもっといいカラダした大人の女じゃないと欲情しないんだぜ、そうだろ、ハルト」
レンのやつ、よく言うよ。
いっつもユウナにいやらしいことを言いまくっているくせに。
とはいえ確かにユウナはとびっきりの美少女なのだが、その18歳5ヶ月にしては慎ましやかな胸は彼女の唯一の欠点と言えるかもしれない。
確かに俺だって思春期の男だ。
女の子の胸には興味はあるが、ユウナの慎ましやかな、いや、もはや切り立ったそれは、、、
「ハルトっ!どこを見てるの!」
またしても聖女言葉を忘れて涙目になったユウナが、胸を両手で隠しながらこちらを睨みつける。
ユウナ、、、
そんな隠すほどは無いと思うんだけど、、、
って、まずい!
そんなこと考えている場合じゃない!
誤解だ!濡れ衣だ!俺のせいじゃないって。
というか、レンのやつ、俺に矛先を押し付けやがった。
しかもカイトだってガン見してたのに!
あれは『王国で10本の指に入る絶壁ですね』って顔してたし。
それに比べて俺は失礼なことは考えてなかったのに、どうして俺だけ。
とにかくまずい。
特級まずい。
「ち、違うよ、ユウナは素敵な大人の女性だと思って見てただけだって」
慌てて弁明した俺の言葉に、ユウナがますます顔を赤くさせる。
「そ、そんな見え透いた言い訳でだまされる私ではありませんわ。とにかくもう本当に絶対にレンに聖水は飲ませませんからね。ハルトも決してレンには渡さないようにお願いしますわ」
どうやらなんとか矛先を収めてくれたようだ。
特級助かった。
「おい、二人ともいつまで青春ごっこやってんだよ。そろそろ行かねぇと日が暮れちまうぜ」
レンのやつ、誰のせいだと思ってんだよ!
俺とユウナが再び顔を赤くして睨みつけるが、レンの表情は既に戦う男の顔になっていた。
きっと俺とユウナの緊張を見て取って、場を和らげてくれたのだろう。
いつの間にか先ほどまでの体の固さはなくなっていた。
レンの心配りに気付いてしまったせいで怒るに怒れないのだが、それでも他にもっとやり方があったんじゃないのかと理不尽さを感じつつ文句の言葉を飲み込む。
超級に到達している俺とユウナは、ステータスだけなら特級のレンやカイトを遥かに上回っている。
このあとすぐ、勝ち目の薄い強大な相手に戦いを挑むのだ。
本来であれば俺よりもステータスの劣るレンの方が不安に感じても仕方ないはずなのに、逆に俺たちに気を使ってくれている。
レンは俺のパーティーに加入する以前から著名な特級冒険者として名声を轟かせており、俺やユウナとは戦いの経験値が違うのだ。
俺もユウナも実際の戦闘に関してはまだまだ駆け出しであり、レンはもちろんカイトにも叶わないことだらけ。
自分たちを遥かに上回るであろう強敵に対する心構えも、二人から学んでいかなければならない。
「レン、カイト、準備は?」
俺の問いに二人は自信に満ちた頷きを返す。
内心に抱えている不安を微塵も顔に出すことなく。
その気遣いに目頭が熱くなるが、もちろん俺もそれを表情に出すようなことはない。
最後にユウナに声をかける。
「ユウナ、俺を選んでくれてありがとう。何をしてでも聖勇者に選ばれるつもりだったけど、それでもここまで来れたのはユウナがいたからだ。だからこそ絶対にここを攻略して俺はこの恩を返してみせるよ」
「恩だなんて、私はあなたなら聖勇者になれると信じたからこそ、その自分の直感に従っただけですわ」
そう返すユウナに、俺にはもう言うべき言葉はない。
後はユウナの信頼に応えるため、持てる力の限りを尽くすだけだ。
実は未だに第2聖女のユウナがどうして第5勇者の俺を選んだのかは分からない。
9ヶ月前に行われた『選抜の儀』の午前の部は、選抜試験を突破した最終候補者の中から、勇者候補者と聖女候補者を7人ずつ選ぶ選抜審査である。
そして儀式の午後の部では、選出された勇者と聖女が、各自の指名によりお互いのパートナーを決めていく。
その際にユウナが第2勇者や第3勇者でなく俺を選んだからこそ、俺たちはパーティーを組むことになったのだ。
選抜の儀の時点では、俺は高級の下位の強さしかなく、上の4人の勇者候補者とは実力に大きな開きがあった。
体格や容姿にしても、これといって優れたところも無い。
それどころか勇者にしては小柄だし、優男と言われるような風貌は戦いに向いていないようにさえ見えてしまう。
第2から第4勇者の3人の性格がアレなことに比べれば無難な人間だとは思うのだが、それだけであえて第5勇者を選ぶなんて普通では考えられない。
何か特別なことがあるとすれば、偉大な姉の存在とその姉から引き継いだこの聖剣リンネくらいだろうか。
それなのに最上位の指名権を持っていた第2聖女のユウナは、何故か第5勇者の俺を選んでくれた。
第1勇者は第1聖女と組むことが最初から定められている。
だが残りの6人の勇者候補の中から誰でも指名することができたにも関わらず、ユウナは敢えて俺を選んだのだ。
自分が至聖女に選ばれるためには最も強い勇者候補を選ぶことが最善なのに。
実際に第2勇者はユウナを指名したにも関わらず、それを断ってまで。
もちろん何度かユウナに理由を尋ねたことがあるが、その度にうまくはぐらかされてしまい、本当の理由を聞くことができていない。
そしてユウナが俺のことをどう思っているのかも。
正直を言うと俺がユウナに惹かれている気持ちは否定できない。
もちろん外見の美しさ、その眼差しには強い意思を秘めながらも、一見すると清楚で儚げな美少女に見えるその容姿だけでも十分に多くの人間を魅了することだろう。
しかしながらこの9ヶ月の旅路で、ユウナの本当の姿を知ることが出来た。
果てしなく遠い目標にむけて重ねたひたむきな努力。
悲しみや恐れを抱えながらもそれを押し殺して戦う強さ。
張り詰めた冒険の旅の中で時折油断して見せる素の表情。
俺たちパーティーメンバーや出会った人々に向けられる優しさ。
何より俺への揺るぎない信頼。
それら全てが俺の心を捉えていった。
とはいえこの気持ちが報われることは無いだろう。
まるで天使のようなユウナほどの人が、俺なんかのことを好きになってくれるなんて夢見るほど、俺は世間知らずではない。
どうしてユウナが俺を選んでくれたのかは分からないが、恋愛感情からでないことだけは確かだ。
それにもし仮に、万が一ユウナと気持ちが通じ合っていたとしても、俺たちは全てに優先して魔王との戦いに臨まなければならない。
そしてその戦いを生き延びた者は歴史上一人もいないのだ。
だがそれでも俺は、このありのままの気持ちをユウナに伝えることを決めていた。
俺たちの目標である、千年魔王の打倒を成し遂げることができたら、、、
そのためにも俺は何としてでもこの果てしなく遠い夢を実現してみせる。
そしてその悲願の達成のために見えた初めての、そして最後の希望がこのダンジョンの攻略なのだ。
俺はこの扉の向こうの相手を絶対に倒す。
その決意を改めて胸に強く刻むと、俺は最後の1歩を踏み出し、最終決戦の扉に手をかけた。
カイトに視線を送ると、頷いたカイトが全員に持続時間の長い高級強化魔法をかけてくれる。
扉を開けた瞬間に戦いが始まってもおかしくないのだ。
準備は万全に整えておかなければいけない。
最後にレンと視線を交わすと、俺は決意を込めて運命の扉を押し開けていく。
重々しい見た目とは裏腹に音もなく扉が開いたその先は、赤みを帯びて薄明かるい大広間。
もっとも光球の魔法なしで歩けるほどではない。
そして扉を開けた瞬間から凄まじい熱気が吹き込んでくる。
内部を窺いながら、俺たちはレンを先頭に慎重に部屋の中に歩を進めていった。
足元はここまでの洞窟の地面とは打って変わって石畳となっている。
このダンジョンの最初の階層は、小さな入り口からは想像もつかないほどの巨大な鍾乳洞だった。
そしてその先には先史時代の地下遺跡の階層、火山洞窟の階層などが待ち受けており、この最終階層は最初の鍾乳洞すら狭く感じる程の広大な洞窟の階層となっていた。
その自然の大洞窟とは全く異質な、古代の人の手が入った石畳の空間となっているダンジョンマスターの部屋。
俺たちは最大限に警戒しながら扉から中に進み、部屋の内部を観察する。
扉は勝手に閉まるようなことはなく、脱出不可能になるようなトラップは仕掛けられていないようだ。
内部は床の石畳と同様に壁も石造りであり、古代の意匠が刻み込まれている。
そして天井は、ない。
どこまでも続くかのような壁面の先には、降り注ぐ凄まじい熱気とともに、黒く不気味な煙とその隙間から仄かに赤く漏れる光があるだけで空は見えない。
「地下にこんなに巨大な縦穴があるなんて」
「おそらくミカグラ大火山の火口の直下なのでしょう」
レンの疑問にカイトが予測を口にする。
この暑さと赤い光は火口の溶岩によるものだということか。
そして上空を覆う黒い煙は火山の噴煙なのだろう。
するとミカグラ大火山の火口を下れば、直接このダンジョンの最終地点に来れたわけだ。
もっとも人類と魔王の領域を隔てるミクニ大山脈の南の主峰、ミカグラ大火山。
その人類未踏の危険地帯の中でも、さらに危険な火口を下るなんていう馬鹿な真似をしたものがこれまでいたはずがない。
誰にも見つからなかったのも当然と言える。
そんなことを考えたり、レンとカイトが言葉を交わしている余裕があるわけだが、
「いないですわね?」
そう、何もいない。
ダンジョンマスターがいないのだ。
「こんなことが、、、」
俺たちの中で最も経験を積んでいるレンですら驚きを隠せない。
フロアマスターがいないということはそれほど珍しいことではないが、ダンジョンマスターがいないなど聞いたことがない。
もちろんここは伝説のダンジョン、先に入った誰かが倒してリポップ待ちなどということは考えられない。
もしやダンジョンマスターが勝手にダンジョンマスターの部屋を出ていくなんていう異常事態が起きているのだろうか?
「油断するな、姿が見えないヤツなのかもしれん」
すぐに気を引き閉め直したレンが注意を発するが、本人も信じていないようだ。
なぜなら僅かばかりの気配も感じ取ることができないからだ。
もちろん気配を完全に消して忍び寄ってくるような魔物もいないわけではない。
しかし、そのような魔物は気配を消して不意打ちを行うことに特化しており、隠匿系のスキルで十分に覆い隠せる程度のマナしか持ち合わせていないのだ。
逆に言うとダンジョンマスターのような膨大なマナを持つ魔物が完全にその気配を遮断できることなどあり得ない。
とはいえ注意を怠ることなく進んでいくと、光球の魔法の明かりが届かない暗がりの奥に、青緑色の光がうっすらと見えてきた。
その縦長な四角い形状は、、、扉か?
どうやら新たな部屋から漏れ出した光によって、扉の輪郭が浮かび上がっているのだ。
「あれは、、、」
そうつぶやくと、気になる新たな扉に向けて足を一歩踏み出したその瞬間、
「ハルトっ!止まれぇーっ!」
カイトの鋭い叫び声に踏み下ろす足をかろうじて止めた俺の体が、いきなり強い衝撃に吹き飛ばされた。
うん、ユウナ水おいしいよね!
ここから俺TUEEE勇者ハルトと絶壁系ヒロインユウナの、キャッキャウフフなラブコメが始まる!かも、、、
次回 第3話 『天恵のポーション』